33話 無力な能力
まるで頭から桶の水を被ったような感触に襲われた美南哀月は力なく倒れた。一瞬の出来事に西浦あかりたち五人は固まる。いち早く状況を理解した三郷楽阿は彼女の名前を叫ぶ。彼女は大手町白の特殊能力、彼が手に巻いた布に触れた者の生気を奪う力の餌食になってしまったのだと。
だが今回は布に触れたわけではない。キヨシの体から魂が飛び出し、それがアイリに直接触れた。その魂が布に宿る力の正体であり、布に触れたときの比にならないほどのダメージを与える。
そして彼女は力尽きた。彼女が能力で撒いていた糸も消え、効力も途絶えキヨシは足を動かせるようになった。
ラクアは数日前の出来事がフラッシュバックした。能力に目覚めたキヨシが、その力を御し切れず敵も味方もお構いなしに暴れ、力を使い果たすとともに息絶えたあの光景が。
一方その出来事を知らない、他校生の西浦あかりたちも、事態を飲み込めていないもののアイリの身に異変が起こったことは分かった。アカリはいの一番に駆け寄り呼びかけるも、応答はない。
ラクアは怒鳴ってロウソクを投げ捨て両手を空けて動きやすくし、キヨシに殴りかかった。彼は力なく吹き飛ばされるも、アイリを襲った魂が倒れた元の体に戻るとゆっくりと起き上がった。ラクアが攻撃したのは抜け殻だったのだ。
「アイリが起きない!」
「戻るぞ。イコイはアイリを慎重に」
日比谷興奈は入口まで引き返すことを提案した。暗いが道は覚えているので先導する。アイリを置き去りにするわけにはいかないが、パワーを出せる大森憩に担いでもらえば大丈夫なので、そう指示を出した。
「いいから行くよ!」
川口青空澄はアカリの手を引いてオキナたちを追いかける。彼女はラクアがキヨシから動かないので撤退の声が聞こえていないのではと懸念し、直接声をかけようか迷っていたところを、アスミに連れられ何もできなかった。
「今じゃなきゃ助からないかもっ」
「……うん」
ラクアが好戦的でキヨシの注意を引きつけてくれている今は、残りのメンバーにとっては撤退のチャンスだ。ただそれが最後のチャンスかは分からない。待っていれば彼含めた全員で脱出できるチャンスが訪れるかもしれない。だがそんな微かな可能性に縋って今のチャンスを捨て、期待が叶わなかったら最悪の展開だ。そうなるくらいなら今訪れたチャンスを見逃さない。
アカリもどうするのが正しいか迷っているが、アイリの容態も心配なのでラクアを置いて皆についていくことを選んだ。
来た道を引き返すオキナの前に、無数の手が現れた。道中襲ってきたお化け屋敷のギミックだ。彼は驚いたが、正体はお化けではなく遊園地のスタッフだと気づくと、協力を呼びかけにいっそう近づいた。
「助けてください! 奥で暴れている奴が!」
キヨシの暴走、彼にやられて意識不明のアイリ、現在彼と対峙しているラクアのフォロー。伝えないといけないことがいっぱいあるオキナは体中を手に掴まれて引き摺られながらも懸命に状況を話す。
だがその手は緩まらない。往路で彼らを襲い、誰か一人を脱落させるまで迫ってきたときと同じように、役割に徹していた。
「やだっ、離して!」
「戻れ! 早く!」
その手はアカリたちにも迫る。話が通じないばかりか更なる犠牲者が出るのを恐れたイコイは、抵抗しつつ、説得を止めて引き返すようオキナに呼びかける。
彼も危機を理解しているが、きっと誰かを脱落させるまでこの手は離れてくれないと悟る。ターンを提案した自分のせいで仲間が犠牲になってはならないと覚悟を決め、抵抗せず身を委ねた。
「……後は、頼む」
そう言い残すと、闇へ消えていった。イコイたちも手から解放されたが、オキナの犠牲によって助かったと実感し、生きた心地がしなかった。
「どうしよう…… やっぱり進むしか」
アカリはこのまま戻るのは駄目で再びターンしラクアの元へ進むべきかと思った。彼と合流し出口を目指す方がいいかもしれない。だが実際進んだところで道はない。彼はキヨシに掴みかかって疲れさせようとしているが、その手応えは生前に彼に奇襲を仕掛けたときよりずっと軽い。もう彼は人でないことをその重さで感じてしまうことに悲しみで震え、疲れない相手には無力な能力だという現実に嘆く。そんな彼にキヨシの布が触れ、生気を奪う。
