第10話 マジやばいって感じ
一週間(大嘘)
*Side Rotto
振りかざされた爪を剣で流してそのまま腕を切る。肉が厚すぎて骨まで届かなかった。返り血が顔にかかる。
「火の力は威を示す! 業火球!」
ユエの火球が狼に直撃する。が、その炎もすぐに消えてしまう。
「あの自動回復が厄介だな」
ユエの魔法だって決して悪くはない。詠唱は短いし威力もそこそこ。しかしそこそこ程度の攻撃だと瞬時に回復されてしまう。
私の剣で四肢のどこかを切断できれば少しは隙が出来るだろうが、皮と脂肪に阻まれて刃が通らない。表面を傷つけるので精一杯。その傷も結局すぐに回復されてしまうから意味が無い。
「ジリ貧ね……」
ユエの魔力も私の体力も無限じゃない。このまま長期戦になると分が悪い。
「せめてちょっとでも隙が出来れば……」
大技を使おうにも溜める時間が無い。二人だとヘイトが集まりすぎてしまう。
「隙があればいいのね?」
ユエがそう話しかけてくる。というか二人同じ位置にいたら危ないのでは。
「何か策があるのか?」
「あるよ! 一回しか使えないけど!」
前足のなぎ払いを避けてユエと左右に分かれる。幸運にもユエにダーゲットが向いた。
「一分でいい! 頼む!」
「任せて!」
剣を一度鞘に納めて魔力を刀身に集める。力を抜いて、けど集中は切らさずに。
「お願いくーちゃん!!」
彼女がそう叫んだその瞬間、何もない空中から数センチほどの女の子が現れた。
「精霊!?」
元素魔法を司る精霊族。精霊に認められるなんて魔王様ですら出来なかったんだぞ。……いや、まぁ魔王様には無理か。性格が難点すぎる。マリー様にすら出来なかったことなんだぞ。それがたかだか人間の冒険者に。
「よかった! くーちゃん来てくれた!」
「もう。この前呼び出したばっかでしょ。今日のは高く付くからね」
「ごめーん。あいつ、やっつけてくれる?」
「その魔力量じゃ足んないよ。精々怯ませるぐらい」
「それで十分!」
ちゃんと攻撃を避けつつ少し間の抜けた会話を広げるユエ。こっちも魔力は半分ぐらいは練られてきた。そのまま頼むぞ。
「「我に集うは原始の炎! 始祖之炎!!」」
魔法で造られた偽物なんかじゃない、本物の炎が狼の身体を包み込む。
消えることの無い古の炎は狼の肉体をすり減らす。焼いて、回復して。その繰り返し。
「全く。精霊酷使もやめてほしいわね」
「ごめんねくーちゃん。ありがと」
そうして精霊は宙に消えていった。
「ありがとうユエ。おかげで整った」
刀身を鞘から抜き、剣を前に構える。
憂い有りて真は無し
惑い有りて誘は無し
在るは身に心一つ
「神之理剣」
今だ尚燃え続ける狼の首筋に刃を当てる。練られた魔力が鋭さをまして肉を断つ。そのまま骨を抜けて首を一刀両断した。
狼は数歩歩いたかと思うとそのまま横に倒れた。
「ありがとう。助かったよユエ」
一人であの技を使うには隙が大きすぎる。ヘイトを取ってくれる味方がいて成立する技だ。
「ううん、こっちこそ。私じゃ倒しきれなかったから」
精霊なら倒しきれるだけの能力は持っていると思うが。まあ大方魔力が不足していたのだろう。
「先に進もう。皆と合流しないと」
「そうだね」
簡単に剣の手入れを終えると、死体の脇を抜けて通路を歩く。
「……今思うと」
「どうしたの?」
「別に剣にこだわる必要はなかったな」
今は魔王様もいないし、使い慣れない剣に執着せずさっさと魔法に切り替えていればもっと楽に倒せたんじゃないだろうか。
「え!? 剣士なのに!?」
「私は剣士じゃないよ。魔王様がロールプレイに拘るから仕方なしに使っているだけで」
もちろん最低限使えるように訓練はしていたが。でも最後に剣を握ったのがいつかは覚えていない。
「なんか貴方たちの強さって私の想像を軽く超えてくるのね……」
「流石に幹部だしな。でもユエだって悪くなかったぞ。うちの軍でも統括長…はハーヴィだから無理でも、それに近い実力はあるんじゃないか」
精霊使いなんて私達の軍にはいなかったから実際はどうなるかわからないが。
「ほんと? お世辞でも嬉しいわ」
そうして細い道をどんどん歩いて行く。
「それにしても……」
明らかに道が整備されている。広間までの道は無造作に掘ったような荒々しい感じだったのに対し、この道は綺麗に土壁が整えられている。足下も真っ平ら。小石一つすら落ちていない。
「どうしたの?」
「いや、この通路が人為的だなって話」
「そりゃそうじゃない? だって仮にもここ研究所跡だし」
まあそう言われればそうか。私が考えすぎなのか?
