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ここだけの話が

 翌日、私は午前中、一兄と実家の畑仕事を手伝っている。

 父母と次兄は、庄屋様ともう一度、家を建ててくれる大工がいないか探しにまわと言っていた。


 無論(むろん)、葛町や大杉町でやっておきたい事はある。

 例えば、田中先輩や後藤先輩、千代ばあさんに現状の報告をしてお礼を言ったり、社長に昨日、本日と休んだことの詫びを入れたりと言ったことだ。

 だが、湖月村に往復しているであろう田中先輩は勿論(もちろん)、後藤先輩も、社長も日中は忙しいので夕方にならないと会えないだろう。それに、後藤先輩や千代ばあさんは家に帰っているかも知れないのに、そこに押しかけるのも気が引ける。

 それに、これから更科屋に行ってもどのみち夜にならないと中に入ることが出来ない。

 私はそう思い、今日は午前中は久しぶりに実家の畑を手伝う事にしたのだ。

 昨日の感じだと、多少体力を使っても大杉町まで2刻(4時間)ちょっとで着くだろうから、正午頃に移動を始めれば申の刻(16時)を過ぎた頃に着くはずだ。



 さて、夏の畑の手伝いと言えば草むしりである。

 草むしりをしないと、草が作物の背を追い越して作物に日が当たらなくなったり、無用な虫が()いたり、いろいろな実害が出てしまう。


 炎天下(えんてんか)、私はただひたすら畑の中の草をむしった。

 虫が作物の葉に付いていれば、それも取り除く。


 草むしりと虫の駆除には、使える魔法がほとんどない。

 昔一兄から聞いたのだが、草むしりのための魔法を作ろうとして、一緒に作物まで駄目にしてしまったという話や、害虫を魔法で一律に駆除しようとして、益虫まで駆除してしまい、後になって逆に害虫が増えてしまい、実りを食い荒らされてしまったという話が後を絶たないのだそうだ。ちなみに益虫というのは、作物にいい虫を言うそうで、例えばてんとう虫なんかは作物についた害虫のあぶら虫を食べてくれるし、(ちょう)(はち)がいないと収穫が減るらしい。

