一日では終わらなかった
河原に移動した後、私は魔法やスキルの実演をすることになった。
上野組合長と野辺山さんは仕事があるからと言って、秘書の崎村さんや田沼さんと一緒に冒険者組合に残った。
河原に着くと、ニコラ様は早速『魔力色鑑定』を試すと言い出した。
ニコラ様が魔力を高め、
「これはどうだ?」
と質問した。私はニコラ様の魔法の周りの色を確認して、
「緑だから風魔法です。」
と答えた。ニコラ様が、
「よし。
では、これはどうだ?」
と次の魔法を出す。私は、
「白だから、神聖魔法です。」
と答えた。ニコラ様は、
「なるほどな。」
と言った。
いう感じで、赤い魔法、黒い魔法、金色魔法を次々と確認していった。中には、灰色や桃色のような私の知らない魔法もあったが、蒼竜様が、灰色は闇魔法で桃色は精神魔法だと教えてくれた。ただ、桃色魔法の説明の時に、少し溜めを入れて言いにくそうにしたのが印象的だった。
ニコラ様は、
「これは面白いな。
なるほど、色で見えているからか。」
と知らない魔法でも色で違うことが分かる点に興味を示し、いろいろな複合魔法なんかも確認していった。
ニコラ様は魔力色鑑定を一通り調査し終わると、
「いや、大変興味深かった。
特に、知らない魔法でも別の色として認識できている点が面白いな。」
と言った。この点は蒼竜様のほうが詳しいので、説明は任せて私は休憩に入った。
しかし、いつまで経っても、ニコラ様と蒼竜様の討論が終わらない。
田中先輩は途中で飽きたようで、どこかふらっと出かけてから、何か包を持って帰ってきた。
田中先輩は、
「まだやっているのか?
そろそろ半刻くらいじゃないのか?」
と嫌そうにしていた。私は、
「その包には、何が入っているのでしょうか?」
と聞くと、田中先輩は、
「おっ?
匂いが漏れていたか。
これは、酒饅頭だ。」
と説明した。レモンさんが、
「酒饅頭とはどんなものだ?」
と興味津々だ。田中先輩は、
「饅頭の皮を米糀で発酵させて膨らませ、餡を詰めて蒸したお菓子だ。
まぁ、食べてみろ。」
と言って、レモンさんに酒饅頭を勧めた。
田中先輩が包を開けると、ふんわりとしたお酒のやわらかい匂いが鼻をくすぐる。
これだけでも、少しいい気分になりそうだ。
田中先輩が全員に饅頭を配っている最中、早速レモンさんが饅頭を一口噛じる。
レモンさんは、
「!!
なんだ?
このふわっとしている食感は!
シフォンケーキよりもふわふわじゃないか?
そして、この中の餡もいい。
程よい甘さが、幸せな気分にさせてくれる。
甚平餅も味噌の香ばしさが絶妙だったが、竜和国のお菓子はなかなかだな。」
と絶賛した。田中先輩も、
「だろ?
俺はほとんど覚えていないが、ジェノワーズに生クリームたっぷりのホールケーキというケーキだったか?
あれもなかなか美味かったが、これもかなり美味しいよな。」
と言った。レモンさんは、
「ホールケーキ?
ホールケーキというのは、まだ切り分けていないケーキのことだぞ?
でもまぁ、細かい話はともかく、この酒饅頭は絶品だなぁ。」
と少々突っ込みを入れていたようだったが、私にはケーキというのがどんなお菓子なのか想像もつかなかった。そもそも、生クリームとは何なのだろうか。この会話は、知らない単語が多くて謎ばかりだと思った。
レモンさんと田中先輩のお菓子談義も半刻近くして区切りが着いた頃、ようやくニコラ様と蒼竜様の討論も一区切りついたようだ。この二人、途中、田中先輩の差し入れがあったとは言え、約1刻も話に熱中していたことになる。
ニコラ様が、
「では、次に温度色判定をやってみるか。」
と言った。蒼竜様が、
「竜の里では、夜間、暗くなった所で見えているかどうか判断するのだが、昼間にどうしたものか・・・。
ふむ。
目隠しをして、その間に石を加熱したり、冷却して確認するがよかろう。」
と言った。
すると早速私は、更科さんに手ぬぐいで目隠しをされてしまった。
レモンさんが、
「準備はいいか?」
と聞くと、蒼竜様が、
「出来ておる。」
と答えた。ニコラ様が、
「こちらも準備が出来た。
目隠しを取ってくれ。」
と言うと、更科さんが目隠しを取ってくれた。
見ると、岩が2つ並んでいた。
私が、
「どちらも同じに見えます。」
と言うと、ニコラ様は,
「なるほど。」
と言った。ニコラ様は、
「では、もう一度目隠しを頼む。」
と言うと、また更科さんが手ぬぐいで私を目隠しした。
私は、少し不安になるので、目で見えているとは言え、結果がどうだったかは教えてもらいたいものだと不満に思った。
ニコラ様が、
「もいいぞ。」
