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 もうすぐ藪入(やぶい)りというのに、まだ更科屋の遠慮は解かれていなかった。

 私は、いい加減解決してほしいのだが、あれから岡本様と会う機会もなく、文句を言う先もなかった。

 そんなある日、葛町の冒険者組合の里見さんから『大杉の冒険者組合の長谷川組合長が呼んでいる』という知らせが入った。


 私はどんな用件だろうかと思いながら、佳央様と一緒に大杉の冒険者組合に行った。


 冒険者組合に入ると、以前お世話になったことのある受付の山田さんがいたので、長谷川さんに取り次いでもらった。


 暫くして長谷川さんの部屋に通されると、そこには長谷川さんの他に岡本様もいた。

 今日の岡本様は、同心(どうしん)の格好だ。

 私は、岡本様が長谷川さんに更科屋の調査の一部を依頼していて、その結果が分かったのではないかと想像した。

 (はや)る気持ちを抑えながら、


「長谷川様、岡本様、お久しぶりです。

 本日は二人お揃いで、どのようなご要件でしょうか。」


と確認した。しかし、長谷川さんは、


「うむ。

 あまり良い知らせではない。」


と難しい顔をした。

 岡本様が、


「ふむ。

 ここは拙者が説明いたそう。」


と言うと、長谷川さんは、少し戸惑い気味に(うなず)いた。

 岡本様は、


「まずは、拙者がここにいる理由を話すとしよう。

 あれは先週の頃か。

 更科屋の調査を行っていった時、妙な噂が耳に入ったのがきっかけにござる。」


と言った。私が、


「妙な噂とは?」


と尋ねると、岡本様は申し訳なさそうな顔をしながら、


「うむ。

 奥方殿が学生の時、その、口で言うのも(はばか)られるようなことをされたと言うものだ。

 それで、この件を長谷川殿に確認したのでござる。」


と話した。これは私も知っている件なので頷いて見せると、岡本様は、


「そうしたらでござるな。

 この件、現在調査中だと言ったまでは良かったのでござるが、調査内容が何者かに()れたとかで、今はてんやわんやになっておると話したのでござる。」


と言った。私は、


「それは、初耳なのですが。」


と言うと、長谷川さんが、


「すまない。

 更科屋の件があった。

 気を遣って言わなかったのだが、気に触ったならすまぬ。」


と謝った。私は、


「教えてもらった所で、何が出来るわけでもありませんが、出来れば早めに教えていただきたかったです。

 それで、今はどのように?」


と尋ねると、岡本様が、


「調査の進捗にござるな。

 この件は、どうやって漏れたか、誰に漏れたかを我々で精査している所にござる。」


と返した。私は、


「火盗改も調査をしているのですか?」


と確認した。すると岡本様は、少し考えてから、


「・・・うむ。

 それで、これはまだ明かすには早い話ではあるのだが、どうも、今回の濡れ衣の件と重複する商家がいくつもあったのでござる。」


と答えた。今度は私が少し考え、


「今、この話をするということは、偶然ではないと?」


と尋ねた。岡本様は、


「うむ。

 拙者等も、裏で繋がっているのではないかと考えたのである。

 ただ、漏れ出た先の中に、商家とは別に、何人か大杉藩の有力者の名も上がっておってな。

 その者たちが裏で糸を引いたと考えると自然なところもあるのでござる。

 が。

 その・・・、証拠が全く見当たらぬのでござる。」


と眉間に皺を寄せて話した。私は、


「証拠がないのに、どうして裏で糸を引いていると?」


と聞いた。すると、まだ悩んでいるようではあったが岡本様は、


「これもまた、話せるほど調査もすすんでおらぬ。

 先走らぬと約束してもらえるなら、話さぬこともないが、・・・」


と言いかけた。私はすぐに、


「お約束します。」


と言うと、岡本様は、


「まず、学生の頃、奥方様を陥れたのが、はっきりとは言えぬが御用商人の筆頭ではないかと思われるのだ。

 丁度、筆頭の倅も通っておったのだが、成績は奥方様のほうが常によく、当時、目の上のたんこぶだと何度も言っているようにござる。

 それで冒険者学校の白河殿が申すには、当の本人は何もやってはおらぬのだが、何者かに生徒を(そそのか)させて事件に至ったとのことにござった。」


と話した。私は、


「そこまで分かっているのなら!」


と言うと、長谷川様が、


「そのように、(にら)みつけるものではない。」


と言われた。どうも、自分では冷静なつもりでも、頭にきて興奮していたようだ。私は、


「すみません。」


と謝ると、岡本様が、


「まぁ、仕方もあるまい。

 が、この話、これで全てではない。

 まだ、引っかかる点があってな。

 学生にしては手際(てぎわ)が良すぎるのだ。」


と言った。私は、


「手際がですか?」


と聞くと、岡本様は、


「うむ。

 先の証言もそうだが、状況証拠はいくつか出てきておるが、決定的な証拠は出てきておらぬ。

 つまり、先程の話の『何者か』が問題にござってな。

 場合に寄っては、御用商人の筆頭の倅に濡れ衣を着せるため、何者かが仕掛けた可能性もあるのでござるよ。」


と説明し、


「ここまでが、奥方殿の調査についての話にござる。

 これは、あくまで推測ゆえ、決して他言せぬように。」


と釘を打たれた。私は釈然(しゃくぜん)としなかったが、


「はい。」


と同意した。

 岡本様は、


「次に、ご禁制の品の件であるな。

 これもまた利害関係をたどれば、御用商人の筆頭が一番割りを食っていたのでござる。」


と言った。私は、


「割りを食うというのは?」


と聞くと、岡本様は、


「うむ。

 御用商人に出す予算が100として、今までは50を筆頭が取り扱っておった。

 が、御用商人に更科屋が増え1割食い込んだとすると、元の御用商人達は大体が1割ほど減ることになるのでござる。

 筆頭であれば、1割の5を引けば45であろう?

