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身分が決まった

 いつもどおりに目が覚めた私は、昨日の下痢のせいもあってかなんとなく体が軽い気がした。

 ひとまず、二階の部屋から井戸まで降りた。

 朝の爽やかな風が頬に当たる。

 井戸から水を汲み上げて飲むと、水が冷たくて心地よい。

 

 この後、銭湯に行く予定ではあるが、さっぱりするので行水もすることにした。

 上半身を(はだ)けさせ、手ぬぐいを濡らして体を拭く。更科さんに汚いと思われたくないので、昨日の(あか)をしっかりこすって落としておく。ついでなので、ふんどしも洗って赤い魔法(火魔法)で乾かす。

 洗いたてのふんどしが気持ちいい。


 この後部屋に戻ると、更科さんが起きて身支度を整えていた。

 更科さんは、


「今日も早いわね。

 今朝はお腹、大丈夫?」


と確認した。私は、


「はい。

 昨日の番頭さんから(もら)った梅干しを食べてからは、お腹の調子も戻ってきましたし。

 なので、もう大丈夫ですよ。」


と返すと、更科さんは、


「なら、良かった。

 でも、竜の里の食べ物はたとえ美味しかったとしても怖いわね。」


と残念そうに言った。私は、


「はい。

 一昨日の締めも、人間が食べられないものだからと言って急遽(きゅうきょ)山の果物に()えていましたし、厄介ですね。

 それなのに、まだこれから、少なくとも朝と昼の2食はこちらで食べることになるでしょうから、少しドキドキしますね。」


と返した。すると、更科さんは、


「同じドキドキでも、こういうのなら(うれ)しいのにね。」


と言って、私の手を握ってきた。私は、


「また、雫様にうるさいと怒られますよ。」


と言うと、更科さんは、


「そうだった。

 静かにしよっか。」


と言って、体をくっつけてきた。

 私の心臓がドキドキしている。

 確かに、こういうドキドキなら歓迎だ。

 だが、


「佳織ちゃん、もうちょっと我慢、覚えよか。」


と前から声がした。勿論(もちろん)、雫様だ。

 雫様は、


「二人部屋なら、何も言わせんけどな?

