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丸膳で鯨肉

 その日の夜、丸膳(まるぜん)で飲むことになった。

 今日の宴会には、主催者の冒険者組合の数名と、葛町の防衛で活躍した蒼竜様、雫様、佳央様と、ニコラ様ご一行と私、後は私の妻の更科さんと、なぜか次兄も一緒に来ることになっていた。


 かなりの大所帯である。


 店に着くと、蒼竜様が春高山の向こうで戦っていた数名も来るので席を3席追加して欲しいと言った。

 確かに、蒼竜様は雫様から言われて、念話を使って、向こうにいる田中先輩に鯨肉を持ってくるように依頼していた。だが、戦いが終わってすぐだ。まさか、田中先輩が今日戻って来るとは思ってもみなかった。

 私は蒼竜様に、


「今日、もう来られるのですか?」


と聞くと、蒼竜様は、


「うむ。

 上が許可を出したのでな。」


と答えたのだが、眉間に皺を寄せ、少し困っているようだった。

 私は不思議に思ったので、


「蒼竜様、何か問題でもあったのですか?」


と聞くと、蒼竜様は、


「いや、念話をしていた相手がだな。

 その・・・、赤竜帝だったのだ。」


と答えた。私は思わず、咳き込んでしまった。

 普通、そのような連絡は本人に直接するか、下っ端の人にちょこっと伝言をお願いするものだ。

 なのに、よりによって赤竜帝に連絡をお願いしたらしいのだ。


 蒼竜様に詳しく聞いた所、向こうの戦場がどうなったか確認するため、一番詳しいであろう赤竜帝に状況を聞いたそうだ。そして、状況の確認が終わった後も念話で軽い雑談をしながら私達と会話をしていたそうなのだが、その流れで、田中先輩への伝言を赤竜帝に頼んでしまったらしいのだ。赤竜帝と蒼竜様がかなり仲が良いのは知っていたが、遣いっ走りの用事を頼めるほどだったらしい。

 で、田中先輩にも勿論(もちろん)伝えたが、本人まで来る事になってしまったのだそうだ。


 春高山の方角から、数頭の竜が飛んでくると、葛町のすぐ近くに降り立った。

 そのうちの1頭の背中から、田中先輩が地面に降りると、荷物を受け取った。その間に、二頭の竜が茂みに行って、竜人化して服を来て出てきた。


 赤竜帝、赤竜城で見かけた武官の竜人、田中先輩が並ぶ。


 私達はひとまず土下座をした。

 蒼竜様が、


「遠い所、お越しいただきありがとうございます。」


とお礼を言うと、赤竜帝は、


「非公式の訪問ゆえ、楽にしてもらったので良い。

 土下座も疲れるであろうから、面を上げて良いぞ。」


と言った。私は1寸ほど頭をあげると、田中先輩が、


「山上は本来は間違っていないが、この場では、立ち上がるのが正しいふるまいだぞ?」


と言われた。私は田中先輩に、


「そうなのですか?」


と言いながら頭をあげると、佳央様からも、


「それであっているわ。

 佳織も、結婚しているから大丈夫よ。」


と言ったのだが、私が恐る恐る立ち上がると、佳織も恐る恐る立ち上がっていた。

 田中先輩が、


「こいつは不知火(しらぬい)だ。

 城中であったのを覚えていないか?」


と言った。武官の竜人は不知火(しらぬい) (たける)と言うらしい。

 私は、


「お見かけしたように思います。」


と無難に返した。赤竜帝が、


「蒼竜、それで今日の場所は決まったのか?」


と聞くと、蒼竜様は、


「はい。

 準備してございます。」


と返した。

 向こうでは、赤井様達を竜の里まで連行するために動いているというのに、こっちでは宴会の話をしているというのには、少し気まずく感じた。

 不知火様が、


「では、俺はあいつ等を護送するゆえ、失礼つかまつる。」


と言って下がろうとしたのだが、不知火様は赤竜帝から直々(じきじき)に、


「どうだ、一緒に。」


と誘われた。不知火様は、


「まだ、仕事もありますので。」


と言って、一度は断ったのだが、赤竜帝からもう一度言われ、断れずに一緒に行くことになった。。

 赤井様の連行は、不知火様の部下に任せることになった。

 ただ、蒼竜様は最初から3席追加で準備させていたので、赤竜帝は初めから誘うつもりだったのだろう。


 丸膳に着くと、玄関で待っていた女将(おかみ)と挨拶を交わした。

 その後、田中先輩は大きな鯨肉と半透明の脂身に黒い何かが付いている見たこともない部位を出すと、


「今日はこれを使いたい。

 多めに渡すが、無くなったら遠慮なく言ってくれ。

 竜人が4人だから、これでも足りないだろうからな。」


と言った。女将は、


「おや、持ち込みかい?

