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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
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剥がれ堕ちた殻

「……なるほどな」


 ディアンたちの話を聞いて、ソムニアで言われたことの解像度が上がった。

 幻惑の危険性がある。特別な防護布を用いなければならないほど、強い力が。スーリアがすぐに戻ったのは正解だった。下手に色気を出して調査をしていたらどうなっていたか。


「スーリアとか言ったか」

「っ、は……はい……」


 涙でぼろぼろの顔を上げて、スーリアがヴァンを見る。その細い肩を抱き寄せながらネヴァンもじっとヴァンの言葉を待っている。


「アンタ、ネヴァンの言う通り勘がいい。自分の勘をもっと信じてやんな。性格を変えろとまでは言わねえけど、少なくとも直感で得た情報を大事な奴らに伝える程度の自信は持ったほうがいい。見たとこ、アンタの言葉を突っ返すような二人じゃなさそうだしな」


 ヴァンがそう言うと、スーリアは呆けた顔をしてからまたくしゃりと表情を歪めて泣き出した。だがそれは傷ついた涙ではなかったようで、ごく小さな声で「ありがとう……ございます……」と漏れ聞こえてくる。


「そうよ、スー。あたしたち何度もあなたの虫の知らせに助けられて来たんだから。今回だって、スーが帰るのを遅らせようって言ったお陰で彼にも会えたんだし」


 ネヴァンはスーリアを宥めながら、改めてヴァンのほうへ向き直った。


「お願い。あたしたちの故郷を魔石から開放して頂戴」

「言われるまでもねえな。それは俺たちの目的でもあるし。だがまあ、さっきの酒代はありがたく受け取って置くぜ」


 そう言って立ち上がると、ヴァンは「また、何処かで」と残して酒場をあとにした。


「戻ったぞー」

「お帰り。早かったねえ」


 宿に戻ると、シエルがルゥとお茶を飲んでいるところだった。

 ミアは既に眠っているようで、いつも通り傍でクィンが見守っている。


「なにか情報は得られた?」

「おう。ソムニアで聞いた話の裏が取れた。ラトレイアに飛んで突っ返して来たヤツがいたんだ」

「護符もなしに? その人良く無事だったねえ」

「転移で飛んで、即転移術で戻ったらしい。なにがきっかけで幻惑されんのかまではわからんが、少なくとも街に飛ぶだけなら何ともなさそうだな」


 なるほどねえ、とシエルはしみじみ頷いてカップを口に運ぶ。

 中身はミアが普段飲んでいるものとはまた違った種類の花茶のようだ。明るい水色の花弁の花が水面に揺れており、独特の爽やかな香りが部屋に広がっている。ルゥが飲んでいるものはミルクに花蜜を入れたものであるようで、花茶の香りに混じってとろりと甘い香りもする。


「ヴァンくんもどう?」

「折角だが、酒飲んできたばっかだから遠慮しとく。いつも見るのとは違う花だよな?」

「うん。ミアと僕は属性が違うからねえ」

「そうか。…………うん?」


 シエルの応答にそこはかとない違和感を覚え、ヴァンが首を傾げる。


「お前、一人称そんなだったか?」

「え?……あー、うん……」


 ヴァンの指摘に、一度は目を丸くして不思議そうにしていたシエルだったが、すぐ自分がなにを言ったか思いだし、気まずそうに目を逸らした。


「……あのね、笑わないで聞いてほしいんだけど……」


 シエルは俯きカップを口元に添えながら、もごもごと話す。


「余所行きだったんだ。外で話すときはちゃんとしなきゃって思って、でもずっと森から出たことなくてどうすればいいかもわからなかったからさ、一人称を人里の大人と同じにして何とか繕っていたんだよ」

