事前の打ち合わせ
佳央様が部屋に戻っていった後、受付前の待合室は普段よりもざわついていた。
実は、佳央様が来る前も里見さんが机に大きな袋を置いた時に、
「見ろよ、あの袋。」
「大きいな。」
「雷熊と狂熊王だってよ。」
「そんなの、俺達じゃ狩れねえな。」
「隣りにいる女は戦闘に参加していなかったらしいぜ。」
「まじか。」
「楽に稼げて羨ましいわね。」
「いや、あんなに貢がされて拳骨が可愛そうだろ。」
「「「「確かに。」」」」
といった感じでざわついていたのだが、今は、
「今、小さい竜がいなかったか?」
「いや、流石にこんなところにはいないだろう。」
「でも、空飛んでたぞ?」
「いや、まさか。」
「あれは流石に竜だろ。」
「可愛かったわね。」
「真っ黒だったぞ?」
「拳骨と話してたな。」
「飼っているのか?」
「「「「「まさかな。」」」」」
という感じで更にざわついている。
私は、葛町の冒険者の人にはそのうち知られるだろうと思っていたので、
「里見さん、すみませんが、佳央様のことを張り紙か何かで周知してもらえませんか?」
とお願いした。しかし里見さんは、
「それは、考えた方が良いかもしれませんよ。
例えば、佳央様の絵が掲示板に貼ってあった場合、字の読めない冒険者がいましたら、依頼と勘違いして狩ろうとする人も出てくるかもしれません。」
と言った。私もひらがなと本当に僅かな漢字しか読めなくて依頼の書いてある紙はほとんど読めないので、里見さんが言った狩ろうとする側の気持ちもなんとなくわかる。
私は、
「それではすみませんが、口頭でそれとなく伝えてもらうとかはどうでしょうか。」
と聞いた。里見さんは少し考えて、
「それでも、難しいのではないでしょうか。
こういう場で話していても、なぁなぁで聞いてしまう人はいますから。
それと、外から来た人にも周知されません。」
と言った。何かいい案はないかと思ったのだが、里見さんは、
「佳央様が攻撃されれば、葛町の冒険者組合の問題にもなります。
こちらでも何かいい案がないか、上に伝えておきますよ。」
と言ってくれた。私は、
「お願いします。」
と言った。が、安塚さんが、
「これから野辺山さんと同じ打ち合わせじゃない。
そこで言えばいいんはないの?」
と不思議そうに言った。私は、
「そうでした。」
と言うと、里見さんも、
「そうですね。
では、お願いします。」
と私達から伝えることになった。
金銭の授受も無事終わり、私達が打ち合わせの部屋に入ると、蒼竜様が待ちかねたかのように、
「では、始めようか。」
と切り出した。黒い壁には既に白い文字も書かれていたので、もう何か話を始めていたのかもしれない。
私は急いで座れる所に移動しながら、小声で更科さんに、
「何と書かれているのですか?」
と聞くと、蒼竜様は私を見て、
「そうであった。
山上だけ漢字が読めなかったのであったな。」
と言った。私が佳央様の方を見ると、佳央様は、
<<山上、私は手のせいで字が書けないだけで、普通の読めるの。
一緒にしないでね。>>
と言われてしまった。
私一人だけと言われると、物凄く恥ずかしい。
私は、絶対に漢字を覚えようと決心した。
蒼竜様は、
「板書はちゃんと口で説明するので、山上は拙者の言うことを聞き漏らさないように。」
と前置きしてから話を始めた。
蒼竜様は、
「まず、ハプスニル王国について、簡単に説明する。
と言っても、拙者も又聞きゆえ、間違っているところがあるやもしれぬ。
その点は加味して聞くがよい。」
と注意点を述べた。そして、
「ハプスニル王国というのは、西洋と言われる遥か西にある国だ。
我々が住んでいる竜和国は、黒髪、黒目で着物姿のものが多い。
だが、ハプスニルでは、髪は黒髪の他に、赤髪や金髪、目も黒目の他に青い目や赤い目がある。
着ているものも、冒険者風の服装が主で、着物はおらぬそうだ。
草履や草鞋を履く文化はない代わりに、木や皮の靴を履くのだそうだ。」
とハプスニル王国の概要を話した。
安塚さんが、
「聞いた話では、向こうの魔法師は長袖の貫頭衣に陣羽織のような服を基本としているそうで、今回こちらに来ているニコラ様がそういう格好をしています。
なお、連れでレモンさんという人がいますが、こちらは冒険者風のしっかりした服を着ていました。」
