亜空間に物を仕舞う魔法
昼食を食べている時、田中先輩から、
「思ったよりも早く終わったからな。
明日、後藤に言って平村まで荷物を運んで来たらどうだ?
最近、実家に帰っていないだろ。」
と言われた。私は、
「そんなに急で、大丈夫でしょうか。」
と返すと、田中先輩は、
「実家に帰るのに急も何もないだろう。」
と言い返された。私は、
「いえ、明日荷物を運ぶ事になっているのかとか、誰が運ぶことになっているのかとか、そういうことです。
それに、今週、中級の講習を受けてから、湖月村との往復になると言っていたではありませんか。」
と少しイラッとしながら返した。田中先輩は、
「いや、講習のある大安まで丁度2日あるだろ?
平村まで往復したら丁度いいかと思ってな。」
と言った。そう言えば、講習までの間、私は何をするのか聞いていなかった。
私は、
「社長とかに、事前に話を通さなくても大丈夫ですか?」
と聞いたのだが、田中先輩は、
「仮に後藤と平村に行く日がかぶっていたとしても、まぁ問題ないだろ。
後藤には朝、言えば荷を分けるなりするんじゃないか?」
と要領を得ない。私は、
「確かに聞けば何かあるかもしれませんが、会社と打ち合わせとかはしなくてもいいのかと思いまして。」
と聞き直した。すると田中先輩は、
「いや、そのくらいの裁量権はあるからな?」
と言った。私はもやもやしていたので、
「分かりましたが、田中先輩の指示だと言いますからね。」
と念押しすると、田中先輩は、
「問題ない。」
と言った。更科さんが、
「じゃぁ、明日は私も行くわね。
今度はちゃんと結婚の報告もしないといけないし。」
と嬉しそうだ。
たったこれだけで、私はモヤモヤからドキドキに変わるのだから、我ながら単純だなと思う。
私は、
「分かりました。
佳央様も紹介しないといけませんし、みんなで行きましょうか。」
と言うと、更科さんは、
「そうそう、子供とは言え、竜がいたら村が大騒動になるでしょ?
あまり気は進まないけど、佳央様には竜人化して付いてきてもらってはどうかと思うの。」
と言った。すると蒼竜様が、
「なるほど、佳央にはよい鍛錬にもなるな。
そうするが良かろう。」
と同意した。佳央様は、
<<えぇ・・・。
疲れる。>>
と嫌そうに言っていたが、蒼竜様は、
「どのみち、竜人化には慣れねばならぬだろう?
ちょうどよい機会ではないか。」
と乗り気だ。佳央様は、
<<山上はどう?>>
と聞かれたので、私は、
「蒼竜様がああおっしゃているのなら、そうした方が良いと思います。」
と曖昧に返事をした。更科さんが、
「竜人化した佳央様を見たいだけじゃないの?」
と少しムスッとしてつっこんできたので、私は、
「いえ、そんな事はありませんよ。」
と言った。田中先輩が、
「おっ?
佳央様が竜人化したら、山上の好みの女にでもなるのか?」
と茶化してきた。そういえば、佳央様が竜人化したとき、田中先輩は昼寝をしていたので知らなかった事に思い至った。私は、
「そうですね。」
と出来るだけ無表情で返した。更科さんから、
「頑張っているみたいだけど、鼻の辺りが我慢出来てないわよ。」
と指摘してきた。私は、
「そうですね。」
と出来るだけ無表情で返した。今度は佳央様から、
<<竜人化すると、山上、嬉しいの?>>
と聞いてきた。私は三度、
「そうですね。」
と出来るだけ無表情で返した。
更科さんの視線が痛くて、そろそろ無表情が崩れそうだ。
更科さんが、
「佳央様、今日は着る服を準備したいので、家に泊まっていただけますか?」
と言った。佳央様は、
<<着る服って?>>
と聞いてきた。私は、
「佳央様は着物を持ってきていますか?」
と聞くと、佳央様は、
<<あるわよ。
ここでは出さないけど。>>
と言った。佳央様は、竜の里から荷物らしいものを持ち出していなかった。
私が首をひねると、蒼竜様が、
「ふむ。
佳央は、亜空間に物を仕舞う魔法を習得していたのだったな。」
と言った。私は『亜空間』が何かしらなかったので、
「『亜空間』とはどのようなものなのですか?」
と聞いた。すると蒼竜様は、
「ふむ。
説明が難しいのだがな。
簡単に言うと、見えない箱を持っているという認識でよかろう。」
と言った。私は、
「見えない箱ですか?」
と返すと、今度はニコラ様が、
「『収納』の事か。
これもまた珍しいな。
『収納』は、重さ魔法だとする派閥と、闇魔法だとする派閥が存在しているが、今では計測技術が発達して闇魔法の亜種だという事になっていたな。」
と横から入ってきた。蒼竜様が、
「それは、闇魔法で間違いない。
闇魔法は灰色だが、重さ魔法は黒になる。
色は似ておるゆえ、派閥が出来たのであろうな。」
と付け加えた。ニコラ様は、
「俺達人間は、魔法は色で見ることは出来ないからな。
計測技術が発達するまでは、はっきりしなかったのだ。
だが、未だにどの魔法に分類されるか派閥が出来ているようなやつはある。
そういう魔法も、ここに来れば全部解決したりしそうだな。」
と苦笑いだ。私は、
「闇魔法ですか。
ということは、田中先輩は闇魔法が使えるから使えるかもしれないけど、私には使えないということですね。」
と残念に思いながら言った。それでふと思い出し、
「先日、火狐の油肝を売っていましたが、ひょっとして、その中に隠し持っていたのですか?」
と聞いてみた。すると田中先輩の目が泳いでから、
「そんな訳無いだろ。
第一、俺の魔法に無かっただろ?」
と言った。今となっては時間も経って記憶も曖昧だが、そう言えば以前見た田中先輩の鑑定結果にも、そんな魔法は無かった気がする。
だが、田中先輩には隠蔽疑惑がある。
横山さんも疑ったようで、
「火狐って、あれ?