「そんなことしてたのか」


 シエルは一つ頷くと背後を振り返り、クィンを見た。ミアの傍らでじっと佇む姿は、いつ見ても瀟洒で洗練されている。


「僕がどんなに背伸びしても彼には敵わなかったけどね」

「ありゃ別格だろ」


 腰に手を当て、ヴァンが肩を竦める。

 二人の話を、ルゥは夜らしく丸く広がった虹彩で見つめながら聞いている。理解出来ているかは別として。


「執事くんは僕がだいぶ若いエルフだって知ってたでしょ」


 唐突に話を振られたクィンが、視線を上げてシエルを見る。氷の瞳が和らげられ、まるで幼子を見守る眼差しになると、ゆるりと頷いた。


「ええ。最初に名乗って頂いたときに、音が三つしかありませんでしたからね」

「ほらあ。知っててああなんだから、きっと僕よりずっと年上なんだよ、彼」

「そうは言うけどよ、執事さんは俺にだってああなんだぜ」


 おそらくはルゥと大差ない最年少組のヴァンにも、世間では下に見られがちな獣人のルゥにも、クィンは態度を崩さない。言葉遣いが乱れたことすらなく、ミアを第一に動いているという一点が揺らぐことはなく、かといって他者を軽んじることもない。

 全ては、旅の目的のために。


「ふむ……何だか随分と高く評価して頂いているようで、恐縮です」

「お世辞じゃねえぞ」

「うんうん」


 幾たび目か、カップに口をつけようとしていつの間にやら中身が空になっていることに気付き、シエルはテーブルに置かれたポットを手に取った。錬金術式が組み込まれた保温ポットは、中身を入れたときの温度で保ち続ける機能がある。暫くのあいだ長話をしていたにも拘わらず、カップに注がれる花茶は白い湯気を立てており、部屋を新鮮な香りで満たした。


「もうこの際だから言っちゃうけど、家出してきたのも本当だよ。あの森は息苦しくて。停滞する風は腐っていくだけなのに。皆過去にローベリアにされたことを心の奥底で怨むばかりで、なにも変わらないんだもの」

「故郷をバッサリやられたんじゃ、怨むのは仕方ねえとは思うが……言われてみたらローベリアが憎いからどうしたいってのはエルフ側から見えてこねえな」

「それなんだよ!」


 思わず声が大きくなり、シエルは慌てて口を両手で塞いだ。

 恐る恐るミアを見るが、どうやらいまの声でも目を覚ましていないようだった。

 ホッと息を吐き、一つ深呼吸をして自分を落ち着かせてから、声を潜めつつ話を続ける。


「年寄りたちはローベリアの人間を許さないって言うばっかりで、じゃあどう許さないのってのは何にも言わないんだ。迷いの森がエルフの呪詛で出来てるのは知ってるけど、そんなの別に、森に入らなきゃ何の意味もないじゃない?」

「まあな」

「それに、いくら憎い相手でもずっと怨み続けるのは疲れるよ。……忘れたくても忘れられないんだろうけど、それにしてもさ。なにより、もうローベリアはないのに」


 深く深く溜息を吐いて、シエルは遠くを見るような目で花茶の水面を見下ろす。


「怨むべき相手が国ごと消えたいま、あのひとたちはなにを思って生きていくんだろう……」


 ネガティブな感情も、ときには生きる活力になり得る。決して良い方法とは言えないが、しかしなにもない状態よりは前進することが出来る。エルフたちはいま、百年単位で憎しみを抱いてきた相手を失った。悠久とも言える時を生きる種族が、生の指標を失ったのだ。

 シエルは嫌な考えを振り払うようにまた深く息を吐くと、カップの中身を飲み干した。


「取り敢えずいまは、ラトレイアだよね」

「そうだな。大陸を渡ったらすぐだ。また馬車旅になる。アンタも早めに休んどきな」

「うん、そうする。……色々聞いてくれてありがとね」


 力なく微笑むシエルの頭を、ヴァンが大きな手のひらでポンポンと二度撫でる。

 子供をあやすような手つきにくすぐったい気持ちになりながら、シエルは立ち上がった。


「じゃあ、僕も寝ようかな。買い出しも済んだから、明日は出発の日だし」


 ベッドに潜り込み、布団を首元まで被って目を閉じる。

 ヴァンとルゥも同様に寝転がると、クィンが部屋の灯りを消した。


「お休みなさいませ」


 クィンの静かな声を聞きながら、一行は眠りについた。

 明日からはまた馬車旅が続く。向かうは女神信仰の都、ラトレイア。


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