射るべきもの
さて、普段の反省会は全員が椅子に座って行われる。しかし、今はリビングのカーペットの上に正座する俺と、その俺の目の前に仁王立ちする寒という構図である。因みに寒は笑ってはいる。だが目が一切笑っていない。端的に申し上げて怖い。フローリングではなくカーペットに正座されられているのがせめてもの救いだ。
「ねぇ明夜、俺が何でこんなに怒ってるか分かる?」
その声に顔を上げて出来るだけ自然に寒の背後にいる白と空の様子を伺うが、完全に「触らぬ寒夜に祟りなし」状態だ。正直助けは望めない。
「俺が、弓矢を、外しまくったから……デスヨネ」
ついつい敬語が突いてしまう俺を見下ろして寒夜は、はははと笑ってみせる。正直に申し上げて怖い。視線だけで殺されそうだ。正直その金目に射抜かれそうで、目を合わせているだけでともすれば逃げ出したくなる恐怖が襲ってくる。勿論逃げたらどうなるかは分かっている。多分、今度は逃げないように、撃つだろう。俺の脚を。控え目に申し上げて一切の容赦も感じられない。
「お前の名前の由来なんやっけ?」
「三羽烏の夜を明かすから、明夜、ですね……」
「じゃあ俺達を助けてしかるべきやんね?こんなこと言いたかあらへんけど、敵数減らして戦いやすくしたりさ、せめて腕の二本や三本持ってってよ」
まず、腕は三本もない。それから、弓で腕を持っていくのは至難の業である。
「それにさ、あんなに外されたらいつ俺達、特に白夜に当たるかってヒヤヒヤしたよね。地味に負傷した敵って面倒やの分かるよな?俺弾数限りあるし再装填にも結構時間もってかれるんよ。正直地味に負傷した奴に裂いてる時間は俺には存在しない。でもあいつらは障害物になって俺の射線上に出て来る訳や。その邪魔さ加減は分かるよな?」
当然弓と銃は双方共に遠距離武器故に邪魔さ加減は分かる。もう声出すのも恐ろしい程に殺気が飛んできてるから頷いておく。
「……迷うのは分かるけどさ、だからこそお前は俺達に相談したんじゃないん。何、じゃあ、俺達はお前にそうまで信用されてないってこと?だから全部言ったってお前の迷いは払えなかったって?」
寒が俺に近付き、俺に目線を合わせる。そして、
俺の胸座を掴み上げ、無理矢理立たせた。
「っ!?」
自然に身長が高い俺が寒を見下ろす形になる。
「俺達は、お前にとってそうまで頼りないかよ。それとも、お前は兄貴分を名乗っておきながら俺達のことを信用してないから、だから俺達に話しておきながら迷った弓を射るのか!」
「違っ……」
「違わない!少なくとも俺はそうは思えない!」
寒の声は次第に震えていく。
「……明夜まで、俺のことを捨てていくのかよ」
捨てるのか、と言った瞬間の寒の顔が、次第に歪んでいく。寒は過去の記憶から極端に「捨てる」と言う言葉や兆候を恐れる。三羽烏にはそれぞれ闇があるが、寒の闇は捨てられることだった。その闇を明かしてやると抜かしておいて、俺は彼の闇を、もしかして、いや確実に深くしたんじゃ……
「もう、もうええわっ!」
「寒夜!!」
寒は俺を床に投げ出して部屋を出て行く。それを白が追って行った。部屋に残ったのは、
「空は、行かんでええんか」
俺と空だけだった。空は優しい水色と黄土色で俺を見ていた。
「んー…俺は明夜の傍に居たいかなぁ。あのな明夜。寒夜は俺達の司令塔であって、俺達の中では上に立つ者やけどさ、まだ若い……って寒夜より若い俺が言うことじゃないと思うけどまぁ、幼少期の事もあってさ、やっぱり叱ったりとか注意された事もないからちょっと苦手なんやないかって思うんよね。寒夜の中であらゆる可能性に行き着いた中、あの結論が浮き彫りになったのも仕方ないと思う、捨てられるんじゃないかっていう不安はもう拭えないから」
空は投げ出されたままの形の俺の前に膝を着く。
「親との確執は、方向性や重さは違えど明夜かって同じやろ?そしてそれの所為でまぁ、弓に迷いが出た。明夜はあれを抱えるべきじゃなかったけど、俺達に話すならある程度じゃなく全部離してしまうべきやったよね」
「俺は、」
「人たるもの誰でも迷うから仕方ないよ。でもいつまでも迷えない。過去が牙を剥いて襲い掛かってきて、俺達に喰らいつこうと、俺達はそれに迷ってばかりじゃなく振り切って進まないといけない。いい機会なんじゃない?自分の悩みと向き合ってこの際振り切ってみなよ」
確実に出来るとは思えなかったが、空のオッドアイが優しくて、声が柔らかくて、何だか安心してしまった。だから俺は、こう言った。
「どうやって振り切ればいい?」
「貴方の心にも弓がある。迷いも弓で射ればいい。まだ弓が上手く射れないなら真ん中を射れるように練習すればいい。急がば回れやからね。お前の部屋はすぐ準備できるから、今日は泊まって行ったら?正直昨日夢見が悪かったお前をまたその夢を見ないと言い切れない自宅には帰されへんよ。それよりは俺達の家にいてくれた方が安心やから、さ」
空はにっこりと笑って見せた。それが酷く安心できるもので、言葉に甘えてその日は三羽烏宅の、皆がわざわざ俺にあてがってくれた部屋で泊まることにした。既にその時深夜2時だったのだが、睡眠時間は短いにも関わらず、俺の眠りはここ数日で一番よく疲れが取れる気持ちのいい眠りとなった。