実家が
相変わらず、不愉快な話が続きます。
字の練習をした休みが空け、4日目のこと。
私はいつものように湖月村に行って、反物を貰えずに帰っているところだった。
田んぼの一本道では太陽から逃げることも出来ず、ジリジリと日の光りが肌を焼く。
今は、手ぬぐいはすっかり汗で濡れて役に立たないので、背負子にかけて乾かしている。
真っ黒に焼けた腕で、顔を流れる汗を拭う。
私は咲花村に入ると、早速団子屋に入った。
日陰に入るだけでも、随分と楽になる。
少しは気分が変わるかも知れないと思い、今日はいつもの団子ではなく羊羹をお土産に買った。
休憩を終え、咲花の門が見えてくると、次兄が鬼の形相で走ってきた。
私は、また冒険者組合でなにかあったのだろうと思ったのだが、次兄は、
「和人!
実家が焼かれたぞ!」
と思いもしないことを言いながら、殴りかかってきた。
私は、転けまいと踏ん張りながら次兄の腕を止め、
「本当か?
何があった?
次兄!」
と確認した。次兄は、
「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
というか、お前が木偶なんかと結婚したからだろ!
っ痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!」
と言ってきた。私はハッとして腕の力を緩め、
「犯人がそう言っているんか?」
と聞いたのだが、次兄は、
「まだ捕まってないが、分かるだろ!
和人は最近、実家に帰ってないから知らんだろうが、親父もお袋も石を投げられたそうだぞ!」
と怒鳴りつけてきた。私が、
「そんな!
いや、だけど!」
と混乱していると、佳央様が【威嚇】を使った。
次兄が腰を抜かして、ヘタレ込んだ。
佳央様も怒っているようだ。佳央様は、
<<和人の実家に火を付けたってことは、私に喧嘩を売ったってことでいいわね。>>
と次兄に確認した。次兄は、
「そんなつもりは無いと思いますが、平にっ痛いっ痛いっ痛いっ痛い!」
と佳央様に言いながら、私の腕を振り払おうとした。私も佳央様の威嚇で少し冷静になれたと思っていたが、やはり興奮してしまっているようだ。
気を取り直して深呼吸し、次兄を離した。
私はお祖母様の言葉を思い出し、
「私は、荷を社長に預けたらすぐに実家に行きます。」
と言うと、次兄は、
「こんな時まで仕事か?
見損なったぞ!」
と言われてしまった。私は、
「お祖母様から、『天変地異があっても仕事はやり遂げないといけない』と言われていまして。
次兄は先に実家に戻っていて下さい。
大杉は通り道ですから、すぐに追いつきます。」
と言うと、佳央様に、
「そう言うわけなので、これから大杉まで走ります。
もし、疲れるようでしたら背負子にでも乗って下さい。」
と言った。佳央様は、
<<馬鹿にしないで!
行くわよ!>>
と言って、早くも大杉の方に飛び始めた。私は、
「次兄はすぐに実家に戻って下さい!」
ともう一度言って、慌てて佳央様を追いかけた。
大杉の町について社長に事情を話した所、
「わかった。
反物は僕から届けておこう。
あと、急ぐ所悪いが、葛町の冒険者組合に寄ってから行ってくれ。
岡本様という同心が、山上に会いたいそうだ。」
と言った。私は、こんなに急いでいる時にどうしてと思ったが、岡本様は火盗改だ。
岡本様が火付けの犯人を捕まえるのに協力してもらえれば、これ程心強い事はないだろうと思い直し、
「・・・分かりました。
先に寄っていきます。
更科屋には、くれぐれもお願いします。」
と言って、挨拶も程々に葛町まで走り出した。
葛町の冒険者組合に着くと、里見さんが受付で冒険者の相手をしていた。
仕事中悪いとは思ったが、私は急ぎだったので、
「里見さん、急ですみませんが岡本様の所までお願いします!」
と少し大きな声でお願いした。周りの冒険者は『何事だ?』という感じで、私に注目した。
里見さんは慌てて、今処理していた伝票をその場に置きながら、
「申し訳ありません。
急を要する話ですので、暫くお待ち下さい。」
と対応していた冒険者に断りを入れて、私を連れて行こうとした。
その時、たまたま二階から降りてきた沼田さんが私を見て、
「あら、山上くん。
里見くんはそのまま仕事を続けて。
私が案内するわ。」
と言って手招きした。私は早口で、
「里見さん、お手数をおかけしました。
皆さんも、割り込んで済みませんでした。」
とだけ言って、慌てて沼田さんの方に行った。
沼田さんは、私が来るまで階段の途中で待ちながら、
「実家が大変だったそうね。」
と話し始めた。沼田さんが火事の件を知っているということは、岡本様が来たのもこの件に絡んでいて、既に上野組合長か野辺山さんにも話しをしてあるからだろうと思った。
私は、
