実家にバレた
ひとまず、羽織を持ち去った犯人のことは後にすることにして、晩御飯を食べることになった。
が、両親や一兄が佳央様をチラチラと見ていた。
小さいとは言え、佳央様は竜である。竜と一緒に囲炉裏を囲んでいるのだから気が気ではないのだろう。
佳央様も視線に耐えきれなかったようで、
<<佳織、竜人化するわよ。>>
と言って、土間の方に移動した。更科さんは、佳央様がさっきまで着ていた服の入った包を慌てて掴んで後を追った。
暫くすると、竜人化した佳央様と更科さんが戻ってきた。
両親も兄も少しは安心したように見えたので、
「こちらのほうが、落ち着きますね。」
と言ったのだが、更科さんから、
「目が胸元に行っているわよ?」
とチクリと言われてしまった。どうやら私の視線が無意識に、佳央様の胸に吸い寄せられたようだ。
私は、
「いえ、普段竜の姿でいるのに、お箸を持つのは大丈夫かと気になりまして。」
と、咄嗟に言い訳をした。更科さんが、
「ふ〜ん?
でも、確かににそうね。」
と返してきた。更科さんは、私が言い訳したのは解っているようだ。
が、私は気が付かないふりをして、
「佳央様、不躾で申し訳ありませんが、お箸は大丈夫ですか?」
と聞いてみた。佳央様は不機嫌そうな顔をしながら、
「そのくらい、大丈夫よ。」
と返してきたものの、案の定、佳央様は箸が上手く揃えられないようだった。
私は余計なお節介とも思ったが、
「慣れるまで、前の爪の時と同じように、魔法で少しだけ補助してはどうでしょうか?」
と言うと、佳央様は、
「あぁ。」
と声に出ていたが、すぐに、
「何のこと?」
と惚けた。私は、
「余計なことでした。」
と謝ったのだが、佳央様は頷いた後、魔法を使ってお箸を上手に扱い始めた。
私は、
「佳央様、流石ですね。」
と褒めると、佳央様も満更ではない様子で、
「まぁね。」
と返事をしてきた。更科さんが、
「和人、今日は『あ〜ん』はやらないの?」
と聞いてきたが、私は、
「今日はこんなに上手に食べているのに、必要ありませんよ。」
と言うと、更科さんは、
「そうね。」
と言って、少し不機嫌になったようだった。
私は、前回、そういえば一口だけ食べさせてあげたことを思い出したのだがのだが、それをやるのは両親の前では憚られるので、思い出さなかったことにした。
父が、
「そう言えば、和人。
手紙のあれは、結婚したということでいいのか?」
と聞いてきた。私もよく解っていなかったので、
「結納とかもすっ飛ばしていますから、形式上は結婚しているけれども、両家の間のやり取りはこれからではないかと思います。」
と答えた。すると父は、
「結納?
そんな事するのか?」
と聞いてきた。私は、
「以前、佳織のお義父様から、『結納金を準備するのは難しいだろうから、中身はなくてもいい』と言われました。
お父さんはどうしたのですか?」
と質問した。父は、
「結納をしているところは、庄屋様のお宅でしか見たことがないぞ。
昔、お公家様やお武家様、御用商人のような偉い人もやるとは聞いた気がするが。」
と言ってから更科さんを見て、
「・・・なるほど、そういう事か。
だが、儂等がやている訳がないだろ。
家で近所にご馳走を振る舞って終わりだ。」
と言った。私は、
「そうなのですか?
なら、佳織の実家が特別なだけで、結納というのは普通はやらないのですね。」
と返事をした。だが更科さんから、
「和人は、ちゃんとやらなきゃ駄目よ?」
と釘を刺されてしまった。父は、
「御用商人の娘さんをもらうんだから、確かに、そうだろう。
和人も大変だな。」
と言ったのだが、佳央様が、
「もう、いらないんじゃないの?
赤竜帝が認めちゃった訳だし。」
と話に入ってきた。更科さんが、
「それはそれ、これはこれです。
周りの人にいろいろ言われては大変ですし。」
と返したのだが、佳央様は、
「結婚しているのに、結婚しますって変よ?」
と言った。私は、
「どういうことですか?」
と聞くと、佳央様は、
「結納は、家同士で結婚しますって確認する儀式よ。」
と言った。私は少し考えて、
「えっと。
更科家と山上家の両家で、佳織と私の結婚を認め合う場って事ですか?」
と返すと、佳央様は、
「そうよ。
結婚しているのに、変でしょ?」
と言った。そう言われると、そんな気がする。更科さんは、
「でも、まだ両家で顔合わせもしていないでしょ?」
と言った。私も、そういう場は必要だと思った。
私がこんがらがっていると、ここに次兄が羽織を脱ぎながら、
「これ、和人のだろ?