 分かるやろ。」


と寝起きのせいか、声が怖い。圧も感じる。

 しかし今度は後ろから、


赤石(あかし)、不機嫌なのを他に当たるのは駄目だぞ。

 蒼竜のところに泊まったほうが良かったんじゃないか?」


と聞こてきた。今度は田中先輩だ。横山さんが、


「ゴンちゃん、どう考えてもこんな所で始めようとする佳織ちゃんが悪いでしょ。

 雫様が蒼竜様の所に言っていたとしても、私達のバツが悪いのは変わらないわよ。」


と指摘した。田中先輩は、


「いや、それにしたって明石は目から殺気を出しすぎだろ。」


と言うと、横山さんは、


「そうだった?」


と軽く流した。横山さんは雫様と更科さんの間に寝ていた。

 横山さんは私達の方を向いているが、雫様に対しては背中を向けているので、目から放たれた殺気の影響を受けなかったのかもしれない。

 私は、


「すみません。

 (みな)さんを不快な気分にさせてしまいまして。

 朝風呂にでも行って、気分を替えませんか?」


(あやま)りついでに提案した。

 すると雫様は、


「まぁ、えぇやろ。

 山上、昨日みたいにならんように気を(きぃ)つけてな。」


と言ったかと思うと、昨日の銭湯での出来事を思い出してか少しにこやかになった。私は、


「昨日は、横山さんが急にお湯を掛けてきたからではありませんか。

 それがなければ、鼻に水なんて入りませんでしたよ。」


と言ったのだが、雫様は、


「ちゃうちゃう、その後や。

 佳織ちゃんに、赤ちゃんみたいに鼻までかんでもろうとったやろ。」


と笑いを噛み殺している感じだ。横山さんは苦笑いしているようだった。

 私はそう言われて、鼻をかんでもらった後、目の前にあった更科さん胸を思い出した。更科さんは、私がさっきよりもドキドキしていることに気がついたらしく、


「和人のすけべ。」


(うれ)しそうに言われてしまった。


 その後は、身支度を整えて、昨日行った銭湯に5人で向かった。

 私は昨日と同じく上を向いて歩いたのだが、今日は段差でつまずいてコケてしまった。

 私は横山さんから、


「まず、正座ね。」


と言われた。

 私は迷惑を掛けことを自覚していたので、素直に正座した。すると横山さんから、


「たまたまコケた所に人がいなかったから良かったけど、小さい子でもいて怪我(けが)をさせたらどうするつもりだったの?」


と説教されてしまった。私は、


「小さくても竜人なら大人の竜ですし、このくらいでは怪我はしないのではありませんか?」


と指摘した。すると田中先輩から、


「山上な、考えても見ろ。

 例えば大杉の銭湯でも、お前は上を見ながら歩くんじゃないのか?

 分かるだろ?」


と言ってきた。私は、そこで転んで子供に怪我をさせてしまうことを想像し、


「すみません。

 ただの揚げ足でした。

 気をつけます。」


(あやま)った。

 周りも気まずそうな雰囲気だ。

 しかし、雫様が、


「山上、銭湯で全裸で正座して説教を受けとるって、えぇ芸風やなぁ。」


と笑い始めると、それにつられてか、他のお客さんもくすくす笑い始めた。

 私は、雫様が笑いで説教から開放してくれたのだろうと思ったので、


「気を遣わせてしまってすみません。」 


とお礼を言うと、雫様は、


「先回りし過ぎや。

 やりにくいわ。」


と怒られてしまった。私が、


「すみません。」


と謝ると、更科さんが、


「周りからも見られているし、もうこの辺りで勘弁してもらえませんか。」


と横山さんにお願いした。すると横山さんも、


「まぁ、昨日、大月様を待たせたのもあるし、この辺にしておいてあげるわ。

 佳織ちゃんも、山上くんが転ばないようにちゃんと手でも引いてあげなさいね。」


とため息混じりに言われた。私は、


「すみませんでした。」


と、また謝った。

 その後は、更科さんが私の手を引くどころか、腕をしっかり(つか)んで胸に当てながら歩いたものだから、私は今日も更科さんから『すけべ』と言われる体の変化が起きてしまったが、他には特に事故もなく、無事に?いや、無事に。ちゃんと。銭湯から宿に戻った。


 宿に入ると、土間(どま)で大月様が番頭さんと何やら話していた。

 私は、


「大月様、おはようございます。

 あと、申し訳ありません。

 また、お待たせしてしまったようで。」


と頭を下げると、大月様は、


「なに。

 小生もたった今来て、番頭に(みな)を呼ぼうとしていた所だ。

 今、銭湯から戻ったのなら、ゆっくり荷物をまとめてくるがよかろう。」


と言った。私は、


「ご配慮、ありがとうございます。

 すみませんが、今(しばら)くお待ち下さい。」


と言って(みんな)と二階に行き、田中先輩の指示で全部荷物をまとめた。

 田中先輩は先に準備が終わると、一足先に下に降りていった。

 下に降りると、ちょうど田中先輩は番頭さんと話をしながら、番頭さんから小袋を受け取っていた。

 恐らく、昨日の件で金銭の交渉をしていたのかもしれない。

 ふと見ると、土間には蒼竜様も来ていた。

 私が、


「蒼竜様、おはようございます。」


挨拶(あいさつ)すると、蒼竜様も、


「ふむ。」


と言って挨拶を返し、


「もう準備は出来たのか?

