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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
捌幕◆苦痛無き世の神聖歌
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交易都市レオフォロッサ

 夕暮れの教会、ステンドグラスの下に、一組の男女が蹲っている。教会を象徴する白い女神像が男女を慈愛に満ちた眼差しで見下ろしており、その足元に縋り付くような格好で叫んでいた。

 彼らを見下ろすのは物言わぬ女神像だけではない。教会のシスターもまた、彼らの叫びを聞いている。但し、女神像と違い、シスターは悲痛そうに顔を歪めて「あ」「う」と言葉にならない声を漏らしているのだが。

 その理由は、男女が“持ち込んだ”ものにあった。


「どうしてですか! 神は何故私たちの娘をこんな目に遭わせたんです!? これほどの仕打ちを受けなければならないような罪が、この子にあったって言うんですか!?」

「答えてください!! これがあなたの言う神の試練なんですか!!」


 シスターと男女のあいだには、ボロボロになって横たわる一人の少女があった。

 意識があるのかもわからない虚ろな表情で、両目はなにも映していないかのように光もなく宙へ投げ出されており、彼女の両親が必死に泣き叫んでいても聞こえている様子すら見られない。

 顔には無数の殴られた痕があり、元はとても美しかっただろう金の髪も散切りにされた挙げ句にナニとも知れぬべたついた汚れに塗れている。体は言うに及ばず。夫婦が着せた服の下は、言葉にするのもはばかられる有様であった。

 少女が夫婦の元に返されたとき、彼女はボロ布一枚纏っていなかった。

 使い終わった道具を捨てるかのように乱雑に投げ込まれたものを、夫婦は最初、我が子だと認識出来なかった。それほどまでに見る影もない姿に変わり果てていたのだ。


「答えて! 答えてよ!! 私たちはずっとあなたたちの教えを守ってきたのに、それなのに……娘は……っうう……うぁああああ!!」


 とうとう母親は叫ぶ言葉もなくなり、その場に泣き崩れた。死体のように横たわる娘の服を強く握りしめ、背を丸めて慟哭する母親と、震える背を撫でながら仇を見る目で女神像を睨む父親。

 直接娘を害したのは、仕入れの手伝いをしていた彼女を攫った盗賊一味であって、決して教会の人間ではない。シスターが手引きしたわけでもなければ、盗賊を招き入れた事実もない。たまたま賊の目についたのがこの娘だっただけで、率直な言い方をするならば運がなかっただけだ。夫婦もそれをわかっている。こんなのはただの八つ当たりでしかないと。泣いても喚いても、娘が本来の明るさを取り戻すことはないと、わかっている。

 ただ、あまりにも無慈悲で理不尽な娘の姿に、教会の教えを信じてこれまで慎ましく生きてきたことは無意味だったと突きつけられたようで、心が現実についてこられなくなっていた。


「女神も、あんた方も、結局は見ているだけだ……偉そうに上から試練を与えるだけ与えて、誰が傷つこうが苦しもうがお構いなしだ。信じるだけ無意味だったんだ……」


 いまの夫婦に、果たして教会で語ってきた言葉のいずれが役立つというのか。

 女神は常に民の行いを見ている? そう、見ているだけだと言われたばかりだ。

 祈りは必ず届く? 彼女が恐らく叫んだであろう「助けて」の祈りは、誰にも届かなかった。

 良き行いは良き結果を招く? 夫婦も娘も、慎ましく平穏に生活してきただけだ。それが、この凄惨な結果を招いたというのなら、ただの平穏を維持するためにはどれほどの善行を積まなければならなかったのか。

 本当に、彼らの信仰が不足していた? 日頃の行いの結果? そう教えてきたのに、シスターもそう信じてきたのに、近所でも評判の良かった一家に降りかかったこの災いは何?

