闘技場にて
ブックマーク、ありがとうございます。
拙い文章ですみませんが、今後とも宜しくお願いします。
いよいよ時間が来た。
大月様が、控室にやってきて、
「時間だ。
出られよ。」
と呼びに来た。私は更科さんに、
「それでは、先に行ってきます。」
と挨拶をすると、更科さんも、
「じゃぁ、また後でね。」
と言って、私を送り出してくれた。
私は大月様について行き、部屋を出て暫く歩くと、大月様は扉の前で立ち止まった。
大月様は、
「山上。
小生が扉を開くゆえ、そのまま真っすぐ行くが良い。
礼儀作法は伝えたとおりだ。」
と言ったかと思うと、私の返事も待たずに扉を空けてしまった。
どっと歓声が上がる。
私は、なぜこんなにも歓声が聞こえてくるのか理解できなかった。
とにかく、前を向いて歩いた。見回しては無作法になると思ったからだ。
だが、場内を囲う仕切りの外には、今迄すれ違った人の数よりも沢山の人がいるのではないかとさえ思えてくるほど人、人、人である。
このような状況は生まれて初めてで、何がなんだか、さっぱり解らない。
今はとにかく凄い数の視線と大歓声に圧倒されて、目が回りそうだ。
私は歓声でさっきまで覚えていたはずの礼儀作法も綺麗にかき消されてしまい、倒れずに歩くのが精一杯だった。
闘技場に大歓声の中、徐々にはっきりと、
「・・・、・・・殿、山上殿、その辺りで。」
と聞こえてきてハッとして足を止めた。恐らく、前に進みすぎたのだろう。私は慌てて後ろに下がろうとしたが、その気配を読み取ってか、
「山上殿、そのままで。」
と聞こえてきた。会場がこんなに騒がしいのに、何故、私に声が届くのか不思議でならない。あるいは、何か魔法を使っているのかもしれない。
私は、また会場を見回したくなったのだが、見渡したらそのまま倒れてしまいそうな気がした。そう思ってから、その前に無作法に当たるかもしれないと思ったばかりだったのを思い出し、自分は気が動転しているのだなと思うことが出来た。そこで、昔次兄に教えてもらった緊張を取る方法を試すことにした。
まず、私は下を向いた。そして小声で、
「一、二、三、四・・・」
と数を数える。話を聞いた時はそんな訳無いと思ったのだが、少しは効果があったような気がした。
司会と思われる竜人が会場中に響く声で、
「地竜、入場!」
と声が聞こえたかと思うと、会場正面に向かって右側の扉から、二人の竜人が鎖を引いて出てきた。続いて、口を鎖で縛られた地竜が外に連れ出されまいと抵抗し、引きづられて連れ出されてきた。
司会の竜人が、
「これより、山上殿対地竜の天覧試合を執り行う。
山上殿が力を示した時には、それに敬意を払い、赤竜帝から直々の名付けが行われるゆえ、大きな拍手でもって祝福されたし。」
と、私が勝つことを前提とした進行がなされた。私は、司会の前提条件を否定したかったのだが、伝える手段もなく、困ってしまった。
闘技場の正面をちら見したところ、赤竜帝が座っているのが見えた。
すぐ近くには、蒼竜様、雫様、田中先輩、横山さん、更科さんの姿もある。
花嫁装束の話は、もう終わったのだろうかということが頭に思い浮かんだ。
私は、知り合いが見えたおかげか少しだけ緊張がほぐれた気がしたのだが、荒ぶっている地竜から殺気を感じ、背筋がゾクッとした。
司会の竜人が、
「では、始め!」
と言うと、銅鑼が鳴った。
二人の竜人が地竜から鎖を外し自由にして奥に戻って行った。
弱い私がつっこんでいっても死ぬだけだ。
そう思うと、私は地竜を観察せずにはいられなかった。
地竜が様子を見るように私の方に一歩、また一歩とゆっくりと近づいてくる。
地竜の大きさは、狂熊王よりは小さいだろうか。
しかし、竜種である。
──いや、違う。
蒼竜様は、確か、トカゲに近いと言っていた。
他にも蒼竜様は、地竜は爪の他に牙も発達しているので噛みつきもあると言っていた。
私は、近づく地竜に怯えながらも、とにかくやるしか無いので黄色魔法を集めた。
すると、思いの外魔法が集まってきた。
今迄、このように沢山の魔法が集まったことがないので、私は自分で驚いてしまった。
