いつもの習慣でつい
* 2020/07/18
誤記を修正しました。
翌朝、目が覚めると隣に小さい竜がいた。
私は驚いて、下がろうとしたのだが、身動きが取れなかった。
そこで私は寝袋に入っていることに気が付き、昨日のことを思い出した。
確か、更科さんの実家で簡単な宴会を開いてもらった後、お祖父様やお祖母様、お兄様、弟君に挨拶をしてから、佳央様を連れて集荷場の上の私の部屋まで帰ったのだったか。お父様は、確か、雫様に捕まっていて、軽く挨拶をしただけだった気がする。あと、更科さんは先に疲れて寝てしまっていた。杉元さんにお風呂の支度をしてもらったはずだったが、ちゃんと入ったのだろかと余計なことを思い出した。
そう言えば、今更ではあるが雫様も更科さんも、湖月村の宿で佳央様と私が一緒に寝るのを反対していた。ということは、今日、雫様や更科さんに会った時、出会い頭に文句を言われたり怒られたりする可能性が高いなと思った。
更科さんから『浮気者』と言われるかと思うと、今から悲しくなってきた。
私は、その後に事態が深刻にならないようにするための上手い言い訳はないかと考え始めた。
暫くすると、1階から、飯の炊けるいい匂いがしてきた。
いつもどおり、千代ばあさんが飯を炊いているのだろう。
私は、まだ眠る佳央様が起きないように気をつけながら、1階に降りて千代ばあさんに挨拶をした。
「おはようございます。
しばらくぶりです。」
しかし、千代ばあさんから、
「おや、山上か。
おはようさん。
1周間ぶりだねぇ。
前よりは持ったみたいだが、また逃げ出してきたのかい?」
とニヤニヤしながら言ってきた。
表情から、恐らく冗談で言っているのだろう。
私も、
「はい。
あちらでいろいろありまして、本当に大変でして。」
と言うと、千代ばあさんは、
「なるほどね。
で、竜の子供を連れて帰ったんだって?」
と話してきた。
昨夜は遅く帰ってきたので、葛町でこの事を知る人はほとんどいない筈だと思っていたので、何故、千代ばあさんが既にこの事を知っているのか不思議に思った。
だが、ひとまず私は、
「はい。
今も、私の部屋で寝ています。
ただ、女の子なので、後で佳織にこっぴどく言われそうで今からどうしようかと悩んでいまして。」
と更科さんに何と説明すればいいか相談してみた。すると千代ばあさんは笑いながら、
「気にしすぎだよ!
まだ竜人化も出来ないひよっ子って話だったじゃないか。」
と返してきた。
本当に、千代ばあさんの情報網はどうなっているのだろうか。この早朝では、井戸端会議をする時間も無いと思うし、話の出処が謎だ。
私は、
「何で、知っているんですか。」
と呆れ気味に聞いてみた所、
「そりゃ、乙女の秘密ってやつだよ。」
と笑いながら返してきた。
千代ばあさんは、実はくノ一だったりしないだろうか。
私は、
「あまり聞かないほうが良いって事ですか?」
と聞いてみると、千代ばあさんは、
「そうだねぇ。
ただ、このまま行くと、そのうち知る機会もあるかもしれないよ。」
と言っていたので、ここでは深堀しないことにした。
私は千代ばあさんに、
「そうなのですか。
でも、その口ぶりだと、何か事件が起きたら知ることになるとかそういう気がしますので、する機会がないことを祈ります。」
と言った。すると千代ばあさんも、
「それが一番さね。」
と返してきたので、やはり何かあるようだった。
私はこれいじょう藪を突くこともないと思ったので、
「では、これ以上はお邪魔でしょうし、私は隣の掃除でもしてきます。」
と言って、集荷場に移動した。
集荷場で暫く掃除をしていると、後藤先輩が出社してきた。
「おっ!