力を奪われる感触ラクアは咄嗟にキヨシを突き飛ばし、布から離れる。だが離れたところで奪われた体力はすぐに回復せず、よろめいて膝を着いた。
「いいえ、一人やられるだけなら入口まで行く」
合流を目指したところで突破の兆しが見えないアスミがアカリの案に反対した。それにここでやっぱり止めるのは、オキナの犠牲を無駄にすることになる。確かにあの妨害に遭うと誰か一人が脱落してしまうが、それはあと一回だけであることは確かなので、まだマシな部類だ。
「だけって…… あっ、待ってアスミ!」
「行くぞ! 入口へ」
誰か一人が脱落するのは分かっているのに行きたくないアカリをよそにアスミは駆け出した。アカリは呼び止めたが彼女は振り向かない。
イコイは彼女の覚悟を受け止め、後に続くよう促した。アスミが道を開いてくれれば入口から出られる。それから外の人に助けを求め、全員助けに戻ってくればいい。それが救助の最短ルートだと考え、アイリを連れて追いかけた。
アカリはもうすぐ目の前でアスミがオキナ同様消えていくのを悟り、悲しくなった。彼が消えたときは理解が追いつかなかったが、今回は結果が見えているうえで見ていることしかできない。
「……ありがとう」
不気味な手に包まれ姿を消したアスミに笑顔でお礼を告げ、オキナという案内役もいなくなった状態で、イコイとともに手探りで入口を目指す。
足が止まったラクアに、キヨシの布が迫る。狙いは彼の時計で、飛び退いた先に別の布が接近し、時計を掴み取った。ラクアは瞬時に手を伸ばし、力任せに取り返そうとする。前に一度この手口で奪還したが、さっきと同じく布に触れると生気を吸われ衰弱するのを実感する。それでも力を振り絞り取り返し、動けなくなることを免れたが、支払った代償は大きく、動く元気は残っていない。
彼が放っていたロウソクの火は小さくなった。その明かりに気づいた彼は、焼けば倒せるかもしれないと最後の望みに懸けて、死ねと叫んで突撃した。
だが布に包まれた火は燃え移ることなくあっさりと消された。そして彼自身も布にまとわりつかれ、姿が消えた。
「……おかしい」
「うん。誰ともすれ違わないなんて」
イコイはブレーキをかけた。アカリも彼の動きに気づき、同じことを考えているかもしれないと思って呟いた。彼らは来た道を引き返してしばらく経った。これまで二度妨害エリアを通ったから、着実に入口へ向かっている。だがそれなら彼らより後にこの施設に挑戦した客と鉢合わせているはずだ。
脱落は一度の妨害で一人なので、四人ずつ挑戦するルールである都合、二人は残っている。現に彼らもそうやって脱落を逃れてきた。二人ずつ三組に分かれ、それぞれよその客二人ずつと四人組になり、彼らの脱落と引き換えにチーム全員生存してきた。
後続の挑戦者を見かけないのは、何らかの理由で全滅しているか、そもそも誰も後から挑戦していないか。待機列に並んでいた人がいたのは確かだが、彼らが入った後に入口を通ったかどうかは分からない。もしかしたら入る前に列を抜けているかもしれない。その場合、入口が封鎖されている可能性まである。
とにかくその不自然さゆえ、このまま戻ることに彼らは抵抗があった。だがここで立ち止まったり進路を変えたりしては、オキナたちの覚悟を棒に振ってしまう。戻ると決めたら止めてはいけないと、二人は再び足を進める。
そして万が一誰も通れなくなっていることも考えて、どこか隠し通路がないか見渡しながら進んでいく。
そんな二人の前に立ちはだかったのは、もう現れないと思っていたお化けの手だった。アカリとイコイは絶望し、同時に納得した。今まで誰も引き返して脱出した客はいなかった。それは一度入ったら戻れないようになっていたからで、自分たちがやっていたことはルール違反だった。
彼らを一人残らず捕まえるために通常より多くの妨害を構えていた。とばっちりで後ろの挑戦者も本来より多くの壁に阻まれていた。
