蒼竜様は小賢しい真似が得意
次の料理が運ばれてきた。
新生姜の鯨肉巻きというそうで、名前の通り、新生姜に鯨肉を巻いて焼いてあり、何かのタレがかかっている。
一口頂くと、肉らしい旨味と、生姜の刺激が絶妙だ。タレは、煮切りの酒と味醂、後は醤油で作ったのではないかと思うのだが、程よい甘みや旨味、そして塩っ気を鯨肉に与えている。
私は、さっきのお刺し身と違ってこっちは当たりだなと思った。
不知火様が、
「それで、蒼竜はどうだったんだ?」
と聞くと、蒼竜様は、
「拙者か?
赤井は力押しだから、話をするようなことはなかったぞ。」
と言った。私は、蒼竜様がニコラ様に、結界が助かったと言っていたのを思い出し、
「ニコラ様もご活躍だったのですよね。」
と言うと、ニコラ様は、
「まぁな。
が、蒼竜のやつ、見たことのない戦法を使ってな。」
と楽しそうに言った。私は、
「どのような戦法ですか?」
と聞くと、ニコラ様は、
「こやつ、赤井のbreath・・・、では解らんか。
口から吐いた炎に結界を張って対抗はしていたんだが、なんかぎこちなくてな。
門の前に結界を張ってやって、後ろは気にするなと言ってやったんだがな。
蒼竜のやつ、ひと目で『魔法も物理もいける結界か』と看破するまでは良かったんだが、自分で張っていた結界を解くや、赤井に突っ込んでいきやがった。
後から冷静に考えれば、蒼竜も竜だからそういう芸当も出来るんだろうが、まさか、竜の炎を突っ切るやつがいるとは思わないから驚いたのなんの。」
と笑った。そして、ニコラ様は、
「で、ここからが問題の戦法なんだがな。
蒼竜の奴、赤井の炎を突っ切った後、いきなり尻尾を掴んだかと思ったら門に向かって放り投げてな。
結界にぶつけやがったのさ。
この国では、結界を壁の代わりに使うものなのか?」
と質問をした。蒼竜様は、
「いや、丁度手頃な堅い壁が出来たであろう?
使わない手もあるまいと思ってな。」
と言った。ニコラ様は、
「確かに、地面にぶつけるよりも結界にぶつけたほうが堅いから、damage・・・」
と言いかけて止まると、久堅様が、
「damageか?
怪我をおわせるとか、体力が削れるといった意味合いでいいか?」
と言うと、ニコラ様は、
「そうそう。
まぁ、そういう事だ。
ハプスニルでは、結界は守るもので、体力を削るためにぶつけたりはしないからな。
積極的にぶつけて攻撃に使うなど、初めて見たぞ。」
と楽しそうに言った。不知火様が、
「こやつは、昔からそういう小賢しい真似が得意でな。
敵に回すと、面倒なことこの上ない。」
と昔を思い出してか、苦笑いをした。ニコラ様が、
「まぁ、ある種の連携だな。」
と言うと、田中先輩は、
「なるほど、蒼竜にしては珍しいな。
1対1ではなくて2対1で戦ったのか。」
と不思議そうに言った。蒼竜様は、
「・・・ん?
拙者は、正々堂々1対1で・・・っ!
しまった!
