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まだ起きていなかった

 庄屋(しょうや)様の屋敷に玄関はあるのだが、村民が庄屋様の家に上がる時は裏手の土間(どま)に回る暗黙の決まりのようなものがある。

 私は竜人化した佳央様、次兄、佳織の3人を連れて庄屋様の屋敷に着くと、その決まりに(のっと)って屋敷の裏手の土間の方にまわった。

 私は屋敷に入る前に更科さんに『広人』と名乗るように言われたので、


「ごめんください。

 山上の()()です。

 先程は、わざわざお運びいただき大変ありがとうございました。」


と声を掛けた。すると、ドタバタと走る音がしたかと思うと廊下(ろうか)死角(しかく)で一旦止まり、ゆっくりと庄屋様が(あらわ)れた。

 庄屋様は、


「山上 和人様、わざわざ裏からいらっしゃらなくても、玄関からお上がり下さい。」


と言われた。私は、


「玄関でよろしいのですか?

 いつも庄屋様の家に上がる時は、こちらからでしたが。」


と聞いた。次兄も(うなず)いている。

 庄屋様は、


「それは、庄屋と農民では、農民の身分が一つ下となりますから、裏から入って(もら)っていました。

 でも、今、山上様は竜人格でございますから、身分は私どもの(はる)か上となります。

 堂々と、玄関から入ってきて下さい。」


と説明した。私は、今迄(いままで)、裏から入る理由なんて考えた事もなかったので、身分が関係していたことを知り、(おどろ)いた。

 私は、


「そのような理由があったのですね。

 申し訳ありません。

 また、何かありましたら遠慮なくご指摘いただけないでしょうか。」


とお願いした。小さい頃から知っている庄屋様ならまだしも、他の偉い人の前でやらかすと、私を昇格させてくれた赤竜帝の顔に泥を塗ることにもなりかねない。

 庄屋様は、


「私など、恐れ多くて、とてもとても。」


と言ったのだが、私は手を合わせて(おが)む仕草をすると、


「・・・と言いたいところですが、私が解る範囲でよければ、お話しさせていただきます。」


と前言を撤回してくれた。私は、


「ありがとうございます。」


とお礼を言うと、庄屋様は、


「早速で申し訳ありません。

 その、目上の人は、直接謝辞を述べたりしないと聞きます。」


と指摘した。私は、


「そうなのですか?」


と聞くと、佳央様が、


「ほら、『苦しゅうない』とか言うあれよ。」


と言った。私は佳央様をチラ見して、


「確かに、そのような言い回しをしているのを聞いたことがあります。

 なるほど、なるほど。

 勉強になりました。」


と返した。すると、庄屋様は、


「申し訳ありません。

 身分の高い(かた)は、重ね言葉はあまり使いません。」


と指摘した。佳央様が、


「なんで?

 使うよ?」


と聞いた。すると庄屋様は、


「はい。

 佳央様のご指摘の通り、よほど強調したい場合は使うそうです。

 ですが、普通は重ね言葉を使うと、意味が重なった部分が余計なので『美しくない』とされているのですよ。」


と説明した。すると更科さんが、


「ほら、言葉が綺麗(きれい)だと、教養(きょうよう)があるように見えるでしょ?