いつもは腕から背中を経由して足に這わせるようにしていたが、今回は普段よりも魔法の量がある。私は、これなら、と思い狂熊のように全身に黄色魔法を纏った。
次はと思い、私は地竜の魔法を見たのだが、地竜は黄色魔法を使っていなかった。
そう言えば、蒼竜様も地竜は魔法を使わないと話していた気がする。
地竜は魔法を使わずとも、元から備わる力だけで固くて強いということなのだろう。
それと、蒼竜様は狂熊よりも地竜のほうが体力があると言っていたから、長期戦は禁物に違いない。
地竜は私との距離が縮まったせいか歩みを緩めたものの、私との間合いを、少しずつ確実に縮めてきた。
地竜は、頭を小さく左右に八の字に動かしている。視線も僅かだが外されているように感じた。これでは次に右に動くのか、それとも左に動くのか予想がつかない。
だがある瞬間、地竜と私の目が合ったかと思うと、地竜が立ち止まり、
「ボァァァァ!」
と吠えた。私に威嚇してきたのだ。
地竜からの物凄い圧力に体が竦む。
会場が盛り上がる。
物凄い歓声の中、誰かはわからないが、何故か外から、
「やり返せ〜!」
という野次が聞こえた。
私は、地竜の威嚇に恐怖を感じたが、自分に気合を入れるために両手で自分の頬を叩いた。パシッと叩く音とともに気合が入る。
地竜は、何をやっているんだという感じで様子を見ているようだったが、私は構わず、頬の痛さと言うか頬を叩いた勢いに任せて気を振り絞り、地竜に凄んで威嚇した。
地竜がビクッとして、一歩引いたのが私の目に入った。
それでも、あの次を読ませない八の字の動きが続いている。
私は、威嚇では勝てるのではないかと思ったので、もっと凄い、黒竜の威嚇を放つことにした。
目の前には少し怯んではいるものの、未だに私を狙っている地竜がいる。
私は、以前葛町近くの河原で横山さんに言われてやったことを思い出した。
──自分の後ろには更科さんがいて、この地竜は更科さんを狙っている。
私はそう念じながら、守らないとと思い、全力で威嚇した。
大気が震えるのが自分でも分かった。
さっきまで頭を八の字に振っていた地竜の動きが止まる。
私は、今のうちに頭に拳骨を入れてしまおうと更に黄色魔法を集めて駆け寄ろうと、右足を踏み出そうとした。
が、さすがは格上の地竜。蒼目猿のようにはいかず、
「ボァァァァ!」
と吠えてきた。
さっきよりも強い殺気を感じる。
私は突進してくるだろうと思い、右足を踏み出すのをぐっと堪えたのだが、勢いが殺せず、既に前のめりになっていたせいで、腰砕けというか尻もちをつきそうになった。仕方がないので右足を踏み出して体を起こした後、踏み出した右足を後ろに引いて戻し、腰を落とす。
地竜の方は私が体勢を崩したと見てか一歩、二歩と駆け出してきたのだが、私の体勢が整うと見るや、すぐに後ろに跳ねのいて、元の間合いに戻った。
戦いが始まる前には考えもしなかったが、私が地竜を警戒しているように、地竜も私を警戒しているようだ。
私は間合いを保ったまま、太陽が背になるように摺り足で徐々に位置を変えた。
地竜の方は最初、太陽に向かう形で方向を変えていたが、途中で私の目論見に気がついたらしく、位置取りを変えようと動いてきた。
私はその動きを見て、逆に前に踏み出す素振りをした。すると、地竜は釣られて若干後ろに引いた。この動きだけを見ると、地竜は私に近づかれるのを嫌っているように見える。
ひょっとすると、地竜は私のほうが格上と勘違いしているのかもしれない。
これならと、私は思い切って太陽に背を向けるように回り込みながら地竜との間合いを一気に詰めた。
地竜は私を狙って左前足で一掻きして襲おうとしてきた。だが、私は地竜の前足が届くよりも一歩手前で動きを緩めた。すると、私の目の前を地竜の前足が素通りする。
私は、次に噛み付きが来るだろうと予想して体を沈めたのだが、地竜はもう一方の左前足を振るって襲ってきた。私は、思い切り右斜め前に踏み出し、左前足の軌道のわずかに外の位置をすり抜けることが出来た。だが、今度は地竜が口を開き、私を噛み殺さんと牙むき出しで私の方に頭を振ってきた。地竜の涎が飛び散り、服にかかる。