と、再び目の前が開ける。先ほどが広場ならここは狭場と言ったところか。
「魔王様!!」
そして底には既に魔王様とマリー様が立っていた。
「マリー様も! ご無事で!」
「ロット! ……と馬鹿その二!」
「誰が馬鹿よ!」
ぱっと見る限り目立った外傷はなさそうだ。というかこの二人なら治癒魔術で治せるか。
「とりあえずお互いに情報交換しましょうか」
マリー様の提案で互いに何が起こったのか話し合う。一応ユエが精霊使いだという情報は伏せておいた。こういう自身の生命線となる情報を知る人物は少ないに越したことはないだろう。
「まあ、明らかに試されてるよなぁ」
魔王様がそう呟いた。
「やはり魔王様もそう思いますか」
「ここまでご丁寧に用意されればな」
「この様子でいくとハーヴィ達も何かに阻まれていそうですね」
「三人が一緒だと良いけど……」
後ろを振り返れば八本の細い道。私達は左から三番目から出てきた。魔王様が出てきた道を除くとあと六本。三人バラバラに出てくる可能性だってある。
「とりあえずはしばらく待ってみるか」
「そうですね」
というわけでこの場で待機。
「そういえばこの先は……?」
目の前に道はなく、土の壁が横に伸びているだけだ。
「隠されてるけどドアがある。全員揃ったらぶち破ろう」
全然わからないけど魔王様が言うなら確かにあるんだろう。ぶち破るってところに魔王様らしさを感じる。普通に開ければ良いのに。
そうして一時間は経っただろうか。三人が一番右端の通路から出てきた。
「ま、魔王様! マリー様も!」
おい私が含まれていないぞ。
「ワルサー! マーディス!」
「おうユエ。無事だったのか」
「それはこっちのセリフよ!」
と、感動の再会もひとしきり済んだところで状況説明。ハーヴィ側の話も聞く。
敵が違うだけで場面は似たようなものだった。
「それでこの先が……」
「話を聞く限り、ボス部屋だろうな」
「そんな事は全員わかってるんだ馬鹿その一」
かっこつけたワルサーに魔王様が突っ込む。
「そんなことより我はこれを仕組んだ奴をぶっ飛ばしたい。それだけだ」
ああ。魔王様は自身で戦わない人間が嫌いですもんね。自分は安全圏に逃げて下っ端に戦わせるそんな卑劣なやり方が。だからといって王直々に戦場に赴くのも違うとは思いますけど。
「お前ら、休まなくていいか?」
お前ら、というのは最後に来た三人に向けてだ。
「「「大丈夫です」」」
「よし! 行くぞ!」
そうして魔王様は立ち上がって壁まで向かうと、勢いよく壁に蹴りを入れた。
バゴッっと音がしてドア型の穴が開く。そこにあったんですね。
先陣を切った魔王様に続いて全員でなだれ込む。
中は広い部屋になっていた。とは言ってもこれまでの雑な造りの広間ではない。本当に人が暮らすような広々としたワンルームだ。
「珍しい、客人などいつぶりだろうか」
そんな部屋の中央。椅子の上にその男は座っていた。かなり小柄で、幼年の男。
「少し話を――」
一瞬だった。今の今まで目の前にいた魔王様が、気づいたときには男の前まで移動していた。
そして握られた右拳はそのまま男の顔面にめり込んだ。反動で男が吹き飛んでいく。
「よし!」
いや何もよくないんですけど…………。
少し魔法に関して説明しておきますね。
魔素:普段は大気中に存在し、魔法発動の触媒となる。体内でも生成され、それを特に魔力という。
魔力は一日に生成できる上限、体内に貯蓄出来る上限が各人で決まっている。
魔法の発動:魔素に性質を付与することで魔法の発動とする。例えば火球なら魔素に火の性質と球の性質を付与することになる。
さらに厳密に言うと最初は体内の魔素に性質を付与し、それを核にして大気中の魔素に付与を押し広げていき、術の完成とする。
付与する範囲は自分で選択する事が出来るが、広範囲にわたれば渡るほど核は大きくならざるを得ず、その分体内の魔素を消費するので必要最低限の範囲が好ましい。
魔法の種類:
瞬間魔法:発動して即時に消える単発魔法。大半の攻撃魔法はこれに類する。
持続魔法:大気中の魔素を半永久的に取り込みながら場に存在し続ける魔法。生活魔法がこれに類する。
元素魔法:厳密には魔法ではない。元素を操る精霊属のみに使える魔法で、その原理は謎。一説によると元素の出現に魔素を利用しているのではないかと考えられるが、真偽は不明。
世の理から外れているのではないかと思われる(無から元素を生み出すため)
特殊魔法:特別な血筋の者しか扱えない魔法。聖魔法や鑑定魔法がこれに類する。
本来なら本文中で説明しないといけないことですが、どう考えても入れるスペースがなかったのでここで解説させていただきます。