 このように、取引が大きかったところほど割りを食っておるゆえ、筆頭が一番割りを食っている事になるという訳にござる。

 まぁ、実際には品物の質も種類も違うゆえ、ここまで単純な話ではござらぬがな。

 が、簡略して言うならば、このような感じにござる。」


と説明した。私は、


「これはよく分かりました。

 ありがとうございます。」


とお礼を言うと、岡本様も満足そうに、


「うむ。」


と返した。

 岡本様は、


「一方で、更科屋が所謂(いわゆる)袖の下を出さぬということで、一つ噂が出ておってな。」


と話し始めた。私は話を止めて、


「役人に賄賂(わいろ)は禁止なのでは?」


と聞くと、


「そのとおりである。」


と言った。佳央様が、


<<まっとうじゃない。>>


と不思議そうに言った。岡本様は背筋を(ただ)し、


「はい。

 ですが、他の御用商人は袖の下を出しているのでござる。」


と答えた。私は、


「むしろ、そちらを捕まえる必要はないのですか?」


と聞くと、岡本様は、


「正論にござるが、現実には横行してござる。

 特に、木っ端役人は収入が少ないゆえ、なにかにつけ些少(さしょう)握らせるのが通例となっておってな。

 が、そこは問題ではござらぬ。」


と苦笑いをした。私が首をひねると岡本様は、


「そこを理解してもらわねば、話が進まぬのでござるが・・・つまりでござるな。

 まず、御用商人に取り立てれば、袖の下の貰える先が増えると目論んで更科屋を推挙したとしてでござるな。

 目論見通り、更科屋が御用商人に取り立てられたにもかかわらず、更科屋は出さぬわけでござるよ。

 宛が外れたわけでござろう?

 禁止されている手前、表立って出せとも言えぬ。

 袖の下が無いことを理由に、御用商人から外すことも出来ぬ。

 ゆえに、嫌がらせをしたのではないかというのが、この噂の論法にござるよ。」


と噂がどういうものかを説明した。私は、


「なんか、()に落ちない噂ですね・・・。」


と感想を言ったのだが、ふと思いついて、


「岡本様が担当の役人でしたら、裏から手を回されてしまうのですか。」


と冗談で聞いてみた。

 すると岡本様は仄暗(ほのぐら)い笑みを浮かべ、


「それが利権というものにござる。」


と肯定した。私は、岡本様を信用しても大丈夫なものかと、急に不安に感じた。

 佳央様も同じように思ったらしく、


<<岡本、捕まえる側よね?>>


と確認した。すると岡本様は、


勿論(もちろん)にござる。

 今はそういう輩を捕まえれば金一封となるゆえ、しっかり証拠を抑えて対処致すに決まっておろう。」


と返した。岡本様はひとつ咳払いをして、


「という風に言われて、どのように感じたでござるか?

 本当に袖の下を貰うかはともかくとして、拙者が言いたいことは、立場で振る舞いも変わるということにござるな。」


と言ってニヤリと笑った。

 この雰囲気から、岡本様は私の冗談に悪戯(いたずら)で返したようである。

 岡本様は、


「それと、もう一つ。

 今の利権の話で、拙者が裏でどこかと通じているのではないかと疑い申さなかったか?」


と聞いてきた。私はそこまで考えていなかったが、佳央様は、


<<当然よ。

  そんな事を言い出す人間なんて、信用できるわけないでしょ。>>


と答えた。どうやら、私の考えが浅いらしい。

 岡本様は、


「こういった感じで、簡単に不信感を煽ることは出来るのでござる。

 噂をばらまくというのは、得意な者にとっては造作もないことにござろうな。」


と言った。私は少し考えてから、


「・・・つまり、噂段階での情報に信憑性(しんぴょうせい)はないと言いたいのですね?」


と尋ねると、岡本様は、


「うむ。

 火のない所に煙は立たないと言うゆえ検証は致すが、(まこと)であることは稀にござるな。」


と答えた。


 結局の所、今回ここに呼ばれたのは、最初に話が出た長谷川様が調査中の情報を漏らしたことを謝りたかったという、この一点だけだったらしい。

 岡本様は偶然そこにい合わせただけで、ご禁制の品の件の調査状況を私に伝えたのは、調査を行っているのか心配している頃だろうと考えての配慮だったそうだ。

 この感じでは、どちらの件の調査も、まだ時間がかかりそうだ。

 ということで、今日の話で確定的なことは何もなさそうだったので、特別聞かれでもしない限り更科家の皆さんにも話さないほうがいいだろうと思ったのだった。


 以前も書いたように思いますが、藪入りというのは、江戸時代の夏休みに当たります。

 旧暦の7月16日で、今年であれば9月3日となります。

 この藪入りですが、お盆(旧暦の7月15日)の翌日となっています。


 このお盆ですが、現在は8月15日を指します。

 これ、実は明治政府が新暦を採用した時、お盆をそのまま7月15日にしようとしたのだそうですが、そうすると農繁期と重なってイベントが出来ない地域があるので、月遅れ盆として8月15日が定着していったのだそうです。


・お盆

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