10.魔法の絨毯で脱出を図る
半時間ほど探した結果はまあまあ良かった。優奈は求めていた魔法の教科書はなかった。しかし、優奈とリュバーヴァはあちこち目にした情報の欠片をパズルのように組み立てると、この世界の魔法は一般的に純魔法と四大元素という二種類に分類される。
どの魔法でも体内にある魔エネルギーから構成される。魔エネルギーは血のように魔動脈で循環する。そして魔法に頼り、魔エネルギーを使いすぎてしまうと、息切れ、疲れ、頭痛──要するに、貧血と同じ症状が現れる。
「ああ、なんて難しい話だ。頭が痛くなっちゃた」
リュバーヴァは息づいた。
「その情報によると、私は純魔法を使ってるのね」
優奈は手に持っていた本をパラパラ読みながらぼっと呟き、それから自分の魔法陣の色とその感覚を蘇生しながら考え込んだ。彼女の魔法は火でも、水でも、土でも、風邪でもない。呪文によって様々な形を取る魔エネルギーそのもの。
「ね、優奈!ここ守護者のことが書いてあるよ」
リュバーヴァは夢中になって、声を上げてしまった。
「シー」
優奈は注意した。小鳥ちゃんは滑稽に口を押えた。
「何が書いてあるの?」
「で、守護者は神のこう、後継者である──かな?」
「見せて」
優奈は宙に浮いた本を持ち、自分で読み直した。
「本当だ。どういう意味でしょう」
その時、リュバーヴァのいたずらを図る声調の声が、部屋の奥から響いた。
「ね、優奈。私たちが立っている反対側の壁に細いドアがあったよ。極秘だって書いてあるの。あそこになにがあるのかなぁ」
「かもね。鍵がかかてる?」
優奈は白いルーンが書いてある重い漆黒のドアを一瞥した。
「うん」
「なら触らない方がいい。もし守衛のアーティファクトがかかってとしたら、鍵を押し破った途端、警報が鳴るかもしれないから」
しかしもう手遅れだった。
魔法に全くもって鈍感なリュバーヴァは髪の毛から細長いピンを外し、大きな錠に指して何度か勢いよく回した。やがて錠がカチッという音を立てて開いたのだが……
優奈の予想通りドアを守っていたアーティファクトがけたたましく鳴った。
「やばい!」
透明魔法は解けるのもその時だった。
リュバーヴァは驚いた顔で自分の手を見入ったが、瞬く間に我に返って優奈の手を掴み、極秘の部屋に入ってはドアを閉じた。
「どうする?」
優奈は真っ青な顔で、アーティファクトの警報を聞いていた。
躊躇している彼女に引き換えて、リュバーヴァパニックにならず、じっと本棚を見つめた。
「ほら見て」
優奈は言われた通り本棚を凝視した。魔法の仕組み、黒魔術、死の魔術、呪い辞典と読めた。もう少し視線は左に進むと、そこの棚にヤーヴィの王の罪、神々の生まれ方、神の魔法という本が置いてあることがわかった。
「なるほど、禁断の書物か」
「優奈、ここを読んで」
リュバーヴァは革製の茶色のカバーを持つ本を渡した。本の背には『去りし神々』と簡潔に書いてあった。
「……こうして世の始まりとなった魔法の泉は無に去った。魔法の泉と連絡を取る方法はいまだに発見されていないが、一つの通路は、ホルト島の聖森林にあると考えられている」
優奈は読み上げた。
「レーシーは守ってるあの森」
「優奈」
横で優奈の裾を引っ張りながらリュバーヴァは呼び掛けたが、大事な情報を手に持っていた優奈に無視された。
「やっぱり、ヴォジャノーイは言った通り、鍵をレーシーが握ってるってことだよね。それと魔法の泉は間違いなく神だった。忘れ去られた神」
「ねえ」
妙にあくせくするリュバーヴァが囁いた。
優奈はページを捲り、眉根を寄せた。そのページになかなか興味深い情報が含まれていた。作者不明のこの本によれば、神々は生き物に信じられ、崇拝され、贄が備えられている限り、神は生きると書いてあった。そして信仰心が薄まってしまえば、神は永遠に無で消えるそうだ。
それを読み終わるが早いか、突然、ドアの向こう側からあくせくする足音と声が聞こえた。次の瞬間ドアが勢いよく叩かれた。三回目叩かれると、蝶番が加えられる力に負け、軋みながら、壊れてしまった。集まった十人のボガティーリは盾を持ち、剣を抜いていた。みんなの前に小皿に移っていた人が立っていた。隊長だと少女たちがわかった。
彼は軍人という残酷な仕事に合わない若者だった。二十歳半ばに見えて、南国の人のように顔が茶色に焼けていて、兜から出ている髪や、大きくて微笑を帯びた目が光り輝く金色だった。それに彼の周りに明るいオーラが漂っていた。優奈にとっては彼がどことなく太陽に似ていた。
しかし、筋肉質の体格は彼の長年の軍歴のことを語っていた。彼は二人に一瞥しては、眉根をひそめて、眼を眇めた。
「二人は俺と一緒に来い」
「注意してたのに!」
リュバーヴァは優奈の耳に囁いた。
「何とか逃げなきゃ」
