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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇
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異形の哀姫

 破れたドレスのスカートから黒い荊が幾本も這い出て蠢き、冒険者たちを絡め取っては砕いて、そして、命の灯を吸収していく。枯れ枝のようになった男たちは無残にも放り捨てられ、金属質の床に投げ出されると、衝撃で装備品が辺りに散らばった。乾いた体は言うに及ばず。塵芥と化してバラバラに砕けた。

 荊には無数の人面が張り付いており、苦悶の表情を浮かべながら呻き声をあげている。その声は高い天井をものともせずに反響し、聞くものの意識を揺さぶった。


「おい、あれを見ろ!」


 誰かが、ベッドの足元を指して叫んだ。

 其処で初めて、一行は気付く。巨大歯車や異質なベッドと女性の姿に気を取られていたが、その足下――――床の上には、無数の装備品が転がっていることに。

 兵士たちが冒険者の装備などを拾得物として許可していた理由が、漸くわかった。そしてたとえ落ちている装備品に手が届いたとしても、持ち帰らせる気などないということも。同時に理解してしまった。


「う、うわああああッ!!」

「クソッ! 金払ってまでこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ!」

「テメェ、どういうつもりだよ! 扉を開けやがれ!」

「冗談じゃねえ! 何なんだよあの女!!」


 仲間の死を目の当たりにして狂乱に陥る者、武器を構えて斬りかかる者、逃げだそうとして扉が開かず、兵士に詰め寄る者などが現れて混沌とする中、一人立ち尽くしていたアフティが呟く。


「あれは……っ」


 彼の視線の先、山と積まれた装備品や私物の中、場違いな酒瓶が転がっているのに気付いた。


「まさか、そんな……」

「おい、しっかりしろ!」

「だって……!」


 愕然としてふらついたアフティの肩を、ヴァンが掴んで叫ぶ。

 振り仰いだ彼の顔は、憐れなほど悲愴に歪んでいた。これほど人が集められていたなら、他にも酒を持ち込む冒険者がいてもおかしくないだろうに。彼の表情は、最悪の事実を確信している。


「うぐっ!? ひ、姫様……何故……ッ!?」


 不意に、冒険者に詰め寄られていた兵士の一人が低い呻き声を上げ、王女の元へと引きずられていった。彼の末路は他の冒険者たち同様。命を吸い取られて投げ捨てられ、足下に積み上げられたガラクタの一部と化した。


「そんな……我々は狙われないはずでは……?」


 いままで他人事だった兵士たちが、僅かに動揺を見せる。それを見逃さなかった冒険者の一人が真っ直ぐ詰め寄り、兵士の一人を地面に引き倒して胸を踏みつけ、武器を突きつけた。と同時に、他の冒険者たちも荊を切り捨てながらも残った兵士を威嚇し、睨み付ける。


「どういう意味だ、テメェ! 何故俺たちを此処へ呼んだ!?」

「もう無関係じゃなくなったんだ、黙ってりゃ死ぬだけだぜ!」


 脅されている兵士は暫く押し黙っていたが、顔の傍に荊が掠めたのを見、観念して話し始めた。


 黒荊の女性は間違いなくローベリア王女であり、此度の騒動の元凶である。

 数ヶ月前、騎士団長率いるローベリア騎士団が魔獣討伐に出かけた。だが、その際運悪く魔骸と遭遇してしまう。団長は一般兵士を逃がすため最後尾につき、魔骸の攻撃を体に受けてしまった。その傷は深く、彼の体をひどく蝕み、見るも無惨に破壊していった。

 当然ながら、外部に騎士団長が魔骸に侵されたなどと知られるわけにはいかない。対外的には、任務中に負傷して療養中ということにされた上で塔に幽閉されていたが、王女は隠れて彼に会いにいった。そして、見てしまう。強く気高く美しかった騎士団長が、見る影もなく荒れ果て、化物と見紛う有様となっている姿を。

 王女は狂気に陥り、彼を救う術を探し始めた。そうして、災厄の魔石に行き着いてしまう。仇も同然の力だが、だからこそ彼女は求めたのだ。


「王女様は……誰よりも錬金術の才能がおありでした……それが……こんな……」


 まさか王女の才能が徒となるなど、誰も予想していなかった。彼女は災厄の魔石をも使いこなすつもりでいたようだが、魔石戦争の原因となった終焉の魔石は、たとえ欠片でも強力だった。逆に王女の魂を取り込み、操り、願いを引き出して深いところまで蝕んでいった。

 ローベリアは王女を地下深くに閉じ込めたが、王女の願いはじわじわと城下町を侵蝕し、王城を取り込み、あらゆる命を養分とした。街に人影がなかったのは、閉じこもっているからではなく、文字通り消えていたためだったのだ。

 冒険者たちに振る舞われた料理などは参加金を元手に近隣の街から物資を仕入れて作っており、最初の冒険者には城のものを売って作った金で賄ったのだという。そうまでして人を集めたのには理由があった。


「団長さえ戻れば、王女様も正気に戻ってくださると……だから、素材になり得る強いヒュメンの男を集めて、王女様に……」


 いずれ国を再建するための金と、騎士団長を蘇らせるための素材。両方を効率良く集めるには、高額な参加金の設定が最も有効だったのだ。


「ッ……テメェ……!!」


 それを聞いた冒険者の一人が、激昂して兵士を王女のほうへ蹴り飛ばした。


「何処までも腐り果てたクソ共が! そんなに王女が大事なら、一緒にくたばりやがれ!!」

「ぎゃああああっ!!」


 荊に捕らわれた兵士が悲鳴を上げ、甲冑の中で瞬く間に枯れ果てていく。放り捨てられた防具が支えとなる体を失って、ガラガラと騒々しい音を立てて散らばった。枯れ枝のような残骸が辺りに砕け散るのを、兵士たちが戦きながら見つめる。

 最早自分たちに安全はないのだと、理解してしまった。寧ろ、これまで無事だったのは、生贄が豊富に存在したがゆえでしかなかった。

 なにより、強いヒュメンの男が必要だというなら、彼女が求めている騎士団長と共に戦ってきた兵士じぶんたちこそが相応しい素材だということに、今更に思い至ったのだ。


【████――――!!】


 不意に、金属音にも似た耳障りで甲高い悲鳴が、冒険者たちの鼓膜を引っ掻いた。

 直後に突風が吹き抜け、ミアのフードとマントを巻き上げた。


「きゃ……!」


 頭上の花冠と花翼の一部が、チラリと覗く。

 一瞬驚いて目を瞑るもすぐに立ち直り、ミアは嘆き狂う王女を真っ直ぐに見つめた。


「大切な人だったのね……何物にも代えられないくらいに……」


 嘆きの声は風を呼び、荊を張り巡らせ、命を蝕んでいく。

 しかしどれほど喰らっても、彼女の渇きは永遠に癒されない。失われたものを求めて叫んでも、ただ虚しく響くだけ。喪失により乾ききった彼女の心を癒やせるものは、ただ一つ。


《Sess mia yoa feylia musa aida infelia asferria》


 ミアの稚い歌声が、暴風の中にやわらかく響いた。

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