11.王子を救った件
いつも読んでいただきありがとうございます。
31日は誕生日なので、31日と1日を休ませていただきます。
すみません。
──空港に似てるね。
ぱっと部屋を見回して優奈は思った。
三人は広く、天井の高い部屋に移動した。部屋には沢山の窓があった。もちろん、全部曇っているマイカから作られている。入口の近くに手荷物検査場らしきものがあって、部屋の奥には固定されている大きなテレポート三つがあった。多分、前以て許可を得たうえで、このテレポートでプラ―ヴィやイリイというような場所に移動できると、優奈は思った。
ロビーにいた四人のボガティーリたちが誰かを囲んでいた。だがやがて一人の兵士は優奈、リュバーヴァ、ヤリーロに気づいた。口髭が濃く、額から左頬まで続く大きな傷跡のある中年男性だ。彼は軍人らしい歩調で体調に接近し、状況を説明した。
「全員ロビーを出ろ」
説明を聞いて、ヤリーロは命令した。
皆は嫌々ながらロビーを出た。残ったのはリュバーヴァ、優奈、ヤリーロだけだった。
「軽傷の人もいるらしい。リュバーヴァさんに応急手当をしてもらいたい。今出たボガティーリの中の誰かが応急箱を持っているはず」
リュバーヴァは優奈の黙認を得て、ヤリーロに詳細を聞き、急いでロビーを出た。
優奈は倒れている人に近寄り、凝視た。彼の名前は確か、ズミウランだった。元気な時は、ズミウランはきっと美貌な男だと彼女は思った。優奈の同い年に見えて、顔立ちは非常によく、頗る身長の持ち主で、どこともなく気丈そうだが、優しく見えた。彼の結われた藍色の長い髪はぼさぼさになってしまい、床に散らばっていた。
彼の状態は酷かった。お腹の鎧は何故か溶けて、その隙間に懐剣が付き出ていた。傷から血が滝のように激流で流れ出ている。青年の青ざめた顔に血まみれの手の跡が付いていて、そこには長い髪の毛が張り付いてしまっていた。
青年は死にかけている。
「治せる?」
ヤリーロは後ろから低声で呟いた。
青年に集中して、足音を聞こえなかった優奈は思わすビクッと微動した。
「わかりません」
彼女は去っていく命を戻す方法を知らなかった。それに知ったとしてもそれは高度な魔法に相違ない。優奈は頭痛を覚えたかのように頭を抱え、猛然と考え込んだ。
──何かないのかな。でも何が?魔法回復じゃ足りないよね。止血魔法?でもそれは傷を治すわけじゃないし。ああ、一体どうすればいいの!?
意識を失っているズミウランの周りどんどん血だまりは広がっていった。それを何としてでも止めなければならない。
優奈は目を瞑り、深呼吸してから剣を引き抜き、力の籠った声で長い呪文を唱えた。
「イスツェレーニエ!!」
痒くなった手の平から魔法は流れ、青年の周りに虹色に光る繭として集まってきた。魔法は出れば出るほど優奈の疲れは募り、疲弊に変形した。しかし、横たわっている青年の傷に変化が起きていない。
──もう限界……
「もうやめた方がいい。優奈くん、もうやめろ」
ヤリーロの遠々しく聞こえる声が届いた。
その時、血は止まった。優奈は彼の隣に膝を突いた、息を整えていた。しかしヤリーロの目が青年を見入る瞬間、彼の顔が暗くなった。
「彼は……」
優奈が囁いた。
ヤリーロは蹲って、青年の脈を測り、軽く頭を振った。それから一分ほどじっと目の前の空間を見つめていた。
哀しく丸まった男性の姿を見て、優奈は手を伸ばし、慰めの言葉を言いたかったが、急な疲れで頭が回らなかった。
「問題は彼がイリイにあるズメイの王国の王子ということだ」
優奈の耳はおかしくなったのかな?