 それにしては荷物が多いな。」


と確認した。私は、


「はい。

 田中先輩が『流石に、明日も赤竜帝と対面ということは無いだろう』と言って、荷物を全部まとめて帰り支度をすることになりましたので。」


と返した。

 今、私の背負子には着替えなどが積まれている。

 来る時はお土産でもっと荷物が増える予定だったのだが、竜の里の日持ちする食べ物が安全かは謎だし、物価が高かったこともあって、里に()いた時と荷物の量はあまり変わらなかった。

 蒼竜様が、


「そうか。

 急ぐ用事もなかろうから、もっとゆっくりするものと思っていたが。」


と言ったのだが、田中先輩は、


「ここはちょっと物価が高いだろ。

 長くい続けても、懐が痛むばかりだから、今晩は、湖月村まで行って宿を取ろうと考えていてな。」


と返した。蒼竜様は、


「まぁ、そういうことなら仕方あるまい。

 拙者(せっしゃ)は明日出立(しゅったつ)するゆえ、戻ったら先に冒険者組合に顛末(てんまつ)を報告してくるが良かろう。」


と言った。私は、冒険者組合に報告するなどということは(まった)く頭になかったので、


「すみません。

 何を報告するのでしょうか?」


と確認すると、蒼竜様は、


「なに。

 この里での、公式の出来事を報告すればよかろう。

 冒険者組合経由で辞令を受けたのであろう?」


と話した。私は、


「辞令だったのでしょうか。

 一応、(かずら)町冒険者組合の組合長から手紙は手渡されましたが、特に『辞令を申し付ける』とかそういう事は言っていませんでしたが・・・。」


と返した。しかし、更科さんが、


「和人。

 線の所に立つように言われて、そこで手紙を受け取ったでしょ?

 あれって、冒険者組合から辞令が出たのと同じ意味合いなのよ。」


と説明してくれた。私は、


「すみません。

 全く分かっていませんでした。

 教えてくれてありがとうございます。」


と更科さんにお礼を言った。冒険者組合ではあれが辞令と同じ意味だったらしいが、そういう私の知らない作法は他にもあるのかもしれない。

 蒼竜様は、


「まぁ、ここで話していても何であるから、まずは竜帝城まで行くとせぬか?」


と聞いてきた。大月様も、


「急がずとも良いとは言え、そろそろ出かけても良い頃合いであるか。」


と言って同意した。

 こうして(みんな)で、竜帝城まで出向いたのだった。


 竜帝城では、前回と同じ部屋に通された。

 今日は、一昨日(おととい)と違って6人も竜人が来ていた。

 前回同様、全員が土下座の体勢でしっかり頭を地面につけて赤竜帝が出てくるのを待つ。

 暫くすると、銅鑼の音がなり、ザザッと整列するような音がした。

 そして、威圧感が増し、赤竜帝が部屋に入ってきたのが分かった。


 赤竜帝が直々(じきじき)


