第4話 スーパーイケメンつよつよお兄様
「......あれ?」
自分は先ほどまで言動も服装も怪しい少年を見つけ尋問していたはずだった。
しかし、今はどうだろうか。
なぜか服も身体もぼろぼろになった怪しい少年に思い切り抱きしめられているではないか?
「...............」
状況が理解できず、しばらく少年の顔を見つめる。
「ちょっと......」
と言葉を発する。
ハッとした少年は私の顔を見た途端、驚いたように目を見開き、
「よかった......本当に、よかった......!」
そう言って、涙をこぼしながらさらに強く抱きしめてくる。
「えっ、あの......?」
一体何が起きているのだろうか。
何も分からない。
分からないが...
今、自分の置かれている状況を理解した途端、顔に熱がこもる。
「ちょ、ちょっと!離れてください!」
慌てて少年の胸を押し返す。
断じて照れているわけではない。
少年はようやく我に返ったように、ゆっくりと腕を緩めた。
「......あ、ごめん」
「い、いえ......」
咳ばらいをし、深呼吸をする。
「それより、これは一体どういう状況なの?」
と尋ねる。
「それは......」
少年は言葉に詰まった。
まるで、自分でも何が何だか分からないとでも言いたげな表情をしている。
そのとき――
――グルルルル......
森の奥から、低い唸り声が響いた。
少年の表情が一瞬で強張る。
私も反射的にそちらへ視線を向けた。
そこには、先ほどまで我々が追っていた中型の魔獣が敵意をむき出しにしてこちらを睨んでいる。
戦闘態勢に入ろうと腰の剣に手をかけようとした。しかし、肝心の剣がない。
「え......!?」
思わず少年の方を向くが持っていない。
確実に腰に掛けていたはずなのだ。
万が一にも気づかずに落とすなんてことはあり得ない。
状況が最悪になったということだけはよくわかった――
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――俺は驚愕した。
一体何が起こったのだろうか。
彼女は先ほどまで傷だらけで血を大量に流し、死を迎える寸前のはずだった。
しかし、今は傷は治っている。本当にどこにもない。
いや、傷だけではない服も鎧も全て元通り治っているのだ。
見間違えるわけもない、確かに彼女はぼろぼろで死にかけていたのだ。
どうなっているのか俺が状況を整理していると、
「それより、これは一体どういう状況なの?」
彼女から疑問が飛んできた。
「それは......」
けど、なんて説明すればいいんだ?
彼女は俺をかばって傷ついた。俺はそれを見て、何もできなくて、ただ必死にこんな結末変えてやる。
そう、強く思っただけなのだ。
けれど、
よかった。
彼女が無事で本当によかった。
けれど、その安堵も長くは続かなかった。
――グルルルル......
低い唸り声が森に響く。
「っ...!」
そこには、先ほどと変わらぬ姿の魔獣がいた。
傷一つない巨体。鋭い爪。そして、こちらを見据える獰猛な瞳。
無情にも、状況は何も解決していないのだ。
魔獣の姿を見て少女は戦闘態勢に移る。
しかし、その手には剣が握られていない。
つまり、
「さっきよりも状況が悪い...!」
状況は依然最悪なのだ。
どうすればいいのか。
ない頭を必死に使い考える。
「今は目の前の相手に集中しましょう」
そう言って、少女は俺の前に立つ。
彼女はまた俺を守ろうとしてくれているのだ。
手は震える、心臓の鼓動も早い、逃げ出したい。
けど、
それでも、
俺は勇気を奮い立たせる。
「俺も戦う...!」
震える声でそう語る。
すると、
「あなたは下がっていてください」
少女は俺が恐怖で震えているのに気付いているようだ。
「――大丈夫です。絶対に何とかします」
その言葉に、胸が締め付けられた。
でも、俺は知っている。
この魔獣がどれほど強いのか。
彼女の攻撃がどれほど通用しないのか。
そして、彼女がどれほど危険な目に遭うのか。
「……くそっ」
俺に何かできないのか。
そう考えている間にも、魔獣は少女へと迫っていた。
「くっ...!」
少女は横へ飛び、魔獣の爪を避ける。
だが、魔獣の攻撃は止まらない。
「きゃっ!」
魔獣の横なぎに大きく振った腕に弾き飛ばされた。
「大丈夫か!」
俺は思わず駆け寄る。
少女は地面を転がりながらも、何とか立ち上がった。
「大丈夫……です!」
そう言ってはいるが、その表情には焦りが見える。
やっぱり、俺には何もできないのか。
また彼女が傷つくのを、ただ見ているだけなのか。
そのときだった。
「おやおや。ずいぶんと派手にやっているね」
場違いなほど穏やかな声が、森に響いた。
「……え?」
声のした方向を見る。
そこには、一人の青年が立っていた。
どこか気の抜けたような雰囲気で、緊張感のない表情を浮かべている。
「兄様……?」
少女が驚いたように声を上げた。
兄様?
ということは、この人が彼女の兄なのか?
「まったく。こんなところまで一人で来るなんて、相変わらず無茶をするね」
青年は困ったように笑いながら、少女へと歩み寄る。
「兄様、どうしてここに?」
「そりゃあ、君が戻ってこないから探しに来たんだよ。……それで?」
青年の視線が、ゆっくりと魔獣へ向く。
その瞬間。
空気が変わった。
先ほどまでの緩い表情は消え、青年の目から一切の感情が抜け落ちる。
「そこを退いてくれるかな」
静かな声だった。
けれど、その声を聞いた瞬間、俺の身体が強張った。
青年が剣に手をかける。
次の瞬間、魔獣が咆哮を上げて飛びかかった。
青年は一歩だけ前に出た。
そして――
一閃――
何が起きたのか、俺には理解できなかった。
気付いたときには、魔獣の巨体が地面に崩れ落ちていた。
「…………」
あまりにも一瞬の出来事だった。
あれだけ苦戦していた魔獣が、たった一撃で。
「ふぅ……。これで大丈夫かな」
青年は何事もなかったかのように剣を収めた。
そして、先ほどまでの柔らかな表情に戻る。
「さて、と。怪我はないかい?」
「私は大丈夫です。兄様こそ、ありがとうございます」
「それならよかった。……でも、少し妙だね」
スンッと鼻を鳴らした後、
青年は少女の身体と俺の身体を交互に見つめた。
「君たち、ふたりのどっちかさ......さっきまで怪我をしていなかったかい?」
「えっ?」
少女は首を傾げる。
「怪我……ですか?」
「うん。しかもかなりの大怪我」
「いや、気のせいならいいんだけど」
青年は少し考え込むように顎に手を当てた。
そして、ふと俺の方を見る。
「ところで」
青年の視線が、俺に向けられた。
「そちらの少年は?」
「あ……」
少女が俺と青年を交互に見る。
「彼は……」
どう説明すればいいんだ?
俺自身、自分が何者なのかさえよく分かっていない。
異世界に来て、魔王になって、気付いたら森にいて。
そして、目の前の少女と出会った。
「えっと、俺は――」
言葉に詰まる俺を見て、青年は少しだけ目を細めた。
「ふむ……」
そして、穏やかな笑みを浮かべる。
「君、いったい何者なんだい?」
――その問いに、俺は答えることができなかった。




