表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/63

第63話:キミのための戦い(阿部康平サイド)①

挿絵(By みてみん)

表紙:武頼庵(藤谷K介)さん


挿絵(By みてみん)

かぶちゃん(影山蕪太郎):コロンさん

 ツキヒとの決着から一夜明けた日曜日。

 影山さんちの電話から、僕のスマホに連絡があった。


『お父さんの、意識……戻ったって……』


 そう言う影山さんの声は、萎んだ風船のように弱々しかった。

 

 お父さんの事を『クソ親』と揶揄していた影山さん。二人の親子関係は、あの退廃的な自宅の有り様からも十分に察せられた。

 それからお父さんは、ツキヒにナメクジに変えられ、不気味な姿を晒し、自分の娘と完全に敵対していたわけだ。当人にナメクジ時代の記憶があるのかはわからないけど、影山さんからしてみれば複雑な感情に違いない。


 ただ、影山さんは、そんなお父さんを助けるために、ツキヒと向き合い、戦ったんだ。

 その決意は胸を張っていいと思う。


 不安そうな影山さんのお見舞いに同行する事にした僕は、鏡の前で10分ほどコーデに悩んだ後、影山さん家へと向かった。



   *   *   *



 市内で一番大きな総合病院。

 幸いな事に、僕は今までここにお世話になった事はない。風邪の時に普段行ってるクリニックと違い、通院の患者さんが大勢いて、お医者さんや看護師さんが忙しそうに歩き回っている。医療現場の派閥争いを描いた、小難しいドラマのワンシーンで見たことあるような光景だ。


 影山さんのお父さんは3階奥の個室にいるらしい。

 なにぶん意識不明な上、原因すらもわからないわけだから(魂がナメクジに変えられてたわけだし)、予断を許さない状態だったのだろう。

 慣れた様子でエレベーターに向かう影山さんの後ろを、僕はちょこちょこと着いて行く。

 

 影山さんは、エレベーターを出たところにあったナースステーションで、お見舞い受付の書類にサインをした。僕は完全に部外者なわけで、着いていけるのはここまでだ。


「お父さん、目を覚ましてよかったね……」


 優しく微笑む看護師さんの言葉に、曖昧な笑みを返す影山さん。


 それじゃ待ってるから、と待合スペースに向かおうとした僕の背中に、言葉にならない掠れ声が触れる。

 振り向くと、俯いた影山さんが上目遣いで僕を見ていた。不安を無理矢理飲み込んだ結果、胸につかえて息が苦しい……そんな表情に見えた。


「大丈夫だよ」僕は力強く頷く。「影山さんは、お父さんのために頑張ったんだ。その気持ちは、きっとお父さんに通じているはずだよ!」


「そうかな……?」


「そうだよ!」


 僕が念押しで再び頷くと、影山さんは少しだけ笑顔になった。


「その顔」


「え?」


「その顔のまま、お父さんのところに行ってきなよ」


「う、うん」

 

 影山さんも力強く頷いた。



   *   *   *



 影山蕪太郎は、阿部康平に背中を押され、父親のいる病室へと向かった。

 

 父親が意識不明の時には、大した距離に感じられなかったこの廊下も、今ではものすごく長く感じる。


 蕪太郎がツキヒと対峙したのは、ナメクジになった父親を救うためだ。

 その結果、怖い思いもしたし、胸を引き裂くような決断も迫られた。

 

 ツキヒが見せたあの『幸せな時間』は、決断という石に生じた無数のヒビに、今もしっかりと根を張っている。

 

 本当に、あの時間を手放してもよかったのか?

 

 心がねじ切れるようなあの時の痛みは、これからもずっと、嵐の夜の悪夢のように蕪太郎を蝕むだろう。


 それでも、少しでも父親との距離が縮まるのなら。

 

 ()()()としての幸せに少しでも近づけるのなら――


 ドアの前で深呼吸。

 阿部康平に言われた『その顔』は、崩れていないだろうか?