<<面をあげよ。>>


と言う。

 私達はそれに従って、1寸(3cm)ほど頭を上げた。


<<本日は蒼竜もおるゆえ、山上のスキルについて存分に議論するが良かろう。>>


と言ったのを皮切りに、まずは蒼竜様が、


「まずは、拙者(せっしゃ)の見立てを報告する。」


と断った。そして蒼竜様は、


「拙者が思うに、黒山は山上を魂の継承先に選んで移譲(いじょう)した上で、魂にスキルを上乗せする裏技を編み出したのではないかと推測しておる。

 それを使うことで、山上には竜の眼の力を分割して与えることを可能としたのであろう。」


と説明した。

 学者と思われる竜人が、


「なるほど、竜の眼の能力を分割してか。

 【魔力色鑑定】【闘気色鑑定】【温度色判定】がそれに当たるというわけだな。」


と言った。蒼竜様は私を少し見て、


「ふむ。

 なるほど、スキルが増えておったようだ。」


と話した。知らない間に私のスキルが増えていたようだ。

 それとは別に、竜人達が小声で何か話をしているのが断片的に聞こえてきた。

 議論が続く。


「・・・相応の力を身につけるまでは・・・」

「・・・、黒山の娘を預けるか?」

「しかし、人間ぞ?」

「既に身分も竜人格・・・」

「じゃが、力も相応なれば、竜人と何の差異があるというのじゃ。」

「・・・儀式では余裕が・・・」

「・・・踊りの山上・・・」

「・・・既に名付けも終わっておるのじゃ。

 仕方あるまいて。」


 四半時(30分)ほど話し合いをした後、赤竜帝が、


<<ふむ。

  では、問題ないな?>>


と言うと、竜人たちが、


「「「「「「御意。」」」」」」


と声を揃えて同意した。

 そして、一人の竜人が、


「山上 広人(ひろと)には、昨日の名付けで竜人格が与えられておる。

 異例のことゆえ、赤竜帝の顔に泥を塗らぬよう振る舞うように。」


と言った。そして、


黒山(くろやま) 佳央(かお)、入られよ。」


と声がかかると、パタパタと羽ばたく音がする。竜人の一人が慌てて、


「これ、赤竜帝の前じゃろうが。

 飛ばずに歩いてこぬか。」


とパタパタと走って行き、何度か笑い声と共に


<<こっち、こっち♪

  って、つかまっちゃった。>>


と声がした。それから黒山さんという竜人の子供が少しだけお説教された後、説教をした竜人から、


「山上。

 黒山(くろやま) 佳央(かお)(しばら)く預かるように。

 この者は、気がついているとは思うが、黒山(くろやま) 闇介(やみすけ)の娘である。

 将来、黒竜の力は佳央殿に移譲するよう申し付ける。

 間違っても、我が子に継承させるといったことのなきようにな。」


と釘を刺された。私は、


「恐れながら質問させて下さい。」


と言うと、その竜人が、


「なんだ。」


と了承した。そこで私は、


「黒山様のお子様を養子として迎えるようにということでしょうか。」


と確認した。するとその竜人は、


「養子ではない。

 文字通り、預かって貰えれば良い。

 あえて言うのであれば居候であろうが、家としての格は黒山のほうが上である。

 (ないがし)ろにせぬようにな。」


と言った。そのうえで、佳央様には、


「佳央殿と山上殿では、家柄は佳央殿の方が上であるが、身分としては同格となる。

 じゃれて間違って殺さぬようにな。」


と注意した。私は、小さい黒竜でもジャれれば人が死ぬくらいの力があると聞いて少し怖くなったが、断ったら断ったで大変なことになりそうな気がしたので、


(つつし)んでお預かり致します。

 ですが、私は人としての生き方しか分かりません。

 竜人としての教育は、別の方を派遣してもらえないでしょうか。」


とお願いした。すると蒼竜様が、


「そこは拙者(せっしゃ)が行くゆえ、心配せずとも良い。」


と言ったので、私は安心した。

 更科さんが、


「お預かりするのは、今すぐでしょうか。」


と確認した。すると竜人の一人が、


「何か?

 今すぐでは駄目な理由でもあるのか?」


と聞いてきた。更科さんは、


「私達はまだ結婚したばかりで、住む家を建てるのも先の話となります。

 今、私達の所に来たとしても、部屋の準備も出来ません。」


と返した。すると蒼竜様は、


「人間の貧乏暮らしを体験するのもよかろう。

 山上と同じ家に住んでみてはどうであろうか?」


と今度は佳央様に確認した。佳央様は、


<<貧乏暮らしって何?>>


と聞いてきた。私が、


「お金が足りなくて、食べるものも十分な量を買えないし、普通の人が持っているものでも、それを買うくらいなら食費にしたいと思うくらい切羽詰(せっぱつ)まっている状態ですよ。

 もちろん、部屋は風が強いと隙間風でピューピュー鳴ります。」


と返した。佳央様は、


<<お腹すくのは嫌!

  住むところは、鳴る家なんてちょと面白そうだけど、このお話は無しで!>>


と言った。だが、赤竜帝が直々(じきじき)に、


<<少しでも親和性を高めるためである。

  一緒に貧乏暮らしをして親和性が高まれば、レベルが多少低くとも力を引き継げるようになる可能性がある。

  それゆえ、これから出来るだけ一緒にいるがよかろう。>>


と説明した。どうやら佳央様には拒否権はないようだ。

 こうして、私は、これから新たに黒竜の子供の佳央様と同居することとなったのだった。

 入口側から窓側に向かって、雫様、横山さん、更科さん、山上くん、田中先輩の順に並んで寝ていました。

 

 次回で本章も終わりとなります。 

 本章はいつのまにか予定の2倍近く長くなってしまいました。

 なのでというわけではありませんが、次章は少し短くする予定です。


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