 蝶も蜂もただ飛んで蜜を吸っているだけなのに、なぜ収穫が減ってしまうのか謎だ。


 そんなどうでも良いことを考えながら草むしりをしていると、一兄が、


「そろそろお茶にするか。」


と言ってきた。私は、


「はい。

 助かります。」


と言って、畑近くの木陰まで移動した。

 お茶のいい香りがする。

 これは実家(うち)だけかもしれないが、白湯(さゆ)の事をお茶と言っている。だが、今日は本物のお茶が出た。おそらく、庄屋様が気を利かせて持たせてくれたのだろう。

 私は一口お茶を飲んでから、


「これは香りも良ければ味も良い、高そうなお茶ですね。」


()めた。すると一兄は、


大五(だいご)様が持たせてくれてな。」


と言った。大五様は庄屋様の五男様のことだ。私は、


「そうだったのですか。

 こんな高級そうなお茶、良かったのでしょうかね。」


と聞くと、一兄も一口飲んで、


「・・・美味い。

 確かにこれは、後から大五様は怒られるかもしれんな。」


と絶賛だ。私は、


「もう()れてしまいましたし、味わって飲みましょうか。」


と笑顔で言うと、一兄も、


「そうだな。」


と笑顔で返した。一兄がお茶請けに、小さな(かめ)から梅干しを口に放り込んで食べた。

 が、慌てて手に出し、


「これは(しょ)っぱいな。」


と言った。私も一兄が手に出した梅干しを()めると、なるほど塩っぱかった。

 私は、


「本当ですね。」


と返して、梅干しの入っていた瓶の中を光が入るように傾けながら(のぞ)き込み、


「というか、瓶の中に大きな粒が見えますが、あれ、塩じゃないですか?」


と言いた。一兄も覗き込み、


「あぁ。

 これは(しょ)っぱい筈だ。

 少しずつ舐めれば、これ1個で1日持ちそうだな。」


と苦笑いした。私は、


「そうですね。

 これは、1個(もら)って、舐めながら帰ることにします。」


と言って懐紙(かいし)を出して瓶から一つ梅干しを取り出し、(つつ)んだ。

 一兄がそれを見て、


「和人も、そんな洒落(しゃれ)た物を持ち歩くようになったんだな。

 やっぱり町に住んでると違うな。」


と言った。私は懐紙の事かと思い、


「いえ、町に住んでいるからという訳でもありませんよ。

 一応、次兄から『街で勤めるなら懐紙ぐらいは持っていたほうが馬鹿にされない』と言われて買ったんですよ。

 ただ、実際に持ち歩く習慣が付いたのは、佳織の実家で晩を頂くようになってからですが。

 でも考えてみたら、私に持つように勧めた次兄が懐紙を出すところは、ちょっと想像できませんね。」


と返した。すると一兄は、一瞬キョトンとした顔をしてから、


「あぁ、確かに。

 信次(しんじ)は持っていなさそうだな。」


と笑った。

 休憩を終え、また畑仕事に戻る。


 また、黙々と草を抜く。


 日が高くなるに連れて気温も上がり、草熱(くさいき)れで息苦しくなってきた。

 そして、日が天辺に近くなってきた所で、思ったよりも体力が消耗していることに気がついた。

 大杉町まで戻る体力が心配だ。


 最初の予定よりも若干早いとは思ったが、私は、


「一兄、そろそろ時間なので町に戻ります。

 中途半端ですみません。」


と言って謝りながら畑の脇の木陰に移動した。すると一兄は、


「いや、今は人出が欲しい時期なのに、本当なら一人作業だったからな。

 これだけでも、本当に助かったぞ。」


と言ってくれた。私は、


「いえ、助かっただなんてそんな。」


と返したが、結構嬉しかった。一兄も木陰まで来て、


「お昼はどうするんだ?」


と聞いてきた。一兄が持った熊笹のつつみには、おにぎりが2個入っている。

 私は、


「私のお昼は、庄屋様に別にお願いしてあります。

 多分、二つとも一兄の分ですよ。」


と返事をした。一兄は、


「こんなにか?」


と驚いたのだが、私は、


「庄屋様のところでは、これが普通なのかも知れません。

 もし、多いようなら庄屋様にそれとなく伝えると良いかと思いますよ。」


と返した。一兄は、


「まぁ、二人分ならそう言って渡すか。

 それじゃ、遠慮なく。

 和人も気をつけてな。」


と言って見送ってくれた。


 畑を出ると、私は庄屋様のお屋敷で昼飯におむすびを受け取って背負子を担ぎ、葛町に向かった。

 集荷場に行くと、運良く田中先輩と佳央様が帰ってきており、丁度(ちょうど)一服(いっぷく)していることろだった。

 田中先輩が、


「おっ?

 山上か。

 実家は良いのか?」


と聞いてきた。私は、


「はい。

 何もない家ですし、片付けももう終わりました。」


と返事をした。田中先輩は微妙な顔をして、


「そうか。

 なら、いいが。」


と言った。私は、


「これから社長の所に行こうと思うのですが、田中先輩はどうしますか?」


と聞いた。すると、田中先輩も、


「俺も行こうと思っていた所だ。

 一緒に行くか?」


と聞いてきた。私は、


「お願いします。」


と言うと、佳央様が、


<<二人で決めないで!

