お父様に頭を下げられて
お父様に怒られた私は、どう言い訳すれば許してもらえるか、考えながら話し始めた。
私はとにかく頭を下げ、
「申し訳ありません。」
と一言謝った。だが、考えがまとまらず、すぐに次の一言が出てこなかった。
雫様か更科さんが、一言無いかと思ったが、今回は助け舟を出してくれないようだ。
他力本願というのも駄目なので、私は、ありのままの出来事を伝えてみようと思った。
私は、
「その・・・、結婚の儀礼の順番は、私はよく判っていませんでした。
ただ、一応、話が出た時は『恐れ多い』とお断りはしました。」
と伝えた。するとお父様は、
「それで?」
と静かに言った。私は、
「でも、赤竜帝が乗り気になってしまわれましたので、そのまま話しに乗るしかありませんでした。」
と赤竜帝にかこつけて言い訳をした。すると、お父様は更科さんに、
「薫、誠か?」
と聞いた。
更科さんは静かに、
「間違いありません。
今はおりませんが、先日、家にお越しになった王立魔法研究所の横山先生も立ち会っていましたので、次、お越しになられたときにでも尋ねていただければ、同じ内容でお話になるかと思います。」
と話した。
お父様は、
「そうか・・・。
赤竜帝のなさったことであれば、口出しのしようもない。
いや、大きな声を上げて済まなかった。」
と形だけ謝った。お祖母様が、
「済まなかったじゃないよ。
竜人様の前だよ?」
と言った後、
「でも、流石は赤竜帝だね。
画数が悪くなるからって名前を変える気配りだけじゃなくて、実家が反物屋ってのもちゃんと踏まえて、『織』って字を織り込んでくるんだからね。」
と言った。話を変えることで、居心地の悪い空気を入れ替えようとしてくれているのだろう。
雫様は、
「本人には聞いてへんけど、『織』の字は偶然ちゃうやろか。
まぁ、ひょっとしたら、佳織ちゃんの実家の商売も聞いてたかも知らんけど。」
と話したが、真偽は不明だ。
お祖母様が、
「佳織。
それで、続きはどうなったんだい?」
と私ではなく、更科さんに続きを話すように促した。
意識してかどうかは分からないが、こういう話は、肉親の方が信用できるということなのかもしれない。
更科さんは、
「はい。
私達に名付けをした翌日、また竜帝城に呼ばれて行きました。
今度は、ちゃんと蒼竜様もきていまして、和人の力の話をしました。
その後、赤竜帝が和人に竜人格を与えたと聞かされました。」
と話した。するとお祖母様が、
「蒼竜様の予想通りって訳かい。
竜人格ってことは、王族や関白様と同じ身分って事になるんだね?」
と確認してきた。私はピンとこなかったので、
「そうなのですか?」
と聞くと、お祖母様が、
「まず、本人が分かってないようだね。」
と苦笑いした。そして私に、
「で、これからどうするんだい?
と言っても、あれか。
仕事をどうするとか、考えてることはあるかい?」
と聞いてきた。私は、
「赤竜帝からも、役職がどうのとかは特に何も仰せつかっていません。
なので、今までどおりやっていこうかと考えています。
私が知る人里に出ている竜人と言えば、蒼竜様や雫様ですが、お二方とも自由にやっているようですし。」
と言うと、雫様は、
「そんな、心外な。
雅弘もうちもちゃんと仕事もしとるで。
ただ、自由になる時間が多いだけや。」
と怒られてしまった。私は、
「そうなのですか?
いや、気が付かなくて申し訳ありません。」
と言ったのだが、雫様は、
「でも、あれやな。
竜人言うたかて、フラフラしとるんもおるなぁ。」
と苦笑いした。雫様は続けて、
「それとや。
人間がどう言うかはともかく、うち等からしてみたら、竜人格言うてもただの一般人や。
普通に人間の会社に勤めとってもええんちゃうか思うで。
まぁ、社長はやりにくいやろけどな。」
と話した。するとお祖母様は、
「なるほど、竜人様から見れば、竜人格は一般人ですか。」
と納得したように言ってから、私に、
「で、さっきから黙って小さくなってる家の当主は、とりあえず広人様への不敬罪で打首にでもしておけば宜しいですか?」
と話した。私は不意をつかれ、ぎょっとしてしまい、
「いくら何でも!
そのような理不尽なことはしないで下さい!」
と慌てて言うと、お祖母様は、
「茂、不敬罪はないようだよ?
っていうか、あんたが当主なんだよ!
