竜の襲来
いつもよりも長めです。
* 2023/02/23
誤記等を修正しました。
春高山の方角から田中先輩が威嚇した気配がしてすぐ、平村の方角から竜が3頭飛んできた。
徐々に、竜の姿が大きくなってくる。
そして、静かに目の前に降り立った。
蒼竜様が、
「来たか。」
と言うと、ひときわ大きな竜が、
<<蒼竜か。
相手にとって不足はないな。>>
と言った。
今、向かい合っている先には、以前、田中先輩が倒した黒山様と同じくらいの大きな赤竜が1頭と、その半分くらいの赤竜が2頭いる。雰囲気から、体の大きさに比例して強いように思えた。
こんな所にいても、良いことはない。
私は戦力にならないと思ったので、蒼竜様に任せて一旦逃げようと思い、
「次兄、相手が悪いので、逃げて下さい。」
とお願いした。しかし次兄に引く様子はなく、
「弟を置いて、逃げられるか。
見くびるなよ。」
と言った。だた、次兄の足は震えている。私は、
「では、門まで下がって守りを固めましょう。」
と言うと、更科さんが、
「じゃぁ、私もそうするわね。
話し合いに来たわけでもなさそうだし。」
と言った。私は、
「そうして下さい。」
と言うと、更科さんは、
「和人はどうするの?」
と聞いてきた。
私もそのまま門に下がるつもりだったが、念の為、
「蒼竜様、いかがしましょうか。」
とお伺いを立てた。蒼竜様は、
「ふむ。
念の為、佳央と下がっておれ。」
と、大きな竜を睨んだままで答えた。
私は、
「分かりました。
では佳央様、私達も下がりましょうか。」
と早速門に下がる気でいたのだが、佳央様は、
「一発ぐらい、魔法を撃っときたいんだけど。」
と言い出した。向こうの竜が、
<<ぐわぅっ、はっ、はっ!
なかなか威勢がいい女だな!
いいだろう!
焔太、お前、相手をしてやれ。>>
と言うと、向かって右側に控えていた赤竜が出てきた。
雫様が、
「それじゃ、残りはうちが受け持とか。」
と言った。一際大きな竜が慌てて、
<<なっ!
なんでここに雫様が!>>
と慌てて質問した。雫様は、
「うち、雅弘と結婚することになってな。
悪いけど、そっち側にはつかんで。」
と返したのだが、向かって左の竜が、
<<んな、阿呆な。>>
と返し、はっとして言った本人が苦笑いした。雫様の口調が移ったようだ。
左の竜は、大きな竜に向かって、
<<赤井様、私は如何致したら・・・。>>
と質問した。明らかに動揺している。
大きな竜は、赤井様と言うらしい。
その赤井様が、
<<雫様、ご乱心いたしたか。
が、傷つけるわけにもいくまい。
・・・肇は牽制だけしておけ。>>
と扱いに困っているようだった。
赤井様の指示を受けた左側の竜が、雫様の前に出た。
雫様が、
「いやいや。
赤光じゃ、牽制にならんやろ。」
と言った。あれは、赤光様と言うらしい。
赤光様は、
<<いや、命令だからな。>>
と言って、竜人化した。佳央様が、
「素っ裸で、恥ずかしくないの?」
と突っ込みを入れると、ばつが悪そうに慌てて空間から褌を取り出し、絞め始めた。
どうやら、この竜人も収納が使えるようだ。
佳央様が焔太様に、
「ほら、あんたも待ってあげてるんだから、とっとと着替えて!」
と言うと、焔太様は、
<<いや、竜のままで十分だ。>>
と余裕そうである。
佳央様は、
「ふ〜ん、余裕じゃない。
じゃぁ、私と隣の和人で相手するけどいい?」
と蒼竜様に聞いた。
私はてっきり佳央様一人で相手をするものとばかり思っていたので、急に名前が出てきて動揺し、思わず蒼竜様を見た。
蒼竜様は何か勘違いしたようで、
「ふむ。
片手間に相手をするつもりだったが、まぁ、二人でならよかろう。
佳央は支援、山上が攻撃すると言うのでどうだ?
