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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
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幸福な街の作り方

 当初の予定通り、一行は二手に別れてそれぞれ教会を確かめに行った。道中の住民たちも、街の入口付近にいた人たち同様、しあわせそうな笑みを浮かべて日常を過ごしている。

 誰も彼もが「女神様のお陰」と口々に女神を讃えているが、いくら女神信仰の都市といえどその様子は尋常ではない。元の信仰は日常に溶け込んでいるものだったはずなのに、いまの女神信仰は行きすぎた崇拝、陶酔に近いものを感じる。


「礼拝をしているわ……」

「シスター、頭に手、乗せてる?」

「魔石の気配は彼女から感じるわ。でも……違う気がするの」

「おれも、そう思う。たぶん真ん中にある」


 頷き合い、教会を離れようとしたときだった。

 身廊に座っていたたくさんの住民が、一斉に振り向いた。


「っ!」


 咄嗟にルゥがミアを抱えて飛び退くと、先ほどまで二人がいた場所から黒い荊が突き出ていた。


「新しい信徒の方がいらっしゃいました。皆様、歓迎して差し上げましょう」

「はい、女神様の仰せのままに」

「旅の方、この幸福な街で共に暮らしましょう」

「苦痛のない喜びの街で、女神様の元で、共に暮らしましょう」


 にこやかに語りかけてくる住民たち。

 声は穏やかで、表情は微笑のまま。だというのに、彼らから感じるのは得体の知れないものへの恐怖のみ。ルゥはミアを抱えたまま屋根の上に高く飛び上がり、遠吠えをした。

 中央教会を目指して駆け出しながら、一瞬振り返ったルゥの目に映ったのは、一様に貼り付けた微笑を向ける住民の群れだった。


「此処の教会も人が多いね」


 一方シエルたちは、シエルの攪乱魔法で姿を消して、離れた位置で教会の様子を見ていた。

 此方もルゥたちが見たのと同様に、住民を相手にシスターが教義を語っている。そして最後に、一人一人女神像の前に跪いては、シスターが手のひらを頭上にかざす。


「あれ……? ラトレイアにあんな儀式はなかったはずだけど……」

「そうなのか?」

「うん。シスターが信者の話を聞くことはあったけど、ああいうのは見たことがないよ」

「ふぅん……?」


 異変が起きても変わらず女神を信仰しているのかと思いきや、教会での行動が変わっている。

 宗教儀式は余程のことがない限り変化がないものだ。ラトレイアの女神信仰も、歴史自体は浅く伝統儀式と言っても精々が百年程度である。けれど、たった百年でも慣習は慣習。信仰対象自体が変わったならまだしも、女神信仰を謳っているなら宗教儀式の大きな変化はあり得ない。

 其処まで考えて、三人は一つ思い至ることがあった。


「信仰対象が……」

「……! わんこくんの遠吠えだ。行こう」

「おう」


 遠吠えに反応した住民が、一斉に振り向いた。

 ルゥたちが見たものと同じように、微笑をその顔に貼り付けて。

 けれど此方は攪乱魔法で住民の目から姿を消していたため、勧誘台詞は出てこなかった。

 その代わりに、向こうと違う台詞が一つ。


「憐れな方……悲しみからわたくしが救って差し上げましょう」


 立ち去る三人の背に向けて放たれた、シスターの言葉。

 それに呼応して、住民たちが「ああ、なんてお優しい」と祈るポーズを取る。


「さすがは女神様。全ての民を幸福にしてくださる」

「全ての民を幸福に」

「全ての民を幸福に」


 同じ台詞が違う声音で、同じテンポで、三人に投げかけられる。

 老若男女全ての住民が同じ言葉を同じ抑揚で唱え、幸福に染まった微笑を浮かべている。彼らの中には、知らずに街を訪れてしまった元冒険者もいるのだろう。酒場で見た手紙の主のように。


 やがて一行は、予定通り中央教会で合流した。

 住民たちは追ってきていないが、此処に人がいない保証はない。

 荊の攻撃が飛んでくる可能性を考えて、毒が効かないルゥが慎重に両開きの扉を開けると、高い天井と広々とした身廊が視界を埋め尽くした。

 そして――――身廊の最奥、他の教会では女神像があった場所に、ソレはいた。


「これは……過去最高にやりづれえな」

「余所の宗教シンボルだものねえ」


 上半身は、シスターの格好をした女性。目を閉じて軽く俯き、祈りのポーズを取っている。

 其処までは元からある女神像となにも変わらないのだが。一目でわかる異常がいくつもあった。

 長い睫毛が伏せられた双眸からは黒い涙が止めどなく流れ続けており、白い衣装を黒く濡らしている。更に幾重にも重なった花弁を纏ったような形のスカートから無数の触手が伸びてはうねり、身廊や壁に張り付いている。触手には棘が見えることから、ローベリアの王女が纏っていたものと同じ魔骸が生み出す荊だろう。

 荊は住民たちを身廊に張り付けており、住民は皆一様にシスターを見上げては涙を流している。なにより此処にいる者はこれまで見てきた住民たちと違い、苦悶の表情を浮かべているのだ。声も明らかに苦痛に喘いでいて、頭を抱えたり喉をかきむしったりしている者までいる始末。

 どういうことかと思っていると、魔骸と化したシスターらしき女性が口を開いた。


【皆様……どうか幸福に……全ての苦痛を洗い流し、苦痛無き世で共に暮らしましょう】


 石膏像の如き白い顔が、哀しげに歪む。

 その顔は心底から民を憐れみ、愛おしみ、幸福に導かんとしているかのようだった。

 のっぺりとした無機質な白面が生々しく動き、人のように振る舞う。造形としては美しいことが余計に根源的な恐怖を湧かせ、否応なく『あれは忌むべきものだ』と思わせる。


【民の苦痛はわたくしの苦痛……全て、全て、わたくしに預けてください……】


 心音のような低い音が、教会内に響く。

 室内中に張り巡らされた荊が、身廊に縛り付けられた住民たちからなにかを吸い取り始めた。


「あ、あ、アァアアアアァァア!!」

「嫌だ……嫌、アァ!」

「わ、私、ヲ、消さな……イで……」


 住民たちのあげる悲鳴で、ミアたちは漸く理解した。

 あの魔骸は住民から自我を奪い、偽りの幸福に漬け込んで『信仰都市ラトレイアの幸福な民』に作り替えていたのだ。


「ミア様」

「え、ええ……」


 四人はミアを守るように立ちながら、それぞれ武器を構えた。


【――――――――――――!!!!!!】


 途端、シスターは金切り声のような、甲高い金属音にも似た悲鳴をあげた。悲鳴に呼応して荊がうねりながら起き上がり、鋭い先端を一行へと向ける。

 そして、身廊に囚われていた人々が頭を抱えて叫んだかと思うと、頭部が割れて中から黒い花が生えた。花は甘ったるい腐敗臭をまき散らし、花弁の隙間からボタボタと黒い粘液を零している。それはルゥがアンフィテアトラで変調を起こしたときに吐いた、あの黒い液体によく似ていた。


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