「……王、子ですか?」
「あー。彼が死んだら大騒ぎになるだろう」
優奈はぼっと頷いた。それはそうだろう。王子だもの。
「優奈くん、君は召喚の言葉を知っているかい?」
急にヤリーロは聞き取れるか聞き取れないかの音量で聞いた。
優奈は頭を振りながら知らないと答えた。
そしたらヤリーロが振り返って優奈に召喚の言葉を伝えた。優奈はそれを聞き、一度心の中でそれを言ってみた。
「誰を召喚したいですか?」
「モラーナを、な。彼女はズミウランの魂を狩りに来るだろう。だが俺は呼んだら、あの女は来ないから君が呼んで欲しい」
ヤリーロが言った。
「モラーナ?」
優奈は知らない言葉に首を傾げた。
「知らないのか?家族を亡くしたことがある人は必ず彼女を知ってるさ。死の神だ」
優奈は震えあがった。ヤリーロは彼女を一瞥して空笑いした。
「無理を言わない。人間は一番恐れているのが死だから、怖いのは仕方がない」
優奈はビスクドールに見える雪白のズミウランの顔を覗き込み、がたがたする歯を食いしばり、頭を振った。
「やります」
「君に召喚してもらうだけだからな。後俺の背後で隠れて、じっとしていい。魔エネルギーもそんなにかからない」
そう言われると、優奈は再び頷いた。
優奈はヤリーロの言うことに従いながら剣で自分の指を切って跪き、鎌の形をしたルーンを描いた。死の神のルーンらしい。絵が完成したら、少女は立ち上がってヤリーロが差し伸べた手を自分の手に取り、呪文を唱え始めた。
「ヤーゾヴーテビャ、モラーナ。プリディーナモーイゾーブモラーナ、プリディー!」
暗闇。
静謐。
体が凍てつくような極寒。
急な温度変化のせいかわなわな震える優奈の肩に暖かい手を置いた。
「大丈夫」
ヤリーロは声をかけて、優奈を隠すように前に立った。
「私を呼んだバカは誰?」
鐘のように力強い声が訴えた。
闇の中に漆黒のマントを纏った女性が見えた。数秒後、彼女と手を繋いでいる半透明なズミウランが見えた。彼が優奈を悲しい目で見つめていた。
「私はモラーナ、ヤーヴィの女王であり、魂を狩る女神である。」
女性が自己紹介して、ヤリーロに視線を向けると目を眇めた。
「あら、ヴェーレスの息子じゃないか?私に何の用?」
彼女の言ったことにヤリーロはしかめ面をした。隊長と両親の間の関係は香ばしくないと窺える。
「ズミウランを冥土に連れて行かないで欲しい」
女神はやれやれと頭を揺らした。
「呆れた。あなたは生き物に懐っこすぎるわ。その人間臭い感情はいつかあなたを死に追いやるよ」
「それは君が気にすることではない。むしろ俺の死を一番望むのが君じゃないか?」
隊長は頭を揺らした。
「うふふふ。そうかもしれないけれどね……」
モラーナは素早い動きで瞬く間にやりの前に立ち、闇から鍛えられた剣を彼の首に当てた。
「本当に殺したかったら、あなたはもう死んでいたわよ」
「それはどうかな」
ヤリーロは晴れ晴れした笑みを浮かべた。
「結局、君はどう足掻いても、最後に俺が勝つぞ、モラーナ」
そう言いながら手に眩しい光を集め、漆黒の剣に触れた。すると刃は音を立てて、一瞬にして溶けてしまった。モラーナ熱い液体を下に零し、嫌らしく微笑んだ。
優奈はぽかんと口を開けて二人を見つめた。ヤリーロは一体、何ものなのか?
「その場合あなたは私に対価を払わなくてはならない、ヤリーロ。魂を連れて行かないと、私が説教されるのよ。それにあなたが私に払えるものはない」
「ある。情報」
ヤリーロは反対した。
モラーナが大声で笑い出した。
「坊や、あなたは私の知らないことを知っているとでも思っているのか?本当にそう思っているのか?」
それから彼女はマントを翻しながらモデルよりも綺麗な歩調で優奈に近づいた。
「一つの願い。時が来たら、あなたは私の一つの願いを叶える」
女性が一気に振り向き、血が凍りそうな笑みを浮かべた。「どう?簡単でしょ」
優奈は息を呑んで、一歩後ずさった。
「それはダメ。優奈くん、それはダメだ」
ヤリーロは青ざめた顔で反対した。
優奈は隊長の顔を覗いてから、必死に首を横に振っているズミウランを横目で見た。彼女は何故かその青年を救えなければならないとつくづく感じた。
──勘を信じよう。
優奈の第六感は一度も外したことがないからだ。
「優奈くん、止めて!」
ヤリーロは振り向き、優奈の肩を強く揺らした。
優奈は隊長と距離を置いて大丈夫とばかりに微笑んだ。それからモラーナに向かってゆっくりと頷いた。途端に優奈とズミウランは闇に包まれた。それと同時に優奈は腕を貫く痛みを感じた。
「約束の証をつけたわ。あなたは約束を守らなければ、あなたも、彼も死ぬ。ちなみにあなたたちの中で誰か一人くたばったら、もう一人もくたばるよ」」
死ぬ!?
「あら言い忘れちゃった。仕方がない。契約したから」
女性はそう言い放つや、暗闇の繭は薄れて朧になり、そして消えた。
優奈は高層丸太小屋のテレポート・ロビーにいて、隣にヤリーロが立っていた。二人から少し離れた場所で変わらないポーズで横たわっていたズミウランの瞼が忽然として震えはじめ、そしてゆるゆると開いた。彼の体や服に血一滴も付着していなかった。優奈は嬉しそうに笑った。
「こんなことに巻き込んでしまって、すまない」
横からヤリーロの声が届いた。
「すまない」
小さな鎌が刻まれた右腕は自分の存在を思い出させるかのように、鈍く痛んだ。
少し複雑なところで話が切れました。
次回は王子とのデートです!
とうとうもう一人のキーキャラクタが登場しますね。