山上、焔太とやらは、お前が倒した地竜に毛が生えた程度と見た。」
と言った。こっちに振るのは、止めて欲しい。
私は竜の里で名付けの前に対峙した地竜を思い出し、
「そんな、勘弁して下さい。
それに、あの時は運が良かったのだと思います。
地竜の方が強かった筈ですよ。」
と、当時、私が地竜に感じていたことを言った。
だが、焔太様は私に、
<<馬鹿にするな!
地竜は、火も吹けんだろうが!>>
と怒鳴ると、息を大きく吸った。焔太様は、地竜と比較されている事自体が不快なようだ。
私は、嫌な予感がしたので、魔法を見た。
焔太様の口が赤い。
焔太様の発言と合わせると、炎を吐き出そうとしているのだろう。嫌な予感が当たったようだ。
私は咄嗟に河原の方に逃げると、焔太様は私に頭を向け、案の定、私に炎を吐き出してきた。
私が横っ飛びでかろうじて避けると、佳央様から、
「そんなに横っ飛びしなくても、まだ距離があるわよ。」
と指摘されてしまった。私は、
「熱いんですよ。
これだけ離れていても!」
と負け惜しみを言うと、焔太様は、
<<そうであろう。
が、町に被害が出ぬように川の方に誘導する機転はなかなか。>>
と褒められた。私は、本当はそんなつもりもなかったのだが、
「できれば、そのまま河原まで追いかけてくれると助かります。」
とお願いした。すると、雫様から、
「お前、阿呆か。
町を襲いに来たんやろが。
山上なんて気にせんと、町を襲うんが定石や!
焔太も、甘いんちゃうか?」
と、明らかに向こうの味方のような発言をした。蒼竜様が顔を引きつらせているのが見える。
私は焔太様の配慮だと思ったので、
「すみません。
この場面、普通は町に炎を吐き出すものなのですね。
焔太様がお優しくて助かりました。」
とお礼を言った。だが、焔太様は、
<<貴様、俺を侮辱するのか!
いいだろう。
望み通り、町よりも先にお前を消し炭にしてやろう!>>
と怒り心頭に発したようだ。
どうやら、優しかった訳ではないらしい。それどころか、『お優しい』と言ったのが気に障ったようだ。私は怖くなって蒼竜様の方に戻ろうと思ったのだが、その前に、河原まで行くことを宣言してしまったことを思い出した。私は、佳央様が一発入れたいと言っていたのを思い出し、佳央様が焔太様と戦えば勝算はあるのだろうと考え直して、虚勢を張って笑顔を作り、
「私の相手をするということは、河原まで来てくれるということですね!
わざわざ戦線から離脱してくれるという心遣い、ありがとうございます!」
と焔太様を煽ると、ますます焔太様は怒ったようで、
<<もう、堪忍ならん!
すぐに片付けてきます!>>
と言って、すごい勢いで私に迫ってきた。
私は捕まると殺されると思ったので、必死で河原に走った。
小石につまずいて転びかけ、ちらりと後ろが見えた時、面倒臭そうにゆっくり走っている佳央様の姿が見えた。私は、とにかく早く河原に行って時間を稼がないと行けないと思い、速度を上げて走った。
こちらは地面を走っているが、向こうは空を飛んでいる。
徐々に距離が詰まってくる。
──やばい!
それでも河原の近くまで来たのだが、土手を駆け上っていく時、どんどん距離が詰まったのが分かった。
──追いつかれる!
