明かすべき夜
街中にある少し洒落た一軒家。ここが三羽烏の自宅だ。今頃反省会の真っ只中だろう。俺、明夜はこの反省会には来なくていいと言われている。別に省かれたりしてる訳でもなく、俺には家庭があるからだ。だから無理するな、と言われているが、弟分がじっくり反省会をしているというのに兄貴分である俺が行かないと言うわけにもいかない。俺はキーケースから合鍵を出して鍵を開けた。
「おーい、空、寒、白ぅ。上がるでー」
3人の夜を明かすから俺は明夜。だから俺は、3人の名前に夜を付けずに呼ぶ。
一応声をかけて、鍵を上下共かけて家に上がった。正面がリビングだからそのまま廊下を突っ切ってノックしてドアを開けた。
「俺は……俺は何であそこまで近付かれたんやろ……情けない……はぁ……」
白はビール片手に落ち込んでいる。反省会にアルコール入れるのもどうかと思うが、白は基本酔わないから大丈夫だろうと結論付けてしれっと椅子に座った。
「あ、明夜。いらっしゃい」
空が声をかけて椅子を引いてくれたので、軽く目礼をしてそこに座った。
「でもまぁ、空と寒の事も気になっちゃうやん?」
暗にそっち見るのもしゃーないよ、と白をフォローする。
「あぁ、そうや。明夜、先刻は危ないところを助けてくれて、かたじけなかった。お陰で助かった。」
「ええよそんなん。助け合いやろ。俺も白を助けられて良かった」
何か俺も飲み物、と頼むと寒がさっとホットココアを出してくれた。一口飲むとふわっと甘さが口の中に広がって胸が暖かくなった。
「俺達もね、何もあそこ二人で応戦せず白夜んとこ行きゃ良かったなって思ってる。やから今度は俺か寒夜が白夜の近くに居よう。」
そう空が言って、今日の反省会は終わった。だが、白は複雑そうな顔をしている。俺はそんな白が心配になったから、ちょっと付き合ってくれ、と外に連れ出した。寒い冬の夜の外。俺は家の前に座って、隣を叩いた。白は少し躊躇して、そこに腰をおろし、ぽつぽつと語り始めた。
「なぁ明夜、俺は、三羽烏の長男やっていう矜持がある。なのに、俺がこんなんで、俺は空夜と寒夜に失望されんやろうか。こんな、声もまともに出やしない俺は」
白は場面で声が出なくなる失声症だ。無理に声を出した所為で喀血したこともある。声を失ったことは白にとって相当ショックだったようだ。俺はしっかりしないといけないのにと。
元々三羽烏は、寒が育児放棄などのショックでリストカットを繰り返し、ずっと精神が不安定で完全に病み期状態だったし、空は高校時代に受けた暴力的ないじめの所為で、一度スイッチが入ると誰も彼もに怯え部屋の角で縮こまっては「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していつの間にか泣き疲れて寝ている、ということが良くあった。そんな年下二人を見て、責任感の強い白が「しっかりしなければ」と思うことは想像に難くない。いつの間にか、それが精神的負担になっていたのだろう。白は精神に傷を負い、声が出せなくなり、それで更にショックを受けた。そして自分の所為で二人を心配させ、俺に手間をかけさせた。まぁ俺はそんなこと一切気にしていないければ手間とも思っていないが、それが白の矜持を傷付けたのは事実だろう。
「なぁ白。お前は確かに三羽烏では長男かもしれんけどな?ええ事教えといたる。俺はお前よりたった3つだけ年上やねん」
「明夜……」
俺は極力優しく、少し上にある白の頭を撫でる。
「年上にはな、どんだけ甘えたっていいし縋ったっていい。ちょっと情けないとこ見せたところでどうもない。俺の前では、白は長男やない。俺は白の兄さんやからな」
「……明夜、俺の事、情けないと思う?」
「いいや、全く?むしろ、二人も弟抱えて、声出なくてもしっかりやってる白は俺よりずっとずっとかっこええよ。やからこれは俺のわがままやから。ちょっと年上ぶらせて、かっこつけさしてや」
そこまで言うと、ようやく白は俺の胸に頭を押し付けた。
「ないって分かってたって、声が出ないのが情けなくって、惨めで、いつか二人に見放されるんじゃないか、こんな兄貴はって、凄く怖いんや。俺達は血の繋がりがある訳じゃない。ただ、偶々出会って、それだけで。なのに、仲良くって、好きで、そんな絆を信じられない俺が、俺は大嫌いや」
緩やかに吐露されていく心中、葛藤。俺はそれを黙って聞いていた。白ほど苦しい現状ではなく、過去だってそう重くない俺がかけてやれる言葉なんて俺には見つかりやしなかった。
やがて落ち着いた白夜は家の中に入っていった。俺は自宅への道につく。
一体あの三羽に兄貴ぶって、俺は何が出来るのだろう。考えれば考えるほど心が圧迫されて、俺は考えるのを止めた。家に帰って、寝よう。そして全てを忘れようじゃないか。今はそれでいいじゃないか。そう思うことにした。
今回、失声症での喀血描写が出ていますが、白夜の現状の深刻さを出す為の筆者オリジナル設定です。
気分を害された方がいらっしゃったら申し訳御座いません。