 これは・・・、()りたてか。」


と言った。以前野辺山さんと話していたときとは、女将の口調が違う。田中先輩と仲がいいのか、あるいは、上客かどうかで使い分けているのかもしれない。

 田中先輩が、


「見てのとおりだ。

 すまんが、寝かせていない。」


と言うと、女将は少し考えて、


「そうだね。

 少し、時間がかかるよ。

 それでもいいかい?」


と言うと、田中先輩も、


「ああ。

 頼む。」


と返した。店の奥から女中さんが二人ほど来て、田中先輩から鯨肉と謎肉を受け取って持っていった。

 私は田中先輩に、


「あの、半透明の脂身に黒い何かが付いている物はどの部位なのですか?」


と聞いた。すると田中先輩は、


「あれか?

 あれは鯨の皮だ。」


と答えた。私は、


「皮なんか、美味しいのですか?」


と聞くと、田中先輩は、


「まぁ、山育ちじゃ、知らないだろうな。

 あれを味噌汁にすると、脂が出て美味(うま)いんだぞ?」


と言った。田中先輩が美味いと言うのなら、間違いないだろう。

 私は、


「なるほど、それは楽しみです。

 そうすると、ニコラ様に付いてきた・・・、」


と話していたのだが、途中で人の名前が出てこなかった。田中先輩が、


「レモンか?」


と言ったので、私はそうだったと思い出し、


「そうです。

 レモンさんです。

 レモンさんが喜びそうですね。」


と言った。田中先輩は少しニヤっとしてから、


「ひょっとしてレモンのやつ、まだいるのか?」


と聞いてきた。私の後ろから、


「まだいて、悪かったな。」


とレモンさんの声が聞こえてきた。私は、


「お疲れ様です。」


と声を掛けると、ニコラ様が、


「おう。

 お前と飲むのは初めてだったな。

 まぁ、愉快に飲もうか。」


と言った。私は、


「はい。

 お手柔らかに、宜しくお願いします。」


と言った。


 私達は朱雀(すざく)の間に通されると、野辺山さんが座る場所を指示してくれた。

 一番の上座は、当然、赤竜帝である。

 二番目は、田中先輩だ。なんでも、今日は赤竜帝や蒼竜様と話したい気分だから、二人の近くに座ることにしたらしい。

 不知火様は役職持ちなので蒼竜様よりも上。雫様は他里なので佳央様の下になる。

 私は、竜人格なので、本物の竜人よりも一つ格が落ちるという事で、雫様の下。

 ニコラ様は貴族と同格ということで、私と同格扱いの更科さんの下。

 意外なことに、レモンさんはこちらで言う上級士族相当ということらしい。

 その下に野辺山さん、久堅さん、沼田さん、里見さん、韮崎さんと続く。

 一番の末席は次兄だ。


 次兄が末席に座っているのに、自分は真ん中の方なので、なんとなく落ち着かない。

 というか、次兄が冒険者登録をしているのは大杉なので、葛町の冒険者組合に知り合いはいないらしく、借りてきた猫状態だ。

 隣の席に座っている里見さんも、正面こそ先輩だが、左右は知らない人で困惑しているようだった。というか、「何で私は連れてこられたのでしょうか」と言って、大変困惑していた。