いや、本当に助かった。
丁度この箱に入っていたから、借りたぞ?」
と言いながら居間に上がってきた。
私は、
「やっぱり、犯人は次兄でしたか。
箱が空いていて、中身が勝手に持ち出されていたので、役人に訴えるところでしたよ。」
と軽口を叩くと、次兄は、
「いや、すまん、すまん。
ちょっとこれで必要だったんでな。」
と言って、小指を立てた。
次兄は反物は持っていなかったので、あげてしまったのかもしれない。
一兄が、
「なんだ、女か?」
と聞くと、次兄は、
「あぁ。
向こうの両親と会ってきた所だ。」
と答えた。一兄が、
「羽織なんて着ていかないといけないような家柄なのか?」
と訝しがっていたが、次兄は、
「いや、そういう訳でもないが、箔が付くだろ?
どうせなら立派に見せたいからな。
おかげで、上手く行きそうだ。」
とニヤつきながら答えた。が、佳央様の方を見た途端、次兄は、
「ところで、そちらの綺麗な方はどなたですか?」
と、急に敬語になった。私は、
「こちらは佳央様と言いまして、」
と言った所で、またしても佳央様は、
「愛人よ。」
と言葉を重ねてきた。次兄は、
「さすが、二つ名持ちはやりたい放題だな。
しかも、大杉ん木偶もそうだが、何で寄ってくる女は美形揃いなんだ?
和人は平凡な顔の癖に、何か影で疚しい事でもしてんのか?」
と茶化すように言ってきた。更科さんが、
「和人が疚しい事をする人なら、私は見切りをつけますよ。」
と反論した。しかし私はそれよりも否定しておきたいことがあったので、
「その前に、そもそも佳央様は私の愛人ではありません。
恐れ多いです。」
と言った。一兄が、
「佳央様は竜神様だからな。」
と言うと、次兄は慌てて、
「知らぬこととは言え、申し訳ありません。
平に、平にご容赦下さいますよう。」
とひれ伏した。佳央様は、
「くるしゅうない。
こちらも、少しふざけが過ぎた。」
と、明らかに使い慣れない言葉で返した。私は可笑しくて、思わず吹き出しそうになった。
次兄が、
「こらっ!
和人、失礼だろうが!」
と怒ったのだが、佳央様は、
「和人は、同格よ。
問題ないわ。」
と言った。
私は、この辺りの話は誤魔化すつもりでいたのだが、佳央様にはっきり言われてしまったので、どう言い訳をしようかと思考を巡らせた。しかし、いい案を思いつく前に更科さんは、
「和人はあまり大げさにはして欲しくないようだけどね。
先日、赤竜帝から『広人』という名と共に竜人格を賜ったの。」
と話してしまった。しかし、父母も兄たちもよく解っていないようだ。次兄が、
「その、赤竜亭で何を賜ったって?」
と聞き直した。私も最近まで赤竜帝の存在すら知らなかったので、そう言いたくなる気持ちはよく解る。と言うか、同じ聞き返し方をした覚えがある。
私はどう説明しようかと悩んだのだが、上手く説明する自信がなかったので更科さんの方を見た。
すると、更科さんは一回頷いて、
「赤竜帝について、簡単に説明するわね。
えっと、まず、村には庄屋様がいますよね?」
と言ってから一同を見渡した。一兄が、
「いらっしゃるな。」
と言った。更科さんはそれを確認して、
「庄屋様の上には、お役人様がいて、それを束ねる人たちがいて、そのずっと上には藩主様がいるの。」
と説明した。次兄が、
「藩主様か。
この辺りなら、大杉藩の山本 大杉の守 隆家様だな。
そしてその上に王城の連中がいて、王様がいるんだったな。」
と言った。更科さんは、
「ええ。」
と言った。両親や一兄は、ぽかんとしているので解っていないようだ。
更科さんは、
「その王様が竜人様と同じ身分になるの。」
と説明した。竜人様と言えば、佳央様は普段は竜の姿だが、頑張れば竜人化できるので、身分は竜人になるらしい。
次兄だけは、どういう事か分かってきたようで、
「さっき、和人が竜人格だって言っていたな。」
と確認すると、だんだんと顔が青くなってきていた。
次兄は、
「その上にいるのが、赤竜帝ということか!」
と言うと土下座し、
「こらっ!