と付け加えた。田中先輩が、
「それで蒼竜。
そのニコラ様とかいう御仁には、竜の力のことをどこまで話して良いことにするんだ?」
と本題の話しを始めた。蒼竜様は、
「うむ。
高位の鑑定が使えるという話ゆえ、隠した所ですぐにバレてしまうと考えてよかろう。
里同士の件は、安塚が国家として介入しないように言質を取ったそうだ。」
と話した。上野組合長が、驚いた顔で安塚さんを見て、
「そうなのか?」
と確認すると、今度は横山さんが、
「はい。
ニコラ様を引率してきた王立魔法研究所の韮崎も立ち会っていたそうですので、間違いありません。」
と言った。上野組合長は、
「まぁ、害はないなら良いが・・・。」
と複雑な顔をしていた。
蒼竜様は、
「さて、それでだがな。
一つ、ニコラは高位の鑑定が使える。
一つ、竜の里の件は既に知っておる。
一つ、ハプスニルはかなり遠い。
この三点を持って、隠さずともよいと考えておるのだが、反対意見はあるか?」
と聞いた。
野辺山さんが、
「佳央様はどうなりますか?」
と質問した。すると蒼竜様は、
「会ったからと言って、どうということもないと思うが、何か懸念があるのか?」
と逆に質問をした。野辺山さんは、
「西の国には、竜の血を飲むと寿命が伸びるという話があると聞いたことがあります。
例えば、佳央様を捕えて、血をすするという事も考えられないでしょうか。」
と質問した意図を話した。蒼竜様は、
「ふむ。
確かに、聞いたことがあるな。
だが、ニコラは元宮廷魔法師長と聞いたぞ。
流石に嘘だと知っているのではないか?」
と楽観的だ。安塚さんが、
「ニコラ様は心配ありませんが、レモンさんは一般人に毛が生えた程度しか知識がないようでした。
仮に間違いを起こすとすれば、レモンさんだと思います。
久堅さんが食いしん坊担当だと言っていたのも気になります。」
と言った。すると横山さんも、
「確かに、私も聞いたわ。
レモンさんは護衛兼付き人だと言っていたけど、久堅さんが食いしん坊担当だと。」
と言った。佳央様は、
<<食べられるのは嫌よ。>>
と、ちょっと怯えていた。私が、
「流石に、意思疎通も出来るのに食べたりはしないでしょう。
それをやったら、人として終わりですよ。」
と言うと、佳央様は、
<<人として終わってたら?>>
と聞いてきた。私は、
「昔話じゃあるまいし、流石に無いと思いますが。」
と安心させようと思っていった。しかし佳央様は、
<<どんな昔話?>>
と、どのような話か気になるようだった。私は、
「確か、『山姥』とかいうお伽噺だったと思います。
あれは確か、山で迷っているところにぽつんとある家を見つけて、これは助かったと言って家を訪ねます。
それで、親切なお婆さんに食事を振る舞ってもらうのですが、寝たが最後、そのお婆さんが包丁で襲ってくるんでしたっけ。」
と話した。そして更科さんに、
「捕まったら、鍋にされるんですよね。」
と言うと、更科さんが、
「そうだったわね。
子供の頃聞いて、怖かったわよね。」
と話した。佳央様は、
<<ふ〜ん。
でも、子供だましでしょ?>>
と言ったので、私は、
「はい。」
と肯定した。
蒼竜様は、
「まぁ、暫くは、佳央様は山上から離れないようにな。」
と指示した。私と佳央様は、
「はい。」
<<いいけど。>>
と同意した。
私は丁度いい機会だと思ったので、さっき里見さんとした件を話した。
「それと、佳央様のことなのですが、葛町の冒険者の皆さんにだけでも、周知できないでしょうか。
何かの手違いで、冒険者の人が佳央様をさらったり襲ったりすると困りますので。」
すると上野組合長が、
「そうだな・・・。
まぁ、冒険者もそうだが、住民も驚くか。」
と言ってから少し考え、
「平村、葛町、大杉町、咲花村に山上と一緒に竜の子供が同行していると触を出すとしよう。」
と言った。私は、
「えっと、同行ということですが、町に慣れてくれば、一匹で出歩くと思います。
必ず一人と一匹で一組というわけでもありませんので、その点もお願いします。」
と話すと、上野組合長は、
「そのくらい、わかっておる。」
と苦笑されてしまった。横山さんが、
「そもそも、山上で通じますか?