確か結構高い山か、寒い地域にいる魔獣よね。
何日くらいかけて獲ってきたの?」
と質問した。田中先輩は、
「いや、偶然見つけてな。」
と返事をしたが、真実を話している気がしない。横山さんもそう思ったようで、
「ゴンちゃん、目を見て言える?」
と田中先輩を真っ直ぐ見て話した。田中先輩は、最初は見つめ返していたが、ついに諦めたようで、
「いや、金がいる時にちょっとな。
昔獲ったやつを出しただけだ。」
と白状した。私は、
「他にも、いっぱい持っているということですか?」
と聞くと、田中先輩は、
「まぁ、今まで適当に放り込んできたからな。
お目当てが出てくるかは別だぞ?」
と言った。これは、自分で取り出す時、何が出てくるか判らないと言っているのだろうか。
ニコラ様が、
「まぁ、これ以上、問い詰めなくてもいいだろ。
いわゆる、冒険者の手の内ってやつに当たるだろうしな。」
と言った。そう言われるとそうなので、私は、
「すみません。
余計なことを聞きました。」
と謝ったが、田中先輩は、
「全くだ。」
と苦笑いした。
昼食が終わった後は冒険者組合に戻り、上野組合長と野辺山さんにどんな事を実演したのか報告に行った。野辺山さんは蒼竜様に、
「竜人化するところは見せても良かったのですか?」
と聞いたのだが、蒼竜様は、
「まぁ、人間が真似できることでもないゆえ、問題なかろう。」
と言った。雫様は、
「そうやろか。
うちが人間やったら、竜人化している工程から弱点が分からんか調べるんやけどな。」
とニヤニヤしながら指摘した。蒼竜様の顔色が優れなくなってきた。
田中先輩は、
「まぁ、別にハプスニルと戦争をやろう言うわけでも無いんだろ?
実害もないと思うが。」
と言うと、蒼竜様は、
「うむ。
ただ、拙者の認識が甘かったゆえ、赤竜帝には報告しておくつもりだ。」
とうなだれていた。
ニコラ様が、
「あのな、お前ら。
そういう話は、本人の前でやるものではないからな?」
と呆れていた。蒼竜様が、
「ふむ。
まぁ、その通りなのだが・・・。
この件、ニコラは気にしなくて良いからな。」
と言った。ニコラ様は、
「いや、そういう話ではないからな?」
と苦笑いだ。田中先輩が、
「蒼竜、ここは爺さんに貸し一つということで良いんじゃないか?」
と言うと、ニコラ様は、
「この手のやつには、それがいいか。」
と同意したが、
「いやな、俺だって竜ほどではないが、人間としては長い人生を生きているんだ。
だまで墓場まで持っていく秘密も一つや二つじゃない。
今更、この程度の秘密が増えた所で、大したことはないんだがな。」
と付け加えた。ニコラ様は蒼竜様の言葉を待っているのだろうが、蒼竜様はまだ困った顔をしている。
ニコラ様は、
「蒼竜が気に病むというなら、個人的な貸しということでどうだ?」
と蒼竜様の回答を促した。蒼竜様はあまり納得した様子ではなかったが、
「では、そういうことで頼む。」
とようやく折れたようだった。
この後は特に問題もなく、雑談して解散となった。
ニコラ様一行は、田中先輩とも積もる話があるということで、これから2〜3日、大杉で滞留するということだ。
私は、更科さんの実家まで更科さんと佳央様を送り、例によって晩御飯をご馳走になった。
佳央様は、亜空間から着物を取り出して、いろいろと着てみていた。
佳央様が竜人したとき、実はまだ姿が固定していないのだとかで、同じ柄で違う大きさの着物をいくつも出して衣装合わせをしていた。
佳央様はどの着物を着てもよく似合っているので褒めていたのだが、佳央様を褒めれば褒めるほど、更科さんの機嫌が悪くなっていく気がした。私は、更科さんにも着替えてはどうかと提案した。
更科さんも着替える度に褒めたおかげか、私と佳央様が帰る頃にはすっかり機嫌も戻っていてほっとした。
その後、私と佳央様は、自分達の住む集荷場の二階に帰ったのだった。
これで本章も終わりとなります。
結果的には細かいネタをいつくか拾っただけの章になりましたが、忘れているネタもありそうです。
まぁ、おっさんになると物忘れも多くなるので勘弁して下さい。(~~;)