3. 時々、お月見 栗名月
十三夜は十一月二日だそうです。
約束していた、二回目のお月見。パクたちは、この日も朝からウキウキしていた。
今日のお月様は、『くりめいげつ』というのだ。という事は。
「にゃにゃあにゃ!」
くりごはんだ!
パクたちは仲良く、ゴロゴロ喉を鳴らした。
ファスは今日も、朝から準備をしている。
その足元を、魔猫たちが行き来している。今回はレオたちも、手伝いをしたいと早めに来てくれたのだ。因みにシドは仕事があるので、夕方合流予定である。
「にゃいにゃ?」
「にゃあ、にゃにゃ」
倉庫から、点検も兼ねて食材を運んできたパクとレオ。テーブルによいしょと広げる。
弱っている薬草を見付けたダイチとトバリが、カゴを運ぶ。
「ぶにぃ」
「………にゃ、にゃあ」
「ありがとうみんな。この薬草は、スープに入れようか。こっちは、チーズ焼きに」
ファスはてきぱきとメニューを決めていく。
「そうだ、味見してほしいんだ。いつも茹でてるから、今回は蒸してみたんだけど…」
と、持ってきたは、半分に切られた栗。蒸し栗だという。いつもの茹で栗と見た目は変わらないが、いい匂い。
味見は、お手伝いの特権だ。初めてのレオとトバリは、目を輝かせる。ファスはスプーンで中身をくり抜き、小皿へ分け入れていく。パクとダイチを見て、レオとトバリもぱくりと一口。栗の濃い味が広がって、ほんのり甘くてあったかい。思わずゴロゴロと喉を鳴らす。
「にゃいぃ!」
「本当?よかったぁ…。こっちはいつもの茹で栗だよ」
「にゃ!」
パクはすぐに味見して、こっち!と蒸し栗を指す。ダイチは悩んでいるようだ。レオとトバリも味わい、悩む。どちらもおいしいが、蒸している方が、栗の味がしっかり出ているような……。
悩んだ末、にゃ!と全員指したは、蒸し栗だ。ファスはにこりと笑った。
「じゃあ、今日は蒸し料理にしようか。寒くなったし、シチューも作るからね」
秋の気配はどんどん深くなり、ここ最近でぐっと冷えてしまった。裏山はもう、暖炉が必要だ。
パトロール隊が元気に戻ってきた。全員、持てるだけの木の枝を抱えている。薪も集めてくれていたらしい。
ファスと共に出迎え、枝は隅へ纏めておく。順番に暖かいタオルで拭かれ、暖炉の前に移動。お茶をもらって、ようやく一息ついた。巣は暖かい。
「ありがとう、はやて、オネム。かきもくりも、手伝ってくれてありがとうね」
「なおー」
「みにゃにゃあ」
「ゆっくり休んでて。あ、しらゆきたちもおかえり」
巣の周りの点検をしていた、しらゆきとソラ、クリームも戻ってきた。異常はなかったらしい。
「寒かったでしょ、お茶持ってくるね」
「にい、にー」
いい天気だが、風はすっかり冷たい。撫でた毛皮は冷えていた。お月見の時は、毛布をたくさん用意しておかなくては。ファスはお茶と一緒に、あったかマフィンも持っていく。早めのおやつだ。
匂いで気付いた魔猫たちは、嬉々とマフィンを頬張る。ゴロゴロと鳴る音に、ファスは微笑み台所へ戻った。
みんなが手伝ってくれた御蔭で、下拵えはばっちりだ。あとは、全員が集まる頃合いに出せるようにするだけ。パクたちが持ってきてくれた食材を、カゴへ纏めておく。
「そうだ、栗ジャムと柿ジャムをお裾分けにしよう」
季節限定のジャムは、レオたちのお気に入りだ。それならパンもつけようか、と思ったものの、今からだと時間が足りない。ファスは棚を探り、パンケーキを作る事に。
手早く材料を混ぜていると、パクとくりが、ちょこんと顔を覗かせていた。
「にゃあ?」
「ううん、これはお裾分け用。先に作って、冷ましておこうと思って」
「みにゃ」
「手伝ってくれるの?休まなくて平気?」
平気、とくりは頷く。どんな風に作るのか、見たい。パクとくりは、生地作りの続きを手伝い始めた。
ファスは窯に火を入れ、フライパンを温める。バターがじわ、と溶けていい匂い。パンケーキはよく作ってくれるが、いつ嗅いでもおいしい匂い。パクとくりは期待でいっぱいの、キラキラの目になった。
……そんな目は、一つ出来上がるたびに増えていき。結局十一対の目に見つめられ、ファスは味見、と念押しし、小さなパンケーキを作るのであった。
今日は絶対に参加せねばならない。
前回、急な緊急依頼に駆り出され、楽しみにしていた夜のデートを流されたのだ。その鬱憤は全て戦闘にてぶつけ、カイ達のお月見は魔物どもが死屍累々と横たわる現場で終わった。風情も何もあったもんじゃねぇ。
「お前の師匠はファスと二人きりでお楽しみのようでしたね」
「パクちゃんレオちゃんたちも居たよ!!モフモフ可愛いが溢れてたよ!!」