そう思って後ろを確認しようとした瞬間、上り坂を踏みしめること無く、足が下まで沈み込んで、そのまま前のめりに転んでしまった。不幸中の幸いと言うべきか、おかげで焔太様を躱すことに成功した。私は、一瞬何が起きたのか分からなかったが、自分が土手の上の平坦な道に転がっていることに気がついて、無い地面をふもうとしたせいだと気がついた。
だが、そんな事はどうでもいい。
今は、焔太様が河原の上を反転しようとしており、私は土手のちょっと上に寝転んだ形となっている。
私はなんとか焔太様が反転するよりも先に立ち上がると、方向転換を終えて私を見据えたばかりの焔太様に全力で【黒竜の威嚇】を使った。
不意を突いたおかげか、焔太様が空中でビクッとしたかと思うと、そのまま私の目の前の土手に激突した。首をしなだらせ、フラフラとしながら頭を振っている。
──しめた!
焔太様の頭が、地面近くまで下がっているのだ。
私はこの機会を逃すまいと、全力で焔太様に近づき、ふらついている頭めがけて思いっきり拳骨を打ち下ろした。
やるまでは不安でいっぱいだったが、蓋を開けてみれば、地竜よりも簡単に気絶させられたのではないかと思った。それに、さっきは必死だったので考える時間もなかったが、今思うと【黒竜の威嚇】が以前と比べて強くなっている気がした。
暫くして息が整ってきた頃、佳央様がようやく追いついてきて、
「な〜んだ。
もう、殺っちゃったのね。」
とがっかりしていた。私は、
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。
拳骨ですから、恐らく気を失っているだけです!」
と説明した。佳央様は、
「それ、倒すよりも面倒じゃない?」
と言いながら、空間から縄を取り出して、竜に巻き付け始めた。
私が、
「その紐は?」
と聞くと、佳央様は、
「あぁ、これ?
『竜縛りの紐』よ。
ほら、普通の紐だと、竜人化したら小さくなって簡単に抜けられちゃうでしょ?
だから、魔力の反応に従って伸び縮みする頑強で便利な紐を使ったの。」
と説明した。私は、
「そのようなものがあるのですね。
でも、言われてみればそのとおりですね。
縮んで逃げられたら、元も子もありませんし。」
と感心した。佳央様は、
「そうでしょ。」
と得意げだ。
私は竜を担ごうと思ったのだが、予想よりもずっと重かったので、重さ魔法で軽くしつつ、なんとか引きずって葛町の門まで運んだ。河原の岩場をズルズルと引っ張ったので、鱗がかなり傷んでいる気もするが、気が付かなかったことにした。
葛町の門に着くと、蒼竜様も決着が着いていたようで、赤井様も『竜縛りの紐』で縛られていた。
もう一人の竜人は無傷だったので、神妙にお縄を頂戴したという感じだろうか。
蒼竜様が、
「遅かったな。」
と声をかけてきた。私が、
「焔太様が重くて引きずってきましたので。」
と返すと、赤井様が、
<<竜人二人掛かりとは言え、なかなかやるではないか。>>
と言った。私が、
「すみませんが、私は竜人格とはなっていますが、人間です。」
と言うと、赤井様は、
<<ん?
だが、河原から強い竜の気配がしたのだが。>>
と不思議そうに言った。それに対し蒼竜様が、
「それは、山上が出したものだ。
まぁ、そう思うのも無理はないがな。」
と説明はしたものの、赤井様に種明かしはしなかった。
私は、
「そう言えば、赤井様は竜のままなのですね。」
と言うと、雫様が、
「こいつ、力でゴリ押しするんが得意やからな。
こういう戦い方をするやつは、大体、竜のままや。」
と説明してくれた。私が、
「焔太様も竜のままでしたね。」
と言うと、雫様は、
「あぁ、こいつは赤井の真似しぃや。
尊敬しとんのやろな。」
と説明した。私は、
「尊敬する師匠の戦い方を真似る。
なんか、いいですね。」
と言うと、赤井様は、
<<そうだろ?
俺のお気に入りだからな。>>
と自慢げに言った。
焔太様が目を覚ますと、
<<ここは・・・、気絶してしまったか。>>
と言って頭を振り、
<<よもや、あのような強力な威嚇を放てるとは思わなかったぞ。
最後の、頭への一発もなかなか。
あれは、どうやったのだ?>>
と聞いてきた。私が、
「これでガツンと。」
と拳骨を見せると、焔太様は笑いながら、
<<流石に手の内は言わんか。
俺もお前を見くびって油断していたから、かなり効いたぞ。>>
と言った。捕まっているのに、焔太様は図太い。
だが、後ろから誰かが、
「よっ!
