誕生日
四月八日。今日は司の三十歳の誕生日である。
「おはようございます、社長。お誕生日おめでとうございます。」
「おはよう、雪原君。覚えてくれていたんだね。ありがとう。」
出社し、社長秘書室の扉を開けると、怜が柔らかく微笑んで例年通り誕生日を祝ってくれた。毎年あまり気に留めておらず、人に言われて漸く思い出す程度だった司だが、今年は正月から色々と意識する事が多かったせいか、多少なりとも感慨を覚える。
「社長、もし良かったら、なんですけど…。」
社長室にコーヒーを持って来てくれた怜が、おずおずとラッピングされた箱を二つ差し出してきた。
「これは…?」
もしかして、と司の中で期待が膨らむ。
「その…プレゼントを用意してみました。…と言っても、気持ちだけですが。」
頬を染めて答える怜に、司は顔を輝かせて舞い上がった。怜から誕生日プレゼントを貰うのは初めてだ。ここが会社でなかったら、即座に抱き締めている所だ。
「ありがとう!凄く嬉しいよ!」
喜色満面の笑みを見せる司に、緊張した様子だった怜は頬を緩ませた。
「開けてみても良い?」
「はい。どうぞ。」
怜の了承を得た司は、少しいびつな形になっている箱から開けていく。中身が怜の手作り弁当だと分かった途端、司は目を輝かせた。鶏肉の照り焼き、卵焼き、レタスとプチトマトのサラダ等、見た目も彩り鮮やかで食欲をそそられるおかずが、使い捨てのプラスチック容器に所狭しと詰められ、割り箸も添えられている。
「その…お付き合いを始めてから最初のお誕生日なので、何を用意すれば喜んで頂けるか分からなくて。司さんは既にご自分で色々お持ちですし、良い物が思い付かなくて、咲さんにご相談した所、司さんは手作り料理に飢えていらっしゃるから、これが一番喜んで頂ける、と。」
顔色を窺いながら説明する怜に、司は破顔した。
「ありがとう!怜の手料理、一度食べてみたかったんだ!」
司の反応に、怜はほっとした表情を見せた。
もう片方の箱は、少し長細く平たい独特の形と重さから予想した通り、ネクタイだった。WESTで咲に見立てて貰ったらしい。落ち着いた青色を基調としていて、白く縁取りされた細い緑のストライプが入っており、司は一目で気に入った。
「怜、本当にありがとう!大事に使わせてもらうよ!」
「喜んで頂けて何よりです。」
ネクタイを手に喜ぶ司に、怜も嬉しそうに顔を綻ばせた。
「怜、良かったら今夜一緒に食事に行かないか?プレゼントのお礼もしたいし。」
司の誘いに、怜は少し目を丸くした。
「今日は司さんのお誕生日なのですから、お礼など気になさらないでください。それより、今夜は何か他の予定が入っていたのではないのですか?夕方以降はあまり仕事を入れないように仰せ付かっていたと記憶していますが。」
「流石に恋人が出来て初めての誕生日くらいは一緒に過ごしたかったからね。」
「…お蔭様で、調整がかなり大変だったのですが。」
怜が呆れたように司を見遣る。
「ダメ?俺は欲張りだから、三つ目のプレゼントとして、怜と夕食を共にする権利が欲しい。」
司の言葉に、怜はクスクスと笑った。
「分かりました。司さんが宜しければ、それで。」
「ありがとう!」
怜の返事に、司は嬉しそうに笑顔を見せる。
「その代わり、今日はお仕事の方をいつも以上に頑張って頂かないといけませんね。夕方以降に余裕を持たせた分、始業時からハードスケジュールになっていますからそのおつもりで。」
「分かっている。俺の優秀な秘書殿は相変わらず手厳しいな。」
表情を引き締めた怜と共にすぐに仕事モードに切り替わった司は、怜と過ごす一時を楽しみに、まずは怜が優先度順に仕分けしてくれた山のような決裁書類から急いで目を通していった。