経験則で十分
横山さんはニコラ様からの私を調べてもいいかという質問に、
「はい。
蒼竜様にも確認して、問題ないとおっしゃっていただきましたので。」
と答えた。
ニコラ様は、
「そうか。
よし、では気合を入れて鑑定をしてみるか。」
と鞄から鑑定に使うのだろう道具を取り出し始めた。
横山さんが、
「その道具で鑑定するのですか?
こちらではあまり、見かけない形のものですね。
私達は、こういうのを使っています。」
と言うと、横山さんは自分の鞄から鑑定の道具を取り出した。
それを見たニコラ様は、
「これはこれで興味深いな。
この魔道具に似たものを、博物館で見た覚えがある。
確か、竜和国に冒険者組合の仕組みを伝えた時、ステータスを測る魔道具も一緒に伝えたという話だったか。
恐らく、その当時の原型を多く留めているのだろうよ。」
と言った。横山さんは、
「そうかもしれません。
この道具は、王立魔法研究所の分室の備品なのですが、昔、王立研究所で使われていたものが古くなって分室に下げ渡されたそうです。
ですので、これはかなり古いものなのでしょう。」
と、昔の原型を留めていた理由を推測した。
ニコラ様は、
「ふむ。
であれば、韮崎。
王立研究所では別の最新型があるということだな。」
と聞くと、韮崎さんは、
「私はあまり鑑定をしないので判りません。
ですが、以前、鑑定してもらった時には、どちらとも違う形だったと思います。
恐らく、伝わったときから独自の工夫を積み重ねているのではないかと思われます。」
と遠回しだが肯定した。
ニコラ様は、
「それは、是非とも見せてもらわねばな。」
と嬉しそうに言うと、韮崎さんは、
「帰ったら、交渉してみます。」
と確約は出来ない旨を伝えていた。
ニコラ様が魔道具を使い、私の測定を始めた。
「重力魔法がレベル105か。
なかなかだな。」
そうニコラ様が言うと、横山さんが、
「変ですね。
私の道具では、88でしたよ?」
と言った。ニコラ様は、
「そのようなはずはないのだが。」
と言ったのだが、横山さんも、
「つい先日、ちゃんと整備して合わせてありますから、私の使っているものは間違っていないはずです。
ニコラ様はどのくらい前に調整しましたか?」
と反論した。ニコラ様は、
「先日やったばかりなんだがな。
まぁ、先に残りも確認するか。」
と他の項目も測っていった。
すると、どうもニコラ様の道具のほうが高く出ることが分かった。
それも、高ければ高いほど、差が開いていく。
佳央様が、
<<横山の道具が単に古いだけじゃないの?>>
と聞いた。横山さんは、
「それは違うと思うわよ。
私が使っている魔道具の調整方法だけどね、各魔法用に大きさの異なる魔法が込められた石が3個あって、それを使って調整するの。
だから、この石から力が抜けていない限り、間違って調整することもないのよ。」
と言った。雫様が、
「その石が古いってことはないんか?」
と確認した。すると横山さんは、
「それは無いと思います。
石を取り寄せると、だいたい5年間調整に使えるのですが、つい先月取り寄せたばかりなのですよ。」
と言った。5年も使えるのに、もう駄目ということはないだろう。
復活したレモンさんが、
「石が不良品だったんじゃないのか?」
と聞いてきた。しかし、横山さんは、
「新しい石が届いた時、古い石で調整した鑑定値とほぼ一緒になることを確認しているわ。」
と反論した。私は、
「ほぼ一緒ということは、長い年月の間に離れていったということなのでしょうか。」
と聞いてみた。ニコラ様は、
「どうだろうな・・・。
だが、ありえない話でもないか。
お互い、慎重に測定していても、長さのように原器があるわけではないからな。」
と言った。雫様が、
「原器ってなんや?」
と聞くと、横山さんが、
「基準になる物差しの事ですね。
長さや重さには、原器が作られています。
でないと、あちこちで違ったら大変すから。」
と言った。蒼竜様が、
「昔、地方によって年貢が倍近く違うということが問題になったのだ。
それで現地に行って確認したのだがな、一合升の大きさが違ったことが原因だったのだ。」
と言って、他の人を見回した。そして私の顔を見て蒼竜様は、
「基準となる量が違ったら、当然、年貢も変わるというわけだな。」
と付け加えた。私だけ分かっていなかったような感じで語るのは、止めてもらいたいものだ。
蒼竜様は、
「そこで、我々竜人が『これが一合升である』と言って升を配ったのだ。
これで、この国のどこでも一合が同じ量となったのだ。」
と続きを話した。
今は当然と思っていることでも、昔は違っていて大変だったのだなと思った。
田中先輩は、
「そんな事があったのか。
まぁ、俺が当時生きていたら、おそらく一合升の大きい地方に住んだだろうな。」
と言った。私は年貢が増えて住みにくそうなのに何故だろうと思い、
「どうして、よりによって大きい地方に住みたいのですか?」
と聞くと、雫様が先に解ったようで、
「一合升が大きかったら、酒の量も多く飲めるっちゅうこっちゃな!