 ノックをして、ドアを開けた。


 

 その瞬間――



 蕪太郎の決断すべてが、打ち砕かれた。


「かぶ、か……」


 ベッドに座った父親は、飢えた獣の目をしていた。 ただでさえ伸び放題のだった髪の毛は、人間らしい肌の色を覆い隠し、一匹の肉食獣のようにも見えた。


「目を覚ましたんだ……よかった――」


「おい、かぶ……」蕪太郎の言葉を遮り、父親は低く唸る。「なんで、俺の邪魔をした……?」


 蕪太郎は笑顔のまま固まった。

 彼氏に褒められたその表情は、この場においてはあまりにも場違いで滑稽だった。

 しかし、そんな事に気付ける余裕もないほど、蕪太郎の頭の中には無数の疑問符が浮かんでいた。


「ちゃんと覚えてんだよ。お前が、俺と()()の幸せを、引き裂いた事……」


「あ、その……」


 言ってる意味が理解できない。

 返す言葉が、何一つ浮かんでこない。


「俺は、幸せだった」父親は恍惚の表情で病室の天井を見上げる。「月子のそばで、久しぶりの愛に満たされていた――」


 そして、自らの手に視線を移す。

 手放した何かを再び掴み取ろうとするかのように、手を開いては握るを繰り返す。

 

「もう少しで……。そう、もう少しで、俺は最高の小説が思い浮かんだはずなんだ。それは、愛する人と共に生きる、究極の恋愛小説だ……!」


 声が徐々に、人の形を無くしていく。

 咆哮する獣の口から無数の唾が飛び散り、それはガラスの破片のように、ベージュの床へ散らばる。


「それを――お前がぶち壊した」


 刃のような視線が蕪太郎に突き刺さった。


 その傷口から溢れ出る血のように、真っ赤な絶望が、蕪太郎の心をゆっくりと染め上げていく。


 逃げ場を求めるように、部屋の奥の窓へと視線を移す。そこには他人事のように、穏やかな春の青空が広がっていた。 

 

「お前は()()、月子を殺して……俺の幸せをぶち壊したんだよ」


 そんなつもりじゃなかった。

 胸の内で叫んだ否定の言葉は、憎しみの視線によって完封される。


 蕪太郎は父親を助けたかっただけだ。

 しかし、強大な脅威に命懸けで立ち向かったあの戦い全ては、彼の幸せを壊す行為だったのか?


 そうじゃないと思いたい。


 しかし、幼い頃から自分の存在を否定され続けてきた蕪太郎にとって、自らの行動が誰かの幸せにつながる結末など、想像さえ難しい。

 

 そうか、どうしたって結局は、そうなってしまうんだ。

 

 だって、自分は――


「やっぱり、お前は疫病神なんだよ!」


 幼い頃に父親に言われた言葉が、繰り返される。

 

 その頃は、言葉を否定する気概があった。

 しかし、夢見た幸せを捨て、母の愛を手放し、疲れ果てている今の蕪太郎に、それを弾き返すほどの力は残っていなかった。

 

「もう二度と、俺の前に姿を見せるな……」


 幸せへの扉は、固く閉ざされたままだった――



 

 蕪太郎は無言で踵を返し、病室をあとにした。

 



 誰かの話し声も、老人の呻き声も、慌ただしく動く人々の姿も、全てが煩わしく、息苦しい。


 蕪太郎は浅ましくも、心の奥底では頑なに信じていた。


 命懸けで自分を救ってくれた事を、あの父親だってきっと褒めてくれるって。


 ツキヒが見せた世界の父親のように、不器用な笑顔を浮かべて『かぶ、ありがとう』って、生まれて初めて自分を褒めてくれて――


 でもそれは、都合のいい幻想でしかない。


 こんな事になるなら……。

 こんなに傷つくなら……。

 自分もあの優しい世界に、甘えていればよかった。


 あの父親のように、自分の理想とする世界に閉じこもり、都合のいい夢を見続ければよかった。


 信じたところで、裏切られる。


『こんな、残酷な世界なんて――』



   *   *   *



 待合スペースでオロナミンGを飲んでいると、病室側の廊下から影山さんがやってきて、無言のまま階段室へと消えた。


「あれ、影山さん?」


 僕はオロナミンGを一気に飲み干し、ビンをゴミ箱に突っ込むと、急いで影山さんの後を追う。


「お父さん、どうだった?」


 そうたずねながら駆け足で階段を降り――


 次の瞬間、突風のような圧が僕を襲う。


 影山さんの背中から漂う、黒い炎のようなオーラを感じ、僕は階段の途中で立ち尽くした。


 何があった?