とにかく避けようと、私は地竜と平行になるように体を開いくとともに、踏み出した右足で踏ん張って自分の体の勢いを殺そうとした。だが、勢いを殺しきれず、私はずずっと滑ってしまった。地竜の左後ろ足が迫ってくる。私は足を開いたまま、無理やり地面を蹴って跳ねのこうとした。だが、着地したい場所よりも手前に地竜の左足が来てしまったことで、予想に反して右足が地竜の左足の乗ってしまった。
私はなんとか体勢を整えたくて、地竜の左足を足場にして右足で思いっきり飛び退こうとした。だが、先程地面を滑ったほどの勢いは、そう簡単には止まらない。右の膝に力が入り切らず、そのまましゃがむような状態となり、私は地竜の左足に両足を揃えて乗った形となってしまった。
私は今度こそ飛び退こうと思い、両足にぐっと力を入れて地竜の左足を蹴飛ばした。
しかし、地竜も体を反転させて私を襲おうとしていたせいか、今度は地竜の上に馬乗りと逆の方向に飛び乗る形となってしまった。
私は慌てつつも、地竜の上で私のお腹を軸に独楽のように向きを変えた。地竜が暴れる。私は、とにかく今の場所が最善なのは間違いないと思ったので、とにかくしがみついた。地竜が、飛んだり、跳ねたり、左右に大きく揺れたりと忙しない。地竜が大きく跳ねた時、ついに私は右手を滑らせてしまったが、なんとか膝で地竜を挟み込んで粘った。地竜の着地と共に、右腕が振り下ろされる形となる。そこで、思い切って右手に力を込め、地竜の頭に拳骨を叩き込んだ。
地竜が、
「ボァッ!」
と鳴いたかと思うと、地面に背中から倒れこもうとした。
私は、犬や猫が蚤取りをする時に地面に体をこすりつけることがあるのを思い出し、とにかく危険を感じて地竜から飛び退いた。私は地面に転がるように降りたのだが、地竜の方を見ると、案の定、背中を地面にこすりつけていた。地竜にとって、やはり私は蚤同然なのだろう。そう思うと、ちょっとイラッと来るものがある。
──私が背中から降りたことに地竜が気がつく前になんとかしないといけない。
私はそう思うと、地面から起き上がり身構えようとした。
だが、ここで、
「勝負あり!
そこまで!」
と言って司会が終了を宣言した。
観客席から歓声が上がる。
・・・というか、よく聞くと半分以上、笑い声のような気がしてきた。
私には、まだ決着が着いたように思えなかっただけに、司会がなぜ中止したのか判断基準がよく分からなかった。
ひょっとすると、地竜が私を蚤扱いしたから負け、ということなのだろうか。私は、地竜との戦いが終わってホッとした反面、名付けをしてもらえないかもしれないと不安に苛まれた。
私は、どうして中止になったのか、司会の解説を待ったのだが、何の説明もなく、再び竜人がやってきて地竜に鎖が付けられ、そのまま場外に下がっていった。
私だけが、何の説明もなしに場内に取り残されてしまったのだった。
地竜が腹を見せて地面に背中をこすりつけたのは、服従のポーズをとったからとなります。
なので、司会は試合終了を宣告しましたが、山上くんはそんな事は知らないので、試合終了の判断基準が分かりませんでした。
ただ、トカゲが服従のポーズをするかと言うと、そんなことはない筈なので、この点は違和感があるかもしれません。そういうものということで流していただけると助かります。(^^;)
あと、山上くんの動きが素人なのは、実戦経験が殆ど無いので仕様です。
上手い戦闘は出来ませんので、悪しからず・・・。(--;)
もう一点、山上くんが予想以上に黄色魔法を使えたのは、観客席に興奮した竜人が沢山いて、そこから漏れ出た黄色魔法を集められたからとなります。
この時の山上くんは、狂熊王はおろか、(普通、山上くんのレベルではありえませんが)弱めの竜人とやりあえるほどの黄色魔法を集めました。なので観客の竜人からすれば、山上くんがなぜ一瞬で地竜をやっつけないのか不思議でなりません。それなのに地竜を一撃で仕留められなかったのは、変な姿勢で拳骨したせいで力を発揮できなかったからとなります。