誰ともすれ違わなかったのは、イコイたち四人全員を脱落させるために四度の妨害を用意していて、一回で一人潰せば四人の挑戦者全員が狩られる。
きっとここで一人の犠牲でもう一人が突破しても、入口前の最後の妨害に阻まれておしまいだ。そうと気づいたときにはもう遅く、二人のどちらかを脱落させようとする手に捕まってしまった。
アカリはアイリが目を覚ましてくれるか気にかけた。だが相変わらず動かないままで、どうにもならないかもしれないと落ち込んだ。だがその奥に隠し通路が見えて、すぐイコイに伝えた。
「あそこ、出られそう!」
「どこ!?」
イコイはロウソクを放り投げて空いた手でお化けの手を振りほどき、続けざまにアカリを押さえる手を払って彼女も解放する。自由になった彼女は彼を案内するように先に立ち、脱出する。追って彼も出ようとしたとき、担いでいるアイリが見えない壁に阻まれて、彼は出られなかった。アカリは彼らがまだ中にいることに気づいて急いで引き返すも、彼もまた手の餌食になってしまった。
アカリは慌てて道行く人に事情を伝え、助けを求める。だが誰も手を貸してくれず、お化け屋敷から誰一人出てこない。
行くあてを失ったアカリは、悲しさに悔しさに寂しさに、あらゆる負の感情を抱えて歩き回る。自分だけ残っても何もできない無力さにも打ちひしがれ、却って乾いた笑いが溢れる。
不気味なお化け屋敷の噂は広まり、今さら挑戦しようとする客は少ない。施設制覇を諦めて、遊園地を出ていく人もいる。
これまでクリアした施設を通りがかっても、クリアしたときの明るい思い出が頭を過っては、その仲間が消えた現状に心を打ちのめされ、直視できなくなる。
自分も人並みに流されて帰ってしまおうか。そんな現実逃避を考えたとき、アカリは最初の施設を通りがかった。するとふと思い出した。最初に挑戦したときは謎の存在だった、開かずの黒い薔薇。薔薇といっても本物の花ではなく、施設の機械だ。開けると高得点なのか、はたまた飾りなのか。制覇して余った時間で、何をしたら開くのか試そうと話していたオブジェクトだ。
アカリはその花の元へ向かった。一人で開けられるとは思えないが、他にすることもといできることもないので、近づいて覗きにいった。
こんなことになるのなら、制覇を目指すより先に皆で開けられないか試しておけばよかったとアカリは溜め息をつき、軽く触れる。すると花が開いた。前はどんなに協力して力を込めてもびくともしなかったので、まるでセンサーに反応したかのように容易く動いて驚いた。
それ以上にアカリが驚いたのは、中から人が現れたことだった。
「……憎しみを抱くのはあなた?」
薔薇の中にいた茅場久遠は自分を呼んだのは誰かと問いかける。そしてアカリに気づくと、彼女が抱える負の感情が自分を目覚めさせたのだと理解した。
「あなたが私を呼んだのね」
「いえ、違います……」
アカリは不気味に思い、愛想笑いでゆっくり距離を取る。クオンは彼女に興味が湧いた。自分を目覚めさせるほど強い憎しみを抱えているはずなのに、それを表情に出さない。だが心は嘘をつかないので、彼女から話を聞くことにした。
「私はクオン。殺し屋よ」
「わ、私はアカリ。よろしくね」
淡々とした自己紹介で明かされた物騒な職業にアカリは絶句した。身の危険を感じつつも、その恐怖は表に出さず、笑顔で名乗る。
臆さない様子にクオンはいっそうアカリを気に入る。
「殺し屋といっても生きた人は狙わないわ。もしかして知ってた? その余裕な様子だと」
「ううん、知らない……」
アカリが飄々としているのは感情が表情に出にくいだけだ。内心ではクオンの存在に頭の中が疑問でいっぱいだ。
「いうなれば不老不死の殺し屋。何しても消えない者を、しつこく狙って追い払う」
殺せない相手を標的とする。それが自分の役目だとクオンは告げる。だから普通に生きているアカリに危害は加えない。
「そんな奴がここにいると聞いたのだけど」
幽霊でありながら地上に残る、キヨシがクオンの標的なのだ。




