飯時に言うんじゃない!
女中さんが、次の料理を運んできた。
お皿には、お箸で摘みやすい大きさに切られた焼いてある肉が並んでいる。
この料理、女中さんの説明では、『鯨肉の塩麹、炙り』と言うそうだ。
本来は、鯨肉を塩麹に半日漬け込んで旨味を増やした後に炭火で炙るそうだが、今回は時間もなかったので、塩麹に漬け込んだ後、【発酵】という魔法を使った後に、炭火で炙ったそうだ。
発酵は更科さんも使えるので、美味しかったら他のお肉でもいいから挑戦して欲しいものだ。
不知火様が一口食べると、
「なるほど、これは美味いな。
が、こんなに上品に並んでいては、すぐに無くなりそうだ。」
と言った。おそらく、お皿に山盛りで食べたいということなのだろう。
田中先輩が、
「それもそうだな。」
と言って女中を呼び、不知火様に同じ物を山盛りで作るように依頼した。
この時、赤竜帝、蒼竜様、雫様、ニコラ様、レモンさん、久堅さん、野辺山さんと次兄も同じくおかわりを山盛りで出して欲しいと要求した。さっきの鯨肉のお刺し身の時、不知火様と一緒におかわりを頼まなかったのは、遠慮していたからか、それとも口に合わなかったからかは謎である。
いつも肉、肉と言っている更科さんがおかわりを要求しなかったのは、竜人の大きな胃袋を知っているからだろう。恐らく、おかわりをした人間は後で後悔するに違いない。
女中さんに呼ばれて、田中先輩が部屋から連れ出された。
暫くして田中先輩は部屋に戻って来たのだが、
「追加の鯨肉が渡してきただけだ。」
と言って理由を説明した。どうやら、皆さんの食欲が旺盛なので、最初に渡した分がもう無くなるということなのだろう。
ニコラ様が、
「そういえば、今回の酒は若干だが、苦味がないか?」
と言い出した。するとレモンさんが、
「料理に合わせたんじゃないか?
強い味のものには、特徴のある酒が合うからだろ。
先日、大吟醸という酒を飲んだが、あれはスッキリしすぎてこの肉に合わせるには弱いだろう。」
と言った。するとニコラ様は、
「酒の種類が違うか。
確かに、今日の酒は薄くだが、琥珀色が付いているようにも見えるな。」
と言うと、蒼竜様が、
「これは、おそらく常温で寝かせた古酒の類であろう。
蔵元は、出来た酒をすぐに金に変えたがるのだが、実は寝かせたほうが深みが出る。
この苦味がまた、鯨肉とよく合っておる。」
と返した。ニコラ様は、
「なるほど、熟成させたわけか。
そう言えば、wineを出す時、寝かせた年数を言うものだが、こちらでは聞いておらぬな。」
と疑問を持ったようだ。レモンさんも、
「俺も、前に何年ものか聞いたんだが、さっぱり要領を得なかったぞ。」
と返した。田中先輩が、
「それは、さっき蒼竜が話した通りだ。
蔵元は、米が収穫されて次の仕込みが始まる頃には全て売り切る。
年代物を作るには保存する場所がいるが、そういうのは嫌がるからな。」
と言った。野辺山さんが、
「場所を確保するにも、金がかかるしな。」
と付け加えた。ニコラ様もレモンさんも首をひねっている。
レモンさんが、
「こっちの国ではそういう事になっているのか。
なら、この酒は、さぞ高いんだろうな。」
と言うと、蒼竜様が、
「そこまで高いわけではない。
が、どうも、一般的には若々しい、出来たての味のほうが好まれる傾向にあるようなのだ。
拙者の味覚が少数派なのやもしれぬ。」
と説明すると、レモンさんは、
「美味くなるんだよな?」
と疑い始めた。すると蒼竜様は、
「拙者は、こちらの方が美味しく感じる。」
と歯切れが悪い。野辺山さんが、
「まぁ、普段食べる料理や、飲み慣れた酒によるんじゃないですか。」
と言うと、田中先輩も、
「苦味が美味いと分かるためには、何度も食べる必要があるのと同じというわけじゃないか?
