大杉町までの道中
湖月村を出発した私達は、湖月村に来た時と逆の道をたどりながら帰った。
出発して間もなく、湖が見えてくる。
今朝も舟が出ている。恐らく、ここで漁をしているのだろう。
ひたすら湖沿いの一本道を歩く。
湖が終わり、田んぼになったかと思うと、すぐに畑に変わった。
この辺りは湖には近いが、やや傾斜があるので水の確保が面倒なのかもしれない。
更に進むと、峠に差し掛かる。
田中先輩が、
「ここいらで休憩するか。」
と言って、峠の山頂でちょっとだけ休憩することになった。
私達は、道の脇にある草むらを鉈で刈ったり踏みつけて平にして場所を作ってから荷を降ろした。だが、田中先輩だけは荷を下ろすと、すぐに藪の中に入っていった。
恐らく、我慢が出来ないほど溜まっていたのだろう。
更科さんは、
「何かいたのかしら。」
と訝しがっていたが、雫様が、
「いや、藪の中で隠れて言うたら、アレに決まっとるやろ。」
と掌を握ってみせた。大きい方と言っているようだ。
横山さんが、
「そういうのは、男の人のいない所でやりなさいね。」
と少し顔を引きつらせていた。
水だけ飲んで一息つく。
早朝に出発したし、そもそも村には甘味処もなかったので、甘いおやつもない。
お昼まで持つかと不安に思っていたのだが、暫くすると、田中先輩が藪から戻ってきた。
手には赤い実を持っていた。
前言撤回で、田中先輩は用を足しに行ったのではなく、甘いものを探しに行っていたようだ。
私は、
「茱萸の実ですか!
この辺りに生えているのですか?」
と聞いてみた。すると田中先輩は、
「ああ。
この前、湖月に行った時に偶然見つけてな。
おやつに丁度いいだろ。」
と言いながら、田中先輩は皆に赤い茱萸の実を手渡した。
口に含むと、まだ少し早いからか、旬のものに比べれば渋みもあり、甘さも控えめだが、不思議と美味しかった。
休憩が終わると、せっせと歩いて峠を降りる。
峠を下り始めると、眼下に畑が広がる。
見渡す限りの畑は、壮観だ。
前に湖月村に向かった時は、峠の下の辺りでお弁当を食べたのを思い出した。
あの時は、お弁当にお肉が入っていないと言って、雫様や更科さんから不評だった。
峠を下り、左右に広がる畑を見ながら歩いていく。
道の脇には、ぽつぽつと木が植えられている。
本来、この木は農作業の合間の休憩のために植えられているのだろう。
今は違うが、夏の暑い時期、木陰で休めるかどうかで疲れの取れ具合が全く違う。
だが、こういった木々は、私達のように湖月村と咲花村を移動する人たちの休憩にも使える。
日も天辺になったころ、横山さんが、
「もうそろそろ、お昼にしない?」
と提案した。田中先輩は太陽を仰ぎ見て、
「そうだな。
そこに丁度良さそうな木もあるから、そこの下にするか。」
と言って道の脇の木を指した。
木の下に移動して荷を置いた後、湖月村の宿で作ってもらった弁当を広げる。
お弁当を食べ始めると、更科さんが、
「もう後1刻くらい歩けば咲花ね。」
と話しかけてきた。私は、
「お肉の催促ではないのですね。」
と冗談を言うと、更科さんは頬を膨らませて、
「ちょっと?」
と怒られてしまった。私は、
「冗談ですよ。
えっと、もう少しで咲花という話ですよね。」
と返すと、更科さんは、
「うん。」
とやや無愛想に相打ちを打った。私は、
「卵焼き、美味しかったのに怒られたのを思い出します。」
と言うと、更科さんは、
「結構、根に持ってる?」
とちょっと上目遣いで聞いてきた。
私は、
「いえ。
ちょっと思い出しただけです。」
と言うと、更科さんは頬を膨らませて、
「意地悪。」
と拗ねてみせた。すると佳央様が、
<<熱つ熱つね。
山上は、私とも熱つ熱つしてもいいのよ?>>
と言ってきた。私は念の為、
「私には佳織だけですよ。」
と言ったのだが、佳央様は、少し表情を変えて、
<<佳織だけで十分ってこと?
それとも、手一杯ってこと?>>
と聞いてきた。私はこの質問の意図が分からなかったが、
「佳織だけいればいいということですよ。」
と返した。更科さんの顔が赤い。
佳央様は、
<<なるほどね。
まぁまぁの答えかな。>>
と言ったので、どうも私の事を試していたのかもしれない。
ここで質問の真意を聞きたいところだが、それを聞くとろくな結果にならない気がしたので止めておいた。
お弁当を食べ終わると、私達は咲花村に向けて出発した。
1刻半ほど、ひたすら歩く。
咲花村に着くと、前にお世話になった門番さんがいた。
私は、
「門番さん、いつもお世話様です。」
と声を掛けると、門番さんも、
「いつぞやの走って倒れてたやつだか。
あれから、無茶な修行してねぇだか?」
と、私のことを覚えていてくれていた。私は嬉しく思いながら、
「はい。
ちゃんと力を残すように、加減するようにしました。」
と返事をした。すると門番さんは、
「それは、良い心がけだがや。
うっかり亡くなったら、嫁っ子も大変だべ。
これからも程々に精進すべよ。」
と笑顔で返した。私も、
「ありがとうございます。」
と返したのだが、田中先輩は、
「山上、門番と何があったかは知らないが、まるで師弟みたいだな。」
と不思議そうに聞いてきた。私は、
「以前、蒼竜様からの指示で春高山からここまで往復した時、そこの道端でぶっ倒れたことがありまして。
その時、この門番さんには心得を教えてもらったり、大変お世話になりました。」
と返すと、田中先輩は、
「心得か。
そういうのは聞いても分からんもんだがな。」
と言ってきたので、私は、
「それが、ぶっ倒れていた時に、
『今、熊に襲われたら死ぬぞ!
