23話 面倒でも我慢して
遊園地で七つのアトラクションの制覇を目指す西浦あかりたちは、六つ目の施設に向けてレストランで腹ごしらえをする。
「好きなの取って」
「……多くない? いつもより」
それぞれ手元のトレーの上に注文したバーガーやサラダ、ドリンクを乗せている。美南哀月だけは自分で注文に行かず、西浦あかりが二人分注文してきた。その間アイリは先に一人で注文から受け取りまで済ませてきた三郷楽阿とテーブルで二人きりになり、彼が離席中に話していた今後の予定を伝えるという面倒事を押しつけられていて、ようやく解放されたと思いきやメニューの量に驚いた。
アカリはアイリの分も頼んでくると言ったが、オーダーは聞いていない。自分なりに彼女が食べたいと思いそうなメニューを選び、だが決め打ちせずいくつかの候補に絞ってそれらすべて運んできた。
結果アイリが想定する二人前より多くなり、先ほどのリアクションに至る。
「どれが欲しいか分からなくて」
「だったら自分で行ったよ!?」
アイリは自分で選びにいきたかった。ラクアに伝えるのはその後でも問題なかったし、アカリの提案に委ねたせいで余計な問題を生んだ。要らないからといって返しにいくわけにはいかないし、処分するのも気が引ける。
「まあ今回は食べ盛りの男子が三人もいるし」
自分だけでは無理なら皆の協力を得ればいいとアカリは楽観視する。手分けして食べられるのは大勢で来た今回限りかもしれないので、今しかできないことに挑戦するという意味では提案は正解だったとアカリは開き直る。
「……頑張って」
「おう」
アイリはラクアに頼むと彼は素っ気なく頷いた。散々当たりが強かったのに手に負えないことは平然と押しつけるおこがましい態度に物申したい気持ちが込み上げる。
「お前こそ頑張れよ。次出ないなら待ち時間にトイレ我慢しなくていいんだし」
無理して食べるのは体に良くない。特に今は遊園地に来ている。人気の施設は待機列ができていて、身動きとれない時間が長い。体調を崩さないよう注意が必要だが、それは全員ではない。施設は四人ずつ挑戦する都合、この六人のうち二人は参加しない。参加しなければ行動は束縛されない。
そしてアイリはこれまでずっと参加していたことと、頑張る役目をラクアが自分に押しつけていたことから、バランス調整と仕返しを兼ねて次は留守番のつもりでいた。それを彼は利用した。留守番なら他の人ほど体調管理を意識しなくていいと逆手に取ったのだ。
「じゃあ私出るからラクアが休んで」
そんなのは御免だと突き返したいアイリは、立場をラクアと交代したいと言い張った。
揉め事の原因を作ったアカリは戸惑いつつも、他の外野三人は二人の応酬を小学生の喧嘩かと呆れており、止めようと焦ってはいなかった。
「……今のうちに貰っちゃう」
「あ、ありがとう」
要はアイリが食べない分を完食すればいいのであって、自分の取り分でいっぱいいっぱいではないから、気にせず手を伸ばす。フードをよそに言い合いしているのだから待たずに食べてしまった。アカリとしては助かるので素直にお礼を言った。
「それなんて飲み物だっけ」
「これ? クリームソーダよ」
大森憩は川口青空澄が飲んでいるドリンクが気になった。容器の透明な蓋から中身が透けて見えて、見覚えはあるが名称が思い浮かばず、気になって尋ねた。
「一口あげる」
「ちょっと、それじゃ間接キ……」
頼んだら飲み干すのを手伝ってくれると予感したアスミは容器ごとイコイに差し出した。ストローは差したままなので、このまま彼が口をつけると間接キスになってしまうことにアカリは戸惑うも、彼は首を横に振る。
するとストローを咥えず口を開いて軽く息を吸った。すると中のジュースが吸い上げられて彼の口へと流れていく。口をつけず飲む芸当を披露し、事なきを得た。
「美味かった」
「良かったわ。……って減り過ぎ!」
気に入った味で嬉しかったアスミは、返された容器の重量の減り具合に思わず突っ込んだ。イコイの方法は触れずに飲める利点があるものの、彼の特殊能力の性質上、全力で息を吸うのと同等の勢いが出る。大きな一口にがっつり吸われてしまったのだ。