拙者としたことが、2対1になっておったのか!」
と、今更ながらに驚いていた。私が、
「ニコラ様に結界のお礼を言ってたではありませんか。
私はてっきり、ニコラ様のご厚意に甘えたと思っていたのですが。」
と言うと、蒼竜様は、
「いや、確かに言ったが、そのようなつもりでは無かったのだ。」
と言った。蒼竜様のおどおどしている姿は、あまり見たことがないので新鮮だ。
不知火様が、
「それで、その一撃で方が付いたのか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「いや、まだまだ体力は残っておってな。
なかなかどうして。
10までは行かなぬが、その手前くらいの数だけ結界にぶつけ、ようやくといった感じであった。
力押しゆえ負ける気はしなかったが、久しぶりに手応えがあったぞ。」
と言った。
この話だけだと、一方的に何度も掴んでは結界に投げつけたように聞こえる。
私は他にも何かあったのではないかと思い、
「蒼竜様。
それで、赤井様はどんな反撃をしてきたのですか?」
と聞いた。蒼竜様は、
「ふむ。
流石に何度も結界に打ち付けられると、拙者が次にどう動くかも読まれてしまったようでな。
不覚にも、上手く逃げられて尻尾を掴みそこねたのだ。」
と言った。すると雫様が、
「あったなぁ。
赤井がさっと身を翻したかと思ったら、後ろも振り向かずにそのまま鞭のように尻尾をしならせてな。
バチッと一撃、後頭部に入ったんや。」
と言った。蒼竜様が、
「うむ。
それで赤井のやつ、そのまま体を反転しながら爪を振るってきてな。
拙者は間一髪、その下をかいくぐったのだ。」
と説明した。雫様が、
「そうそう。
雅弘、格好良かったで。
こう、気配だけ読んでサッとな。」
と手振りを交えて解説した。蒼竜様は、
「いや、さすがに頭がクラクラしていたゆえ、読み切ってはいなかったぞ?
ただ、見たままに反応しただけだ。」
と言った。不知火様が、
「なるほど、体が勝手に反応したのだな。
俺も、体が覚えていて無意識に回避することがあるぞ。」
と頷いた。蒼竜様も、
「そういう感じであるな。
昔の経験が、そのまま体に出たのであろう。」
と同意した。ニコラ様が、
「流石、歴戦ということか。」
と言うと、何か思い出したようで、
「人間でも、たまに天才がいてな。
そういう連中が出てくると、戦場は大体そいつらに持っていかれるのだがな。」
と言ってニヤリとした。そして、
「ところが、天才の足を掬うのは、修羅場を何度もくぐり抜けた凡人だったりすものだ。」
と言った。不知火様が、
「然り。」
と合いの手を入れる。ニコラ様は、
「物語なら誰もが淀みなく戦いながら、何行にも渡って心情やら思い出やらを書いて読者を楽しませるのだろうが、実際は違う。
凡人が戦っているなら、何か考えた瞬間に命が消える。
周りが見えているやつでも、1手先までだな。
俺みたいな天才ですら、その場では概念で3手先がせいぜいだ。
だが、修羅場を何度も生き残った奴らは、更にその先まで想定した動きをすることがある。」
と語った。不知火様が、
「それはそうだ。
軍の訓練というものは、数手先まで考えたありとあらゆる状況を体に染み込ませるところにある。
そうすればいざという時、何も考えずとも体が動くからな。」
と言った。すると、久堅さんも、
「冒険者でも、そういうところはあるぞ?
実戦で同じ魔獣の討伐依頼を何度も受ければ、結果として似た動きを反復することになるからな。
こう、あの時こう動いたらか生き残れた、という感覚を体が思い出すんだ。」
と言った。ニコラ様が、
「まぁ、そうだろうな。
魔獣は直感で動く奴らが多いが、天才も似た所がある。
要は凡人でも、訓練をしっかりすれば、天才さえも対応できずに嵌め殺しにすることが出来るというわけだ。」
と上手く纏めてニヤリを笑った。久堅さんから、
「いや、嵌め殺しってのは、開かない窓のことだからな?
嵌め手みたいなもんだって言いたいんだろ?」
と突っ込みが入った。ニコラ様は、
「そうなのか?」
と、あまり分かっていないようだった。
実は、私も分かっていなかったので、上手く纏めたと言うのは私の勘違いだったようだ。
不知火様が、
「まぁ、俺達が修羅場を与えたから今があるということだな。」
と言うと、田中先輩が、
「修羅場というのは、俺と蒼竜が追われていた頃の話か?」
と聞いた。私は、不知火様の『俺達が与えた』という部分に引っ掛かりを覚えた。
不知火様は、
「そうだ。
よもや、あの程度は修羅場でないなどと言い出したりはすまいな?」
と聞くと、田中先輩は、
「いや、流石にそうは言わないぞ。
なにせ、やってきた数が多かったからな。
それに、仇討ちが増えたら、また刺客が増えるだろ?