と言うと、更科さんが手ぬぐいを取ってくれた。
私は2つの石を見ると、右が赤く、左が青いように感じた。
なので、
「ニコラ様。
右が赤だから熱くて、左が青だから冷たいほうだと思います。」
と答えた。するとニコラ様は、
「なるほどな。
引っ掛け問題にもかからなかったから大したものだ。」
と言って、蒼竜様とまた検討を始めてしまった。
私は、また長くなるのかと思ったが、今度は意外にも、四半刻足らずで検討が終わったようだった。
次にニコラ様は、
「では、『黒竜の威嚇』を頼む。」
と言ってきた。私は、
「それでは始めますので、注意して下さい。
特にレモンさんは離れたほうがいいかもしれません。」
と注意したのだが、レモンさんは、
「問題ない。
少しくらい威嚇された所で、糞貴族連中のあれに比べれば大したこともないだろうからな。」
と余裕だった。それで私は安心して一睨みした。例によって、空気が震えるのが分かる。
案の定、レモンさんがびっくりして尻餅をついてしまった。
韮崎さんが、
「大丈夫ですか?」
と聞くと、レモンさんは、
「いや、予想以上だった。
なかなかのものだな。」
と言った。私は、レモンさんは尻餅をつきながらなので、『なかなか』ではなく『かなり』の間違いではないかと思ったが、口にしなかった。
私は、
「ニコラ様、如何でしたか?」
と聞くと、ニコラ様は、
「これは凄いな。
我が国でも、将軍級かそれ以上の威嚇だぞ。」
と喜んでいた。私は時間もいい所まで来たと思ったので、
「これで以上でしょうか?」
と聞くと、ニコラ様は、
「今ので全力じゃないだろ?
もう一回、頼んでいいか?」
と言うと、魔道具を何やら取り出して確認し始めた。
私は、
「分かりました。
では、思いっきり行きますので、少し下がって下さい。」」
と言うと、レモンさんはいの一番に土手の上まで離れていた。
横山さんや安塚さんは以前体験していたからか、さっきの位置からほとんど動いていないし、韮崎さんも一緒にいるので、男としてちょっと格好が付かないのではと思った。
なお、観測しようとしているニコラ様をはじめ、蒼竜様、雫様、佳央様、田中先輩、久堅さん、更科さんは特に動くわけでもなかった。
私は移動が終わったことを確認してから、
「では、行きますよ?」
と言ってから、本気で『黒竜の威嚇』を行った。
近くに雷が落ちたのではないかと思えるほど、空気が震える。
韮崎さんが、「キャッ」と短く悲鳴を上げ、隣りにいた安塚さんしがみついていた。
久堅さんも、「うぉっ?!」と言いながら二歩下がった。
佳央様まで念話ではなく、
「ぐぉぉっ!」
と鳴いた。
どうやら、名付けのおかげで以前と比べて、かなり威力が上がったようだ。
横山さんが、
「前よりも威力が上がっているわね。」
と指摘すると、蒼竜様が、
「名付けでレベルが上がったからであろう。
拙者も、少し驚いたゆえ、他の者は相当であったのではないか?」
と聞いた。雫様は、
「ははは、確かに。
うちの親父の威嚇も凄いんやけど、これもよう効いたわ。」
と笑っていた。ニコラ様は、
「奥方殿は大丈夫だったか?」
と更科さんに声を掛けたようだが、更科さんは、
「はい。
一応、私も名付けをしてもらいましたので、このくらいは。」
と涼しい顔だった。田中先輩が、
「いや、普通はこの距離でお前のレベルなら立っていられないものだからな?」
と苦笑いしている。雫様が、
「そういや、そうやった。
佳織ちゃん、肝が座ってんなぁ。」
と感心していた。私は、
「ニコラ様、如何でしたか?」
と聞くと、ニコラ様は、
「あぁ。
しっかり録れたぞ。」
と返した。私は、
「これで終わりですかね?」
と聞くと、ニコラ様は、
「そうだな。
今日はこの辺りにするか。
また、明日も頼むぞ。」
と言ってこの日は終了となった。
その後、ニコラ様は、
「蒼竜、この後、暇か?」
と聞いていたので、これから二人で飲みに行くのだろう。
田中先輩は、レモンさんと二人で飲みに行くようだ。
私は、横山さん、安塚さん、韮崎さんと更科さんの三人を大杉町まで届けた後、流れで更科さんの実家で晩御飯をご馳走になった。
その後、明日は集荷場で落ち合う約束をして、佳央様と集荷場の上の自分の部屋に戻ったのだった。
田中先輩は10歳のときまに盗賊に捕まってハプスニルから竜和国につれてこられたので、ホールケーキをケーキの種類だと思っていました。
あと、ここで言う「ジェノワーズ」は、全卵を泡立てて作ったスポンジケーキを指します。
ちなみに、卵の黄身と白身を別々に泡立てて作ったスポンジケーキはビスキュイと呼ぶそうです。