しっかりおしな。」
と呆れたように言うと、お父様は、
「申し訳ありません!」
と、私に頭を下げてきた。私は、
「そのように頭を下げられても、私も困ります。
すみませんが、顔を上げていただけませんか?」
とお願いした。すると雫様が、
「そや。
さっきからうちも頭下げられて、困っとったんや。
山上も分かるやろ?」
と同意した。私も困ったので、
「はい。
私から見れば佳織のお父様ですし、こちらが敬意を払いたいくらいです。」
と土下座した。するとお父様は、
「こちらこそ、申し訳ない。」
と頭を下げた。私も負けずに、
「こちらこそ、申し訳ありません。」
と頭を下げると、雫様は笑いだして、
「そういうネタはもうえぇから、話進めよか。」
と言った。私は、
「お父様が頭を上げないことには、私も上げるわけには参りません。」
と言うと、お祖母様が、
「まぁ、そうなるわな。
茂、もういい加減観念して、頭を上げな!」
と叱りつけると、更科さんが小声で、
「お父様が頭を上げたわよ。」
と教えてくれた。ようやく頭を上げてくれたようだ。
私も頭を上げてお父様の方を見ると、お父様は血の気の少ない顔色をしていた。
お祖母様が、
「これは駄目だね。」
と言ってため息をついてから、
「佳織、まだ、続きがあるんだろ?」
と話の続きを促した。更科さんは、
「はい。
和人が竜人格と伝えた後で、佳央様をお呼びになりました。
それから、和人に佳央様をお預けになられました。
今、和人が持っている力は本来は黒竜のものだから、実子に受け継がせるのではなく、佳央様に返すようにと言われました。
これが、竜の里でのあらましです。」
と話した。お祖母様は、
「なるほど。
少し酷な言い方をするが、広人様の力は一代限りってことか。
一代限りってのは、ちょっと惜しいけど、降って湧いたような身分だ。
子供に継がせようってのが、そもそも罰当たりということかもしれないね。」
と納得したようだった。
お祖母様はお父様の様子を見て、眉を寄せてため息をついてから、手を二回叩いた。
襖が開いて、杉元さんとは違う方の女中さんが、
「お呼びでしょうか。」
と伺った。お祖母様は、
「小鳥遊、夕餉をお出ししな。」
と指示をすると、
「はい、大奥様。」
と言って奥に目配せをすると、女中の杉元さんがそれぞれの前にお膳を置き始めた。既に、夕餉の準備は終わっていたようだ。小鳥遊さんも配膳に混ざる。
一通りの配膳が終わると、お祖母様は、
「これのせいで辛気臭くて仕方なくて申し訳ない。」
と、お父様の方を一瞥してから、
「ほら、今日はあんたが喋りな。」
と言って、今度はお祖父様を見た。お祖父様は、
「儂か。」
と言ってから、挨拶を始めた。
さすがは一代で大きくしたと言われるだけあって、こういう席での挨拶も、急に振られたにもかかわらず立て板に水と言うか、手慣れたものだった。内容も、雫様と佳央様をお招きできて光栄だとか、私が竜人格になってめでたいとか、そういったことを綺麗に短くまとめて話していた。
お祖父様の話が終わると更科さんが、
「お祖父様はこういうのが上手いのよ。
これから、和人も挨拶する機会が増えるでしょうから、お手本にすると良いわよ。」
と小声で言ってきた。
私は、自分が話すことになったらと思うとゾッとしたのだが、お祖母様はお見通しだったようで、
「こういうのは練習だよ。
広人様も一言、お願いしようかね。」
と言われて、私もお父様に負けず青くなってしまった。
私は、しどろもどろに、
「えっと、この度は、雫様と佳央様にお越しいただき、誠に御礼申し上げます。」
と話し始めると、更科さんが小声で、
「和人。
和人は、竜人格になれたお礼と、所信表明をすればいいのよ。
今言ったようなことは、この家の主が言う話よ。」
と静かに言ってきた。みんなにも聞こえていたようで、雫様から、
「そういう話は、あとでこっそり教えてやるもんや。
皆の前でかわいそうやろ?」
と更科さんに話すと、更科さんは、
「すみません。
皆様、顔馴染みの気安い人だけでしたので、深く考えていませんでした。」
と苦笑した。雫様は、
「まぁ今日は練習みたいなもんやし、すぐに言うた方がよく解るか。」
と納得すると、お祖母様は、
