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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
115/118

ようこそラトレイアへ

 ――――実は、ラトレイアの違和感は、目眩だけではありませんでした。一瞬でしたけど、街の人たちの顔が見えたんです。それが……言葉では表しにくいんですけど……皆笑顔なのに、それが凄く怖かったんです。参考にならないかも知れませんが……――――


 立ち去り際、スーリアが勇気を出して教えてくれたこと。ラトレイアの民に抱いた妙な違和感。それが幻惑術によるものなのか、彼女が怯えるあまりに抱いた感覚なのか。馬車旅のあいだ考えていたヴァンだったが、街に着くなりそれを理解した。


「ようこそ旅のお方。此処は女神信仰の都ラトレイアです」

「まずは教会へどうぞ。女神様がお待ちです」


 ヴァンも、ミアも、クィンも、ルゥも、シエルも。皆、一様に言葉を失っていた。

 あの街はもう、壊れてしまっている。そんな言葉が、頭の中を反響していた。


 街の入口にさしかかると、シエルはまず魔獣馬車を劇場に隠した。

 これから先、誰かしらが馬車守で残る余裕がない場面が出てくるかも知れない。そうなってから慌てるのでは遅いからと、馬車旅の道中で魔獣を劇場に慣らしていたのだ。どうも魔獣はシエルの優しい風の魔素を気に入っているようで、慣らす時間が然程いらなかったのは幸いであった。

 街の人々は、確かに一見すると普通に見える。だが、違和感はすぐに見つかった。


「……宿は何処だ?」

「ようこそ旅のお方。此処は女神信仰の都ラトレイアです」

「まずは教会へどうぞ。女神様がお待ちです」


 話しかける文言を変えても、街の入口にいた男の台詞は変わらなかった。にこにこと人好きする笑顔を貼り付けて、一言一句先ほどと全く同じ台詞を、同じ抑揚で話す。まるで此方の言葉を認識していないかのように。

 そしてそれは、街の中に入っても同じだった。


「旅の方ね。ラトレイアっていいところでしょう?」


 通りがかりに、花売りの若い女性が微笑みかける。


「女神様が今日も見守ってくれてるんだよね?」

「ええ、そうよ。いい子にしていたら、きっといいことがあるわ」


 買い物をしている母子が、他愛ない会話をしている。


「街の北には大きな教会があるんだ。女神像が綺麗だから、旅の人も見に行くといい」


 商店前で行き会った若い男性が、荷下ろしをしながら話しかけてくる。

 それだけなら何てことのない街の風景なのだが。


「旅の方ね。ラトレイアっていいところでしょう?」


 既に一行が通り過ぎていてもなお、花売りの若い女性が虚空へ向かって微笑みかける。


「女神様が今日も見守ってくれてるんだよね?」

「ええ、そうよ。いい子にしていたら、きっといいことがあるわ」


 買い物をしている母子が、歩きながら先ほどと全く同じ会話をしている。


「街の北には大きな教会があるんだ。女神像が綺麗だから、旅の人も見に行くといい」


 荷下ろしを終えた男性が、誰もいない空間に向かって話しかけている。

 誰も彼も、設定された台詞だけを喋る装置と化してしまったかのようだった。同じ場所でじっとしているわけではなく、行動は恐らく普段と変わりないだろうことが、余計に違和感を抱かせる。なにより住民は皆一様に、表情が笑顔で固定されていた。


「なんだこれ……」


 一行は表情を強ばらせながらも街を抜け、人気のない街外れまで来ると物置のような建物に身を隠した。少々埃っぽいが、宿も同じ状態だろうことを考えるとこうするしかない。


「想像以上にやべえことになってんな」

「本当だよ。幻惑術を防ぐ手段がなかったら、僕たちもどうなっていたか……」

「街の人たちは、教会と女神様の話しかしていなかったわね。魔石の気配が濃いのも、中央にある一番大きな教会だったわ。でも……」

「ええ。他の教会にも近しい気配がありました」


 街の人たちの状態は、ローベリアの城で見たヒュメンの冒険者が近い。既に、魔骸の毒に魂まで侵蝕されており、彼らの自我は最早其処にはない。民の形をした抜け殻があるだけだ。


「教会へ……行くしかないかな」

「元凶は中央でいいのかしら……? 他の教会の気配も気になるのよね」

「そうだね。手分けして二つの教会を見てから中央を目指す?」

「それなら分け方も考えねえとだな」


 詩魔法が使えるミアと、魔石の気配を終えるクィン、音で攪乱出来るシエルと、魔骸の毒に強い耐性を持つルゥ。そして、誰よりも冒険者としての基礎スキルが高いヴァン。

 考えた結果、ミアとルゥ、クィンとシエルのペアを作り、ヴァンはクィンとシエルのほうにつくこととなった。ミアとルゥのペアは身軽さ重視で、いざというときにはルゥがミアを抱えて逃げる算段となっている。最終的に集まるのは中央教会だが、もし異変が起きたらシエルは鳥で、ルゥは遠吠えで伝えることにした。


「じゃあ……」


 いざ向かおうかとなったときだった。

 物置の扉が叩かれ、外から声がかかった。


「ようこそ旅のお方。此処は女神信仰の都ラトレイアです」

「まずは教会へどうぞ。女神様がお待ちです」


 街の入口にいた男だ。

 最初に聞いた言葉と全く同じものを、同じように、扉の向こうで唱えている。


「ようこそ旅のお方。此処は女神信仰の都ラトレイアです」

「まずは教会へどうぞ。女神様がお待ちです」


「ようこそ旅のお方。此処は女神信仰の都ラトレイアです」

「まずは教会へどうぞ。女神様がお待ちです」


 繰り返し繰り返し、同じ言葉が再生される。

 ふと、ルゥが扉の下を見て表情を強ばらせた。


「離れろ!」


 四人を下がらせるのと同時に、ルゥが扉を思い切り蹴り飛ばした。

 激しい破壊音と共に扉は向こう側へと吹き飛び、何度も繰り返されていた台詞が途切れた。


「なっ……なんだってんだ!?」

「ルゥ、どうしたの?」


 ルゥは黙って前方を指さし、地面に転がっているモノを睨んでいる。

 四人が物置から出て“ソレ”を見る。


「っ……! あれは……」

「アイツ、さっきの男だよな……?」


 信じられないといった様子で、ヴァンが誰にということもなく問う。

 ルゥが吹き飛ばした扉の傍ら。仰向けに倒れた男は、陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと激しくのたうちながら、急速に変異していた。服の下でなにかが暴れているように全身がぼこりと盛り上がり、跳ね回る度に体が歪に折れ曲がっていく。

 やがて男はブリッジのような姿勢で変異を止めると、ホースのように伸びた頸椎をうねらせて、一行に黒く爛れた顔を向けた。その顔は、やはり満面の笑みであった。


「ようコそ旅ノお方。此処ハ女神信仰の都ラトレイアでス」

「まズは教会ヘどウゾ。女神様がオ待ちデす」


 所々上擦った、引き攣れた声で、男だったものが言う。

 歪なソレから目を離さないように道を抜けても、一行が随分と離れてからも、男は変わらず同じ台詞をいつまでも繰り返していた。

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