ちゃんと力は残しておかないと駄目だ!』
という感じのことを言われまして。
なるほどなと、頭にスッと入ってきたのですよ。」
と返した。すると雫様が、
「なるほどな。
確かに、難しい言い回しで教えられてもピンと来んわ。
けど、具体的に言われたら、なんちゅうか、頭じゃなくて、腑に落ちる言うんはあるな。」
と言った。私は、
「はい。
大変わかりやすかったです。」
と言うと、門番さんはなんだか照れているようだった。
門番さんと別れ、咲花村に入ると、以前にも入った団子屋で休憩することになった。
田中先輩が、
「俺はみたらしのかかった草団子3本と牛乳だ。
お前らは何にするんだ?」
と率先して注文を取りに来た。田中先輩はよほど甘いものが食べたかったのかもしれない。
団子屋のお姉さんも少し困った顔をしている。
雫様や横山さん、更科さんがお店の壁にかかっている木札を眺めている。
左端の木札には『おしながき』と書かれている。
更科さん
「私は、白玉入りの餡蜜とお茶にするわ。
和人は?」
と言った。私は漢字は読めなくて、他に何があるかははっきりと分からなかったので、
「では、同じもので。」
と言ったのだが、雫様が、
「なんや。
流石、仲、えぇなぁ。」
とちゃかしてから、
「うちはこの吹雪饅頭とお茶でももらおか。」
と注文した。横山さんが、
「私は、羊羹と牛乳にするわ。」
と言うと、佳央様が、
<<私も羊羹!
お茶はいいわ。>>
とご機嫌なようだ。団子屋のお姉さんがぎょっとした顔をしていたが、気を取り直して、
「みたらし草団子が3本、白玉入りの餡蜜が2つに、吹雪饅頭が1つ。
後、羊羹が2つで、飲み物は牛乳が2杯とお茶が3杯ですね。
少々、お待ち下さい。」
と言った。私は慌てて、
「すみません。
それと、お土産に団子を20本、包んでもらえませんか。」
とお願いすると、団子屋のお姉さんは、
「承りました。
帰りに、お団子を20本包んでお渡しします。」
と言って、奥に注文を伝えに行った。その後、奥から団子屋のお姉さんが、
「今、竜の子供!
竜の子供が来てるわよ!
それも喋ってたわ!」
と興奮して騒いでいるのが聞こえてきたが、皆で聞かなかったことにすることにした。
団子屋のお姉さんがお茶とお菓子を持ってくると、
「お待たせしました。」
と言って、普通にお茶とお菓子を配った。あれだけ奥で騒いでいたのに、客前とそうではない時できっちり切り替えが出来ていて凄いなと思った。
団子を食べた後は、普通に会計を済ませ、お土産の団子を受け取って団子屋を後にした。
それからまた半刻ほど歩いて、申の刻を過ぎた頃に大杉町に着いた。
私は横山さんから、
「明日、葛町の冒険者組合に行くでしょ?
私もお昼前に行くから、向こうで伝えておいて。
山上くんのステータスの確認と登録情報の書き換えをするわよ。」
と言われた。私は特に断る理由もなかったので、
「はい。
宜しくおねがいします。」
と言った。すると今度は田中先輩が、
「明日は、集荷場で待ち合わせでいいか?
俺も一緒に、野辺山に報告するからな。」
と言った。私は更科さんに、
「佳織は横山さんと一緒に来ますか?」
と聞くと、更科さんは、
「報告の都合もあるなら、少し早めに行くわね。」
と返事をした。横山さんが、
「それじゃ、私はこれから分室に寄るからまたね。」
と言って別れると、田中先輩も、
「俺は杉並社長のところに報告でもするか。
ついでに、明後日から山上が復帰すると言っておいてやるからな。」
と言って別れた。
私は、一度実家にも話をしたかったのでもう少し間を開けたかったのだが、田中先輩がとっとと言ってしまったので、伝えることが出来なかったので、私は少しもやっとしたのだった。
おっさんもようやくGWです。
今年は特に出かける予定もないので、おとなしく積読だけになっている本や雑誌を読もうと思います。
とは言え、日々近所のスーパーで買い物するだけだと、一日3000歩に満たなくなって生活習慣病が悪化する危険があります。
なので、健康のためにも少し離れたスーパーに変えようかなと、考え中です。(^^;)
↑蜜になる時間は避けつつですが・・・。