「目を瞑っていただき、ありがとうございます。」
と言って、更科さんの方を見た。恐らく、これは更科さんが言うべきことだと言っているのだろう。
更科さんも小声でお祖母様に、
「ありがとうございます。」
と伝えていた。私は、
「すみません。
では、改めまして。」
と一息ついてから、
「この度は、皆様のおかげもありまして、竜人格という身に余る身分を賜りました。
これからは、これに恥じないように成長していきたいと思いますので、これからも宜しくお願い致します。」
と短く挨拶をした。
更科さんは頷いていたので、可笑しくなかったのだろう。
しかし、雫様は練習だと言っていた。つまり、これの他に本番があるということなのだろうか。
そう思うと、私は不安がこみ上げてきた。
しかし、それを見てかどうかは分からないが、お祖父様が、
「では、僭越ながら、私、更科 孝司が乾杯の音頭を取らせていただきます。」
と挨拶を行い、この日の夕餉が始まった。
この後、1刻ほどご馳走になったのだが、途中で更科さんは疲れたようで、私に一言謝ってから、自室に眠りに行ってしまった。
私は、葛町の門限に間に合わないと自分の部屋に帰れないので、雫様達がまだお酒を飲んでいる中、お祖父様やお祖母様、お兄様、弟君に見送られて更科家を後にした。お父様はと言うと、私と仲が悪くなったから見送りに来なかったというわけではなく、雫様の相手をしていたので、見送りには出られなかった。
こうして、私と佳央様は私の住んでいる集荷場の2階に帰ったのだった。
〜〜〜大杉町の王立魔法研究所の分室にある横山研究室にて
安塚さん :横山教授、おかえりなさいませ。
と言うか、帰ってきてありがとうございます。
横山さん :?
そりゃ、自分の研究室なんだから戻ってくるわよ。
何かあったの?
・・・というか、あったのね。
そこの珍妙な出で立ちの人たちは誰?
安塚さん :はい。
まずは、驚かずに聞いて下さいね。
こちら、ニコラ様と連れの人たちです。
横山さん :(その説明で驚けと言われても、ちょっと無理があるわよ。
でも、ひょっとして私が知らないだけで、名前だけで驚くような人なの?
服装とかも、冒険者風というか、でもそれにしては上等な布地みたいだし。
ひょっとして、どこかのお偉いさん?)
えっと、それだけじゃ、説明になっていないけど。
まず、どこのニコルさんなの?
韮崎さん :すみません。
申し遅れました。
私、王立研究所の韮崎と申します。
安塚さん :私の一個下だそうよ。
韮崎さん :(ゴホッ)
えっと。(調子狂うわね。)
で、こちらは、ハプスニル王国で元国家魔法師をしていらっしゃったニコラ様です。
ニコラさん:ニコラ・ド・レルムだ。
韮崎さん :(あぁ、もう。
安塚さんが変な所で歳の話なんかするから、私の説明が中途半端じゃないのよ。)
ニコラさん:昔、宮廷魔法師長もやっていた縁で、たちの悪い盗賊団を懲らしめる事になってな。
そこの久堅がこの国出身だというんで、ついでに送り届けに来たというわけだ。
で、ここに魔法を色で見ることの出来る少年がいると聞いたんだがいるか?
山上というやつだ。
韮崎さん :(かなり説明を省いたわね。)
横山さん :それは駄目よ。
安塚さん :やっぱり、駄目ですか?
横山さん :そりゃそうでしょう。
蒼竜様にお伺いを立てるくらいはしたほうが良いんじゃないの?
韮崎さん :蒼竜様と言うには?
横山さん :山上くんに良くしている竜人様よ。
久堅さん :ここには、竜人も出入りしているのか?
横山さん :いえ、ここには来たことはありませんが、昨日まで一緒に行動していました。
韮崎さん :赤竜帝に会いに行っていたんでしたっけ。
横山さん :すみません。
安塚はどこまでお話していますか?
安塚さん :(やばっ!)
韮崎さん :竜の里同士で、なんだかきな臭いとかなんとか・・・。
横山さん :(それ、他国の人に喋っちゃいけないやつじゃないのよ!)
申し訳ありませんが、それは他言無用で願います!
韮崎さん :勿論です。
何か合った時、人としては問題ないけど、国としては手を出さないように念押しされましたし。
横山さん :(安塚が?
どんな経緯で?
そもそも国って、・・・あ、元国家魔法師だからか。)
えっと、そうなの?