 乗り越えられない試練はない。きっと娘もいつかは良くなる。そんな言葉が、一体彼らのなにを慰めるというのか。いつかではなく、こんな目に遭うこと自体があってはならないのに。


 年若いシスターは最後まで、悲嘆に暮れる夫婦にかける言葉を見つけることが出来なかった。


 * * *


 数日間の馬車旅を経て、一行は交易都市レオフォロッサに来た。

 此処は北の大陸フィデスガルドと現在いる大陸カリスガルドを繋ぐ中継地であるため、最も情報収集に向いている場所である。

 此処から北東方面に進めば女神信仰の街があり、その先に全ての元凶となった魔石封印の王国、ティンダーリアがある。中心地が近付きつつあるわりには、交易都市は商人や冒険者等で賑わっており、一見すると魔骸の被害があるようには見えない。

 しかし、軽く辺りを見回しただけでも、比較的平和だった出発地点の大陸ウィルガルドに比べて冒険者の質が高いことが伺え、店頭にはこれまでにない上質な武具がいくつも並んでいる。それは此処から先に出没する魔物や魔獣が、いままで出会ってきたものと比べものにならない強さであることを示していた。

 事実、一行も道中に何度か魔物の群れに遭遇し、撃退してきた。

 ミアとシエルは馬車の長椅子で眠り、クィンとヴァンは交代で火の番を。ルゥは魔獣に寄り添う形で眠り、有事の際にはヴァンと共に真っ先に特攻した。数日おきにシエルの劇場に匿ってもらうことで、夜間気を張っていた前衛組も安眠することが出来たのは幸いだった。そのお陰か、長旅のわりに疲労や負傷は思っていたほどにはならなかった。


「取り敢えず宿は取れたし、適当にぶらつくか」

「まだ着いたばかりだけれど、此処は見たところ目立った騒動は起きていないようだね」

「人の出入りが多い街ですから、情報は集まりやすそうですね」


 交易都市らしく大きな宿がいくつかあり、一行はそのうちの一つを選んだ。其処は冒険者向けに馬車の預かり所も併設した宿で、他にも冒険者のものと思しき魔獣馬車が預けられていた。だが、ミアたちの馬車ほど立派なものは厩舎の担当者も初めて見るようで、王族か貴族でないかを怖々と訊ねられた。そのときミアが正直に「わたしたちは違うけれど、馬車はアルマファブルの公女様にもらったものよ」と答えたために、ひどく萎縮されてしまったのだった。


「もう慣れたと思っていたけれど、大きな街は何処を見ればいいのか悩むわ」

「ふふ。ミアの視線だと特にそうかも。こうして見ると建物も人もすごく大きく見えるよ」


 ミアの肩に手を添えて屈みながら、シエルが周りを見回す。

 ヒュメンの子供ほどしかないミアの目の高さから見た街並みはとても大きく、視界に入る全てが見上げるものばかり。行き交う冒険者たちが背負っている武器が目の前をすり抜けることもあり、気をつけていないと抜いてもいない剣や背負われた鎚で怪我をしそうだ。


「お買い物はどうするの?」

「食材関係は出発前でいいとして、俺は武具屋を見に行くかな。短剣を新調しねえとヤバい」

「おれも、ヴァンといっしょ。爪とぎほしい」


 ヴァンが腰の短剣に手を添えながら言うと、ルゥも自身の手をじっと見ながら続けた。

 幾度となく最前線で戦ってきた二人は特に、武具の消耗が激しい。ルゥは素手で戦っているため爪の手入れが必要になっていた。


「ちょっと魔素なしの攻撃だと通りが悪くなってきたよね。この先は特に、魔獣の数も質もだいぶ上がっていくだろうし……それに加えてだから。私は広場で歌ってこようかな。路銀もほしいし、酒場ほどじゃないにせよ人が集まるから、なにか見つかるかも」

「それならわたしは、道具屋さんに寄ろうかしら。ハンカチを新調したいの」

「私はミア様にお供します」

「お買い物が終わったら、シエルのところへ行ってもいいかしら」

「うん、待っているよ」


 それじゃあ、と三手に別れて、それぞれが街へ散っていく。

 大路に出ると、ミアたち一行を過去に目撃したことがあるらしき素振りを見せる冒険者もいて、さすがは大陸中の物資と噂が集まり、そして拡散する街だと感心した。


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