殺さないで倒さないといけないという縛りがあったから、なおのことな。」
と返した。不知火様は、
「そういう縛りは余裕がないと出来ないだろうが。
あれだけ刺客を送って、まだ余裕があったということか?」
と困惑している。しかし蒼竜様は、
「いや、流石に何人もの竜人を同時に相手にした後はくたびれたぞ。
どうにもならず、疲れてそのまま寝ることもあったぐらいだ。」
と苦笑いをした。田中先輩も、
「そうだったな。
何度か、見張りも立てる事も出来ずに、疲れてそのまま二人でぶっ倒れて爆睡をしたりもしたな。」
と言うと、蒼竜様は、
「うむ。
今、思い出しても、よく魔獣に殺られなかったものだと思うが、田中、結界でも張っていたのか?」
と今更のような質問をした。田中先輩は、
「いや。
そもそも、そんな余裕は無かったからな。」
と返すと、蒼竜様と二人で見つめてから、大笑いした。
田中先輩が、
「そういえば、蒼竜は見張りの時、変な寝方をすることがあってな。
船を漕ぐことは勿論、立ったまま寝たりするんだ。」
と言った。雫様が、
「その時、『寝てはおらぬ!』とか言ってなかったか?」
と聞くと、田中先輩は、
「確かに言っていたな。
過去、一番おかしかったのは、剣を抜いて脇構えを基本に右に左にグラグラしながら寝ていていた時か。
あんなに揺れれば倒れそうなものだが、なぜか倒れることもなくてな。」
と、手でその時の蒼竜様を再現してみせた。まっすぐ垂直から半分くらいまでぐらぐらと傾けている。
そして、言葉に合わせて手振り、
「時にグルッと回ったかと思うと、構えも下段に変わったりしてな。
声をかけたら、『寝てはおらぬ!』だろ?」
と話した。蒼竜様が、
「あれは・・・、寝てはおらぬぞ。
見張りだからな、寝てはおらぬ。」
とばつが悪そうな顔をした。不知火様が、
「そんな事があったのか。
二人とも寝てる隙に、魔獣に殺られればよかったものを。
まぁ、魔獣に襲われてくたばるようなら、我らがあれほど手こずりはしなかった筈だがな。」
と言って豪快に笑った。
赤竜帝が、
「話を戻すが、大筋は分かった。
しかし、赤光とやらは、その間も黙って見ておったのか?」
と質問をした。
すると雫様が、
「そりゃ、うちが見とったんや。
格下の赤光じゃ、動けへんに決まっとるやろ。」
と言って、雫様のお皿に残っていた最後の新生姜の鯨肉巻きを箸で摘むと、肉の巻いてある部分を豪快に一口で食べた。
女性として、その行動はどうなのだろうと思ったのは、秘密である。
本文中で久堅さんが「嵌め手みたいなもんだ」と言っていますが、素面だった場合は『追い落としみたいなもんだ』と言った筈です。
嵌め手も追い落としも囲碁の用語なのですが、嵌め手は相手を罠に掛ける|手で、上手く対処されると仕掛けたほうが逆に不利になります。でも、『追い落とし』は成立すれば助かりません。
あと、不知火様が『数手先まで考えたありとあらゆる状況を体に染み込ませる』と言っているのは、剣道などで言う形稽古を指しています。実戦では、相手は形の通り来るわけではありませんが、各流派で実践的な形を発展させているように、軍でもいろいろと形を発展させている想定です。
もう一つ、蒼竜様は現代ではほぼ見ることの出来ない脇構えを使う想定です。
脇構えは、右足を引き刀を後ろに下げて構えます。
正面からは左ががら空きに見える一方、太刀が体から隠れるので間合いが判りませんし、下段の構えに移行しやすく、後ろからの奇襲にも対応しやすいと言われています。
ただ、現代では剣道で使う竹刀の長さがだいたい決まっている事もあり、ほとんどメリットもないため廃れてしまったそうです。
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