「便利だけど不便だな、その能力。気を抜いたら息が詰まりそう」
日比谷興奈はイコイがたくさん飲んでしまったのは些細なことと考え、彼が咽ることなく飲めたことに安堵した。理屈的には、最低限の力で息を吸おうとしたら却って最大限吸ってしまうわけで、それがどんな感覚なのかは分からないが突然苦しむ羽目になっても不思議ではないと思った。
「いきなり気絶したら驚く?」
「驚くよ。死んだかと思うわ」
生きるための何気ない動作が、能力によって暴発し命危機を招く。イコイは能力が覚醒して一ヶ月経つもののそのレベルの苦難を味わったことはない。だが言われてみれば油断が命取りになることにも納得がいく。
それを利用してドッキリを仕掛けたら皆はどんな反応をするか気になったが、軽い気持ちで仕掛けるものではないと悟った。
「止めろよ、そういう話」
「ごめん」
そしてその話題は終わりにするようラクアがストップをかけた。注意されて彼らは食事中にする話でも、そもそも軽いノリで言うことでもないと受け止め、会話を止めた。食べるために口を動かした。
アカリにとって想定外だった。食べ物の話から命の危機に触れてラクアの地雷を踏み、重苦しい空気になったこと現状は。
だが食べ物のシェアは今しかできないことにも改めて気づかされた。この遊園地は招待された経緯から謎が多いが、なんだかんだで楽しんで、また来たくなって来るかもしれない。そのときはこのメンバーが都合よく揃うことはないだろうから、次来たときではできないことをやりたい気持ちが疼いた。具体的に何をしたいかは今は思いつかない。
「さっきの飲み方、マスターできる? コツ教えてほしいから」
「一歩間違ったら窒息するけど?」
それはさておきイコイの能力を活かした食べ方はラクアも真似できるようになりたいと思った。彼の能力は別物だからそっくり真似ることや自分なりにアレンジすることはできない。能力抜きの素の肺活量で再現しなくてはならない。だから独学で会得するのは難しいと自覚している。
だからまずはイコイが完璧にできるようになるのを待つ。コツや注意点は彼が試行錯誤しながら気づくだろうから、それをラクアは伝えてもらう。その方が二人で同時進行するよりも、ラクアにとっては楽になる。イコイにとっての利点がないことは伏せていた。
だがそもそもイコイが乗り気ではない。その試行錯誤の最中に誤飲の危険性があり、遊び半分で試すことに否定的だったのは試す以前に話題に出すことにさえ物申したラクアに他ならない。
「わざと詰まらせてびっくりさせるのは止めろって言ったんだ」
するとラクアは屁理屈を捏ねる。嫌がったのは詰まるような食べ方をすることに対してであって、楽な食べ方の開発に留めるのならむしろ賛成だ。
「皿とか持たずに食えたら楽だなって」
かといって食べる物を変えるのでは栄養が足りない。得られるエネルギーは変えず、消耗するエネルギーを減らす。それがラクアの理想だ。そしてその実現さえ楽に叶えたい。教わる相手はイコイが適任と気づいたら平然と利用する。
「……持ってあげようか」
アカリはボソッと提案した。まさか食べさせてあげるのかと身構えるアイリたちをよそに席を立ち、斜向かいのラクアの横へと移動する。今しかできないこと、それを自然に実践するタイミングは今しかないと踏み切って、友達の前で恥ずかしい気持ちを抑えて、ラクアの望みを叶えに迫る。
ラクアがアイリのことを好きだということをアカリは忘れたことはない。けれども今は拗れているから、彼にアプローチをかけることへの抵抗は薄れている。
彼は楽したがり屋だ。けれども逆に人を楽にさせるために自分だけ頑張ることもある。さっきイコイに手探りさせてから教わろうとしたのと逆に、自分が四苦八苦してから他のメンバーが同じことを楽に進められるように手解きしてくれる。
アカリはそんな彼と三ヶ月前に知り合って、アイリたちと同じく"同期"の一人として彼とは他校生ながらも比較的近い距離感にいて、そんな彼のことを実は……
「はい、あーん」