山上じゃないか。」
と驚いていた。私は、
「おはようございます、後藤先輩。」
と挨拶をすると、後藤先輩は、
「おう。
おはよう。」
と挨拶を返した後、
「なぁ、山上。
前にも言ったが、お前、今休職中だから掃除はいいぞ?」
と、掃除しなくても良いことを伝えてきた。私は、
「いつもの習慣でつい。」
と返すと、後藤先輩は、
「まぁ、綺麗な職場が一番だからな。
やってくれる分には、助かるが。」
と困ったように言った。続けて後藤先輩は、
「それで、また修行に行くのか?」
と聞いてきた。私は、
「いえ、それがはっきりしませんで。
昨日、田中先輩は、『明後日から復帰だ』と言っていたので、早ければ明日から仕事を始めることになりそうなのですが、まだ良くわかりません。」
と返した。後藤先輩は、
「そうか。
急に田中さんも抜けて、一人では流石に辛いところだったからな。
早く復帰してくれるに越したことはない。
これから梅雨前にかけて、春高山の山小屋にどんどん荷を運ぶことになる筈だから、気合いを入れてくれよ。」
と、今後の仕事について説明してくれた。
田中先輩からは、こういった今後の予定のような話が少ないので、後藤先輩がいてくれて本当に助かる。
私が残りの掃除をやり終えた頃、田中先輩が出社してきた。
私が、
「おはようございます。」
と挨拶すると、田中先輩は、
「おう。
佳央様はまだ寝ているのか?」
と聞いてきた。私は、
「まだ、起きてきていません。」
と言うと、後藤先輩が、
「佳央様というのは?」
と聞いてきた。私は、
「ちょっと訳ありでして。」
と言うと、田中先輩が、
「その件な。
一応、社長から了承とっておいたぞ。」
と言ったのだが、少しニヤリとしてから、
「結婚した上に、他の女ともう同棲とか、山上はたらしだからな。」
と言った。後藤先輩が、
「なに!」
と眉を釣り上げたが、すぐに私は、
「田中先輩、相手は竜ですよ。
まかり間違っても、男女の関係にはなりませんよ。」
と言った。後藤先輩は今度は眉をひそめて、
「竜?
どういう事だ?
山上!」
と困惑していた。すると田中先輩が、
「後藤、ちょっと訳ありでな。
詳細は伏せないといけないが、山上は今後、竜と同棲する事になってな。
そのうち、竜人になるから、くれぐれも粗相の無いようにな。
後、他言無用な。」
と言った。後藤先輩は、
「いや、いや、可怪しいだろ。
なんで、山上の所に竜が来るんだ。
あれか?
前からやんごとないって言っていたのは、竜人様ってことか?
山上、どうなっているんだ。」
と私に説明を求めてきた。私は、
「はい。
名前だけは、聞いていると思いますが、蒼竜様が竜人様です。」
と言うと、後藤先輩は膝を手で打って、
「そういうことか。」
と納得したようだった。私は、
「はい。
田中先輩の関係でです。」
と付け加えると、後藤先輩は、
「田中さんの交友関係が広いのは前から知っていたが、これ程とはな。
それで、山上は蒼竜様に修行を付けてもらっていたから、その関係で、竜を預かる事になったわけか。」
と言って頷いた。そして後藤先輩は、
「山上、その竜が目を覚ましたとして、初めて来たばかりの所では、あまりあちこち動けないだろ。
今頃、山上が戻ってこないから、部屋で困っているんじゃないか?」
と指摘した。私は『しまった』と思い、慌てて自分の部屋に戻ると、佳央様が、
<<山上、いつまで私を待たす気だったの?>>
と文句を言われてしまった。後藤先輩の言う通りだった。
私は、
「すみません。
知らない所で不安になっているとか、そういう所まで気が周りませんでした。
今、下に田中先輩も来ましたので、そちらに移動しましょう。」
と言うと、佳央様は、
<<不安は別に。