流石、拳骨の!」
という声が聞こえてきたものだから、焔太様は、
<<・・・拳骨か?>>
と訝しげに確認した。私は、
「はい。
これです。」
と握りこぶしを胸まであげると、焔太様は、
<<これか・・・。>>
と言いながら項垂れた。
私にはどうして項垂れたのか分からなかったが、赤井様は苦笑いしているので理由が解ったのかもしれない。竜の寿命は長いので、付き合いも長いから察したのだろうと思った。
ニコラ様が近づいてきた。
蒼竜様が、
「ニコラか。
あの結界は堅かったな。
後ろを気にせずとも戦えて、助かったぞ。」
と言った。ニコラ様は、
「大したことはやっていないぞ?
まぁ、俺が魔法でちょいとやれば、三頭ともあっという間なのだがな。」
と言った。蒼竜様がにこやかに、
「そうかもしれぬな。
あの壁は、魔法だろうが、物理だろうが当たってもびくともせなんだしな。」
と言うと、赤井様は憎たらしそうに、
<<そうだ!
あのような結界は、見たことも聞いたこともないぞ。
いったい、どんな魔法を使ったのだ。
それに、あれだけの結界を張って、涼しい顔をしていやがるのも忌々しい。>>
と言った。私が、
「そんなに凄かったのですか?
それは、私も見たかったです。」
と話に入ると、焔太様も、
<<赤井様が言うくらいだから、余程、力の差があったということか。
だが、これだけの戦力を足止めできたのであれば、来た会はあったというものだ。>>
とニヤニヤした。しかし、蒼竜様は、
「いや、恐らく向こうはここと違って地獄絵図やも知れぬぞ?
田中・・・、と言っても分からんか。
尻尾切りの噂くらいは聞いたことがあろう?」
と言うと、赤井様が、
<<なっ!
さっきのあれは、奴のということか!>>
と顔を真っ青にして言った。後の赤光様も焔太様も分からなかったようなのだが、赤井様が、
<<昔、蒼竜と二人で百頭の竜の尻尾を切ったと言われる伝説の一人だ。
数日だが、我らの里にも来ただろうが。>>
と言ったのだが、あまりピンときていないようだった。赤井様は、
<<奴は、我らの赤竜帝よりも強い可能性もあるぞ。>>
と言われて、ようやく後の一人と一頭も事態を飲み込んだようで、
<<そのような竜人がいるのですか?>>
と言った。しかし赤井様は頭を振って、
<<いや、人間だ。>>
と言うと、赤光様も焔太様も絶句した。
焔太様が、
<<竜より強い人間が近場で3人もいるなど、近頃の人間はいったいどうなっているんだ。>>
と苦虫を噛み潰したような声で言ったのだった。
この世界では、竜の里はいくつもあるのですが、それぞれ、自分たちの里が中心だと思っているので特に呼び名はありません。このせいで、「あちらの竜の里」とか「誰々の出身の竜の里」という呼び方になっています。
雫様の出身の竜の里から来た3頭の竜の名前が、苗字で呼んだり名前で呼んだりで分かりにくいので、列挙しておきます。
赤井 長政 ※三竜隊隊長(3頭の竜で編成されているから三竜隊)
赤光 肇
戸赤 焔太
あと、基本的に山上くんの戦闘は、経験不足からいろいろと変なことをやらかします。
本人は大真面目ですが、佳央様が指摘したようにまだ距離があるのに大きく横っ飛びをしたり、ゆっくり来ている佳央様を見て、「佳央様!早く!」と急がせるべきところを速度を上げて河原に行ってしまったりと、今回もいくつものやらかしポイントがありました。
これらは山上くんの仕様ですので、ご注意下さい。
もう一つ、「川の土手」は土を盛って作られた堤防のことです。
念の為。




