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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
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旅の轍のその先に

 嘗て女神像があった位置にぽつりと落ちている災厄の魔石を、クィンが拾い上げる。魔石は黒い霧となってクィンの手の中に吸い込まれていき、跡形もなく消えた。


「……終わったな」

「うん。ねえ、腕は大丈夫なの?」


 武器を降ろしたヴァンの元へ、シエルが駆け寄る。左腕にあったはずの傷だが、いまは痕跡すら見当たらない。浸食していた魔骸の毒も消えており、問題なく動かすことが出来る。


「何ともなさそうだ」

「ミアの詩は毒も浄化してくれるみたいだね。またルゥに頼むことにならなくて良かった」

「ルゥに?」


 きょとりと目を瞬かせるミアを見て、シエルはそう言えばと当時を思い出した。


「ミアがいなかったときだっけ」

「だな。つーか攫われたときだ。あの荊の傷」


 ヴァンの言葉でミアも思い出したらしく、ヴァンの腹部をじっと見つめている。其処には、傷があったと言われても信じられないほど綺麗な肌がある。そっと手を伸ばして指先で触れてみても、見事に鍛えられた腹筋の凹凸があるばかり。


「ちょ、嬢ちゃん、くすぐってえんだが……」

「あ、ご、ごめんなさい」


 慌てて手を引っ込めて顔を見上げると、ヴァンは耳まで赤くなりながら余所を向いていた。肩が僅かに震えていることから、どうも触れているあいだずっと笑うのを堪えていたようだ。


「お腹に穴が空いて、其処にわんこくんが手を突っ込んで直接魔骸の毒を引きずり出したんだよ」

「えっ」


 ミアが驚きルゥを見れば、当のルゥは何の話かわかっておらず、不思議そうな顔で毛繕いをしていた。


「ルゥは魔骸の毒が効かないらしいって話だよ」

「うん。なんか、へいきになった」

「そうなの……? そういえばルゥは、武器を使わないで戦っていたような……」


 魔骸との戦闘中、ミアは詩魔法に集中しているため周囲を気にすることが出来ない。全くなにも見えていないわけでもないとはいえ、細かく誰が何処でなにをしているかの把握が不可能なのだ。けれど普段の戦闘の様子と、武器を持ち込んでいない事実を思えばわかりそうなもので。

 今度はルゥの元へ駆けていき、半獣姿特有の肉球がついたもちもちふわふわの手に触れた。


「すごいわ……傷一つないわね」

「ん、さっき治った」

「獣人族は軽い傷なら舐めれば治るよ」

「そう。これくらい、すぐ治る。へいき。ちょっと頭痛いけど……すぐ治る」

「良かったわ。このあとはゆっくり休みましょうね」


 ルゥも何ともないとわかると、ミアは最後にクィンの元へと駆け寄った。

 クィンは女神像があった台座に手を置いており、ただでさえ白い顔色が紙のようになっている。


「クィン。もう終わったわ」

「ええ……お疲れ様です、ミア様」


 クィンは冴えない顔色で微笑を浮かべるが、表情が全く繕い切れていない。体を支えている手も微かに震えており、いまにも倒れそうだ。


「それはあなたに言うべき言葉だわ。ねえヴァン。クィンを運んでくれるかしら」

「お、おう。執事さん、死にそうな顔色してるけど大丈夫かよ?」


 ミアに頼まれたヴァンが、慌ててクィンの肩を支える。

 傍に来てわかったことだが呼吸も浅く、意識を保つのでやっとといった様子だ。

 支えつつ歩いて行くより担いだほうが早そうだと判断し、ヴァンはクィンを背に担いだ。普段であれば遠慮する彼だが、いまはその気力もないようで、大人しく背負われている。


「街は大変そうだし、馬車に運ぶか。シエル、街外れ辺りで頼んだ」

「任されたよ」


 シエルが竪琴を一つかき鳴らすと景色が一変、見慣れた草原となり、馬車が目の前に現れた。


「ただいま。いい子にしていたみたいだね」


 シエルが魔獣を撫でると、魔獣はばふっと鳴き声とも呼吸音とも知れない音を漏らして白く細い手にすり寄った。ルゥも一緒になって魔獣を撫で、再会を喜ぶ。

 ヴァンはミアと共に馬車の後ろに回り、ミアが開けた扉からクィンを押し込んで長椅子型の後部座席に寝かせた。


「執事くん大丈夫? いままではこんなことなかったよね」


 魔獣を労い終えたシエルが、馬車のほうへと寄ってきて覗き込む。

 常に折り目正しくミアの傍にじっと控えていたクィンが見せる初めての姿に、ヴァンもシエルも少なからず動揺していた。


「……レオフォロッサまで飛ばそう。いまなら出来る気がする」

「転移魔法ってことか? 馬車ごとなんてとんでもねえだろ」

「でも、執事くんに馬車旅をさせるわけにはいかないよ。大丈夫。向こうに着いたら僕も休ませてもらうから」

「わかったわ。お願い、シエル」


 シエルが竪琴に指をかける。その瞬間、草原に風が沸き起こり、草が波打ち始めた。波は草原の果ての果てまで広がり、さわさわと囁くような音を奏でる。竪琴が奏でるメロディは、これまでにないほど複雑で、何処か賑やかな都市を思わせる軽やかな曲調だった。


「ふぅ……繋がったよ。行こう」


 表情に疲れを滲ませながらも最後の一音を奏でると、草原は幻のように消えた。そして一行は、気付けば旅人で賑わう交易都市前にいた。

 すぐにラトレイアへ旅立つ前にも世話になった宿を取り、馬車を預け、クィンを寝かせる。その隣ではシエルも力ない声で「僕も休むよ」と言うや否や横になっていた。

 寝息を立てる二人を見て、ミアとヴァンとルゥがそれぞれ肩の力を抜く。


「無理をさせてしまったわね」

「でも、助かったな。ラトレイアから一番近い集落はよりによって狩猟民族の村ヴァスティタだ。あそこは男子禁制の女だけの集落だからな、休ませてもらうってわけにはいかねえ」

「そんな集落もあるのね」


 ミアはテーブルセットの椅子に座り、ヴァンはソファに寝転がり、ルゥは狼の姿でカーペットに伏せの姿勢で横になった。


「ところで嬢ちゃん」


 仰向けに寝そべったまま、ヴァンが静かにミアを呼ぶ。

 その声は何処か真剣味を帯びており、ミアは思わず背筋を伸ばした。


「執事さんがああなった原因、嬢ちゃんは思い当たってんのか?」


 ミアは、小さく息を飲み、それから「ええ」と頷いた。


「終焉の魔石が、完成しつつあるの」


 魔石の完成は、旅の目的の第一歩。

 必ず成されなければならないこと。

 それを語るミアの声音は、痛みを耐えるかのように震えていた。

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