親父もお袋も、一兄も、頭が高いぞ!
佳央様は言うまでもなく、和人も、庄屋様よりもずっと偉いって事だ!」
と説明した。両親や一兄もなんとなく、身分については理解したようだった。
が、母は、
「でも、和人は和人じゃね。」
と言った。私も、
「それはそうです。
なので、私には今までどおりで大丈夫ですよ。」
と言った。次兄は少し頭を上げて覗くようにしながら、
「和人が良いならいいが、外では駄目じゃないのか?」
と確認してきた。私は、言わなければ大丈夫だろうと言おうとしたのだが、更科さんが、
「親兄弟を相手に無礼打ちなんて聞いたこともありませんから、それは気にしすぎだと思いますよ。
ただ、佳央様に関してはどちらとも取れるので気をつけないといけないかもしれません。」
と言った。次兄は、
「なるほどな。
で、木偶は和人ん嫁だから、竜人格が適用されるってことでいいのか?」
と確認した。更科さんは、
「ええ。
通い婚という形になるんじゃないかと思うけど、一応、そうなるわ。
おかげで、佳央様とは上下なく話すことも出来るのよ。」
と言った。私は、
「ところで次兄。
佳織を木偶なんて呼ばないで下さいね。
次、怒こりますよ?」
とお願いした。
実は、次兄と更科さんがあまりに自然に話をしていたので、さっきまで気がついていなかったのだが、一度気がつくと、少しイラッとくるものがあった。ただ、さっきまで私も気がついていなかったので、強くは言えず、お願いする形をとった。
だが、更科さんは少し呆れたような感じで私を見ているので、すぐに気がつかなかった事はお見通しのようだ。次兄は、
「すまんかった。
次からは、何と呼べばいい?」
と聞いてきた。私は、
「今後、更科家とも交流を持つこともあるでしょうから、普通に『佳織様』でお願いします。」
と、意趣返しという訳でもないが、わざと目上への敬称を使わせようとした。しかし、更科さんは、
「そんな『様』だなんて。
『さん』で十分ですよ。」
と言った。次兄は少し考えると、
「いえ、ここは佳織様と呼ばせていただきます。」
としっかりと丁寧語で返した。
私は、これ以上、この話が続くのも居心地が悪いので、
「そんなことよりも、次兄。
これから、女性とお付き合いするのですか?」
と話を変えた。
次兄は、
「いきなりだな。
まぁ、いいか。」
と言った後、
「最近知り合った大杉の冒険者で内藤 菫と言ってな。
1個上なんだが、とても良くしてくれるんだ。
ポーターから初級冒険者になったら、同じ組に入れてくれるって言われていてな。」
と話した。私は、
「では、付き合うわけではないのですね。」
と言うと、次兄は、
「いや、ちゃんと、レベルを抜いたら求婚するつもりだ。」
と言った。父は、
「なんだ。
それじゃ、いよいよ一徳だけが売れ残るのか。」
と言った。次兄も、もうそのつもりのようで、
「いい娘がいるといいな。」
とニヤニヤしながら、一兄をけしかけていた。
いつの間にか、母が土間に行っていたようで、次兄のお茶碗を取ってきていた。
母は、
「いつまでも立ち話していたって、片付かんじゃろ?」
と言って皆に夕飯の再開を促した。
こうして、次兄と私はいろいろといじられはしたものの、なかなか楽しい夕食の時間を過ごしたのだった。
そういえば、佳央様は周りがみんな「山上」なので、山上くんの呼び方を「和人」に変えています。
これがきっかけで、佳央様は「和人」呼びが定着します。
あと、更科さんが、『通い婚という形になるんじゃないか』と言っていますが、これは、
・結婚の事実がある
・別居している
→山上くんは、現在会社の集荷場の二階に間借りしています
→更科さんは実家に住んでいます
・葛町にいる時、山上くんは送るという名目で毎日のように更科さんの実家を訪ねている
といった事実に基づいて話しています。
(ちなみに半信半疑に言っているのは、夜の営みがないからです。)
通い婚なんて平安貴族じゃないんだからと思われそうですが、江戸時代でも、農家の次男よりも下は家を持たない(経済的に持てない)ので、お互いの実家を行き来する通い婚の形態を取る場合もあったそうです。