「影山……さん……?」


 やっとの思いでその一言だけを絞り出す。


 階段の踊り場に立った影山さんは、黄色味がかった照明を背に、ゆっくりと振り返った。


 その目には悲しみが燃えていた。


 初めて会った頃の――いや、それ以上の絶望を讃えた鋭い目で、影山さんは僕を見上げていた。


 僕は何か言うべきだった。


 影山さんに寄り添う言葉を、何か一つでもかけてあげるべきだった


 でも、僕は出来なかった。


 その絶望に気圧されて、全ての言葉を飲み込んでしまった。


 影山さんは再び僕に背を向け――


 ゆっくりと階段を降りていった。



   *   *   *



 出張翌日の休暇をエンジョイした神源寺(じんげんじ)は、帰りの新幹線のグリーン席で、楽しみにしていた駅弁の蓋を開けた。


 弁当箱の中に広がる味の宝石に舌舐めずりをしていると、協会支給のスマホが振動した。


 大切な食事を邪魔されたくはない。

 コールを無視する神源寺だったが、しつこく鳴り続ける着信に痺れを切らし、一度怒鳴りつけてやろうとデッキエリアへ向かう。


「今日は休暇のはずだが、君は日程表も読めないのかね?」


 言葉の端々から迸る嫌味を隠そうともせず、神源寺は電話の向こうの見口(みぐち)に言う。


『あ、神源寺さん。すぐにJ市に引き返して下さい』


「は? そろそろ大宮に着くんだが、今からこの私に引き返せと?」


『はい。非常にマズい事になりました』


「まずい事?」


 いつも飄々とした口調の見口だが、今は何処か異様な緊張感が漂っている。


『はい、今さっき、N県の支部から連絡が入りました――』見口はそこで言葉を切り、一語一語を確かめるように続ける。『J市に怪異が出現しました。S級相当の奴です』


「は?」


 神源寺は首を傾げる。


 新幹線はトンネルに突入し、空気を叩くような激しい走行音が鳴り響いた。



   *   *   *



 J市総合病院に出現したその怪異は――のちに『銀髪鬼(ぎんはつき)』と称される事となる。


 銀髪鬼はどす黒いオーラを纏いながら、海のある北西の方角へとゆっくりと歩みを進めていた。


 まるで、行き場を失い彷徨う、子供のように。


最終章です。

阿部くんやニコリちゃんとの交流で、少しずつ弱体化していった銀髪の鬼。それが、最大級の絶望によって再び最強となり暴走する。

初期段階から考えていた最終章のプロットにやっと到達する事が出来ました。

蛇足……にならないよう、物語の本筋を締める最後のエピソードとして、頑張って完結に繋げようと思います。

この章で描きたいのは父と子の邂逅、そして影山さんのための阿部くんの戦いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いします。


(ツキヒの件でお咎めがなかった神源寺は、ボコボコにされる予定です。そちらもよろしくお願いします)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
クソオヤジ! という言葉しか思い浮かばない。 2人ともだ。 子どもを傷つけて自分のことしか考えないようなヤツは大人じゃねぇ!! しっかりしろ、阿部康平———! こんな大人どもからカブちゃんを守るんだ…
やっぱりキサマがラスボスかよ、クソ親父! ぶっ殺してやらあ、毒親が! ……失礼しました。 私の心の叫びを文にするとこんな感じです。 どーしよーもねーおとっつぁんだな〜。 自分の子供よりずっとガキだ。…
家電じゃ、かでんとも読めるからややこしい。 カタカナにしたらどうです? ケータイみたいに。 そんで……ナメクジになった状態でどうやって小説を書くんだいって返してやれ……って言いたいけどそれは無理だよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