冒険者組合に報告した
私達が冒険者組合に着くと、山瀬さんが冒険者組合の入り口を開けているところだった。
私が、
「おはようございます。」
と声を掛けると、山瀬さんも、
「おはようございます。
おや、田中様と山上さんではありませんか。
もう、例の用事はお済みになったので?」
と返事をした。『例の用事』と濁しているのは、機密保持とかそういう類に配慮してなのかもしれない。ただ、隣に佳央様が飛んでいて、それを他の人にも見られている。竜の里に行ってきた件を秘密にする意味は、ほとんどないのではないかと思った。
田中先輩が、
「ああ。
野辺山に報告だが、いるか?」
と確認すると、山瀬さんは、
「はい。
ただ、今日は朝一番で半時ほど打ち合わせがありますので、その後でも宜しいでしょうか?」
と言った。田中先輩は、
「問題ない。
急ぎの用事もないからな。」
と言った。山瀬さんは、
「では、前に鑑定をしていた部屋まで案内しますので、そちらでお待ち下さい。」
と言うと、田中先輩は、
「後から、横山さんと更科が来たら同じ部屋に通してくれないか?」
とお願いした。山瀬さんは、
「分かりました。
では、お通ししますが、横山さんは?」
と確認してきた。横山さんが竜の里に同行したことを知らないのだろうと思った。しかし田中先輩は、
「山上のステータスが上がったからな。
今日は、山上の鑑定をすると言っていたな。」
と別の理由を答えた。私は、
「後、横山さんは竜の里に同行しましたので。」
と付け加えておいた。山瀬さんは意外な顔をして、
「分かりました。
ステータスの件は、確認が終わったら里見に言って下さい。
準備させておきますので。」
と言って私達を、前に横山さんが鑑定してくれた部屋まで案内してくれた。
部屋に入ると、私達は椅子に座ったのだが、佳央様だけは机の上に座った。机に座ったのは、椅子に座ると机で周りが見えにくくなるからだろう。
待っている間、田中先輩からこれからの仕事について説明が行われた。
今週、中級の講習を受けてから、湖月村との往復に仕事を変えるのだそうだ。
その後は、社長と私では私のほうが身分が高いけど、組織が回らないから上司の方針に従うようにだとか、冒険者組合から依頼があった場合は会社に相談してから行動するようにだとかいったことを説明されたのだが、どの話もピンと来なかった。
暫くすると、部屋に更科さんが通された。雫様も一緒にいる。
更科さんは里見さんに、
「ありがとうございました。」
と案内してもらったことに対してお礼を言っていた。
そして扉が閉まると、私の方にずんずんと近づいてきて、
「和人、説明してくれるわよね?」
と言ってきた。私には2つほど心当たりがあったが、まずは可能性の低い方から言い訳することにした。
「佳織、ひょっとして、集荷場に行ってしまいましたか?
すみません。
そういえば、どこで落ち合うか、ちゃんと確認していませんでした。」
と言って頭を下げた。
すると更科さんは、
「それもあるけど、佳央様よ!」
と言った。私は、やっぱり2つ目だったかと思ったが、ここに来るまでにひとつだけ妙案を思いついていた。
私は、
「赤竜帝の指示ではありませんか。」
と赤竜帝を引き合いに出したのだ。
すると更科さんは、
「どういう事?」
と訝しげに聞いてきた。私は、
「ほら。
赤竜帝が言っていたではありませんか。
『一緒に貧乏暮らしをして親和性が高まれば、レベルが多少低くとも力を引き継げるようになる可能性がある』とかなんとか。」
と説明すると、更科さんは、
「確かに、一緒に暮せって言っていたわね。」
と少しだけ納得したようだったが、
「でも、それとこれとは話は別じゃない?」
と、まだ怒っているようだった。私は駄目押しのつもりで、
「赤竜帝の言いつけを守らなくて、結果的に寿命が縮んだら困りますし。」
と話すと、更科さんは、
「それはないんじゃない?