 でも、逆に言うと、言葉が綺麗じゃないと、頭が悪そうに見えてしまうの。

 だから、身分の高い人は重ね言葉みたいな綺麗じゃない言い回しは避けるのよ。」


と言った。私はなるほどと思い、


「そういうことなのですね。

 でも、実際に私に学はありません。

 この場合は、どうなるのでしょうか。」


と聞いてみた。すると庄屋様は、


「それは、周りが聞かなかったことにしてくれる筈です。」


と苦笑いした。庄屋様は、


「もう一つ、身分が高くなると、自分のことを『私』等とは呼ぶ事は少なくなります。」


と言った。私は蒼竜様を思い出し、


拙者(せっしゃ)とかですか?」


と聞いた。しかし庄屋様は(かぶり)を振って、


「いえ、そういうことではなく、『私』とか『拙者』とかが要らなくなるのです。」


と言った。私は、


「どういうことですか?」


と聞くと、庄屋様は、


「これは出処(でどころ)もよく解らない話なのですが、昔聞いた所によると、全て自分が中心だから、言わなければ全部自分の行動となるのだそうです。」


と説明した。私は、


「自分のことを話したい時に『私』とか使わないと、不便そうですね。」


と苦笑いした。次兄が、


「いや、なんとかなるもんだぞ。

 誰がなんて言わなくても、だいたい解るだろ?」


と聞いてきた。庄屋様が苦笑いをしている。

 私も少し考えてから、


「まぁ、確かにそうかもしれませんね。」


と答えた。


 更科さんが、


「それはそうと、和人。

 ニコラ様達を迎えに来た筈よね。」


と指摘した。私は慌てて、


「そうでした。」


と言うと、


「庄屋様。」


と呼びかけた。庄屋様は、


「皆様、まだ寝ていらっしゃいますよ。」


と返した。どうも、まだ来るのが早かったようだ。

 私は、叩き起こしてもらう訳にも行かないので、苦笑いするしかなたった。


 とりあえず、庄屋様の客間(きゃくま)で待たせてもらおうと思い土間から上がろうとすると、庄屋様から玄関から入るように言われた。

 私達は庄屋様に案内されて玄関に回ったのだが、既に誰かの草履が置いてあった。

 私は、


「庄屋様、ひょっとして、今、来客中でしたか?」


と確認すると、庄屋様は、


「まぁ。

 しかし、広人様の方が優先ですから。」


と言われた。私は、


「そんな、私なんか、」


と言いかけたのだが、更科さんに袖を引っ張られて、


「和人。」


と話を止められてしまった。

 佳央様が庄屋様に、


「二回目の出処の(ぬし)?」


と聞くと、庄屋様は額に汗を()きながら、


「その、ご推察のとおりですが、あまり大きな声では言わないでいただけると助かります。」


と返した。私は佳央様に、


「『二回目』というのは?」


と聞くと、佳央様は、


「同じ人からご祝儀が二回だとか、変でしょ?」


と言った。私はなるほどと思い、


「なら、直接来ればよいと思うのですが。」


と言うと、次兄から、


「表立って祝うわけには行かないやつもいるということだろ。

 それでも、後々を考えると、お祝いした事実だけは欲しいと言ったところか。

 まぁ、上の連中の考えそうなことだ。」


と言った。私は、


「例えば?」


と聞くと、次兄は、


「そうだな・・・。

 直接面識のない偉いやつ・・・。

 例えば、藩主か。」


と言った。佳央様が、


「将軍、関白もありうるわね。」


と言った。更科さんが、


「なるほど、王様の配下だから、表立(おもてだ)って動けない人からなのかもしれないってことね。」


と納得していた。私は話しについて行けず、


「えっと・・・。」


と言うと、更科さんは、


「まぁ、こんなところでする話しでもないし、また後でね。」


と言った。

 更科さんが『後でね』と言って、実際に後で話した事はあまりないのだが、それを言っても始まらない。

 私は、


「分かりました。

 また、後でお願いします。」


と同意してから、庄屋様に、


「では、そろそろ上がらせていただきます。」


と言った。庄屋様が、


「はい。

 お上がり下さい。」


と言って居間まで案内してくれた。

 途中、私達は()()()()()を着た()()に向かう()()の姿をした人とすれ違った。なんとなく、大杉城の城門で見かけた人と似ている気がした。これは、次兄が『ご祝儀の(ぬし)は大杉藩の藩主かもしれない』と言っていたから、そう感じただけなのかもしれない。ここで詮索(せんさく)しても仕方がないので、会釈だけしておいた。


 居間に入って庄屋様と雑談をしていると、暫くしてニコラ様が起きてきた。

 護衛の久堅さんと一緒だ。

 私は、


「おはようございます、ニコラ様、久堅さん。」


と声を掛けると、ニコラ様は、


「おう。

 山上、早いな。」


と返してきた。が、ニコラ様は急に上を向いて、


「外で大きな気配がないか?」


と聞いてきた。私はあまり気配を感じるのは得意ではないが、確かに、外に大きな気配を感じた。

 私は、


「はい。

 そのような気がします。

 何事でしょうかね。」


と返した。すると佳央様が、


「これ、竜の気配かも。」


と言った。私は、


「誰か、他に竜人の(かた)がいらしているのですか?」


と聞くと、佳央様は、


「聞いてないけど。」


と言った。

 佳央様の知らない竜人。

 どうしても、隣の竜の里と揉めていると言っていた話を思い出してしまう。

 佳央様、ニコラ様、久堅さんと私の四人は、その気配の主が隣の竜の里の者でなければ良いのだがと心配したのだった。


 本作では、偉い人はほとんど一人称は使わず、使う場合も『(わたくし)』とか近世(きんせい)なら『自分』が用いられていたという話を聞いたことがあるので、それに(のっと)って話を作っています。

 このため、閑話に出てきた将軍様や、後書きで登場した従三位の王立魔法研究所所長も、『余』『磨呂(まろ)』『(ちん)』等のいずれの一人称も使っていません。



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