  まぁ、ついて行くけど。>>


と不服そうだ。私は、


「すみません、佳央様。」


と謝ると、佳央様は、


<<二人で行動しているの。

  前はこんなじゃなかったじゃない?>>


と怒られてしまった。私は、


「すみません。」


と謝った。田中先輩が苦笑いしている。


 それから私達は、2人と1頭で途中、お菓子を買ってから杉並社長の所に行った。

 先ず私は、社長にお菓子の包を渡した。

 そして、実家の火事の件の報告と、急に休んだことのお詫びを言った。

 すると社長は、


「今回は、実家が火事だったそうじゃないか。

 これで帰るなとは言えないだろう。

 それに、代りに先生が仕事もしてくれたし、問題ないよ。

 こういう時に助け合ってこその会社だからね。」


と言って特に(とが)められるようなこともなかった。

 田中先輩が、


「まぁ、昨日は急だったからな。

 ほとんど話す時間もなかったし、今晩どうだ?」


と社長を飲みに誘った。すると社長は、


「先生のお誘いなら喜んで。

 本当は山上も誘いたいけど、更科のところがあんな状況だから来れないか。」


と言って、念の為、私は来ない事を確認したようだ。私は、


「はい。

 まだ直接は火事の話もしていませんし。」


とお断りすると、田中先輩は、


「まぁ、そうだろうな。

 それに、更科屋の件が解決するまでは当分無理か。」


と難しい顔をして言った。私も、


「はい。

 はやくこの件も解決してほしいものです。」


と同意した。社長が、


「そう言えば先日、仲間の集まりに行ったら、珍しく城から役人が出張(でば)っていてね。

 『更科屋はお(とが)め無しとなる予定にて。』と明言してから、取引がある所を爪弾(つまはじ)きにしないようにと注意をしていたよ。」


と言った。私は何かに引っかかりを覚えた。

 私は、


「ん?」


と言って考えたのだが、ある結論に思い至り、


「・・・、あっ!」


と思わず大きな声を出してしまった。

 社長の話を聞くまでは気が付かなかったが、役人が注意したということは、更科屋との取引があるという理由で、他の店が取引を断った場合があったということになる。

 勿論、うちの会社も取引はある。

 私は、


「大変、申し訳ありません!

 うちの会社にも、ご迷惑をかけていたのですね!」


と平謝りした。すると社長は、


「そんなに謝らなくても。

 取引先には、早い段階からここだけの話ということで、

 『更科屋は誰かに罠にかけられただけで無実らしい。

  だから、役人は潰さずに遠慮にして犯人をあぶり出しているそうだ。

  なので、うちも更科屋との取引を()めていない。』

 と言ってあるからね。

 おかげで、ほとんど客も減っていないよ。」


と話した。私はこれを聞いて、思わず、


「社長!

 岡本様からの話は、ここだけの話でお願いしたではありませんか!」


と怒ったのだが、杉並社長は、


「使える情報は使わないとね。

 そのために、岡本様も情報を漏らしてくれたのだろうし。」


と悪びれもしないで言い切った。田中先輩が何か思いついたようで、


「社長も、ちゃんと『ここだけの話』として話してたんだろ?

 山上も『ここだけの話』でお願いしたなら、一緒じゃないのか?」


と指摘した。そう言われると、岡本様から聞いた『ここだけの話』を私もあちこちでやっている気がする。

 私はバツが悪く感じたが、


「それでも、他に話したと聞けば、文句を言わざるを得ないじゃありませんか。」


と建前を言った。それを察してか杉並社長も、


「確かに、こちらも他言無用の話を広めたのは悪かったな。

 済まなかった。」


と謝った。なので私は、


「いえ、こちらも話してしまったのも悪かったので。」


と双方に非があったという形で、お互いに謝って終わりにした。

 私は、次に岡本様にあったら、この件を謝っておこうと思ったのだった。


 大した話でもないのですが、作中で出てきた梅干しは、庄屋様が壬申に漬けた梅干しとなります。


 実は、申年に漬けた梅干しは申梅と言って縁起が良いそうで、その中でも、特に壬申(みずのえさる)に漬けたものは縁起がよいとされているのだとか。現代でも1粒1万を超える場合もあるそうです。


 縁起が良い理由は、平安時代の天皇が病気になった時、申年に作られた梅干しで治ったからとか、申→さる→去るで病気が去るという語呂(ごろ)からなど、諸説あるようです。


 次回の申年は2052年なので随分先ですが、次の申年は戊申ですが2028年に来ます。

 縁起物には違いないので、漬ける人は多めに作っておくと喜ばれるかも知れませんね。

 ↑おっさんは、梅干しは食べる専門ですが。(^^;)


・梅干し

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%A2%85%E5%B9%B2%E3%81%97&oldid=78370815

・壬申

 https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A3%AC%E7%94%B3&oldid=75868212

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