表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3. 時々、お月見 栗名月



十三夜は十一月二日だそうです。






約束していた、二回目のお月見。パクたちは、この日も朝からウキウキしていた。

今日のお月様は、『くりめいげつ』というのだ。という事は。


 「にゃにゃあにゃ!」


くりごはんだ!

パクたちは仲良く、ゴロゴロ喉を鳴らした。






ファスは今日も、朝から準備をしている。

その足元を、魔猫たちが行き来している。今回はレオたちも、手伝いをしたいと早めに来てくれたのだ。因みにシドは仕事があるので、夕方合流予定である。


 「にゃいにゃ?」


 「にゃあ、にゃにゃ」


倉庫から、点検も兼ねて食材を運んできたパクとレオ。テーブルによいしょと広げる。

弱っている薬草を見付けたダイチとトバリが、カゴを運ぶ。


 「ぶにぃ」


 「………にゃ、にゃあ」


 「ありがとうみんな。この薬草は、スープに入れようか。こっちは、チーズ焼きに」


ファスはてきぱきとメニューを決めていく。


 「そうだ、味見してほしいんだ。いつも茹でてるから、今回は蒸してみたんだけど…」


と、持ってきたは、半分に切られた栗。蒸し栗だという。いつもの茹で栗と見た目は変わらないが、いい匂い。

味見は、お手伝いの特権だ。初めてのレオとトバリは、目を輝かせる。ファスはスプーンで中身をくり抜き、小皿へ分け入れていく。パクとダイチを見て、レオとトバリもぱくりと一口。栗の濃い味が広がって、ほんのり甘くてあったかい。思わずゴロゴロと喉を鳴らす。


 「にゃいぃ!」


 「本当?よかったぁ…。こっちはいつもの茹で栗だよ」


 「にゃ!」


パクはすぐに味見して、こっち!と蒸し栗を指す。ダイチは悩んでいるようだ。レオとトバリも味わい、悩む。どちらもおいしいが、蒸している方が、栗の味がしっかり出ているような……。

悩んだ末、にゃ!と全員指したは、蒸し栗だ。ファスはにこりと笑った。


 「じゃあ、今日は蒸し料理にしようか。寒くなったし、シチューも作るからね」


秋の気配はどんどん深くなり、ここ最近でぐっと冷えてしまった。裏山はもう、暖炉が必要だ。

パトロール隊が元気に戻ってきた。全員、持てるだけの木の枝を抱えている。薪も集めてくれていたらしい。

ファスと共に出迎え、枝は隅へ纏めておく。順番に暖かいタオルで拭かれ、暖炉の前に移動。お茶をもらって、ようやく一息ついた。巣は暖かい。


 「ありがとう、はやて、オネム。かきもくりも、手伝ってくれてありがとうね」


 「なおー」


 「みにゃにゃあ」


 「ゆっくり休んでて。あ、しらゆきたちもおかえり」


巣の周りの点検をしていた、しらゆきとソラ、クリームも戻ってきた。異常はなかったらしい。


 「寒かったでしょ、お茶持ってくるね」


 「にい、にー」


いい天気だが、風はすっかり冷たい。撫でた毛皮は冷えていた。お月見の時は、毛布をたくさん用意しておかなくては。ファスはお茶と一緒に、あったかマフィンも持っていく。早めのおやつだ。

匂いで気付いた魔猫たちは、嬉々とマフィンを頬張る。ゴロゴロと鳴る音に、ファスは微笑み台所へ戻った。

みんなが手伝ってくれた御蔭で、下拵えはばっちりだ。あとは、全員が集まる頃合いに出せるようにするだけ。パクたちが持ってきてくれた食材を、カゴへ纏めておく。


 「そうだ、栗ジャムと柿ジャムをお裾分けにしよう」


季節限定のジャムは、レオたちのお気に入りだ。それならパンもつけようか、と思ったものの、今からだと時間が足りない。ファスは棚を探り、パンケーキを作る事に。

手早く材料を混ぜていると、パクとくりが、ちょこんと顔を覗かせていた。


 「にゃあ?」


 「ううん、これはお裾分け用。先に作って、冷ましておこうと思って」


 「みにゃ」


 「手伝ってくれるの?休まなくて平気?」


平気、とくりは頷く。どんな風に作るのか、見たい。パクとくりは、生地作りの続きを手伝い始めた。

ファスは窯に火を入れ、フライパンを温める。バターがじわ、と溶けていい匂い。パンケーキはよく作ってくれるが、いつ嗅いでもおいしい匂い。パクとくりは期待でいっぱいの、キラキラの目になった。

……そんな目は、一つ出来上がるたびに増えていき。結局十一対の目に見つめられ、ファスは味見、と念押しし、小さなパンケーキを作るのであった。






今日は絶対に参加せねばならない。

前回、急な緊急依頼に駆り出され、楽しみにしていた夜のデートを流されたのだ。その鬱憤は全て戦闘にてぶつけ、カイ達のお月見は魔物どもが死屍累々と横たわる現場で終わった。風情も何もあったもんじゃねぇ。


