夢での追憶
「貴方はこの家の長男なの。だから早く結婚して子供を作るのよ」
俺は人付き合いが苦手で、人見知りだった。
「そんなことじゃ、お嫁さんに会えないぞ」
俺は一人でいるのが好きだった。
「大人になったら3人で生活するんだから、3人での生活に慣れなさい」
ある時聞いた。
「俺は何の為に生きているの?」
「決まってるじゃないか。俺たちの遺伝子を繋げるためだ」
じゃあ俺の存在意義はつまり、俺個人では存在しない。誰か生涯の伴侶を見つけて、その人との間に子供を作って、そうして……そうして?両親は何が欲しいんだ?「孫?」そうか、孫か。じゃあ俺は?「男で良かった、これでDNAは途絶えない」……?俺の存在意義は……俺が男であること。それ以外には、無いんじゃないか?聞けない。きっと、そうだから。俺は、俺は……
「っ!!!あ……?夢、か……」
背中が汗でびっしょりと濡れていた。心拍も早いし、何だか気分も悪い。今は俺個人での存在意義を認めてくれる人が大勢いるというのに、彼等の事を否定しているようで目眩がした。三羽烏のことすら、信じられないっていうのか、俺は。そんな、弟分の事すら信じられない兄貴分なんか、
「最低、やないか」
何だって俺はあんな夢をみたんだ。こんな夢をみるなんて……真実を突きつけられている気分だった。本当は、心の奥底じゃあ、あいつらの事信じてねぇどころか、弟分だとすら思ってねぇんじゃねぇの?と。その瞬間、目の奥が熱くなって、喉が詰まった。
兄貴ぶって、何も出来ないじゃないか、俺なんて。兄貴ぶって満足、している。たったそれだけ。心中を苦しみながら俺を信じてくれた白より、ずっとずっと下らなくて矮小だ。
元々俺の家では古風な考えだった。血を重んじ、長男が家を継ぎDNAを残す。最初に生まれたのが男だったらもう子供は作らない。そして姉弟が出来たとして、弟がいつも優先されるような。幸いにして俺は第1子、1人っ子な訳だが。まぁだからこそ白が俺を「兄さん」や「明兄」と呼ぶのに弱いところもある。
閑話休題。
兎にも角にも、俺は結婚を急いたし、とっとと子供を作ってあんな時代遅れの両親から離れたかった訳だ。
そんな折に出会ったのが寒達だった。特に、寒は母親からの育児放棄が原因で女性恐怖症に陥り、婚姻も子供も、「断ったら一体俺は何をされるか分かったものじゃない、怖い、恐ろしい」という思いで押し切られたものだった。寒は結局申し訳無いからと離婚した。俺の家からすれば有り得ないが、寒はこれで良かったと言った。
「このままなあなあで続けてたってええ事無いかなって。最後くらい、俺も夫として彼女に出来ることあったなって……俺の本心伝えて、お互い滞りなく終わる事。それが最初で最後の、夫の俺やったと思う。後悔はないよ。俺はこれで良かってん」
俺もそう言えたらどれだけ楽だったろう。俺も普通に愛し合って、子供が出来たらいいねなんて言って、出来たら両手を取り合って喜べれば……子供が出来たと知った時、そして男だと分かった時、喜ぶでもなく安堵した俺は男としても夫としても最低だったと思う。
「こうして自己嫌悪する俺が、俺はいっちゃん嫌いで、赦せへんのや」
こんな事、どうして弟分に相談出来ようか。結局俺の心中で燻らせるしかない。酷く惨めだった。嗚呼、俺は白と同じ事を思っている。
「白は向き合えたやないか。俺は逃げてるだけやろうが……!いっちょまえに白にアドバイスなんぞして、兄貴面して、ええ身分やな。何が夜を明かすやねん、自分がいっちゃん囚われとうくせによう言うわ、この俺は」
こんなこと、弟分の誰にだって言えやしない。それでも聡い皆は気付くだろう。口々にとまではいかずとも、
「明夜、大丈夫?話聞くで?」
くらいは言って来るだろう、優しさ故に。そう言われて話すより、昔の夢を見てしまったと俺から話す方がまだ俺の傷は浅くなる、気がする。今日は普通に職場で会うだろうし、その時呼び出してチラッと話してみるか。もう家を出る時間やしな。
俺は重い腰を上げて家を出た。
「なぁ寒、空、白、ちょっとええか」
俺は当初の予定通り三人を呼び出して空き部屋の鍵をピッキングで開けた。
「うわぁ、明夜こっわぁ。そんなんいつの間に習得しとったん、侮れんわぁ」
「うるさい、他なら兎も角、既に習得済みの空にだけは言われたくないで、その台詞は」
何を隠そう、空は三羽烏の中で唯一ピッキングを習得している。そんな奴にピッキングが出来るのを怖いと言われる謂れは俺には全くもってない。
部屋を空けて全員入れて、内側からしっかり鍵をかける。鍵そのものは事務室かどっかにあるんだろうが、まぁ基本使われない部屋だし来たら来たでその時はその時やろ。うん。
「さて、あのな、皆」
切り出した俺に、全員の視線が集中した。
「ちょっと昔の嫌な夢見てん」
俺は夢の内容をかいつまんで説明した。流石に自分の存在意義についてと、その後の俺の自己嫌悪については伏せたが、兎に角俺の親の思想によって自分の将来まで束縛された過去を見た、と。
「明夜も、親と、伴侶で、悩んでたんね」
寒が、どこか悲しい声で呟いた。彼も親とさっき思い起こした伴侶の関係でずっと悩み続け、親については今も胸中で燻り続けている。きっとどこか俺と通じたんだろう。
「あのな、明夜。ちょっと俺の話聞いてくれるかな?長くなるんやけど」
白が、穏やかな調子で切り出した。