宿を探して
赤竜帝に謁見した後、私達は役人に宿について聞いたのだが、準備していないと言われ、大いに困惑した。
田中先輩は、
「赤竜帝が呼んだのだから、そっちで宿を手配するのが筋じゃないのか?」
と言って役人にゴネていたが、役人は、
「犯罪を犯した者を呼んだのだから、宿を準備せぬのは当然であろうが。
あぁ、牢屋なら空きはあるぞ?」
といった事を言われて、渋々引き下がっていた。これを聞いて私も、
「横山さんや薫、あと私は犯罪を犯して呼ばれて来たのではありません。
ひょっとしてお願いすれば宿を準備していただけたりしますか?」
とお願いしてみた。田中先輩が裏切り者を見るような目で私を見ていたが、申し訳ないが寝床がかかっているので視線を逸した。
役人は、
「形式上、黒竜が引き継ぐべき力を山上殿が掠め取った形になっておる。
我々もただの嫌がらせなのは分かっておるのだが、あちらの家系の心情というのもあるゆえ、済まぬが自分でどうにかしてくれ。」
と言われては引かざるを得なかった。
役人との交渉も上手く行かなかったので、私は、
「蒼竜様のところに泊めていただくのはいかがでしょうか。」
と聞いたのだが、更科さんから、
「和人。
分かって言っているとは思うけど、これは本人のいないところで決められない話よ。」
と怒られた。田中先輩が、
「山上。
そうでなくても、蒼竜は普段、里の外に住んでいるからな。
親戚の家に泊めてもらうにしても、バツが悪いだろうな。」
と追い打ちをかけた。しかしここで雫様が、
「へー、雅弘、外に住んどんのや。
まぁ、うちとしてはそっちの方がいろいろ安心やけどな。」
と話に割って入った。田中先輩は、
「確かに、親戚とかがやたら近くに住んでいたら、来てほしくない時に限って来るものだと聞いたことがあるな。
まぁ、助けて欲しいときにはありがたいとも聞いたが。」
と返した。横山さんが、
「でも、一人暮らしが長くなるにつれ、煩わしく感じる時の方が多いかしらね。
竜人は長生きだから、その辺りはどうなのかしら。」
と話を雫様に振った。雫様は、
「竜人も似たようなもんや。
でな、上手く距離を取るには旅が一番や。
放浪しとる竜人が多いんは、うちと同じように思うとるんが仰山おるからやろな。」
と言った。と、ここで突然田中先輩が立ち止まり、
「この辺りにするか。」
と言って建物の方を見た。
漢字で店名が書かれているので、私には読めない。更科さんが気を利かせてくれて、
「『民宿 萩野屋』ね。」
と読んでくれた。この民宿は、年代物・・・というか小汚かった。
横山さんが、
「もっと綺麗でお洒落な所にしましょうよ。
帰ってから、同僚に話が出来ないじゃないの。」
と言った。しかし、雫様が、
「ひょっとして、ここの里、独自通貨なんか?」
と田中先輩に確認した。私は、
「独自通貨とはどのようなものなのでしょうか。」
と話に割り込んで聞くと雫様は、
「そやなぁ。
要は、里だけでしか通用せんお金を使っとるっちゅうことや。
あれや。
力を背景に自分たちが使っとる通貨のほうが上やから、沢山の金と交換せい言うて強いとるんや。
例えばや。
里の中で大根一本しか買えん金でも、人間の金に両替して人間の村で大根買うたら10本買える言う方が分かり易いやろか。」
と言った。私は、
「この里で買い物をしたら、高く付くということですか?」
と聞くと、雫様は、
「そういうことやな。」
と言った。私は、
「ここに商品を持ち込んで売ってから両替して帰ったら、お金持ちになりますね。」
と思いついたことを言ったのだが、田中先輩に、
「こういう里で人間が商売する時は、恐らく免許がいるぞ。
勝手に売って、捕まるなよ。」
と釘を刺されてしまった。私は、
「しませんよ。」
と言ったのだが、横山さんは、
「砕けた野菜じゃ、里以外でも売れないからね。」
と嬉しそうに話した。私はちょっと不機嫌に、
「当たり前です。」
と言った後、さらにからかわれるのも癪だったので、
「あと、壊れていない方の野菜を売ったら犯罪者になって故郷の土を二度と踏めなくなっただなんて、笑い話にもなりませんからやりませんよ。」
と先に釘を刺した。田中先輩が、
「それもそうだ。」
と言ってから、
「話しは逸れたが、事情はまぁそんなところだ。
相場を知るためにも、ひとまず俺だけで中に入るぞ。」
と言って、民宿の中に入った。私達はぞろぞろついていっても迷惑だろうから、外で待つようにとの気配りなのだろう。
暫くすると、田中先輩が出てきて、
「やはり、手持ちで足りそうにない。
済まんが、山上、用立ててくれないか?」
と言った。私は、
「私もそんなに手持ちはありません。
ここに冒険者組合とかは無いのですか?」
と聞いた。すると田中先輩が、
「あっても、竜人専用だと思うぞ?」
と言った。私は、
「思うだけなら、試しに行ってみませんか?」
と促した。田中先輩は渋々という感じで、
「まぁ、行ってみるか。」
と言って移動し始めた。
皆で田中先輩の後に続いて移動したのだが、着いたところは口入れ屋だった。
雫様が、
「すまんが、今日宿に泊まる金がなくてな。
なんか、良い仕事は無いか?」
と聞いた。すると口入れ屋の番頭が、
「この時間からでは無いな。
・・・あぁ、なるほど。
風体からして、そっちは人間か。
ここに来る人間は皆、金を持っているから、一般人には厳しいのであったな。
その荷物なら、天幕も持っているのだろ?