 「お前の師匠はファスと二人きりでお楽しみのようでしたね」


 「パクちゃんレオちゃんたちも居たよ!!モフモフ可愛いが溢れてたよ!!」


殺意しかないやべぇ目を向けられ、うららはトオヤを盾にし、残念美形から距離を取る。


 「敬語が怖い!!てか、前から約束してたじゃん!」


 「カイ、お前はいい加減、恋人としての余裕を持て。何も起こるわけないだろう」


 「お前の師匠、ファスにはやけに優しいじゃねーか。氷の大魔導士とか呼ばれてるくせによ」


 「そこは認めるよ!でも師匠は厳しいけど、人でなしじゃないんだってば!!」


三人……主にカイとうららだが、騒いでいるのは癒し空間へ繋がる山道である。

恋人となった今でも、カイの独占欲は衰えることはない。トオヤも未だ、殺気を向けられるのだから。その反応に付き合っていたら、癒しが無くなるので全て受け流す事に徹している。恐らく、シドもそうだろう。


 「もー!カイはファスさんを疑うの?!それすごく失礼だよ!」


 「疑ってない。ファスは。ファスがどうとも思ってなくとも、勘違いするのが居るかもしれないだろ」


 「あー……ファスさん、聖母だから…。そこは仕方なくない?寧ろ、聖母じゃなくなったファスさんって、想像できないよ。諦めなよ」


納得するんだな。

トオヤは真顔のうららを眺めた。聖母であると信じて疑っていない、曇り無き眼。ツッコむべきか、トオヤは悩む。

そうこうしている内に、ふわといい匂いが鼻をくすぐる。視線を上げれば、見慣れた巣。うららは明るい顔で、足取り軽やかに走っていくと木戸を叩く。

足音と気配で分かっていたのだろう、にゃあにゃあにゃいにゃいとモフモフなお出迎えを受けた。


 「ほわっっ……!レオちゃんたちも来てたんだねぇ!お邪魔しまーす!」


 「皆さん、お疲れ様です。来てくれて嬉しいです」


にっこり笑顔のファスが、慣れた動きで三人の上着を受け取り、暖炉近くに吊るす。


 「ありがとう、この前はすまなかったな」


 「いいえ、無事に帰ってきてくれたんですから、それで充分です。あ、カイ…」


おかえりなさい。

ファスの笑顔が、更に優しくなっている。僅かな違いだが、それに気付かないカイではないのだ。途端に相好を崩し、ただいまと己の腕の中に閉じ込めた。最近のよくある風景になりつつある。

ファスはまだ慣れず、相変わらず真っ赤だ。けれど、控え目にすり寄っているので、進歩している。


 「にゃあ、にゃあにゃー」


 「あ、そ、そうだね。座ってください、お茶出しますから」


ある程度で止めなければ、主にカイが離さないので、パクたちが間に入るようにしていた。程々にしろよと、どすどす猫パンチを入れられるまでが、よくある風景になりつつある。

とうに着席していたトオヤとうららは、呆れながら上機嫌のカイを見ていた。


 「相変わらずだな、君は」


 「にゃいにゃー!」


 「あ、師匠」


モフ弟子たちに歓迎されている、いつの間にか来ていたシドも呆れ顔だ。

ともあれ、これで全員揃った。にゃあにゃあにゃいにゃいと、温かいごはんが運ばれてくる。蒸し料理にきのこのチーズ焼き、そしてシチュー。更には栗ごはん、食後の栗ケーキも用意されているという。


 「おいしそう……!」


 「今日は栗名月と呼ばれているそうで、栗でできるだけ作ってみたんです」


シチューにも、栗が顔を出している。いただきます!と、モフモフたちとうららは元気に食べ始める。男達は控え目に、けれど確実に皿を空にしていく。

ファスは、一段と賑やかな食事会を嬉しそうに眺めていた。






空気が澄んでいる御蔭か、月も明るくよく見える。

寒くなってしまい毛布が手放せないが、魔猫たちが湯たんぽ代わりになってくれているので暖かい。

パクたちと一緒に見る月は、いつも特別に感じる。


 「きれいだねー……」


 「にゃあ…」


まんまるの目はキラキラしていて、楽しんでくれているのがよく分かる。カイ達はどうだろう。ファスはそっと見回す。うららは月か、それとも抱っこできた感動で震えているのか分からないが、幸せそうだ。トオヤとシドは、静かな今の時間を楽しんでいる様子。そして、カイも静かに月を見上げていた。

その横顔を、そっと眺める。こんな風に静かにしている彼を見たのは、初めてな気がするのだ。会う時はいつも、お互い色々と話し込んでしまうから。

まだきっと、知らない所があるのだろうな。そう、ぼんやりと思う。ファスは月に視線を戻した。

これから、知っていって受け入れていって。


 「……それでも、隣に居れるといいなぁ」


 「にゃーあ」


パクにそっと頬ずりすると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。

次も、その次の年も、大事な人たちとお月見ができますように。

カイと目が合ったファスは、そう願いながら微笑んだ。








綺麗な顔して、脳内は愉快な事になっていると思われる残念美形。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