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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
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ヴァンとルゥのお使い

 レオフォロッサは街中にあらゆる店が点在しているが、中でも武具屋は質も量もこれまでの街と比べ物にならない。武具を売るだけでなく腕のいい鍛冶士も個人で店を構えており、冒険者相手に商売している鍛冶屋は少なくない。

 ヴァンはルゥと共に、街の東側にある武具屋を訊ねた。木製の板に剣と盾の絵が描かれた看板を扉の脇に下げた至極わかりやすい店構えで、窓からは無数の武器や防具が見える。冒険者と思しき客が品物を眺めている後ろ姿もちらほら見え、店主は冒険者に劣らぬ岩山のような筋肉を持った、大柄でひげ面の男性だ。体長からしてヒュメンだろうが、もう少し小柄だったら地底の民と見紛う風貌である。

 扉を開けると、経年劣化で音が低くなったドアベルが揺れ、ガロンと鈍く鳴った。横目で見れば銅色のベルにサビが浮いていて、店の重厚感に並ぶ存在感を放っている。


「いらっしゃい」


 店主はその一言を言うだけ言って、また黙り込んだ。ベルの音によく似た、低く嗄れた声だ。

 暗灰色の髪と同じ色の立派な眉に半ば隠れる形で光る双眸は、店内を見るともなく眺めている。

 此処には近接戦士向けの武具が並んでおり、中でも重戦士が使う大型武具が目玉のようだ。店の一角に軽戦士が使う短剣や胸当てもあるが、品揃えは然程多くない。物色している他の冒険者も、売り物に負けず劣らずの重厚な武具を身につけた大柄な戦士ばかりだ。

 だが、ヴァンは端からこの店に当たりをつけていた。

 最初から軽戦士向けに作られた小型武器は軽めのものが多い。だが重戦士がサブウェポンとして持つために作られた小型武器は、それよりも重量と厚みを増している傾向にある。案の定いま手に取ったものも、ずっしりと手に馴染む感覚がした。


「お、あったあった」

「雷石の短剣? それ、ヴァンがほしかったやつ?」

「そ。ひと月くらい前に天候が荒れたって聞いたから、あるんじゃねえかと思ってたんだ」


 ヴァンが手に取ったのは、柄と刃の付け根部分に雷の魔石がはめ込まれた短剣だった。現在装備しているものに魔石は使われておらず、純粋に力と速さで戦うものだが、此処から先は属性攻撃を使わずにはいられない。そして雷属性を持つ魔物はティンダーリア周辺にはおらず、雷術から派生する炎や熱に弱い魔物が増えてくる。

 フローラリアの隠れ里が近い関係で植物系の魔物が多い北大陸では、雷や炎の魔術が活躍すると踏んでの選択である。値札を見れば、いまの所持金で十分買える額だった。


「っし、俺はこれで……っと」


 振り向き様、背後を通り抜けようとした男性客とぶつかりそうになり、ヴァンは「悪い」と軽く頭を下げた。相手は長身のヴァンより頭一つ分ほど大きい重戦士だ。


『…………』


 小さく返した相手の声は、空洞を反響する金属音のようだった。少なくともヒュメンの言語ではなく、ルゥも不思議そうにしている。だがヴァンに小さく頭を下げて通り過ぎていったことから、ぶつかりかけたことを怒っているわけではなさそうだ。

 不思議に思いつつも一先ず会計をと、ヴァンはカウンターへ向かう。


「これ買ったら次はお前さんの爪とぎ探そうぜ。獣人族リュカント専門の店も探せばあんだろ」

「うん。闘技場から持ってきたの、ボロボロだから新しいのほしい」

「あれなァ。だいぶ使い込んだよな。ま、前衛は俺らしかいねえから仕方ねえんだけど」


 会計をしながらヴァンとルゥが駄弁っていると、店内の視線がふと一斉に向いた。客だけでなく店主まで驚いたような顔をしており、何事かとルゥが首を傾げる。


「な、なあ、アンタら。余計な世話かも知れんが、軽戦士二人が前衛って本気か?」

「んぁ? おうよ。コイツが加わるまではずっと俺だけだったから、マシにはなったんだぜ」

「いやいやいや。いくらそっちのリュカントは頑丈に出来てるからってよ、二人してほぼ防具なしじゃねーか」

「身軽なほうが動きやすいんだからしょうがねえだろ」


 横の棚を見ていた冒険者が声をかけてきて、ヴァンは親指でルゥを指しながら答える。すると、カウンター脇の棚を物色していた別の冒険者が割り込んできた。

 此処には分厚い金属鎧で身を固めた重戦士しかいない。皆が皆、せいぜい革防具しか身につけていないヴァンを、信じられないものを見る目で見ている。彼らは敵の攻撃を集めて弾く役割を担う前衛らしい前衛戦士で、まともに一撃食らったら終わりだとわかっているからこその視線である。

 それにしたって、このアウェイ極まる状況は若干居心地が悪いのだが。


「まあ、なんだ。リュカントの武具や道具なら、広場脇の専門店に行くといい。多少値は張るが、安物を買うより長持ちするし、店主がリュカントなんで商品の説得力が違うって話だ。看板の絵が炎狼に三爪だからすぐわかるはずだ」

「お、マジか。助かるぜ」

「なに、うちにも一人リュカントがいてな。そいつの行きつけなのさ。ゼロスの紹介を受けたって言えば通じると思う。そのリュカントの名だが、勝手に使って怒るヤツじゃないから気にしなくていいぞ」

「ゼロス……そいつ、闘技場、来たことある?」


 ルゥが訊ねると、重戦士の男は「ああ」と頷いた。暫く行っていないのか、だいぶ懐かしそうな声音だった。


「やっぱり。獣人なのに、ステゴロじゃない挑戦者だったから、覚えてる。ヴァンと同じ感じの、二つ武器のひとだった」

「へえ。てことは、アンタは闘技場の闘士だったのか。それがなんだって冒険者に」

「色々あった。オーナーがぶっ飛ばされたり」


 ルゥが答えた瞬間、ヴァンが傍で噎せ、重戦士の男はたまらず吹き出した。

 アンフィテアトラを利用したことがある者なら、オーナーがどういう存在かはよく知っている。その上でぶっ飛ばされたというのだから、反応しないほうが無理というもの。


「随分と大冒険をしてきたんだな。……ああ、長く引き留めて済まない。気に入る武具と出会えることを願っているよ」

「ありがと」


 ヴァンとルゥは店を出て、広場方面へと足を進めた。

 確か広場ではシエルが歌っていたはずだ。用が済んだら寄ってみるのもいいかも知れない。そう思いながらも、まずは目的の店を目指した。

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