剣士、二人
お祖母様から『罵声を浴びせられるかもしれない』と言われ2週間が過ぎたある日のこと。
今日は、佳央様と湖月村まで反物を取りに来ていた。
佳央様には村に入る前に、竜人化して冒険者風の服に着替え、腰に短刀を下げてもらっている。
これは、竜の姿だと村人が怖がることと、単に竜人化しただけの佳央様を連れていると、女連れで不真面目に仕事をしているように思われるからだ。冒険者を連れているということなら、あまり妬まれるという事もないだろうと考えていた。だが、今日は村に入るなり、村民から変な目で見られていた。
私は1泊した後、職人さんの家に着くと、
「すみません、弥之助さん。
更科屋に届ける荷の回収に参りました。」
と声をかけた。
前回はすぐに出てきたのだが、今回は出てこない。
私はもう一度、
「弥之助さん?」
と声をかけた。すると職人さんの家の引き戸が少し開き、職人さんが申し訳なさそうに言ってきた。
「すまんが、更科屋と取引出来んことになった。
わしゃ、更科屋はそんな事はせんと言ったんだが、罪人の店とは取引するなってな。」
と言った。私は、
「誰がそんな事を言っているのですか?」
と聞くと、職人さんは、
「それも、言うわけにもいかん。」
と返した。私は、村でそういう決まりを作ったのだろうかと思った。もしそうなら、決まりをやぶれば村八分になりかねない。
私は、
「すみません。
余計なことを聞きました。
私の村でも、誰かが言いつけたとなれば、仮にそれが良かれと思ってやったことでも禍根が残ります。
今の質問は、無かったことにして下さい。」
と謝った。
職人さんも私が今の状況を察したのだと気づいたのか、
「すまんな。」
とだけ謝った。職人さんは、
「それで、品物は出すわけにはいかんが、どうしても更科屋さんに見せたい反物がある。
前回、講評してもらった反物の改良品だ。
本当は頼めた義理ではないが、すまんが、持って行ってくれまいか?」
と言われた。なんとなく、声が震えている。
職人さんの部屋の中には、他に何人か殺気を出しているように感じた。他の村人か、それとも賊か。
私は少し考えてから、
「それでは、その反物を出してもらってもいいですか?」
と聞いた。すると、職人さんは、
「ここにはない。
村はずれの、染色で使う方と逆の川の方に隠してある。」
と答えた。竜の里の方に続く谷のようだ。私は、
「峠に近い方の谷ですか。
それで、目印とかはありますか?」
と聞いた。すると職人さんは、
「行けば分かる・・・筈だ。」
と言った。私は、下手に刺激して職人さんが殺されるような事態になったらいけないと思い、
「分かりました。
もし、見つからなかったらまた来ますので、すみませんがその時はもう少し詳しくお願いします。」
と、中に人がいることには気がついていないふりをして話した。
佳央様が、
「いいの?」
と聞いてきた。佳央様も、中の状況に気がついているのだろう。
私は、
「よく判りませんが、品物があるのなら行ってみましょう。
それが、私の仕事ですから。」
と言って、谷の方に歩き出した。
暫く歩くと、職人さんの家から人が出てきた気配がした。
殺気を放っていた連中だ。
だが、少し距離が離れたせいで、何人出てきたかまでは分からない。
私は佳央様に、
「何人でしょうか?」
と尋ねると、佳央様は、
「そうね。
出たのが二人。
一人は残ったみたいね。」
と言った。私は、職人さんの所にまだ仲間が残ったようなので、今すぐ職人さんの所に引き返すのは悪手だろうと思った。
そのまま佳央様と二人、谷まで歩く。
谷に着いて私が反物を探し始めると、後ろから、
「冒険者1人連れたぐらいで、調子に乗るなよ?
なぁ、坊主。」
と言ってきた。
振り返ると、そこには体格の良い二人組の剣士が立っていた。
外見は浪人様を装ってはいるが、この二人は職人さんのところから出てきた奴らだ。
一人は精悍な目つきで端正な顔立ちで、もう一人は、やや面長で佳央様をいやらしい目つきで見ている。
私は、
「あなた方は?」
と聞いた。するといやらしい目つきをした剣士が、
「質問するのは、こっちの方だ。
痛い目を見たくなかったら、背負子の荷物を渡しな。」
と言ってきた。今はまだ荷物を受け取っていないので、背負子の荷物は私と佳央様の私物だけだ。
中身も、これから大杉町の更科屋までの帰路なので、僅かばかりのお金とお弁当と水。あとは、手ぬぐいや換えの褌くらいだ。
私が戸惑っていると、佳央様が、
「物取り?
