見捨てられた街
ガラクタ都市ソムニアは、ダオロス山脈北西の麓、迷いの森とのあいだにある。厳しい立地ゆえ外部からの侵入者が少なく、子供たちだけで集まって暮らすにはこの上ない場所だ。
元はローベリアが不法投棄を始めたことから出来た錬金廃棄物置き場で、其処に親に捨てられた子供や家族を亡くした子供たちが住み着くようになった。
ローベリアは捨てたものに興味を示さなかった。アフティカは自分たちも子捨てをしていたため構わなかった。エルフたちはローベリアに対して怒りを向けたものの、いくら歴史的にヒュメンに怨嗟があろうとも、行き場を亡くした子たちを標的とすることはなかった。
そうして周辺諸国から存在しないものとして扱われてきた結果、他の都市に劣らぬ規模の廃棄物都市が出来上がったのだった。
しかし年月が経つにつれ、商人や旅人、冒険者などの噂を通して街の存在が知られ始める。その結果、アフティカ以外の国や都市の人間がソムニアに子供を捨てる事態が起き始めた。
様々な人種や種族の子供が街に捨てられ、その度に子供たちは結束を強めていく。
世界が自分たちを必要としないのなら、この街を訪れたものは決して見捨てないようにしよう。廃棄物の行き場は、他に何処にもありはしないのだから、と。
その代わり、此処からなにかを奪うことも許さない。そう決めた。
ある程度育った頃合を見て我が子を取り返しに来た夫婦を追い返したことを発端に、ソムニアの子供たちは、大人の侵入を拒むようになる。
廃棄物も、住民も、今更余所に所属する気はない。
そうして今日まで、子供たちだけで生きてきた。
「――――とまあ、こういう街だからね、ある意味一番特殊な街だと思うよ。所属はアフティカになるんだろうけど、アフティカが不干渉を貫いてるから独立国家みたいなものだよね」
シエルの説明を聞いたミアは、感心の溜息を吐いた。
ほぼ大人の力を借りずに生きている子供たちがいる。その事実に。
「でも、不思議だわ。アフティカは元々ティンダーリアの血筋なのよね? そのお姫様は詩魔法の素養がないのかしら……」
「ティンダーリアの加護は、血筋と性別、それとあの国のあの場所で生まれることにも意味があるらしいから、それでじゃないかな?」
「けどよ、姫様とやらには不思議な力があるっぽいよな。詩魔法の奇跡は宿ってないみたいだが、何らかの加護は持ってるんじゃねえか?」
「言われてみればそうね。アフティカの王族がどうなのかわからないけれど……」
姫様の遠見でミアたちが此処を通ると知り、彼らはこのキャンプを訪れた。更にミアたちが村で魔骸の犠牲となった子供たちを弔ったことも見ていたという。
いったいソムニアを束ねている姫様とはどんな少女なのか。
ミアは期待と不安を胸に、窓の外を眺めた。
* * *
「ヴァン、見えてきた。もうすぐつく」
「了解。降りる準備をしとけよ」
やがて、窓からでも街が見えるようになってきた。
ソムニアは高い壁に囲まれており、壁には荊のような鉄鎖が所々に絡みついているのが見える。出入口となっている門は廃材を組んで作った鉄格子で、腕のいいシーフなら乗り越えようと思えば出来そうだが、動かすと大きな音が鳴る仕掛けが施されている。
「っし、ついたぜ」
緩やかに減速し、やがて魔獣馬車は街の外れに止まった。
廃材を積み上げて作った壁の傍に少年が二人立っており、見れば昨晩会いに来た子だった。
馬車を降りると少年の片割れが駆け寄ってきた。
「来てくれたんだ」
「ええ、約束したもの」
「ありがとう。姫様が待ってる。案内するよ」
そう言って歩き出そうとして、ふと足を止め振り向いた。少年の視線は、馬車に向いている。
「言い忘れてた。街の中に馬車を置く場所がないから、誰か残った方がいいと思う」
「なら、おれが残る」
「私も残るよ。なにかあったときに馬車を離れず連絡出来たほうがいいからね」
ローベリアと同じ別れ方だが、確かにシエルが馬車に残ったほうがいざというとき動きやすい。馬車ごと隠れられる上、そのことを伝える術も持っている。
ルゥは魔獣に一番懐かれているため、宥める必要が出たとき最も適任なのは彼だ。
「んじゃ、留守居は頼んだぜ」
「任されたよ。行ってらっしゃい」
ルゥとシエルと別れ、ミアたちは二人の少年に連れられて街に入った。
入れ違いに別の子供が門の前に出て、門番をし始めたのが視界の端に映る。
曰く「子供が捨てられたらすぐに迎えないと、野性の魔物に喰われちゃうからね」とのことで。子捨てに来る人は様々で、せめてと僅かな水や食料を置いていく人もいれば、門番の少年に泣いて頭を下げながら赤子を渡す人も、夜中にこっそりゴミのように投げ捨てていく人もいるという。
魔物に食い散らかされれば、その臭いと気配で別の魔物が呼び寄せられてしまう。ある程度なら自分たちで討伐できるものの、そうなる前に防げるなら防いだほうが良いと話す。
「建物も街灯も、全部自分たちで作ったの?」
「そうだよ。初代の先輩たちが作って、僕たちはそれを直しながら住んでる」
「道具はそれでいいとして、食いもんはどうしてんだ? 子捨てのときに置いてく分じゃ明らかに足りねえだろ」
「出来た道具を村に売りに行ったりするんだ。それで、野菜とか小麦を分けてもらったりしてる。最近物騒だから、商人の護衛なんかもやってるよ。ギルドを通さない依頼だから詐欺られることもあるけど、そういうときは依頼料の分くすねてきたりもする」
「ははっ、やられっぱなしじゃねえのはいいことだな」
ヴァンがそう言うと、少年は目を丸くして顔を見上げてきた。
「どうした?」
「ううん。盗みは悪いことだって叱らないんだと思って」
「先に欺したのは向こうだろ。ガキだと思ってナメてくるならやりかえしゃいいのさ」
「……うん」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、少年は照れくさそうに俯いた。
「にしても、案外しっかりした街なんだな」
「本当? 色んなとこ旅してる人に言われると自信がつくよ」
「悪いんだが、もっとゴミ溜めみてえなのを想定してた。とんでもねえ誤解だったな」
「ふふ。よく言われる。ゴミ捨て場のゴミガキ共って」
「ほーん。随分とまあ、お偉い人がいたもんだな」
街に並ぶ建物はどれも手作りらしさがあふれるものばかりで、中にはテントよりはマシといった風情のものもある。見た目はスラム街に近く、しかしそれにしては不衛生さがない。どうも山から流れる川が主な水源のようで、子供の手では大変だったろうに地下水をくみ上げる井戸も点在している。
道の舗装は積極的にされていないが、中心広場の周辺は石畳のように土に石を埋め込んで足場を補強したり煉瓦を組んで作った花壇などが並んでいたりと、見栄えも気にした作りになっている。
見回した限りだとヒュメンの子が多いようだが、ドラコニアやリュカントの姿も見られる。
先に戻った少年たちが周知してくれたのか、それとも姫様のお触れなのか、子供たちは余所者の大人が入ってきても敵意を向けてくることはなかった。
それどころか、先の会話のなにが琴線に触れたのか、二人の少年はヴァンに懐いたようだった。
「此処だよ」
足を止めた一行の目の前にある建物は、他の家々と変わりない質素なものだった。