第四章 欠けて行く月③
薄明りに保育園が照らされ、あのアパートの外廊下にも明かりがともされていてた。
「あそこの保育園に通っていたんですって。名前はアキオクンと言うらしいんだけど、事故のショックで、これしか覚えていないって言うのよ」
石館は顔を強張らせ、何も言わずにいた。
当たり前だと、祥子は思った。
社交辞令で辞めてしまったパートを労うためにだけの再会だったはずなのに、いきなりこんな所に連れてこられて、怪談話もないものだ。
自分でも呆れながら、祥子は話を続けた。
「最初は死んだのも分からずに居たらしいんだけど……」
困った顔で祥子は石崎に同調を求めた。
石館は、無言のままで一点を見つめていた。
「頭、おかしくなっちゃったのかな? 見えちゃうんだな。あそこに男の子が居るのを」
アパートの階段に座っているアキオとタクを見つけ、祥子は指さす。
「あそこに?」
絞り出すように言う石館に、祥子は頷く。
「あの子、ずっとここでママを待っているんですって」
「どうして?」
かすれた石館の声に、どうしてなんでしょうねーと、祥子はアキオたちの方をじっと見たまま答える。
「伝えたいことがあるらしいのよね。でも、何で私に頼むのかが分からなくって」
「伝えたいこと?」
「ママに笑って欲しいって。死んだのは、ママのせいじゃないよって。ぼくは、一人じゃないよって。パパと仲良くして欲しいって。そんな大事なこと、直接言えばいいのにって思いません?」
石館を見た祥子は、首を傾げる。
――涙?
石館の目から大粒の涙が零れ落ちていた。
「何でもないの。ちょっと、その手の話に弱くって。ごめんなさい。続けて」
祥子は、やっぱりいい人なんだと、空を見上げる。
「ずっとそばにいたんだって。何度もママに話しかけたけど泣いてばかりで、話を聞いてもらえなかったって。切ないわよね。死んでまで、母親を慕って思い続けているなんて」
生きているのにそばにいられない辛さとどちらが重いんだろう。そんな比較にもならないことを考えながら、祥子は言うと、探偵でも霊媒師でもない私にどうしろって言うのよと、呟く。
「辞めた理由はそれ?」
よく分からなかった。
仕事の内容とかいろいろあったけど、何となくどれも当てはまるようで、当てはまらない気がした。どうこたえて良いのか分からない祥子に、石館は声を詰まらせながら、話し始める。
「もし、それが理由なら、私謝らなくっちゃだわ」
祥子は、驚くように石館を見る。
石崎は鼻を一回啜り上げ、定期券と一緒に入れられた写真を見せた。




