第四章 欠けて行く月④
偶然だったのか、それとも……。
部屋に戻った祥子は、明かりも点けずにぼんやりと、考え込む。
「私の一人息子。名前はアキオって言うの。明るく生きるで明生。素敵な名前でしょ。主人が、考えた名前よ。腕白で、本当に目が離せない子でね、私が迎えに行くと、まだ遊び足りないから、もっとゆっくり迎えに来いって、いつも遅くなっちゃう私に、そんなことを言ってくれる優しい子だったの。あの日もね、そう言いながら靴を履きかえて、そんな悪いこと言う子には何も買ってあげませんって、言っちゃったの。明生が楽しみにしていたのに。家族そろって学校に行く準備をしようって、話していたのに。そんなことを言っちゃったから。明生は私の手を振り払って、もうパパに頼むから良いって、信号を待たずに渡ってしまったの。すぐに嘘だって言ってやれば良かった。もっと強く手を握ってさえいれば……、まさか、こんなことになるなんて。本当にしっかりした子で、そんなことを、真に受けるなんて、思わなかった。私が、代りに死ねばよかったのよ。アキオ、ごめんなさい。ママ、ママが」
顔を覆うように泣きだした石館になんて言葉をかけて良いのかっ分からず、アキオの方を見る。
泣き崩れる石館の背中を、アキオは摩っていた。
思いがけない話の展開に祥子も言葉を詰まらせる。
「ずっとそうやって自分を責め続けていたの?」
「だって、事実ですもの。目の前で、明生の体が舞って、流れ出す血を止めることすらしてやれずに、5歳だったのよ。私のたった一言で、あの子の未来を奪ってしまったのよ。笑ってなんて、過ごせない。そんな資格ないの」
「それでもアキオクンは、それを望んでいないわ。一番好きな人には、誰だって笑っていて欲しいもんじゃない?」
自分の言葉に、祥子はハッとなる。
タクが寂しげに少し離れた場所から、その様子を見ていた。
伝えたくても伝わらない思い。苦しめているつもりはなくても苦しめてしまうことなどこの世の中、沢山ある。この世の終わりのように感じていた。
石館は祥子の手を握り、何度もありがとうと言っていた。
明生はもう戻ってこないけど、そばにいると分かっただけでも救われる。とも言っていた。
それでいいのかと思う反面、姿はどうあれ、家族と一緒にいられる喜びは分かるような気がした。
雅春の、ゆがんだ顔が目に浮かぶ。
傷付けるつもりはなかったのに、結果、深い傷を負わせてしまったのは自分。それは紛れもない真実。
祥子はまんじりともせず一夜を過ごす。




