宵の訪問者
マギアルタリアをあとにした一行は野営を敷いた場所で地図を広げ、次の目的地を探っていた。現在地から北上すると、子供たちだけの街、ガラクタ都市ソムニアがある。だが其処は大人を厭う捨て子だけで形成された街。仮に魔石が巣くっていたとして、簡単に入り込める場所ではない。
ソムニアの南西には城塞都市国家アフティカがあるが、そちらも余所者に対して厳しい場所だ。いずれにしても一筋縄ではいかないだろう。
それらには寄らず、エルフの森と迷いの森のあいだを北上してローベリア脇を抜け、交易の街に向かう手もある。北の大陸フィデスガルドと現在いる大陸カリスガルドを繋ぐ中継地なため、最も情報収集に向いている場所といえる。
「現在地から一番近いのは、子供たちの街なんだね。でも、子供しか入れないんじゃミアを一人で向かわせることになるし……現実的じゃないかな」
「まあ、何処へ向かうにせよ、まずはお客さんの相手をしてからだな」
ヴァンが言うと、すぐ傍の茂みがガサリと揺れた。
木陰から姿を現したのは、賊でも魔物でもなく、二人の子供だった。鏡に映したように同じ顔をした、同じ背丈の少年だ。服の袖や裾から伸びる手足は細く、足元は裸足でひどく汚れている。
「俺たちに用があんだろ。何だ」
「……えっと……その、のぞき見してごめんなさい」
「僕たち、そっちのお花の人にお願いがあってきたんだ」
お花の人、と言ったとき、少年たちの視線はミアを真っ直ぐ捕らえていた。
ミアが「わたし?」と首を傾げると少年たちは頷き、ヴァンや他の面々を警戒しながらぽつぽつ話し始める。
「僕たちはソムニアから来た。姫様の占いで、今日この街道を花馬車に乗ったフローラリアの人と冒険者の人が通るって出たから」
「姫様?」
ソムニアは孤児たちの街だと聞いていたミアが問えば、少年たちは小さく頷いて言う。
「僕たちの姫様は、大昔にアフティカが捨てた姫様の子孫なんだ。アフティカがティンダーリアを捨てた王族の国なのは知ってる……よね?」
箱入りのミアと野生育ちのルゥは不思議そうにしているが、他三人はそれぞれ頷いた。
ティンダーリアが女王制であることを疎んだ派閥が野心の強い王子を唆して出奔、カリスガルド中部に建国した、新生の王制国家だ。一説には、アフティカ王族がティンダーリア王家崩壊を願い続けた結果、終焉の魔石がその『願い』を叶えたとも言われている。
「それからずっと、アフティカは王族に女の子が生まれると、森に捨ててきた。アフティカの裏の森はエルフの郷でしょ? エルフは人間が嫌いだから、勝手に殺してくれるか放置して死なせると思ってそうしてた」
チラと少年が、気まずそうな顔でシエルを見る。
シエルは特に気にした様子もなく「彼らはそうだろうねえ」とのんびり同意した。
「えっと……だから、ソムニアの乳母当番がこっそり拾って育ててきたんだ。僕たちの街を束ねる姫様として」
「んで、そのお姫様に、なにがあったって?」
少年たちは悔しげに歯噛みしながら「攫われた」と零した。
「正確には、姫様のおとりっていうか……えっと……身代わりみたいな」
「影武者か?」
「そう、それ」
「なにかあったときのために作ってた影武者の子が攫われたんだ。突然だった。急に、足元の影に吸い込まれたみたいにしていなくなったんだ」
「それが魔骸の仕業だってわかったのは、騒ぎが落ち着いて姫様が“視”たときだった」
ミアたち一行が息を飲んだのを見、少年たちは小さく首を振って。
「もう何年も前の話だよ」
諦念を貼り付けたような微笑で、そう付け足した。
「その子は、僕たちの妹だったんだ。お役目をもらったとき、うれしそうだった。自分でも姫様の役に立てるって……だから、代わりに攫われたこと自体はきっと、悔いてないと思う」
「でも、それでも、兄弟がいなくなるのはつらくて……ずっと考えないようにしてた」
其処で顔を上げ、少年たちはミアの目を真っ直ぐに見た。
ミアの左右で色違いの丸い瞳と、少年たちの鋭い金色の瞳が、夜の下で見つめ合う。
「だけどある日の朝、姫様が言ったんだ。攫われた僕たちの妹は、環樹葬してもらったって」
「信じられなかった。魔骸に攫われたら、殺されるか食べられちゃうかすると思ってたから」
「花の翼を持つ人が攫われた子たちのために歌って、冒険者さんたちが弔ってくれたって。遠くてあんまりはっきりは視えなかったけど、優しい花の香りを感じたって」
先ほどから話を聞いていると、姫様は星見に似た能力があるようだ。
星見は星の動きや瞬きなどから様々なものの運命を読み解く術だが、姫様はいったいなにを視ているのか。それも、会えばわかるのだろうか。
確かにミアたちは、村に残さざるを得なかった子供たちも弔った。正式な葬送術師ではない上、ヒュメンのための火流葬ではなくエルフ族が行う環樹葬だったが、それでも子供たちの魔素がまたいつか世界を巡って再び命を得るように、皆で祈った。
いったいあの中の誰が彼らの妹だったのか、ミアにはわからないけれど。
そう思っていたら、服の袖をルゥが摘まむように小さく引いた。
「妹、たぶん、箱の中にいた子」
「あ……あの子がそうなのね」
言われてみれば、髪の色が二人と同じだとミアは記憶を辿って思い出した。
行李のような植物で編まれた箱の中で、身を縮めて亡くなっていた幼い少女。箱から出したとき想像以上に軽くて、持ち上げたヴァンが驚いていたのを覚えている。
「そういやあの子だけ、やたら足が細かったな。自分でも役に立てるってのは、もしかして」
「……うん。妹は生まれつき足が悪くて、ろくに歩けなかった」
「そんな子でも、僕たちの街は見捨てないで育てるんだ。特別に、大人になっても出て行かなくていい代わりに、乳母係をやったりとかの決まりはあるけど」
話に聞く以上に、ソムニアは法のようなものが出来ているようだ。
恐らくは街が出来てから幾度となく失敗を繰り返して、その度に決まりが出来たのだろう。人の国が、街が、そうであるように。彼らは彼らのために、彼らの世界を守ってきたのだ。
「それで、えっと、話がまとまらなくてごめん。人と話すの苦手で……」
「姫様の用事を伝えなきゃ。お礼がしたいから、街に寄ってほしいんだって。姫様はわけがあって街を出られないから……お礼なのに自分から行けないことを謝ってた」
彼らの言う理由そのものはわからないが、少なくとも子供たちの支えである以上、いち冒険者に会うためだけに外へ出て行くことも出来ないだろうとは想像がつく。
ヴァンが周りを見ると、クィンたちも頷いて同意を示した。
「わかった。着くのは明日の昼頃になると思うが……」
「ふたりはいまから戻るの? もう日も暮れてしまったのに……夜に動くのは危ないわ」
「心配ありがとう。でも僕たちは、夜のほうが動きやすいんだ」
「それじゃあ、待ってるね」
ミアに笑いかけると、少年二人は二頭の仔狼に姿を変え、茂みの奥へと消えていった。
「あの子たち、獣人だったのね」
「うん。ルゥと同じ、群れからはぐれたと思う。そういうの、結構多い」
家族と生きることが出来なくなった子供たちだけの街。
そんなところがあるとは知らなかったミアは、二人の少年が去って行った森の奥を、いつまでも見つめていた。