ep10-洗礼③-
次の日の朝、自室に運んでもらった軽い食事を取り身支度をすませると、約束の時刻より少し早めにメインホールへと足を運ぶ。
「おはようカイル少年!」
「おはようございます、コルディオス隊長。早いですね。」
急いで駆け下りたカイルを、コルディオスは気にするなと笑いながら髪を掻き乱す。
「他の人達はどうされたんですか?」
「プルートは早朝に向かった。ミアベルは…まだ寝ているかもしれんな。」
少し困った表情を見せたコルディオスだったが、いつものことだと笑い飛ばす。
「リーネあたりが叩き起こすだろうから、気にせず我々は先に向かうとしよう。」
本当にそれでいいのかとカイルは疑うも、意にも介さず屋敷を後にするコルディオスを追って、気後れしつつも外へと足を踏み出した。
屋敷を出た二人は、敷地の境界に向かい足を進める。
「周りの同じ建物は、他の独立艦隊の人達の家なんですか?」
「ん?あぁ、そうだ。我々を含めて第七独立艦隊までそれぞれの寮になるな。」
へぇ、と感心してそれぞれの建物に目を通す。
建物自体に大した差異はないが、庭の装飾についてはそれぞれに個性が溢れている。
景観を意識した緑溢れる庭、大きな広場を持つ交流優先の庭、倉庫などを置いて有効活用された庭など、その用途は実に多種多様だった。
そうして少し歩みを進めると、敷地の境界である門扉が目前に迫る。
「この空間ってどうなってるんですか?外と完全に隔離された空間だと感じるんですけど…。」
カイルの質問にコルディオスは少し悩んだが、急に笑顔をカイルに向ける。
「そんなこと気にしたこともなかったわ!」
ガハハと大声で笑うコルディオスを見て、聞く相手を間違えたなとカイルは深い息を吐いた。
そうして、静かな空間に小さくモーターの音が聞こえたかと思うと、目の前の門が大きく開き、熱気と喧騒が入り込む。
本当にどういった原理なのか、考えてもわかる由もないのだが、ここまで完全に隔離された空間を作り出すには、恐ろしいほど高度な技術が必要であることは、ズブの素人であるカイル自身にも理解できた。
これが気にならないというコルディオスのほうが特殊なのだとカイルは自身に言い聞かせた。
「さあ向かうとしようか!」
大股で歩き出すコルディオスに、少し遅れを取ったカイルは小走りで追いかける。
そのまま中央までの動く通路に乗るのかと思いきや、大通りをそのまま横切り対面の区画に足を進めるコルディオス。
「こっちなんですか?」
「ん?そうだぞ!我々はあまり街にいることはないからな。寮からドックは最短距離だ。」
迷いなく歩き続けるコルディオスを、小走りで追いかけるカイルは、見覚えのあるものを目にする。
「橄欖だ…!」
空きの目立つドックに停泊する艦船は目に見える範囲で二艦。
そのうちの一艦。
今まさに唸り音を上げている、緑に彩られたそれは紛れもなく、第二独立艦隊の橄欖そのものだった。
そして橄欖はドックの足場ごと、地面の下へと消えていく。
「壮観だろう。ここの整備ドックは丸々移動式になっていてな、このまま各シャフトの昇降機へと繋がっているのだ!」
ポッカリと開いた橄欖のドックが、横から滑り出た足場で塞がれゆくのを尻目に、コルディオスが胸を張って説明した。
コルディオスに説明されるのはなぜか悔しく感じたカイルだが、だから別の場所に降り立った橄欖がここにあったのだと納得させられた。
「そして!」
コルディオスが身体ごと左を振り向くのを、カイルが目で追った先には、もう一艦の同型の艦船が佇んでいた。
「青と白に塗装され、後部が専用のユニットに換装された特殊艦!これこそが!我らの艦船!蒼玉だ!」
コルディオスが自信満々に紹介するだけのことはある。
自然に溶け込めそうな緑と濃灰色の橄欖とは対照的に、鮮やかで遠目からでも認識されそうな色をしている。
「こんなに目立つ色で狙われないんですか?」
「ん?そういえばよく会敵するな…。」
そう言って首を傾げるコルディオスを見て、カイルは、仮にも隊長だろと、危うく声に出しそうになった。
その時、駆け足の音と共に後方から声がかかる。
「目立つのがあたいらの任務だからだろうが!」
振り返ると、両手を膝について肩で息をするミアベルがそこにいた。
「ディオ爺、行くなら起こしてくれよ!」
「ガハハ!リーネにでも叩き起こされたか?」
「そうだよ、それにエマ姉のおまけ付きだったよ!」
腹を抱えて笑うコルディオスの、胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄るミアベル。
そのやり取りを見て、彼等も第二独立艦隊の皆のように、本当に仲が良いんだなと、カイルは少し安堵した。
「ってディオ爺って?」
「ん?あぁ、あたいは小さい頃にディオ爺…コルディオス隊長とネリス母さん…コルネリス艦長に拾われてな。それから一緒にいるんだよ。今は基本ディオ爺と…っていつまで笑ってんだ!この!」
ミアベルはついに我慢ならずコルディオスの腹を全力で殴りつける。
それがクリーンヒットしたらしく、コルディオスは腹を押さえて悶絶しており、ザマーミロと今度はミアベルが高笑いをしている。
「つまり、元々コルディオス隊長と第二独立艦隊のコルネリス艦長は同じ艦にいたってことですか?」
ん?とコルディオスとミアベルはお互いの顔を見合わせる。
「俺とコルネリスは元々べクラール公国軍に所属していてな。その時にまだ幼子だったミアベルを拾ったんだ。」
「そ。んで、そのまま二人の養子として育てられたってわけだよ。」
なるほど、つまりミアベルも自分と同じ孤児であり、戦火に巻き込まれた折に、二人の手によって救い出された経緯があるということか。
ことの経緯や結果は違えど、彼女も自分と同じような過去を体験した存在なのだと、カイルは勝手に親近感を抱いていた。
「……ん?それって、二人は夫婦ってことになりませんか……?」
「なんだ、コルネリスから何も聞いていないのか?俺とコルネリスは夫婦だぞ?」
それを聞いて、カイルは理解が追いつかず、しばらくそのまま固まってしまった。
コルディオス隊長とコルネリス艦長の二人が夫婦…。
夫の部隊に配属されるとなぜ前もって教えてくれなかったのか、そう考えたカイルだったが、そういえば辞令が出てから一度も出会っていないんだと思い出した。
「ってそんなことはどうでもいいんだよ!なぁんで隊長のディオ爺が自分の部隊の役割を把握してないんだよ!」
「ガハハ!俺に難しいことはわからんからな!そこはプルートに任せるさ!」
「ダメだぁ…この親父…。」
ミアベルが頭を抱えて項垂れるが、流石にカイルもそれに同意せざるを得なかった。
しかし、同時に自分が父と慕ってきた人物、アルマンのことが脳裏に思い出される。
大商会を経営しつつ、あれだけの孤児を問題なく育てていたアル父様は、やはり凄い人物だったんだと、カイルは感慨に耽ってしまうのだった。




