盲いし遠見の姫
「姫様がいるってわりに、他と変わりねえんだな」
「いかにも豪華なお家にしちゃうと、此処に姫様がいますってすぐバレちゃうからね」
「他の国みたいに訓練された兵士がいっぱいいるならいいだろうけど。僕らはどうしたって大人の軍隊には勝てないもの」
なるほどな、と少年たちの言葉を聞いてヴァンは納得した。
ついでのように、少年は右手斜め奥にある少し大きな建物を指し、あっちが身代わりの家だよと教えた。先の説明を肯定するかのように、寧ろあちらが姫様の住まいに相応しい造りをしている。
「姫様、冒険者さんが来てくれたよ」
扉代わりの垂れ幕をかき分け、少年が中に声をかける。
続けてミアとクィン、ヴァンが中に入るともう一人の少年が最後に入って垂れ幕を閉じた。中は意外にも明るく、光源には錬金ランプが使われているようだった。
そして少年たちに姫様と呼ばれている少女は、部屋の奥にある長椅子に腰掛けていた。
「どうぞ、おかけください」
来客用というよりは、子供たちが普段集まって本を読んだり遊んだりするのに使っているような大きなクッションの群れを勧められ、ミアとヴァンは物珍しげにしながら腰を下ろした。想像していた以上にもっちりとした感触がして、ミアが目を丸くする。
「皆様、ようこそお越しくださいました。このような形ですのでお伺いすることが難しく、ご足労頂きましたこと、まずはお詫び申し上げます」
姫様は、長い白髪を後ろで一本の太い三つ編みにした、小柄な少女だった。衣服は街で見た他の子供たちと変わりない質素なもの着ているが、左手首には微かに音が鳴る風輝石のブレスレットを巻いている。
なにより特徴的なのは、両目を布で覆っていることだ。目を模した不思議な模様が描かれた太い布を巻き、後頭部で大きなリボン結びにしている。
「わたくしの名はモイラ。アフティカの罪により欠け身のさだめを持つ身ではございますが、この街を取り纏めております。皆様をお招きしたのはプロキオ。これはどちらともを差す名です」
「二人で一つの名前を使っているの?」
「ええ。彼らは区別をする必要がありませんので」
ミアがモイラの傍らでお座りの格好をしている二人の少年、プロキオを見れば、彼らはその名を誇っているかのようにうれしそうな笑みを浮かべていた。もしいま獣の姿をしていたなら、尻尾を元気よく振っていただろうほどに。
「街の一員になった子は皆、姫様から名前をもらうんだ。でも、親から名前をもらってて、それに思い入れがあるなら無理には変えないけどね」
「僕らの妹もそうだった。もちろん、街にいた子たちも全員そうだよ」
「素敵ね。でもそれなら、姫様のお名前はどうしているの?」
「わたくしは代々同じ名を使っております。先代以前を呼ぶときは何代目モイラとなります」
モイラの話を聞いて、何処かにそういった文化を持つ一族がいたのをヴァンは思い出していた。確か砂塵の国、ドラコニアの王族だったはずだ。ソムニアとは一見すると縁遠そうだが、意外にも果てなき砂塵の国と、花と緑の国ティンダーリアは山一つ隔てた隣同士。ティンダーリアから外れ独立した国の、更に派生して生まれたソムニアに似たような文化があるのも、然程おかしくはないことだ。
「早速ですけれど、街を代表してわたくしがお礼を申し上げます。ソムニアの愛子……わたくしのために命を落としたアーラを弔ってくださり、ありがとうございました」
モイラの謝辞に合わせて、プロキオが揃って頭を下げる。
そして傍らの箱から布束を取り出すと、ミアの前に置いた。布にはモイラの目隠しに似た紋様が刺繍されており、全部で五枚あるようだ。
「その布は、幻惑を防ぐ効果があります。皆様の道行き……この先にある街で魔骸と対峙した際、きっとお役に立つことでしょう」
「それは……プロキオが言っていた、占いで見えたことなの?」
「はい。アーラの葬儀を視た際に、皆様の先が視えました。……きっと、あの子が視せてくれたのでしょう。心優しい皆様に降りかからんとする災いを、僅かでも晴らしてほしいと」
幻惑魔法、或いは幻惑魔術。
ローベリアで遭遇した黒い荊が見せた幻の街や、港町でピエリスが歌った人心操作術の類いだ。術者よりも魔素耐性や幻惑耐性の低い相手に術をかけ、術者の望む世界を対象に見せるもの。力の弱い術者であれば人に死を実行させるほどのことは不可能だが、魔骸なら話は別だ。
命を顧みず捨て身の兵にすることも、自我を奪って餌とすることも出来てしまう。しかもそれが個人単位で済まず、ローベリアのように城下町丸ごと滅ぼすことが出来るのが魔骸の力である。
「女神レイアの都、ラトレイア……其処に、深く根付いた魔骸がいます。わたくしに視えたのは、其処に魔骸がいることと、強い幻惑の術を感じたことだけです。ですので、このようなことでしかお助けできず申し訳ありません」
「そんな、十分だわ。気をつける場所の情報と、その対策まで頂いたんだもの」
「全くだ。どれが魔骸かは、執事さんが見つけてくれるだろうよ」
「責任重大ですね」
目を伏せ淡く微笑むクィンに笑い返し、ヴァンは「頼りにしてるぜ」と言う。
ヴァンが布束を手に立ち上がると、ミアもそれに続いた。一行はこのあと、迷いの森とエルフの郷のあいだにある街道を抜けて北上し、ローベリアを越えた先を目指さなければならない。途中で何度かキャンプを挟むことを考えても、次の大きな街まで馬車で十日はかかる。
なにより此処は子供たちのための街だ。いくらモイラが求めたからといえど、いつまでも大人が居座っていたら気が休まらない子もいるだろう。
「わたしたちはそろそろ行くわ。本当に、ありがとう」
「お礼を申し上げるべきは此方のほうです。ありがとうございました。皆様の旅のご無事をお祈り申し上げております」
深く頭を下げるモイラと手を振るプロキオに見送られ、ミアたちは小さな家を出た。
外では子供たちがはしゃぐ声や、他の街の工房付近で聞こえた作業音などが聞こえてくる。街の随所で見られる錬金術が使われた道具や機材は、彼らが見様見真似で作成しているのだという。
中には廃棄物から生まれたとは思えない立派なものもあり、子供たちの自由な発想と想像以上の技術力に驚くばかりだった。
「シエルたちは退屈していないかしら」
「ルゥに魔獣が懐いてるのもあって、留守番任せてばっかりだからなァ……」
残してきた二人を案じながら馬車を止めたところまで戻ってみれば、
「あ、お花のお姫さま戻ってきた! おかえりなさい!」
「姫様のご用事は終わったの? じゃあもう行っちゃう?」
「冒険者様は大変な旅をしてるんだって言ってたろ? わがまま言うなよ」
「うー……また遊びに来てね? ぜったいだよ?」
魔獣とルゥに群がって遊ぶ子供たちの姿があった。
少し見ないあいだに随分と仲良くなったらしく、別れを察して涙目になっている子もいる。
更に、ルゥだけでなくシエルも、主に少女たちに人気があったようで、離れがたそうにしている子たちと一人一人お別れをしているところだった。
「心配いらなかったみたいね」
「ま、お邪魔でなかったならなによりだ」
馬車に乗り込み、子供たちが全員離れたのを確かめてから、ゆっくりと走り出す。懸命に小さな手を振って見送る子供たちが遠く見えなくなるまで、ミアはその姿を目に焼き付けていた。
 