すぐにやっつけてあげる。」
と挑発した。端正な顔立ちの剣士が剣を抜き、
「威勢が良いな。
俺が遊んでやろう。」
と言うと、佳央様は慌てて自分の体を抱きしめるようにして、
「悍ましいこと、言わないで。
・・・切るわよ。」
と引きつった顔で返した。
佳央様の視線が、やや低い。どこを切るというのだろうか。私は、密かに戦慄した。
端正な顔立ちの剣士も動揺したようで、
「いや、拙者が言っておる遊ぶというのは、戦うという意味であってだな。」
としどろもどろだ。私は、次兄から、浪人というのは言葉遣いがなっていない無頼の者だと聞いていたので、
「どちらの御家中の、お武家様ですか?」
とカマをかけてみた。すると端正な顔立ちの剣士が、
「なっ!」
と慌てて口をつぐんだ。
期待した反応とは違うが、本当に浪人ならこの反応はおかしいに違いない。
私は、おそらく答えてはくれないだろうと思いつつも、
「あなた方は、いったい何者ですか?」
と確認した。すると、いやらしい目つきをした剣士のほうが案の定、
「お前たちに名乗ると思うか?
馬鹿者共が。」
と言ってきた。佳央様が、
「和人、頭にきたから本当にやっていい?」
と聞いてきた。剣士二人が顔を見合わせる。
端正な顔立ちの剣士が、
「冒険者風情が、その若さでは大した腕もあるまいに。」
と薄笑いを浮かべた。
私は、
「佳央様、程々でお願いします。
後で、話を聞かないといけませんし。」
と返すと、剣士二人はハッとした顔をしたかと思うと、みるみる真っ青になっていった。
端正な顔立ちの剣士が、
「そちらは、拳骨の山上様で?」
と何故か恐る恐るという感じで敬語で話してきた。
私は、
「不本意ながら。」
と答えると、二人共、土下座した。
端正な顔立ちの剣士が、
「申し訳ありません。
知らぬこととは言え、平に!」
と、さっきまでと打って変わった態度だ。
私は、岡本様が調べていると言っていたのを思い出し。
「ひょっとして、御用の方ですか?」
と聞いてみた。すると、驚いたような顔をして頭を上げてきた。
佳央様も事情に気がついたようで、
「張り込みをするなら、もう少し上手くやりなさい。」
と苦笑いをしてた。佳央様は、
「それで結局、ここには反物はあるの?
ないの?」
と確認した。二人も苦笑しながら、
「申し訳ありません。
その、申し上げにくいのですが・・・。
お二人が一味と見て、そのまま捕縛するつもりで参りましたもので・・・。」
と答えた。どうやらここに反物はないらしい。
私は、
「岡本様から、反物を取りに行っていると聞いていませんでしたか?」
と聞くと、端正な顔立ちの剣士が、
「もちろん聞いてはいましたが、歩荷と竜の組み合わせと聞いていましたので、偽物と思い込んでしまいました。
よもや竜人化しているとは思ってもおらず、大変申し訳ありません。
それと、職人の家には、ちゃんと反物はありますので、ご容赦を。」
と声が震えていた。
もう少し詳しく話を聞いた所、この二人は梨本 仁兵衛様と正岡 半衛門様と言うそうで、予想通り火盗改だった。で、私と佳央様を偽物と判断したので、商品を受け取った後に品物を入れ替えたのではないかと疑っていたそうだ。谷まで連れ出したのは、荒事も厭わないつもりだったからなのだそうだ。
この後、職人さんからは無事、試作の反物を受け取ることができた。
職人さんが言うには、独立したての頃、誰も自分の商品を扱ってくれなかったが、更科屋さんに取り扱ってもらえるように頼み込んだ時、毎月少なくとも1本は自分の工夫をした反物を作て見せることを条件に取り扱ってもいいと言われたそうだ。反物を送ると、どう良かったのか、逆に悪かったのかを教えてくれる。
それで、他の村人から取引をしないように止められていたのだが、講評だけはしてもらいたくて、村八分覚悟で私に反物を託して見てもらうことにしたらしい。
職人としての覚悟を感じる。
佳央様と私は、職人さんのことを火盗改の人にお願いして、この日は湖月村を後にした。
夜になり更科屋まで訪ね、お祖母様にこの件を報告すると、
「火盗改の奴らにかい?
そんなヘマをやらかしたら、引っかかるのも引っかからないだろうに。
本当に半年、1年の長丁場になりそうだねぇ。」
とため息を付いていた。
お祖母様は、
「そうそう、すまないが次に行くとき、反物の感想を届けておくれ。
感想は茂から聞いとくれ。」
と指示を受けた。私は、
「次に行った時、反物は貰えないかも知れませんが、如何いたしましょうか。」
とお祖母様に尋ねると、お祖母様は、
「そのくらいの手間賃は出すから、心配おしな。
こういうものはね、諦めていない姿勢を見せるのが肝心なのさ。
何もなくても、取りに行っとくれ。」
と返事をした。
今回の件は、結局火盗改が原因だったので何の手がかりもなしということになる。
私は、いつまでこんな状態が続くのだろうかと不安に思ったのだった。
江戸時代、火盗改は基本的に庶民からは不人気だったそうです。
なんでも、武装した盗賊に対応するため、かなり手荒なことをやっていたそうで、冤罪も多かったのだそうです。
鬼犯でお馴染みの長谷川宣以は庶民にも人気があったそうですが、こういう長官は稀だったそうです。
・火付盗賊改方
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・長谷川宣以
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