「いえ、私もさっき聞いたばかりで、これから向かうところでして。
先に何があったか分かるなら、助かります。」
と返した。沼田さんから、
「岡本様がいろいろ話してくれると思うけど、落ち着いて聞いてね。」
と言われたので、また私は自分が思っている以上に表情に出てしまっていたのかも知れない。
私が上野組合長の部屋に通されると、そこには、岡本さんもいた。
私は、
「早く実家の様子を見に行きたいので、手短におねがいします。」
とお願いすると、岡本様は、
「なるほど、それもそうでござろう。
が、手短に話しはするが少し長めになるかもしれぬ。」
と断わりを入れてから話し始めた。
岡本様は、
「まず、山上様の実家に火付けをした下手人であるが、既に捕まえてござる。
そやつ、捕まってからも、
『咎人の嫁を貰っておいて、のうのうと生きていると言うなら、儂が成敗してやる。』
とか言っておったとか。
が、これがまだ齢10にござってな。
自分が何をしたのか、よく解ってはおらぬようなのだ。」
と話した。私は、
「誰かに唆されたので?」
となるべく冷静に尋ねると、岡本様は、
「どうも、世間話で近所の者と親が噂しているのを聞いてやったようにござる。
詳しく聞いたところでは、どうやら、
『この釜の薪でも放り込んでやろうかね。』
と冗談を言ったのをそのまま実行したようにござってな。」
と眉間に皺を寄せ怒っていた。が、岡本様は、
「ただ、まだこの噂はほとんど広がっていなかったのが良かった。」
と若干表情を緩めたものだから、私はつい頭にきて、
「何が良かったのですか!」
と思わず怒ると、岡本様は、
「すまぬ。
言葉の綾にて。
噂が広まっていないということは、言い出したものを特定しやすいという事にござる。
それであぶり出されたのが、裏の連中でな。
今は、その連中が誰に雇われたか調べておるところにて。
だが、まぁ、余程のことがない限り口は割るまい。
別口で、調べておる所にござる。」
と言った。私は、
「それで分かるのですか?」
と聞くと、岡本様は、
「うむ。
おかげで、更科屋の件も尻尾が掴めるであろう。」
と言った。私は、実家の放火の件はひとまず解決の目処が立ったということと、今迄なんの音沙汰もなかった更科屋の件も進展がありそうだという事で少し安心した。
私は、
「これで一安心ですね。
実家を建てる費用も、裏に依頼して煽った元凶に請求すればよいのでしょうし。」
と言うと、岡本様は難しい顔をして、
「費用は分からぬ。
火付けは死罪と相場が決まってはおるが、家を弁償するかについては法がないのだ。」
と言った。佳央様が、
<<それじゃ、焼かれ損じゃない。>>
と怒ったのだが、岡本様も、
「こればかりは、どうにか出来る事でもなく。」
と困っていた。佳央様が、
<<それで、まだ10歳なのに火炙りになるの?>>
と尋ねた。一般に、火付けは火炙りの刑となる。
岡本様は、
「これもまた通例にて、前例を作るわけにも行かず。
影で誰かが意図を引いていようとも、当の本人の意思で火付けをしている以上は火刑もやむなく。」
と歯切れが悪かった。岡本様は、
「拙者からは以上にござる。
もし、何かあれば協力するゆえ申されよ。
金銭以外は、なるべく取り計らえるようにするゆえ。」
と付け加えた。
最後、岡本様に口止めされて話は終わった。
この後、私は平村に向かう前に一旦集荷場の二階の自分の部屋に戻った。
部屋には、今まで稼いだお金が置いてあるのだが、そのお金を全て実家に渡す事にしたからだ。
だいたい、銀1貫と500匁くらいあるはずだ。この程度で新築の家が建つとは思えないが、少しは足しになるに違いない。
私は、家に有る銀を全て箱に入れ、背負子に縛り、佳央様と一緒に平村へと走り出したのだった。
山上くんは火事と聞いて丁寧語ではいられなかったようですが、気を取り直してからは口調も戻っています。他にもいくつか意味を取り違えている所がありますが、これも焦りによる所が大きい想定です。
あと、山上くんはお祖母様から『余程のことがない限り、仕事は成し遂げるもんだよ!』とは言われましたが、『天変地異でも無い限り』とまでは言っていません。
もう一つ、山上くんは黒竜の件で銀1貫(銀1000匁)、狂熊や蒼目猿で銀170匁、狂熊王や雷熊などの件で銀400匁貰っていますし、ご祝儀でも銀200匁程度もらっており、会社から別途お給金も貰っているので、実は銀1700匁程度の手持ちがあります。
だいたい銀1貫が2百万円くらいなので、3.4百万円くらいの金額になりますが、さすがにこの値段では物置しか建たちません。
あと、金額は明言していませんでしたが、山上くんは猪の件で竜金貨を稼いでいます。
でも、竜金貨は竜の里以外では使えないだろうと思い込んでいるので、こちらは持ち出していません。