流石にこの辺りの冒険者の人には、『拳骨の山上』と言えば通じるでしょうが・・・。」
と質問した。上野組合長は、
「それも分かっておる。
どう書くかは、これから検討である。」
と言った。蒼竜様が、
「他に、今のうちに話しておくことはあるか?」
と質問して、他に意見が出なかったので、この打ち合わせは終わりとなった。
こうして私達は、ハプスニルのニコラ様と対面する準備が終わったのだった。
〜〜〜後日
佳央様 :そういえば、前に山姥って昔話があるって言っていたけど、どんな内容なの?
和人くん:結構、怖いお話ですよ。
大丈夫ですか?
佳央様 :大丈夫よ。
怖い話も、嫌いじゃないし。
佳織さん:では、私が話しますね。
ある日、村の若い衆が山に行ったの。
でも、次の日になっても、その次の日になっても山から降りてこない。
だから、山で怪我でもしたかと思って、他の村の若い衆が山に探しに行ったの。
だけども、その若い衆も山から帰ってこなかったの。
村人たちは、『これは可怪しい』って騒ぎ始めたのよ。
すると、村でも機転が利くという末の息子が手を上げて探しに行ってね。
翌朝、傷だらけになって帰ってきたの。
その末の息子が言うには、
『山の中を男たちを探していたけど、夜、暗くなってきただ。
山を降りるか迷ったべが、偶然山小屋を見つけただ。
で、一泊させてもらったべ。
だども、そこに住んでいた山姥に包丁で襲われたんだ。
で、ようやく命からがら逃げてきただよ。』
と言ったそうよ。
それで、帰ってこない男たちは、もう手遅れだろうってことになったの。
村の衆は、山狩りでもするかって話をしていたんだけどね。
ちょうど、高名な魔法師の旅人が村を通りかかったの。
この魔法師は親切な人でね。
『俺がその山姥を退治してやる』って言って山に入っていったのよ。
で、夕方頃、ぽつんと立っている山小屋を見つけてね。
この中に山姥がいるんだろうと思って入ったの。
でも小屋にいたのは、婆さんじゃなくておばさんでね。
魔法師は『これは小屋を間違えた』と思ってね。
折角だし、夕方にもなっていたので、その小屋に泊めさせてもらったそうよ。
だけど、そのおばさんは山姥が化けていてね。
夜中に包丁で襲ってきたんだって。
高名な魔法師は、慌てて小屋の外に出て山姥に向き直ったのね。
それで強力な魔法を放ったの。
ところが、山姥のほうが上手でね。
その魔法を包丁で切り裂いて、『効かぬ!』と言ったそうよ。
全く効いていなかったものだから、魔法師は大慌てでね。
包丁一本であの強力な魔法を弾かれたのではかなわないと見て逃げ出したの。
でも、山姥が包丁片手に
『めし!めし!めし!めし!めし!』
と言って追いかけてきてね。
魔法師は怖くなって、後ろに何発も魔法を放ちながら走って逃げ出したの。
でもやっぱり、
『効かぬ!効かぬ!効かぬ!効かぬ!効かぬ!
くぁっ!くぁっ!くぁっ!くぁっ!くぁっ!』
と言って全部弾かれちゃってね。
ついに魔法師は崖に追い詰められてしまったの。
魔法師は残った力全部を使って山姥に渾身の魔法を一発放ったの。
でも、それも、
『効かぬ!』
と言って、無情にも包丁で弾かれちゃってね。
最後には包丁で殺されて、鍋にされちゃったってお話よ。
和人くん:懐かしいな。
確か、子供が不用意に山に入って遅くならないようにだったっけ。
『こういう怖い話をして、悪さしないようにビビらせておくんだ』って。
昔、次兄が言ってたよ。
佳織さん:そうそう。
今聞いたら、変な所はいくつもあるんだけどね。
例えば、殺されたはずの魔法師の最後がなんで話に残っているのかとか。
和人くん:そうそう。
佳央様 :(泣くかと思ったわ)そうね。
和人くん:(涙目になってるな。怖かったんだろうな。)
佳央様、嘘の話ですからね。
大丈夫ですからね。
〜〜〜補足
安塚さんがニコラさんの服装を「長袖の貫頭衣に陣羽織のような服」と言っていますが、白を基調とした神父さんのような格好となります。
もう少し具体的に書くと、白のカズラ(袖のゆったりしたワンピースみたいなやつ)に青地に金色の刺繍の入ったストラ(背中からぐるっとまわって左右に長くたれているマフラーみたいなやつ)を羽織っているイメージです。
あと、本文では言及されていませんが、長い杖を持っています。
杖の先には、金色のケーリュケイオン風の飾りが付いています。




