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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
伍幕◆亡き忠臣のための即興劇

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祖霊の民と炎獄の獣

 時が、止まった。

 兵士も冒険者も、暴れ狂っていた荊でさえも、ミアの歌声に動きを止めたのだ。しかし、それも一瞬のこと。王女が身を震わせて甲高い悲鳴を上げると、荊は再び嵐のように暴れ始めた。


「来るぞ!」


 ヴァンが叫び、クィンがミアの前に立って構える。更にミアの隣にアフティが立ち、分厚い本を開いて王女を見据えた。


「ぼ、僕も、皆さんのお手伝いをします……!」


 声は微かに震えていたが、表情は意外としっかりとしている。

 アフティは左手に本を持ち、右手を前に突き出すと小さく息を吸った。


『炎獄の祖霊よ。我、汝に希う。我が道を阻む暗澹たる刃を、祖の力で以て薙ぎ払わんことを!』


 詠唱と共に、宙を指先が踊る。描かれていくのは文字のようにも絵のようにも見える狼だった。

 最後のひと筆を描き終えるやどこからともなく炎の狼が現れ、高くひと吼えすると軽やかに宙を跳び回り、アフティの周囲に迫っていた荊を焼き尽くした。


『我等が祖霊の理よ、我が同胞に導きを与え給え』


 続けて、ヴァンとクィンの武器に揺らめく炎のような幻影が付与された。刃に宿り赤々と燃える炎は、決して武器本体も持ち主も害することなく、切り裂いた荊だけを灰燼に帰している。

 ただ切り刻むだけでは平然と再生していた荊が、焼けた切り口を晒しているのだ。


「祖霊の民……アンタ、魔術師かと思ったが、祖霊召喚師だったのか」

「す、すみません……隠していたわけではないんですけど、祖霊召喚術はいまでは稀少魔術なので誰彼構わず知られるのも怖くて……」


 迫りくる荊を切り払いながらヴァンが問えば、アフティは申し訳なさそうに縮こまって答えた。


「ま、気持ちはわからんでもねえな。見せびらかすもんでもねえし」

「恐縮です……」


 祖霊召喚。

 まだこの大地に神代種族のみが生きていた、神話の時代に存在したとされる獣の霊を召喚する、高度な魔術だ。現代に生きる種族――それもヒュメンが祖霊の民と契約することは容易ではなく、代償がとても重いことでも知られている。

 アフティが契約しているのは、炎獄の獣、エインセルだ。


『我が祖霊の焔、防ぐこと能わず!』


 詠唱と同時にアフティから巨大な狼の形をした炎が湧き起こり、しなる荊を焼き焦がした。荊を炎が伝い、王女のドレスをも焼いていく。王女の顔に恐怖が張り付く。その表情は、正気であった頃の彼女を思わせるもので、兵士が俄に動揺した。

 舞うような炎にまかれたドレスを荊が引き千切ると、王女は金切り声を上げてアフティとミアに荊を突き出した。


「させるかよ!」


 ヴァンとクィンが、ミアに迫る荊を切り落とす。

 炎獄の獣(エインセル)が、業炎で以てアフティの身を守る。

 大地を踏みしめるが如くに立ちはだかる獣を、美しい花の少女を守る二人の騎士を、荊の王女が憎々しげに睨み付ける。

 在りし日は、彼女もそうして守られていたのに。いま彼女の周りにあるのは物言わぬ亡骸だけ。彼女を慕い、守っていたはずの、命だったものたちだけ。或いはなにも知らされず、餌になるためだけに呼び寄せられた憐れなものたちだけ。


 ――――どうして? どうしてわたしはこんなにも寂しいのに、あなたは大切な人に囲まれて、大切に護られているの?


 永劫の孤独が自らの行いによるものだと自覚出来ない王女は、また一つ、嘆きを叫んだ。


【████――――!!】


 怨嗟の声が響き、荊がうねりながら命を貪っていく。

 冒険者たちも応戦するが、魔骸の再生力には追いつけていない。しかも此方は殆どがヒュメンの男たち。魔法生物と違い、大気中の魔素を糧とすることは出来ない。徐々に体力が奪われ、集中が切れたものから捕らわれていく。命が吸い取られる際の悍ましい悲鳴が、冒険者たちの心を砕いていく。次は自分だと否応なく自覚させられる。


「クソッ……こんな、こんなところで……ッ、うわあああ!?」

「畜生ッ!! 魔骸がいるなんて聞いてねえよ……!」


 一人、また一人と、歪んだ荊に捕らわれては残骸と化して捨てられる。

 歴戦の冒険者であっても、魔骸と戦って生還出来たものは少ない。それを知っているからこそ、彼らの刃に焦りが滲む。動揺を抑えきれない。鈍った刃で戦えるほど、魔骸は甘くない。

 赤黒く染まった王女の瞳から、涙が止めどなく溢れて落ち、胸に抱いている卵を濡らした。高く響く声は、ひたすらに王女の悲嘆を訴え続ける。

 最早なにを哀しんでいたのかも、彼女は覚えていない。ただただ哀しい、寂しいと泣き叫んでは幼子のように暴れている。


 この場にいる全ての者たちにも、終わりなき嘆きと絶望を。

 そう叫ぶ王女の声をやわらかく包む、もう一つの声があった。


《Sess mia endie Sphilitie liviratytya》


 ミアの詩が、甘い風をはらむ。

 狂気と悲嘆に暮れる荊を、あらゆるものを吹き飛ばさんとする黒い暴風を、甘やかな花が包む。妙なる調べは花弁となり、花園を幻視するほどの濃密な香りを纏って咲き誇る。

 腕に覚えのある屈強な冒険者たちも、奸計に囚われていた兵士たちも、揃って天上の歌声に耳を傾ける。数多の命を啜った荊は最早憐れなほどにその勢いを失い、影絵の如く地に伏していた。


「詩が、押し始めた……」

「いけるか……?」


 冒険者の誰かが、消えそうな期待を込めて、掠れた声で呟いた。

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