役人に事情を話して、一時的に外に出て一泊すればよかろう。」
と言った。すると田中先輩が、
「今、手持ちがこれだけでな。
袖の下を渡す余裕もない。」
と言った。番頭は首をひねりながら、
「どこかで・・・。」
といいつつじっと田中先輩を見た後、みるみる顔が青ざめていき、
「貴様、よく見れば尻尾切りではないか!」
と言ったかと思うと、今度はクツクツ笑いだし、
「尻尾切りが金欠か!
いや、尻尾きりがな・・・ふふ、竜の里で・・・ふはっ、どんなに強くとも金には勝てんか!」
と愉快そうだった。そして、
「お前は覚えていないだろうが、実は俺も昔、お前に尻尾を切られた一人だぞ。
そりゃ、もう一瞬でな。」
と爽やかに言ってから、
「命も取られなかったし、今や、良い自慢話だ。
そうだ、安宿一泊分の金も出してやろう。
あの尻尾切りに金を恵んだといえば、これから十年、酒の話には困らんだろうからな。
どうだ?」
と楽しそうだ。田中先輩は、
「そんな言い回しをされて、金が貰えるか!」
と少し怒り気味だった。だが雫様が、
「このやり取りだけで、十分酒の肴になるやろ。
ほら、出すもん出さんと、また後ろのほうが寂しくなるんちゃうか?」
と明らかに脅しているようだった。
口入れ屋の番頭は、肩をすくめる素振りをして、
「それは、怖い。
では、脅し取られたということで。」
と、財布を取り出そうとした。田中先輩は、
「そのような人聞きの悪いことを言われて、受け取れるわけ無いだろうが!」
と半分怒っているようだったが、番頭が、
「ふふっ、酒の席の話としてはこのくらいで元が取れるか。
ほら、ネタ代だ。」
と、懐から金を出し、田中先輩に投げて渡した。それから番頭は、
「まぁ、実は尻尾を切られてから、名誉の負傷ということでちょっともててな。
おかげで嫁も来て、悪いことばかりでもなかったのだ。
金の融通はこれっきりとしても、何かあればまた来るが良い。
助言できることもあるかもしれぬからな。」
と言っていた。最初、田中先輩を見て青くなっていたのが、今は不思議なくらいにこやかだ。
私は、
「最初、なぜあんなに怖がっていたのですか?」
と聞いてみた。すると番頭は、
「いや、昔、問答無用で尻尾を切って回る残忍なやつだと聞いておったし、実際に、俺も問答無用で切られたのだぞ。
普通、怖がるであろう。」
と答えたので、私は、
「そんなに怖かったのですか?」
と聞いてみた。すると番頭は、
「それはもう、昔は何人も近づけない雰囲気で怖いのなんの。」
と前で手を振りながら説明した。そして、
「まぁ、金欠と聞いて、ここに来る連中となんら変わらないのがおかしかったゆえ、怖さもすっかり引いたがな。」
と付け加えた。私は、それであしらい方が変わったのかと納得した。
最後に番頭さんに無料で安宿を紹介してもらい、私達は口入れ屋を後にしたのだった。
口入れ屋の番頭:役人に事情を話して、一時的に外に出て一泊すればよかろう。
田中先輩 :今、手持ちがこれだけでな。袖の下を渡す余裕もない。
口入れ屋の番頭:どこかで・・・。
(十年くらい前だったか。人間は歳を取るのが早いから・・・あっ!)
貴様、よく見れば尻尾切りではないか!
(歳取ったなぁ。人間だものなぁ。言ったら殺されるかもしれないから言わないけど。)
※本編の描写では触れていませんが、口入れ屋の番頭さんも田中先輩を見て歳を取ったものだと感慨深くなっています。