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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
漆幕◆忘れじの子守歌
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亡き故郷に捧ぐ

【██! ████――――――!!】


 怨嗟の叫びがうねりをあげて荊の渦となり、影を纏って天を衝く。

 目の覚める赤い髪が、影を纏いどろりと濡れてどす黒く染まっていく。影から噴き上がる荊が、村の残骸をなぎ倒していく。少女の怒りが、嘆きが、形となって全てを覆い尽くしていく。家族を奪い、平穏を踏み躙った盗賊に対する底なしの怨嗟が噴き上がる。

 やがて村全体が黒い霧に覆われようかというとき。崩れた建物の陰から小さな人影が現れた。


「ミア様……!」


 クィンが名を呼ぶのとほぼ同時に、村は黒い荊に覆われた。まるで卵の殻のように、ドーム状に硬く絡み合い、中にいる少女を守っている。

 ローベリアではミアの目にしか映らなかった魔骸の生み出す荊だが、いまは誰の目にも明らかに頑なな拒絶の意思として映っていた。

 取り残された四人は聳える荊のドームを見上げ、一瞬見えた花の少女を思う。


「いまのは、確かにミアだったね。でも、これは……」


 徐ろにシエルが荊に手を伸ばすが、触れる前にルゥが手首を掴んだ。ビクリと手が止まり、白い指先が萎れた花のように下を向く。


「触っちゃだめ。それで傷ついたら、また同じになる。だめ」

「ですが、ミア様が中に……!」


 クィンの表情は嘗てないほどに焦りを帯びている。

 ヴァンもシエルも、いますぐ荊の殻を破って駆けつけたい気持ちでいっぱいだった。だがルゥが試しに荊を引き千切ろうとすると、別の荊が威嚇するかのようにしなって、此方を攻撃してきた。そしてすぐに荊が伸びて僅かな隙間も埋めてしまうのだ。これでは、人が通れるだけの穴を開けることすらままならない。穴が開いたとして、僅かな傷もつけずに抜けることは不可能だろう。

 どうすることも出来ないのかと絶望感に襲われている一行の耳に、ふとやわらかな声が触れた。


「この歌声は……?」

「ミア様の声ではありませんね。まさか、先ほどの魔骸が……?」


 シエルとクィンの視線が、ヴァンに注がれる。

 ヴァンは呆けたような表情で涙を流しながら、殻の向こうにいるであろう少女を見ていた。


「……マイア…………」


 ふらついたヴァンを、ルゥが支えた。

 殻の中からは依然として、優しい歌声が聞こえてくる。

 其処へ、更に別の声が折り重なるようにして響いた。ミアの声だ。

 二人の少女の歌声はまるで何年もずっとこうして歌っていたかのように折り重なり、響き合い、一つの歌となる。


「この歌は……普段の詩魔法とは違うね」

「一部の語に地方訛りがあるようですね。もしや、この村に伝わる歌でしょうか」


 ルゥに支えられながら、ヴァンが静かに頷いた。

 痛々しい表情で、涙を乱暴に拭って、ヴァンは見えない殻の先を見据える。嘗ては存在していた故郷を見つめるように。懐かしい歌に縋るように。


「この辺りの地方に伝わる子守歌だ。村によって細かいところが違うんだが……これは、俺の村の歌だ……何度も聞いたから覚えてる。歌も、声も……全部」

「では、やはり先ほどの少女は……」


 クィンの問いに、ヴァンは項垂れるような形で頷いた。

 信じたくはなかった。この目で見るまで……否、この目で見ても尚、信じられなかった。愛した故郷が過去に失われたばかりか、いまは魔骸の巣になっているなどと。幾人もの子供をさらっては殺した、悍ましい化け物が根を下ろしているなどと。


「……ああ」


 そしてその魔骸が、よく知る人物であるなどと。

 信じたくはなかったが、認めずにもいられなかった。否定出来ようはずもない。何年経とうとも忘れるわけがないのだ。


「間違いようもねえ……間違うわけがねえんだ……」


 乾いた声が、ヴァンの喉から漏れる。郷愁と悔恨が綯い交ぜになった表情で呻く。

 赤く燃える村の光景も、誰のとも判断できないほど方々からあがっていた悲鳴も、なにもかもを昨日のことのように思い出せる。焼けて一塊になった母と弟たち。原型を失い灰と化した建物と、田畑だった土地。道ばたで打ち捨てられていた、よく知る隣人の姿も。

 それから、姿を見ぬまま失った、姉妹たちのことも。


「マイア……あの日、賊に攫われたきり行方不明だった、俺の姉だ」


 村にいた魔骸は、盗賊に対する怨み、憎しみをぶつけてきた。

 ヴァンが村に一歩足を踏み入れた瞬間に彼女が現れ、荊の殻で閉じこもったことからも、恐らくシーフが村を訪れることがトリガーだったのだろう。彼女はもう自身の兄弟すら正しく認識出来ていない。無関係の子供たちを攫ったばかりか、種族さえ違うミアのことも妹と誤認している。更に年月が経って成長したとは言え、弟のヴァンを村が滅んだ元凶だと認識した。

 攫われてから魔骸となるまでなにがあったのか、いまとなっては知ることは出来ない。それでも面倒見の良い彼女が単独で村にいること、生き別れた幼い頃と然程変わらない見た目のままであることを思えば、過酷な運命が彼女を襲っただろうことは想像に難くない。


「ヴァンくん、執事くん、見て! 荊がとけていくよ」


 シエルの声にハッとして顔を上げると、一行の目の前で固く絡み合っていた荊がほどけるようにとけて消え始めていた。その様は黒い花弁が舞い散るようでもあり、悍ましい魔骸の生み出す毒の棘であることを一時忘れさせた。


「あの魔骸は、どうやら一度もミア様を攻撃しなかったようですね」


 クィンの元にミアの危機を知らせる予感が訪れなかったことを零せば、ルゥがヴァンと荊の奥を交互に見ながらぽつりと言った。


「どんな姿になっても、兄弟のこと、攻撃出来ない。あの子、ずっと、ミアのこと守ってた」


 ルゥの言葉を受けて、クィンたちもとけてほどけた荊の奥を見る。村の中ほどで蹲りながら幼い手を絡め合い、寄り添い合って歌う二人の少女がいる。片方が片方に寄りかかるようにして、涙に濡れた声を震わせて、それでも歌を紡ぎ続けている。

 黒い荊と同じ色で塗り潰したような地面が、ひび割れて崩れて行く。隙間から花が咲き、無数の白に覆われていく。偽りの冬が明けて、あのときこの村に来なかった春がようやく訪れるのだ。

 花はやがて命の消えた村を覆い尽くし、悲嘆の少女のための葬送花となる。

 花弁が風に舞い、十年の時を経ても決して忘れられることのなかった子守歌が、空高く響く。


 二人の少女が、一人になるそのときまで。ずっと。


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