だって、黒竜の力を継承させるために一緒にいさせるんでしょ。
なのに殺しちゃったら、本末転倒よ?」
と、筋道を立てて返された。私は、
「そこまで、思い至りませんでした。」
と言うと、更科さんは、
「でも、まぁ、私も赤竜帝の指示があったのは、忘れていたわ。」
と矛を収めてくれたようだった。私は、
「借家でも何でもいいから、早く一緒に住めるところを探さないとですね。」
と話すと、更科さんも、
「うん。
分かっているならいいの。」
と声は落ち着いたようだったが、佳央様を見る視線は、まだ鋭さが残っている気がした。
そうこう話しているうちに、野辺山さんの打ち合わせが終わったようで、沼田さんが部屋に入ってきた。
沼田さんは、
「お待たせしました。
すみませんが、組合長室で話をしますので、こちらについて来ていただけますか?」
と、部屋の移動をお願いしてきた。田中先輩が、
「野辺山だけじゃないのか?」
と聞くと、田沼さんは、
「はい。
今日は、野辺山副組合長の他に、上野組合長もお話を聞くそうです。
ですので、すみませんが、組合長室までご足労をお願いします。」
と言った。私は葛町の組合長とは面識がないので緊張した。更科さんを見ると、やはり緊張しているようだった。
田沼さんが、
「こちらが佳央様でしょうか。
私がお連れしますね。」
と言って、佳央様の合意を待たずにだっこした。佳央様は、
<<えっと・・・。>>
と反応に困っているようだ。田沼さんは構わず、
「こちらについてきて下さい。」
と言って、歩き始めた。私が佳央様に、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けると、田沼さんが、
「ご心配なく。
純粋に、お連れしようとしているだけです。
別に、可愛いから抱き上げたくなったとか、そういうのではありません。」
とキリッとしながら話した。更科さんが、
「怖くありませんか?」
と聞いたのだが、私は慌てて、
「しっ!」
と言いながら、更科さんの口を手で塞いだ。しかし、田沼さんは、
「こんなに愛らしのに、怖い訳ありませんよ。」
と作り笑いをしている。いや、笑いたいのを作り笑いで誤魔化しているのかもしれないが。
佳央様は、
<<まぁ、仕方ないわね。
扱いは気に入らないけど、運んでくれるって言うなら運ばせてあげるよ。>>
と『愛らしい』と言われてか、満更でもないようだった。
廊下を移動すると、田沼さんはある部屋で立ち止まった。おそらく、ここが組合長室なのだろう。
田沼さんは、佳央様を抱えたまま器用に扉を叩いた。そして、
「組合長、田沼です。
佳央様達をお連れしました。」
と部屋の中に話しかけた。すると、部屋の中から、
「ふむ。
中までお連れしなさい。」
と声が聞こえてきた。
田沼さんが扉を開けて中に入っていったので、私達もそれに続いて部屋に入った。
部屋には、低い机と長椅子、あと一人がけの椅子が2脚並んでいた。
野辺山さんは、扉側にある手前の一人がけの椅子に座っていた。
奥の一人がけの椅子は空いていたが、その後ろに壮年の男の人が立っていた。上野組合長の秘書で崎村さんというらしい。
奥の大きな机には、白髪で上等な服を来た人物が座っていて、
「おかけ下さい。」
と席に着くように促された。
おそらく彼が、上野組合長なのだろう。
田沼さんは、佳央様を長椅子のど真ん中に座らせた。佳央様から見て雫様が組合長側に、田中先輩が扉側に座る。私は田中先輩の横に立つと、更科さんも私の隣りに立った。田沼さんは一度部屋から退室した。
暫くし待っていると、田沼さんはお茶を持って戻ってきて、机の上に置いていった。
私と更科さんには、立っているせいか、お茶は出なかった。
田沼さんが、野辺山さんの席の後ろに移動して控えた。
それを見て、上野組合長が自席を立ち、空いていた一人がけの椅子の前に立つとお辞儀をして、
「雫様、佳央様、初めてお目にかかります。
私が、葛町冒険者組合で組合長をしている上野です。
この度は、このような場所までお運びいただき、ありがとうございました。」
と挨拶をした。佳央様が、
<<くるしゅうない。>>
と言った。雫様は吹き出しそうになったが、ぐっと我慢したようだった。
上野組合長は、
「それで、田中、山上、更科か。
赤竜帝に呼ばれて竜の里に行ってきたそうだが、どのような用向きだったのだ?」
と確認してきた。田中先輩が、
「今回は、俺・・・私が討伐した黒竜の件について呼ばれました。
竜の里で有事がありましたら、すぐに来るようにいわれて・・・ました。」
と、使い慣れない敬語で話した。雫様が、
「まぁ、それだけじゃわからんやろ。」
と言って、上野組合長の反応を伺ってから、
「うちの実家の里と、ここの竜の里が揉めとってな。
恥ずかしい話、勢力争いなんてやっても無駄っちゅうのに、未だにそれが分からん連中がおるんや。
それで田中にいちゃもんつけて、『なんかあったらすぐ来い』言うてお達しがあったっちゅうわけや。」
と説明した。解るような、解らないような、微妙な言い回しだ。
上野組合長は、
「・・・ふむ。
近いうちに、竜人様同士でひと悶着あるから、その時は田中が呼ばれるという事であるか。
了解した。」
と言ったので、上野組合長には話の内容が伝わったようだった。
上野組合長は、佳央様に視線を落とし、
「それで、この竜のお子様は?」
と確認した。すると佳央様が、
<<何よ!