でも、分かった。>>
と言ってふわりと浮くと、私の頭を抱えるように肩に着地してきた。
他の人が見れば、私が小さな竜を肩車しているように見えるだろう。
二階から一階に降りて集荷場に行くと、千代ばあさんも集荷場に来ていた。
田中先輩が私の横に来ると、
「さっきも軽く話をしたが、こちらが佳央様だ。
これから山上と一緒に暮らすから、驚かないようにな。
既に、杉並社長にも話は通してあるが、食費は山上の給料から天引きすることになっている。
佳央様が食べた分は遠慮なく、会社に報告してくれ。」
と言った。佳央様が食べれば食べるほど、私の給料が減るらしい。
私は文句を言いたくなったが、世話を任されたのは私なので、田中先輩に言っても仕方がない。
私は、
「給料では足りなかった場合はどうなりますか?」
と聞くと、田中先輩は、
「たまに狂熊でも間引いておけ。
それで賄えば、問題ないだろ。」
と、副業で登録した冒険者業で稼いで補填するように言ってきた。
私は、
「それで大丈夫でしょうか。」
と聞くと、田中先輩は、
「今、心配しても仕方ないだろ。
とりあえず、足りるかどうかは一月生活してみてからだな。」
と言った。後藤先輩は、
「体は小さいが、そんなに食べるのか?」
と聞いたのだが、田中先輩は、
「人間の倍は食べるんじゃないか?
まぁ、俺も良くは知らないがな。」
と言った。これは、今日合流予定の蒼竜様に確認するしか無いだろう。
田中先輩は、
「まぁ、食費はさておき、こういう事になったからな。
これからも竜関係のやつがちょくちょく出入りすると思うが、普通の人間と同じ対応をしてくれ。
恐らく、『俺は竜人だ』と言って威張り散らすようなやつは来ないだろうからな。」
と言った。そして、田中先輩は、
「千代ばあさんも頼むな。」
と頼んだ。
田中先輩は、千代ばあさんの正体を知っているのかもしれない。
千代ばあさんは、
「あいよ。」
と事も無げに受けていた。私が、
「千代ばあさんは知っていたのですか?」
と聞くと、千代ばあさんは、
「そりゃ、そうさね。」
と言って不敵な顔をした。
私は、やはり千代ばあさんは只者ではないのだなと確信した。
その後、後藤先輩は平村に荷物を背負って出発し、田中先輩と私は、辰の刻の少し前に、佳央様を連れて冒険者組合に向かったのだった。
〜〜〜大杉町の王立魔法研究所の分室にある横山研究室にて
ニコラさん:まだ来ぬのか。
韮崎さん :いえ、まだ約束の辰の刻まで、半刻もありますから。
というか、何故、こんなに早く出たのですか?
ニコラさん:いや、待ちきれなくてな。
安塚さん :教授は大体、ギリギリにしか来ませんよ。
ニコラさん:安塚はもう来ているのにか?
安塚さん :私は、いつも先に来て準備とかいろいろとやっていますから。
そう言えば、久堅さんとレモンさんがいませんね。
ニコラさん:昨日、安塚が潰してただろう?
あれは二日酔いではないかと思うぞ。
韮崎さん :あのくらいでですか?
ニコラさん:いや、韮崎も安塚も二人で升升だから分からんかもだがな。
普通、あんなにガバガバと飲んだりしないものだぞ。
韮崎さん :いえ、昨日はちゃんと抑えましたし、そんなことはないと思いますが。
それよりも、安塚さんの接吻癖はどうにかなりませんか?
一応、私が盾になって男性への接吻は阻止しましたが、あれは駄目ですよ。
安塚さん :そう言えば、私、異性が出る飲み会には出席禁止になっているのよね。
韮崎さん :当たり前です!
横山教授が来たら、しっかり抗議させてもらいますからね!
安塚さん :でも、今回は横山教授が行くように指示しましたし。
ニコラさん:単に、旅の疲れで忘れていたんじゃないか?
安塚さん :それはあるかもしれませんね。