結婚の義
私が昔聞いた雛壇の話では、『狭い段々畑に赤い布を敷いたような所に、お内裏様とお雛様、三人なんちゃら、五人囃子なんかが並んでいる』と言っていたのを思い出した。
そこで蒼竜様に、
「闘技場の中には特に段々畑はありませんでしたが、どのようにするのでしょうか。」
と聞いた。すると蒼竜様は、
「段々畑?
そのようなものはないが、何の話をしているのだ。」
と眉間を狭めて聞き返されてしまった。私は、
「昔、『お雛様が人形ではなくて本物の人だったら、狭い段々畑のような所に人が並ぶことになる』と聞いたことがありましたので。
闘技場には代りになるような段々はなかったと思うのですが、何か仕掛けでもあるのかと思いまして。」
と段々畑と言った理由を話した。すると雫様が、
「結婚式で雛壇な。
それ、おもろそうやないか。
まぁ、今からじゃ出来へんけどな。」
と言って、そわそわしながら蒼竜様を見ている。
その様子を見た田中先輩は、
「蒼竜と明石は雛壇か?
まぁ、演出も程々にな。」
とニヤついていた。すると蒼竜様は、
「・・・ぐぅ。
今は山上と奥方の結婚であろう。」
と歯切れが悪かった。
私の着替えも終わった頃、大月様が部屋に入ってきて、
「そろそろ宜しいか。」
と尋ねた。すると蒼竜様が、
「問題ない。
後は、段の下に行くだけだ。」
と言った。私は、結婚式をどのような段取りで行うのか大雑把にしか聞いていないことに気が付いた。
背中に冷や汗が流れた。
私は、
「すみません。
私はどのような段取りで動けばよいのでしょうか。
概要しか聞いていないので、どうしたらよいか分りません。」
と言って確認した。すると蒼竜様が、
「そういう細々とした話は奥方にしてあるゆえ、耳打ちしてもらうが良いぞ。」
と更科さんに話を振った。すると更科さんは、
「大丈夫よ。
ちゃんと頭に入っているから、全部、私に任せて。」
と言った。更科さんが言うと、なんとなく安心感がある。
私は、
「宜しくお願いします。」
と頭を下げると、田中先輩は、
「この調子だと、もう尻に敷かれたも同然だな。
山上、これから苦労するぞ?」
としみじみと言ってきた。すると横山さんが、
「尻に敷かれるくらいが丁度いいんじゃないの?
どっちも意地を張ってたら、円満にならないじゃないの。」
と言った。田中先輩が、
「男は我慢しろと言うことか?」
と聞くと、横山さんは、
「違うわよ。
尻に敷かれることと、我慢することが同じなわけ無いでしょ?」
と言った。田中先輩は、
「どういう癖を持っているかということか。」
と納得したのだが、横山さんは、
「ゴンちゃん・・・、それも違うわよ。
上手くやっている時ってね、尻に敷かれていても居心地は良いそうよ。
ただ、ちょっとしたきっかけで上手くいかなくなる事があって、今まで良かったことまで窮屈だったり、イラッとしたりするようになるのよ。
あれ、不思議なのよね。」
と話した。恐らく、横山さんは結婚していたた当時のことを回想しているのだろう。
雫様が、
「分かるわぁ。
上手く付き合っている時は、掃除でも洗濯でもお願いすればすぐやってくれるやんか?
でも、末期思う時は、同じことやれ言うても全然言うこと聞かんなるやろ。
それどころか、怒るようになるやん。
あれやろ?」
と頷きながら話した。しかし蒼竜様は、
「あれは、『少しは自分でやらぬか』と言っただけではないか。
二言目には愛が足りなくなったとか、そういうことではなかろう?」
と文句を言った。だが田中先輩は、
「掃除も洗濯も全部押し付けられていたのか・・・。
俺なら、すぐ逃げ出すな・・・。」
と同情したようだった。田中先輩はポーターで野営準備とか炊事洗濯もやっていたそうなので家事はお手の物のはずだが、能力としての『やれる』という事と、楽しく『やれる』ということは違うという事なのだろう。
蒼竜様が、
「そのようなわけにも行くまい。
第一、一緒に暮らしておる時点で好いているわけだからして、そういう者の身なりがちゃんとしておらねば気になるであろうが。」
と言った。
だが、ここで大月様が、
「そのような話はどうでも良い。
はよぅ来ぬか。」
と呆れた様子だった。
私と更科さんは、しまったと思いながら慌てて大月様についていった。
闘技場の扉の前に着くと、大月様は何やら独り言をつぶやいた。
すると、司会の竜人が、
「それでは、これより結婚の儀に移る。
祝福するものは拍手されたし。」