アカリは嫌そうな表情を向けてラクアにスプーンを差し出す。彼は動揺した。確かに楽に食べたいと願望を漏らしたが、こういう甘いシチュエーションを欲していたのではない。だが嫌ではない。彼女のことは嫌いではなくむしろビジュアルならアイリより可愛いと思っているのでドキドキする。
そこにオキナは便乗した。特殊能力で幻想空間を展開し、アカリとラクアの雰囲気を盛り上げる。変化した景色は自分や二人だけでなく全員に見えているもので、アニメの演出のような背景と二人の様子を見守る。
そしてラクアも雰囲気に流されさほど葛藤せず食べた。願い叶った楽な食べ方だが、落ち着くことができず複雑な気持ちになる。一方アイリは嫉妬の視線を向ける。
「ズルい、私も」
「どうぞ」
アカリは一回で終わりにさせられたことを残念がりながらも笑顔でアイリに番を譲った。だが引き下がる様子にアイリは戸惑う。彼女が求めていたのはラクアと同じく食べさせてもらう方だ。
最初は意図が伝わらなかったが、少ししてアカリは理解した。理解したが、そんなことをしてもアイリとラクアの仲は進展しないのに、張り合う相手は彼でなく自分の方であってほしいのに、などと引っかかる点があった。
「これに懲りたらわがまま言わず食べることだな」
「うるさい」
イコイはラクアを羨ましいと思いながらも、人前でやられるのは恥ずかしいとも思う。きっと遊園地から帰った後に能力者仲間にお土産話をするとき、今のやりとりも言いふらされることだろう。からかわれるのは想像に難くないが、そもそもきっかけはラクアが食事さえ横着しようとしたことにあるわけで、人に手伝ってもらうことは恥ずかしいから面倒でも我慢して自分でやるよう勧めた。
ラクアは余計なお世話だと跳ね返しつつもイコイの意見は正しいと受け止め、彼に頼んだ吸う食べ方を伝授してもらうのは諦めた。
「ここまでやってもらえたんだから次手を抜いたら許さないから」
「うるさい、分かってる」
アカリに頼んで同じように食べさせてもらったアイリだが、それでラクアへの嫉妬が収まったわけではない。それだけのサービスをしてもらった彼は彼女のためにもこの遊園地での目標である七つの施設制覇に貢献してもらわないと釣り合わない。
だが彼は次は本気でやれとは他に色々と理由をつけて再三言われていることであり、今さら気合いを入れ直すことでもない。思いを重ねてもその分やる気が上がるものではなく、むしろ情報がいっぱいあって意識するものが増えると邪魔になって却って気が散る。
「もう十分だから、ありがとう」
「うん、頑張って……」
「私はもう一回お願いっ」
ラクアはアカリにお礼を言った。これ以上甘えてしまうとその光景が頭から離れなくなり、次の施設に着いたとき動揺して集中できなくなってしまいそうだから、もう満足したことにして心を落ち着かせるフェーズに入る。
反対に次の施設に出る気がなく、仮に参加するとしてもレストランでの出来事を思い出して取り乱すなんて事態を想定しないアイリは、もう一度をねだった。
アカリは微妙な反応を見せる。アイリとは同級生だし高校に進学する来年度もその関係が続く予定だから一緒に食事することは珍しくないので、他のメンバーを差し置いて食べさせ合いをすることにもったいなさを感じていた。
「ラクアには本気でやってもらわないと困るから」
「ああ。俺らで上書きしちまおう」
「は!? 来るな」
半分本心、半分は遊び心でオキナとイコイが動いた。後から男子に食べさせてもらったらラクアの記憶からアカリとの思い出が消え、大事な場面で頭をよぎってボーっとするのを防げるかもしれない。彼のために、一方で嫌がるのは想像がつく彼の反応を見たいがために、皿を持って迫ると彼は離れていった。さすがにしつこく追い回すことはなく、すぐ席に戻った。
「いやあ、皆で食べると面白いな」
「ほどほどにするのよ」
なんだかんだで盛り上がり、イコイたちはチームで集まって食事に来たこと、ラクアと合流してから来たことを正解だったと実感した。その考えにはアスミも同意だが、あまりはしゃいで周りに迷惑をかけるのは控えるよう忠告した。