それ、ええなぁ!」
と言った。田中先輩が、
「だろ?」
と言うと、蒼竜様は、
「まぁ、拙者も当時の話を聞いただけゆえ分からぬが、おそらくその分、値段も高かったのではないか。
なにせ、酒を作る米の量が変わるわけではなかろうからな。」
と推測を話した。田中先輩は、
「まぁ、元手を考えればそうか。
しかし、そうすると米の値段は、同じ体積ならほとんど同じだったというわけか。」
と納得したようだった。しかし蒼竜様は、
「いや、元々そうはならぬ。
なにせ、地方によって収量が違うし、年によっても違うであろう?」
と否定した。田中先輩は、
「あぁ、そういう切り口もあるか。
しかし、そうすると米相場が安定しなくないか?」
と質問した。蒼竜様は、
「ふむ。
今は米本位制とも考えられるゆえ、ここが変わると大変ではあるな。
武士などは年貢米から給料として米が支払われるゆえ、本来は一律でないと帳尻が合わぬ。
が、米そのものの価値がバラバラでは、米の価値が決まらず、いろいろ成り立たぬと言いたいのだな。」
と話した。私はそのような事を想像すらしたこともなかったので、あまり頭に入ってこなかった。
蒼竜様は、
「そう考えると、税収も一定とは限らぬということにつながるか。
今も昔も、その辺りはどうしておるのであろうな・・・。」
と考え込んでしまった。
ニコラ様は、
「要するに、基準がないと混乱するということでいいか?」
とじれったそうに話した。田中先輩が、
「まぁ、そういうことだな。」
と答えた。上野組合長が、
「皆、いろいろ話しているようだが一言いいか?」
と話に入ってきた。ニコラ様が、
「なんだ?」
と聞くと、上野組合長は、
「さっきから原器がどうのとか言っているが、横山が使った石がそれに当たるのだろ?
なら、どのくらいずれているか、両方の道具を使ってその石を測れば済む話なのではないか?」
と言った。米相場の話ではないようだが、よく解らない話を聞くよりも、こっちの話に戻してくれたほうが私としてはありがたい。ニコラ様は、
「既に、いろいろな項目を測っているから、その段階は終わっているぞ?」
と言った。しかし上野組合長は、
「それは経験則を出したにすぎぬと思うが。
客観的に見るのなら、同じもので調整した方がよくはあるまいか?」
と反論した。ニコラ様は、
「形式にこだわる必要がある場合は、その方がいいだろう。
だが、これで正式な文書を作るわけでもないなら、経験則で十分だと思うぞ。」
と反駁した。上野組合長は、
「今回の目的を考えれば、これ以上追求しても無駄ということか。
それならばよい。」
と言って話を止めた。表情はもやもやしているようだが、鑑定する当事者の判断に任せたようだ。
その後暫く、蒼竜様、ニコラ様、横山さんで専門的な話をしたが、ここで結論は出そうにないので、また別の機会にでもしようという事になった。
ニコラ様が、
「ステータスの件も一区切り付いたし、そろそろ実演してもらうとするか。」
と言った。ようやく、次の私の出番が来たようだ。
横山さんは、
「なら、ここから少し離れた河原に移動しませんか?」
と言うと、ニコラ様も、
「魔法を試すなら、外のほうがいいからな。
そうするか。」
と肯定した。
こうして、私達は、魔法の実演のために河原に移動することになったのだった。
ニコラさんは「鑑定の魔道具」と呼び、横山さんは「鑑定の道具」と呼んでいます。
これは、ハプスニル語には「魔」に当たる接頭辞があるので、「鑑定の魔道具」と訳して話しているからです。
今回は、すぐに同じ物だと判断できましたが、いろいろな現場を行き来していると、同じ現場なのに、人によって同じ物を全然違う呼び方で言ってくる事があります。
おっさんとしてはどれか一つに統一されている方がスッキリするし格好いいと思うのですが、、、人それぞれ経緯があってその呼び方になったわけなので、一応お願いはしてみるものの、いつまで経っても統一されなかったりすりんですよね。
まぁ、最近は意味が通じれば何でもいいんだろうと思っていますが。。。(~~;)