と言うと、目の前の扉が開き、赤い布が正面の台まで続いていた。
会場中から拍手が響く。
更科さんが、
「交代したときと同じで、右、左、右、揃えの順に歩くのよ。
歩幅は私に合わせてね。」
と言った。
私は、更科さんの足元を見ようとしたが、十二単が邪魔をして足元が見えなかった。仕方がないので、私は更科さんの進み具合を見ながら歩幅を合わせて前に歩いた。
右、左、右、揃え。
右、左、右、揃え。
なかなか前に進まない。
かと言って、更科さんを置いて先に歩くわけにも行かない。
右、左、右、揃え。
右、左、右、揃え。
二回目の揃えの時は、少し溜めが入る。
私はこの隙を狙って更科さんに、
「あの台の前で伏せればよいのですか?」
と聞いた。すると更科さんは、
「うん。」
と答えた。
右、左、右、揃え。
右、左、右、揃え。
黙々と前に進みながら次の質問をまとめる。
右、左、右、揃え。
右、左、右、揃え。
私が、
「赤竜帝が頭に手を置くのですか?」
と聞くと、更科さんが、
「うん。」
と答えた。どうやら、名付けの時と同じらしい。
右、左、右、揃え。
右、左、右、揃え。
私は一安心して、台の前まで移動すると、二人で伏せた。
視界の竜人が、
「赤竜帝、ご入場。」
と言った。
すると、扉が開く音がした。
伏せていたので直接は見てはいないが、バサバサと音がしたので、名付けのときと同様、竜化した赤竜帝が前の台まで飛んできたようだった。
赤竜帝が挨拶を述べた後、半時くらいかけて長い祝詞をあげた。
そして、私達の頭に前足を置く。
恐らく、別々の手を更科さんと私の頭に置いているのだろう。
赤竜帝はまたしても、先程と比べれば短いが、それなりに長い祝詞をあげた。
祝詞をあげ終わると、頭の上に魔法のような気配がした。
赤竜帝が
<<オン!>>
と一言唱えると、頭上のそれが私の体を通り抜け、地面まで降りた。
続けて赤竜帝が、
<<ソヴァカ!>>
と唱えると、隣にいる更科さんとの繋がりを感じた。
この繋がりを作るのが結婚の儀なのだろう。
次に私の頭に置かれていた赤竜帝の手が離れ、またしても祝詞があげられた。
祝詞をあげ終わったが、今度は私のところには魔法の気配はなかった。
赤竜帝が、
<<オン!>>
と唱えた後、しばらくして、
<<ダトバン!>>
と唱えたので、更科さんに何かをしたのだろう。
赤竜帝が、
<<ふむ。
今後は、新郎は山上 広人、新婦は山上 佳織と名乗るが良い。
これをもって結婚の儀とする。>>
と言った。
更科さんが、
「祝福に感謝いたします。」
と言った。私も慌てて、
「恐悦至極に存じます。」
と追従した。
赤竜帝が退出する音がした。
司会の竜人が、
「これにて婚礼の義を終了する。
礼!」
と言って、この儀式も終了した。
前と同様に正面、左、右の順に礼をしてから退出した。
私は、これでようやく儀式も終わったなと一息ついた。
また大月様が迎えに来て、控室に移動した。
大月様が、
「明日、竜帝城にて最後にもう一度赤竜帝と謁見してもらう。
今日はゆっくり休まれよ。」
と言った。私はこれで休めると思ったのだが、田中先輩は、
「それじゃぁ、今夜の宿代のためにも一仕事するぞ。」
と言った。
まだ、今日やるべきことが終わっていなかったのを思い出した私は、
「忘れていました。
お昼を食べたら出かけましょう。」
とため息混じりに話した。そして蒼竜様に、
「ところで、門の出入りは大丈夫なのでしょうか。」
と聞いた。私は少しだけ、『準備が出来ておらぬゆえ今日は休め』と言われることを期待したが、無情にも蒼竜様は、
「拙者がついていくゆえ、問題ない。
存分に頑張るが良いぞ。」
と笑いながら言った。
恐らく、蒼竜様は親切心なのだろうが、私は休めないことにまた一つため息を付いた。
その後、私と更科さんは依頼を受けていなかったので、蒼竜様と伴に冒険者組合に向かったのだった。
雫様 :結婚式で雛壇な。
それ、おもろそうやないか。
まぁ、今からじゃ出来へんけどな。
(でも、雅弘とん時なら間に合うやろな。
こう、赤い布敷いて、皆で並んで。
式始まったら、下から魔法でグゥッと岩持ち上げて、雛壇作って・・・。)
田中先輩:蒼竜と明石は雛壇か?
まぁ、演出も程々にな。(蒼竜の財布が死なない程度に)
蒼竜様 :(雛壇は難しいが・・・、いや、しかし、雫の希望であれば・・・。
だが、お囃子やら何やら大々的にやれば、いくらかかるのやら・・・。)
・・・ぐぅ。
今は山上と奥方の結婚であろう。




