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第1話 異世界→異世界

「やっぱり人間を滅ぼそうと思う」


 今日の会議は長引くな。マリーはそう思った。


 半月に一度、魔王とその幹部八人によって開かれる魔王軍定例会議。いつもなら各部署からの報告を手短に済ませてすぐ終わるのだが、今日はこの魔王の唐突な一言によって一騒動起きることは目に見えていた。


「いけません魔王様! 人間とつい三年前に停戦協定を結んだばかりではありませんか!」


 こうして宥めに入るのが魔性生物統括長ハーヴィ=ハーメルン。小さな背にウェーブしたピンクの髪、くりくりとした目。

 しかしこの愛くるしい見た目に騙されてはいけない。中身はれっきとした龍人族ドラゴニュートで、しかも異例の若さで幹部入りしたエリート中のエリート。更に憧れの女上司ランキング二位(魔王軍調べ)と人望も兼ね備えている。


「その停戦協定はあと何年続くのだ?」

「えっと、二百九十七年ですね」


 そう答えるのが情報管理部最高責任者ロット=オイン。青い髪に青い瞳の女。身体を自由に液状化させることの出来る水霊種ウンディーネ。憧れの女上司ランキング二十年連続一位記録を持つクールビュティ。


「長すぎる!」


 そしてこの問題児、魔王エルトリート。魔族初の女性魔王。ボサボサの銀髪から生える紅き二本の角。齢五百を超えても落ち着かない性格、育たない胸囲。増えたのは身長と口数だけ。頭脳だけなら稀代の愚王として永遠に語り継がれるだろう。


「だいたい向こうから仕掛けてきた戦争なのに、向こうから休戦提案してくるっておかしくないか? 筋が通ってないんだよ筋が」

「その提案を呑まないといけなくなったのは誰のせいでしょうかね」


 魔王専属秘書兼お目付役のマリー=ナタリア。先代魔王の時から城に仕える最年長。見た目は金髪碧眼の若き乙女。しかしその実態は千年以上生きるという森霊種エルフ


「何だよマリー。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「暴れすぎだと言ってるの! 先の戦争、人間による被害より貴女が壊した街や城の修繕費の方が高いのよ!」


 何せこの魔王、座って待つということが出来ない。争いが始まれば窓を突き破って城を飛び出し、ひたすら暴れて帰ってくるのだ。たとえ戦場が魔族の街でも。


「マリー殿。落ち着いてください」


 モブ幹部その一が制してくる。 


「うるさい! 文句があるのだったら何か退屈を潰せるものを持ってこい! じゃないと私は人間の街に攻め入るからな!」

「それでしたら魔王様、良い物がございます」


 魔具研究開発室室長のバトラー=ルメールはそう言った。


「つい先日、新しい魔具を開発いたしまして。その名も異世界転生装置。他の世界に渡ることが出来る魔具です」

「おおっ! ついに出来たのですな!」


 モブ幹部その二が歓声を上げる。


「それがどうしたというのだ?」

「異世界に遊びに行かれてみてはどうでしょうか。例えば、異世界で冒険者になって魔王を討伐するなど……」

「それいいな!」


 マリーの心境は複雑だった。

 魔王の興味が戦争から異世界に移ったのは良いことだ。しかしもし本当に彼女が異世界に行くとなれば、十中八九自分も巻き込まれるだろう。それに異世界人にも異世界人なりの生活があるだろうに、自分たちが荒らしていいのだろうか。