お子様とは、失礼ね。>>
と言ったのだが、雫様は、
「まぁ、まぁ。」
と宥めてから、
「こっちは、先日、田中が倒した黒竜の娘や。
暫く、山上が面倒見ることになってな。
まぁ、『暫く』言うても、人間にしてみたらほぼ一生かもしれんけどな。」
と説明した。なんとなく感じてはいたが、改めて『一生』と言われると引くものがある。
続けて雫様は、
「それと、赤竜帝が山上に名付けもしてな。
竜人格与えたんや。
あと、ついでに山上と隣の佳織ちゃんの結婚の名付けもしてな。
名前が変わったから、これから登録とか、書き換えんといかんみたいやな。」
と説明した。何気に、沼田さんの目が暫く遠くを見た気がした。
上野組合長が、
「名付けというのは、祈祷のことか?」
と聞くと、田中先輩が、
「はい。」
と答えた。上野組合長は、
「わかった。
では、名前の変更だな。
手配させよう。」
と言った。しかし野辺山さんは、
「ちょっと待て下さい、組合長。
今、雫様がさらっともっと重要なことをおっしゃっていませんでしたか?」
と確認した。上野組合長は、
「何かあったか?」
と聞いたのだが、野辺山さんは、
「竜人格を与えたと。」
と説明した。上野組合長は少し黙ってから、
「・・・聞き間違えではないか?」
と確認した。しかし田中先輩が、
「間違いない・・・ありません。」
と言うと、上野組合長は、
「だとすると、なぜ、田中はそこの位置に座っているのだ?」
と聞いてきた。上野組合長は、席順、つまり誰が上座で、誰が下座に座るべきかの話をしているのだろう。
雫様が、
「こいつはええんちゃうか?
これは雅弘から聞いた話やけどな。
こいつ、先の赤竜帝とのドタバタでえらい活躍したらしんや。
けど、どんなにしてもポーターから書き換えもできんし、こいつは身分の外っちゅうことになったんやて。
そやから、田中はどこに座っても正解や。」
と説明した。私だけでなく、ここにいる誰も、どこに座っても正解という説明は聞いたことがなかったようで、野辺山さんも、
「そうなのか?」
と田中先輩に確認した。
田中先輩は、
「まぁ、竜の里の中だけでの特例だな。
外じゃ、そういう話は聞いてないぞ。」
と言った。雫様が、
「まぁ、こっちの竜人の内規みたいなもんっちゅうことやろな。
うちの里じゃ、適用されせんしな。」
と笑った。私は、田中先輩が竜の里で優遇されているのなら、いっそのこと里に住み続けたほうが良かったのではないかと不思議に思った。更科さんも同じように思ったようで、
「だったら、竜の里で仕事をすれば選びたい放題だったのではありませんか?」
と聞いた。野辺山さんも頷いている。
しかし田中先輩は、
「竜人と知り合っても、仕方ないだろう?」
と言った。私は何のことだろうと思ったのだが、田中先輩は続けて、
「それじゃ、俺は一生独身だろうが。」
と言った。私は一瞬面食らったが、どうやら普通の人間の女性と結婚したいと言っているようだ。
私は、なるほどなと納得したのだが、更科さんは納得しなかったようで、
「でも、普段は竜の里で仕事をして、たまに人里で遊べば知り合えるんじゃないの?」
と聞いた。田中先輩は、
「いや、いや。
それじゃ、行けてせいぜい湖月村だろう。
でも、あそこは団子屋もないんだぞ?
駄目だろ。」
と言った。確かに、立地的に難しそうだ。
すると佳央様は、
<<だったら、お金が無くなったら狩りをして竜の里の冒険者組合で売ったらよかったんじゃないの?
確か、同じ獲物でも、竜の里のほうが高く売れるはずだよ?
普段は、人里で暮らせない?>>
と聞いた。しかし田中先輩は渋い顔をして、
「今はともかく、昔はどこでもポーターは売買禁止だったんだぞ。」
と反論した。佳央様は、
<<そんな制約があるの?>>
と訝しげだった。私は勿論この話を聞いていたが、ふと疑問に思ったことがあったので聞いてみた。
「竜の里と人里の冒険者組合って、同じ組織なのですか?」
すると、野辺山さんは、
「確か、人里の冒険者組合と竜の里の冒険者組合は同じ組織だ。
ただ、竜人様と人間とで同じ規則というわけではなくて、独自に規則を持っていたはずだ。」
と言った。田中先輩は、
「独自規則?
ひょっとしたら、向こうでは買い取ってくれたかもしれないということなのか?」
と嫌な顔をして言った。野辺山さんは、
「聞かないとわからないがな。
しかし、そんな話があったのなら、言ってくれれば聞いたぞ?
それに、そもそも身分の外と言われていたのなら、買い取ってくれたんじゃないか?」
と言うと、田中先輩は頭に手を当てて唸ってしまったのだった。
思い込みって、誰にでもありますよね。。。(--;)
あと、文章だとわかりにくいですが、組合長室での位置は下のようになります。
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┃ 奥の席 ┃
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ソファー
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┃雫 ┃ ┃ ┃ ┃上野┃ 崎村
┃ ┃ ┃ ┃ ┗━━┛
┃佳央┃ ┃ 机 ┃
┃ ┃ ┃ ┃ ┏━━┓
┃田中┃ ┃ ┃ ┃野辺山 沼田
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広人
佳織