安塚さん :出過ぎたこととは思いましたが。
(うっかり話しちゃったから体裁を整えたなんて言えないし。)
横山さん :(多分、うっかり喋っちゃったのね。)
まぁ、仕方ないわね。
明日、蒼竜様と合流するから、その時に一緒に謝ってあげるから。
安塚さん :すみません。
ニコラさん:(まぁ、怒られるのは当然か。)
横山さん :ひとまず、今はいませんが、明日、蒼竜様が葛町に来る予定です。
山上くんの件は、その時に冒険者組合に移動してから話すことにしましょうか。
ニコラさん:今日は行かないのか?
横山さん :責任者不在では、問題が起きても責任も取れませんから。
ニコラさん:(安塚と違って、こっちは慎重だな。)
分かった。
明日、出向くとしよう。
横山さん :で、後ろの方は?
韮崎さん :(後ろ?
あぁ、自己紹介が途中だったわね。)
すみません。
こちらが、ニコラ様の護衛兼付き人のレモン様です。
横山さん :ニコラ様よりも弱そうなのに?
韮崎さん :(安塚さんもそうだけど、この人も一言余計ね。)
久堅さん :あ〜、俺は久堅だ。
一言言わせてもらうがな、こいつは食いしん坊担当だ。
ニコラさん:(笑)
韮崎さん :(笑)
レモンさん:久堅、それはあんまりじゃないか?(怒)
久堅さん :事実だろうが。
ニコラさん:まぁ、昔からの縁でな。
レモンがいると、退屈しなくていいぞ?
久堅さん :まぁ、そういう立ち位置だよな。
レモンさん:いや、それ、あんまりだろ。(拗)
横山さん :えっと、レモンさんが呆け担当で、久堅さんが突っ込み担当というわけですか。
レモンさん:(呆けとは)心外な!
久堅さん :(突っ込みとは)心外な!
横山さん、安塚さん、韮崎さん :(((揃ったわね。)))
ニコラさん:なるほど。
韮崎さん :久堅さんは、本物の護衛です。
レモンさん:いや、俺も護衛だからな?
いざって時は、盾ぐらいにはなるからな?
韮崎さん :(めんどくさい。)
えっと、失言でした。
少し、説明を省かれていたようなので、何点か付け加えさせていただきます。
ニコラ様は、こちらには無詠唱魔法文化を見に来たそうです。
横山さん :確か、外国では詠唱魔法が主流なんでしたっけ。
韮崎さん :さすがは教授、詳しいですね。
そうらしいです。
ニコラさん:ああ、そのとおりだ。
詠唱魔法は、魔法の力を溜め、言霊が起点となって発動する。
だが、無詠唱魔法は魔力から直接、または溜めて発動する。
溜めて威力を上げるか、そのまま発動して速度を優先させるかの違いだな。
横山さん :そういうことね。
あと、魔法陣というのもありますよね。
ニコラさん:確かに。
詠唱したり魔法陣を使うことで、ある程度発動が簡単になったり、規格化されるからな。
横山さん :簡単ということは、覚えやすいという利点もあるということですか。
確かに、無詠唱では、同じ魔法でも人によって威力も性質も違うこともあるわね。
安塚さん :そうなのですか?
横山さん :ほら。
水の魔法でも、すぐ消えたり、消えなかったり。
量的にも、沢山出せたり、出せなかったり。
山上くんなんて、空気中から水を集めて水滴しか出せないとか言っていたそうよ。
ニコラさん:空気中から集める?
また効率の悪い話も合ったものだな。
安塚さん :(山上くんの話はしていいんだっけ?)
ひとまず、今日は晩御飯にしませんか?
レモンさん:それ、いいな。
韮崎さん :分かりました。
では、晩御飯をご一緒してもいいでしょうか?
横山さん :申し訳ありません。
私は先程帰ってきたばかりですので。
また、明日でお願いします。
安塚さん :(そうやって断るのか。)
ニコラさん:それは残念です。
貴方となら、いろいろと面白いお話も聞けそうでしたのに。
横山さん :いえいえ、本日はお構いも出来ず、申し訳ありません。
安塚、後はお願いね。
安塚さん :(そうやって押し付けるのか。)
韮崎さん :こちらこそ、急で済みませんでした。
明日は葛町の冒険者組合と言っていましたが、出来れば、こちらで一旦合流したいのですが。
横山さん :それは気が付かずにすみません。
では、明日、辰の刻ころにここに集合で宜しいでしょうか?
安塚さん :(蒼竜様は、そんなに早く来れるのかしら。
まぁ、いっか。)
韮崎さん :ニコラ様は如何でしょうか?
ニコラさん:問題ない。
韮崎さん :では、それでお願いします。
〜〜〜
(本編の補足)
お父様は、急に佳織と名前が変わったと言われてもすぐに対応できず、「薫」と呼んでいます。