「バトラー、その装置は何人まで運べるのだ」

「人数制限は特にありませんが、あまり連れて行きすぎるとこちらの業務にも支障が出ますので。最大四人といったところでしょうか」


 エルは何かぼそぼそと呟きながら指を折っていく。


「まずストッパーにマリーだろ」


 あ、暴走する自覚はあるのね。そして案の定私と。


「後はそうだな……」 

「ハーヴィ、ロット。着いてきてもらえますか?」


 後の二人は私が選ばせてもらおう。どうせ誰が着いてこようとあの子には変わりないだろうし、それなら私の心労を減らせる子がいい。


「「わかりました!」」


 物わかりの良い子達で助かる。トップがアレな分私達がなんとかしないと。


「業務引き継ぎとかもあるので、出発までに数日頂きたいのですが……」 


 と、ハーヴィが言った。


「そうですね。私も色々準備はしておきたいですし、出発は三日後とかにしましょうか」


 いきなり国のトップと最高幹部がいなくなるのだ。緊急時に備えて根回ししておかなければ。

 そんな感じでその日の会議は終わった。




* 

 ハーヴィ=ハーメルンは困惑していた。異世界? 勇者? 何故皆はさも当然かのように会話を進めているのでしょう。

 魔王様はこの装置のことを知っていたのでしょうか。いえ、あの反応を見る限り魔王様にでさえ内密に実験は行われていたようです。ということはマリー様が主導したのでしょうか。実質的な執政権は彼女にあります。でも何のためにでしょうか。


 思わず勢いよい返事をしたのはいいけど、頭の中はハテナマークでいっぱいでした。


 

 会議後、急遽統括長補佐のマタナを執務室に呼び出します。


「…………という訳です」

「俄には信じがたいですが、実際問題もう話は進んでしまってますしね……」 


 流石はマタナ。理解が早い。


「分かりました。ハーヴィ様が不在の間は私がなんとかしますので。安心して行ってきてください」

「ありがとうマタナ」


 やはり持つべきものは優秀な部下に限りますね。




* 

 ロット=オインはその日をいつもと変わりなくすごした。


「あ、そうだヴェイン。私明日から異世界に行くから。後は任せたぞ」

「は!? え!? ちょっとどういうことですか!」


 両の手で強くデスクを叩いてヴェインは立ち上がる。見慣れた光景なので情管の他メンツは誰も突っ込まなかった。


「どうもこうもそのままの意味だよ。私は異世界に行く。お前は私の代理として情報管理部の指揮を執る。それだけだ」

「どうして全部事後報告なんですか! 少しはこっちの気持ちも考えてくださいよ!」

「どういう過程を経ようが、結果は一緒なんだから変わらないだろ」

「僕の心持ちが変わるんですよ!」


 どれだけヴェインが声を荒げようともロットは眉一つ動かさない。やがてヴェインは大きなため息をついて席に座った。


「特別手当、出るんですよね」

「多分な。詳しくは財務部に聞いてこい」

「ヴェイン休憩入りまーす」

「おうおうさっさと行ってこい。んで帰ってくるな」


 情管は今日も平和だった。



 

 *

 エルトリートは何も考えてなかった。否、いかに時間を加速させて早く三日後にするか考えていた。そんなことを考えているうちに三日経っていた。

 

 


 * 

「こちらがワープゲートです」


 縦横二メートルちょっとはあるだろうか。様々なコードに繋がれたそれは研究室のある地下洞窟の中央に鎮座していた。


「おお、これが!」

「本当に行くんですね……」

「今更戻れないぞ。腹を括れハーヴィ」


 ゲートに対する反応は三者三様。かく言う私だってちょっと怖い。未知の物に対する恐れがないのは良いことなのか悪いことなのか。


「ここをくぐれば早速異世界です。魔素濃度が同じところじゃないと繋がらないようになっているので、向こうでも魔法は使えると思います。ただどこに転移するか分かりません。一応陸には出るようになってます。村や街は自力で探してください」


 バトラーから注意事項の説明がされる。


「と、いう訳で。誰から行きますか?」

「我だ!」


 という言葉が聞こえたときにはもうエルはゲートの真ん中に立っていた。


「お……おぉ!?」


 段々とエルの姿が歪んでいく。一瞬目の前が光った反射で目を閉じる。そして次に目を開けた時、そこにエルはいなかった。    


「さあ、お次は誰ですかな。早くしないと向こう魔王様一人のままですよ」


 その一言で私も決心がついた。あの子を一人にしておくと何をしでかすか分からない。


「次、私が行きます」


 ゲートの前まで進み出る。こうしてみるとなんとも言葉にし難い禍々しさがある。

 足を踏み入れる。目の前が急に真っ暗になった。足下がおぼつかない。まっすぐ立っていられないような、思考が混濁していく。次の瞬間、意識が途切れた。

 


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