殺意しかないやべぇ目を向けられ、うららはトオヤを盾にし、残念美形から距離を取る。
「敬語が怖い!!てか、前から約束してたじゃん!」
「カイ、お前はいい加減、恋人としての余裕を持て。何も起こるわけないだろう」
「お前の師匠、ファスにはやけに優しいじゃねーか。氷の大魔導士とか呼ばれてるくせによ」
「そこは認めるよ!でも師匠は厳しいけど、人でなしじゃないんだってば!!」
三人……主にカイとうららだが、騒いでいるのは癒し空間へ繋がる山道である。
恋人となった今でも、カイの独占欲は衰えることはない。トオヤも未だ、殺気を向けられるのだから。その反応に付き合っていたら、癒しが無くなるので全て受け流す事に徹している。恐らく、シドもそうだろう。
「もー!カイはファスさんを疑うの?!それすごく失礼だよ!」
「疑ってない。ファスは。ファスがどうとも思ってなくとも、勘違いするのが居るかもしれないだろ」
「あー……ファスさん、聖母だから…。そこは仕方なくない?寧ろ、聖母じゃなくなったファスさんって、想像できないよ。諦めなよ」
納得するんだな。
トオヤは真顔のうららを眺めた。聖母であると信じて疑っていない、曇り無き眼。ツッコむべきか、トオヤは悩む。
そうこうしている内に、ふわといい匂いが鼻をくすぐる。視線を上げれば、見慣れた巣。うららは明るい顔で、足取り軽やかに走っていくと木戸を叩く。
足音と気配で分かっていたのだろう、にゃあにゃあにゃいにゃいとモフモフなお出迎えを受けた。
「ほわっっ……!レオちゃんたちも来てたんだねぇ!お邪魔しまーす!」
「皆さん、お疲れ様です。来てくれて嬉しいです」
にっこり笑顔のファスが、慣れた動きで三人の上着を受け取り、暖炉近くに吊るす。
「ありがとう、この前はすまなかったな」
「いいえ、無事に帰ってきてくれたんですから、それで充分です。あ、カイ…」
おかえりなさい。
ファスの笑顔が、更に優しくなっている。僅かな違いだが、それに気付かないカイではないのだ。途端に相好を崩し、ただいまと己の腕の中に閉じ込めた。最近のよくある風景になりつつある。
ファスはまだ慣れず、相変わらず真っ赤だ。けれど、控え目にすり寄っているので、進歩している。
「にゃあ、にゃあにゃー」
「あ、そ、そうだね。座ってください、お茶出しますから」
ある程度で止めなければ、主にカイが離さないので、パクたちが間に入るようにしていた。程々にしろよと、どすどす猫パンチを入れられるまでが、よくある風景になりつつある。
とうに着席していたトオヤとうららは、呆れながら上機嫌のカイを見ていた。
「相変わらずだな、君は」
「にゃいにゃー!」
「あ、師匠」
モフ弟子たちに歓迎されている、いつの間にか来ていたシドも呆れ顔だ。
ともあれ、これで全員揃った。にゃあにゃあにゃいにゃいと、温かいごはんが運ばれてくる。蒸し料理にきのこのチーズ焼き、そしてシチュー。更には栗ごはん、食後の栗ケーキも用意されているという。
「おいしそう……!」
「今日は栗名月と呼ばれているそうで、栗でできるだけ作ってみたんです」
シチューにも、栗が顔を出している。いただきます!と、モフモフたちとうららは元気に食べ始める。男達は控え目に、けれど確実に皿を空にしていく。
ファスは、一段と賑やかな食事会を嬉しそうに眺めていた。
空気が澄んでいる御蔭か、月も明るくよく見える。
寒くなってしまい毛布が手放せないが、魔猫たちが湯たんぽ代わりになってくれているので暖かい。
パクたちと一緒に見る月は、いつも特別に感じる。
「きれいだねー……」
「にゃあ…」
まんまるの目はキラキラしていて、楽しんでくれているのがよく分かる。カイ達はどうだろう。ファスはそっと見回す。うららは月か、それとも抱っこできた感動で震えているのか分からないが、幸せそうだ。トオヤとシドは、静かな今の時間を楽しんでいる様子。そして、カイも静かに月を見上げていた。
その横顔を、そっと眺める。こんな風に静かにしている彼を見たのは、初めてな気がするのだ。会う時はいつも、お互い色々と話し込んでしまうから。
まだきっと、知らない所があるのだろうな。そう、ぼんやりと思う。ファスは月に視線を戻した。
これから、知っていって受け入れていって。
「……それでも、隣に居れるといいなぁ」
「にゃーあ」
パクにそっと頬ずりすると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。
次も、その次の年も、大事な人たちとお月見ができますように。
カイと目が合ったファスは、そう願いながら微笑んだ。
綺麗な顔して、脳内は愉快な事になっていると思われる残念美形。