 お膳に根菜の煮物の入った器が置かれた後、全員の盃に酒が(そそ)がれた。

 不知火様が立ち上がり、挨拶を始めた。

 ただ、不知火様は普段はお話になる方ではないのか、緊張しているようで、


「本日は、隣の里との()()()()()の対応、ご苦労であった。

 本来はこの場にいらっしゃるのも恐れ多い、赤竜帝がいらっしゃっており、粗相だけはせぬように気をつけよ。」


としどろもどろだ。赤竜帝が苦笑いしながら、


「戦場では無双なのだ。

 このような場でも無双できるように、精進せいよ?」


と駄目出しをした。不知火様は、


「申し訳ありません。」


()して謝った。赤竜帝は、


「よい。

 人間も、たまにはこのような竜人が見れて、面白かろう?」


と聞いてきた。田中先輩が、


「そのような意地の悪いことを言うものじゃないぞ。」


と言うと、赤竜帝は、


「まぁ、これで一段落付いたのだ。

 たまには、良いではないか。

 そうだ。

 どうせなら無礼講でどうだ?」


と言うと、不知火様、蒼竜様、佳央様が、


「「「御意。」」」


と言って(かしこ)まった。私も慌ててそれに習って、


「御意。」


と言うと、笑われた。

 直接の家臣というわけでもないので、別に言わなくても良かったそうだ。

 ひと笑いした後、赤竜帝は田中先輩に、


「それにお前も、ひとまず刑から開放されたわけだから良かったであろう?」


と話しているのが聞こえた。笑っている間に話し始めていたようで、最初の方は聞き取れなかった。

 田中先輩は、


「まぁ、早く終わるのはありがたいが。」


と歯切れが悪い。不知火様が話に割り込み、田中先輩に、


「最初の威嚇(いかく)で、向こうがかなり怖気づいたからな。

 あれは正直助かった。

 尻尾(しっぽ)切りと言われてから、人間としてはかなりの時間が経っていたから心配していたが、衰えるどころか強くなっていたんじゃないか?」


と言った。すると蒼竜様が話に割り込み、


「やはり田中か。

 春高山の方角から葛町(ここ)まで届いておったからな。」


と言った。田中先輩は、


「俺の威嚇がか?

 いや、流石にそんなのが分かるのは、お前達くらいじゃないのか?」


と蒼竜様としずく様の方を見て言うと、蒼竜様は、


「いや、そうでもないぞ?」


と言って、私の顔を見た。私は、


「はい。

 佳央様も感じたようです。」


と言った。ニコラ様が、


「俺と久堅も分かったぞ。

 あれだけの威嚇(いかく)だ。

 他にも分かった奴はいたんじゃないか?」


と続いた。田中先輩が、


「そうなのか?

 ちょっとやりすぎたか。」


と苦笑いした。



 ここで話が切れたと見て、女中さんが、


「失礼いたします。」


と言って、お皿ごと、新しい料理に取り替えていった。

 鯨肉の時雨煮(しぐれに)と言う料理だそうで、お肉の上に乗った繊細な針生姜と山椒の(あお)が美しい。

 箸でつまみ、口の中に入れる。

 すると、口の中に甘じょっぱさが広がり、今日の辛口のお酒ともよく合った。

 レモンさんが喜んで食べていたのは、言うまでもない。


 皆が一通り時雨煮を堪能(たんのう)した所で、蒼竜様が、


「これは、田中が撃ち落としたやつか?

 流石だな。」


と田中先輩に話を振ると、田中先輩は、


「まあな。」


とだけ、謙虚に返したのだった。


 文章だけでは席順は伝わらないと思いますが、こんな感じです。


       床の間

 田中先輩  赤竜帝

 蒼竜様   不知火様

 雫様    佳央様

 更科さん  山上くん

 レモンさん ニコラ様

 久堅さん  野辺山さん

 里見さん  沼田さん

 次兄    韮崎さん


 ここも床の間が右に寄っているからこの順ですが、真ん中にある場合は、赤竜帝が真ん中に座ることになります。

 床の間や入り口の場所によって上座が変わるのは、ややこしいので本当に止めて欲しいです。(--;)


〜〜〜

 おっさんも、これから来週末まで夏休みです。

 江戸時代にも、お盆休みに当たるものがありまして、藪入(やぶい)りと言っていたそうです。

 今と同じく実家に帰る人が多かったそうですが、実家に帰れない人は、普通に余暇として楽しんだのだとか。

 もっとも、今年はCOVID-19で実家に帰る人は少ないでしょうが・・・。

 ちなみに夏季休暇中は出掛ける予定もないので、16日まで毎日更新となります。(--;)


・藪入り

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