それなら、何十年も酒を飲んできた蒼竜と人間の間に味覚の違いが出てもおかしくないだろ。」
と納得したようだった。レモンさんが、
「赤竜帝は、この酒、どうよ。」
と聞いた。
───一瞬、場が固まる。
無礼講と言うのは話しかけてもいいという意味あいであって、敬意を払った話し方をするのが礼儀なのだが、赤竜帝に質問するには言葉に丁寧さが足りていない。
が、赤竜帝は普通に、
「ふむ。
これは、良い取り合わせである。」
と何事もなかったかのように返した。不知火様が、
「レモン、少し酔っているようだな。
一緒に、外の風に当たらぬか?」
と、言外に叱りつけようとしているようだ。
が、レモンさんは、
「そう言えば、そろそろ外に出ようと思っていたところです。」
と言った。顔色から、これから叱られると思っていないようだ。
赤竜帝が、
「なら、一緒に行くとしよう。」
と立ち上がろうとした。不知火様は、
「それには及びませぬ。」
と言ったのだが、眉を顰め、
「及ばぬも何も、一緒に行ってはいけない理由でもあるのか?」
と聞いたので、不知火様は、
「こういう事は、こちらでやっておきますので。」
と言った。赤竜帝は、
「何か、やるつもりであるのか?」
と確認した。不知火様は言いにくそうに、
「その・・・、あまりに不敬でしたので。」
と話した。赤竜帝は、
「酒の席でもある。
そのような些事は構わぬ。」
と逆に不知火様を軽く睨みつけた。
不知火様は、
「御意。」
と言ったが、レモンさんは、
「・・・?
不知火様は、外に行かないのか?」
と聞いた。ここまで聞いても、叱られようとしていたと分かっていないようなので、レモンさんはかなりお酒を飲んでいるようだ。
続けてレモンさんは、
「いや、酒のあの色をじっと見ていたら小便が近くなってな?」
と言うと、慌ててニコラ様が、
「早く行ってこい!
というか、そのようなこと、飯時に言うんじゃない!」
と流石に叱りつけていた。レモンさんはしまったという顔をして、
「すまん。
こういう時は、頭を下げるんだったな。」
と言って頭を下げると、そのまま膝をついて、すぐに手を口に当て、
「・・・飲みすぎたようだ。」
と言った。私はそのまま吐かれても困るので、慌ててレモンさんを部屋の外に連れ出した。
なぜか、赤竜帝もついてきた。
私は責任感か何かだろうかと思いながら、レモンさんを介抱して厠まで連れて行った。
厠は、母屋と別棟になっている。
満月ではないが、月明かりが格子から厠の中に差し込んでいて、それなりに明かりが確保できている。
赤竜帝は、私がレモンさんを介抱している側で用を足していたので、単に厠に来たかっただけで、他意はなかったようだ。
私はレモンさんに、
「いい年なんですから、自分の飲める量を弁えてくださいよ。」
と言うと、用を足していた赤竜帝が、
「竜ですら、量が分からぬものがおるのだ。
人間なら、なおのことであろう。」
と言った。なんとなく、苦笑いしている気がする。
赤竜帝は、
「それよりも、さっきは久々に普通に接してもらえて新鮮であった。」
と、声色から、不敬を咎めるどころか逆に嬉しそうだった。
私は、
「レモン様もニコラさんも久堅さんから言葉を習ったと聞きましたが、単に敬語の勉強をしていなかっただけだと思いますよ?」
と言うと、赤竜帝は、
「なるほど。
それなら、尚のこと叱るわけにもゆかぬな。」
と頷いた。私は、
「叱るつもりなどあったのですか?」
と聞くと、赤竜帝は、
「ふふっ。
それを聞くか?
まぁ、ないな。」
と言った。
暫くして、用を足し終えた赤竜帝から、
「先に戻るが、山上はどうする?」
と聞いてきた。私は少し考えてから、
「もう少し、レモンさんを見ています。」
と答えると、赤竜帝は、
「分かった。
まぁ、誰かに水でも持っていかせよう。」
と言って厠を後にした。
結局この日は、私は結局宴が終わるまでレモンの介抱をすることになった。
その後、レモンさんを久堅さんに任せて自分の部屋に帰ったのだが、既に門は閉まっている時間だったので、更科さんも部屋に泊めた。
布団は更科さんと佳央様の二人で使ってもらって、私は今日も寝袋で寝た。
ちなみに佳央様は竜の姿に戻ったので、何か事件が起こる事もなかった。
これで本章は終わりです。
この後、人物紹介と閑話をアップ予定です。