少女たちに大きな剣五本も同時に向けられた。
「さっさとしろ」
一人の兵士が言った。
「逃げても無駄だよ」
隊長が言った。
丁度その時、優奈は部屋に飛んだ絨毯に気づいた。そして、視線を窓に移して、彼女はニヤリと微笑んだ。リュバーヴァは優奈の図っていることが分かったと示そうと、小さく頷いた。すると優奈はチラッと男性の胸を見つめた。そこにテレポートがあると、友達に伝えようとした。
「今!」
忽然として優奈は叫ぶと、リュバーヴァは男性の胸にかかっていた紐とシャツの襟を引っ張った。紐と襟はびりびりという音を立てて破れてしまうと、小鳥ちゃんがテレポートの石を引っ掴み、優奈に倣って絨毯に乗った。
その瞬間に優奈は「ヴズリーブ!」と叫ぶとともに窓が爆発する。石の欠片から顔を守りながら二人は窓の外へ飛んだ。
「これどうやって操縦すればいいのかな?」
優奈は唸る風の中でも声が届くように叫んだ。
「端を引っ張るだけじゃないの?」
リュバーヴァは言った通りにすると、絨毯は確かに曲がった。しかし、この絨毯には何らかの方法で行き先が設定されていたようで、リュバーヴァの操縦に従いながらも、設定された場所に飛ぼうとしていた。だから大空に浮いていた少女たちは玩具のように左右に振り回されていた。
「どう、する?」
吐き気を抑えようと口を窄めて、真っ青になった優奈は叫んだ。
「どこかに、着陸……テレポートを発動……」
同じく真っ青のリュバーヴァは答え、力一杯に絨毯の端を上に引っ張り上げた。どうやらその時、絨毯の設定が壊れたようだ。
二人は急落下し始めた。
「きゃああああ!」
二人はあっという間に丸太小屋を通過して、公園に繁茂している木々の枝にぶつかりながら、地面に落ちた。幸いに二人の墜落を柔らかな絨毯が緩和してくれた。
「痛たたた」
リュバーヴァは頭から小枝を抜いている間に、優奈は血まみれの膝を拭いていた。二人は顔を合わせた瞬間、同時にどっと笑い出した。
「まさか絨毯で逃亡するとは。まるでアニメ見たい」
泣き笑いしている優奈が言った。
「優奈の顔、すごく青かったよ」
爆笑しているリュバーヴァが言った。
彼女たちに倣って、鳥もゲラゲラ笑った気がした。プロトルチェに住んでいる少女にとっても、異世界から来た少女にとってもこんな冒険は初体験だった。
しかしゆっくりする時間などなかったため、二人ともすぐに我に返って分岐点からの脱出を考え始めた。
「ここでテレポートを使えるでしょう」
小鳥ちゃんが聞いた。
「でも移動するならプロトルチェじゃない方がいいようね」
シャツの袖で血を拭きながら優奈が言った。
「そうか。そうよね。私たちの住む町がわかったら、家なんかヘッチャラだもんね。どうしよう?私はプロトルチェしか想像できないわ」
リュバーヴァは心配そうに呟いた。
「私も。でも何かしらの方法は必ずあるさ」
優奈はリュバーヴァを元気づけてみた。
「そもそもこのテレポートの移動範囲はどれぐらい広いのかな」
リュバーヴァは呟きながら鮮やかな赤い茸をつま先で蹴った。
優奈は周りの音に耳を傾けた。遠くには寄せ波の妙音が聞こえた。その時、優奈はヴォジャノーイとの約束と、ブレスレットのことを思い出した。もしかしたらそれを使って、ヴォジャノーイを呼び出せるのかもしれない。
しかしそれは叶わぬ予定だった。
「いい旅だったか?」
背後から嘲笑っている声が聞こえた。そこには先ほどの隊長が立っていた。
「素直について来た方がよかった、鍛冶屋のリュバーヴァ」
彼は二人を抱き寄せ、突然テレポートを使った。驚いた少女たちは瞬く間に高層丸太小屋に移動された。
彼等は移動した部屋は広く、豪華なものだった。舗装された床には中東っぽい模様を持っている高価な絨毯が敷かれてあり、壁には赤い壁紙が貼ってあった。置いてあるソファも上質のエメラルド色の布に覆われて、手すりは木彫りされていた。壁に付いていた青銅の燭台が付いていた。
「わぁ」
少女たちは感動が滲む歓声を上げた。
男性がジェスチャーでソファーに座るように促してから椅子に座り、誰かを小皿で呼び出した。
数分後、お茶を持った女性が入り、少女たちにカップを渡した。優奈は飲もうとしたが、突然、リュバーヴァ止められた。
「飲まない方がいいわ。何が混ざってるかわからないでしょ」
彼女は優奈の耳にささやいた。
優奈は手を膝に戻した。
「俺はヤリーロ、百人隊長を務めてる」
少女たちも嫌々ながら自己紹介をした。
その時、電話が鳴り響いた。ヤリーロは舌打ちしながら、小皿を取った。
「どうした?ズミウランは負傷しただと?状態は?本当か⁉」
ヤリーロは溢れる感情のあまり勢いよく立ち上がった。
「医者も呪医も皆イリイにいる!残ったのは薬剤師と新入りだけだぞ!わかった、何とかする」
ヤリーロは広い部屋の中を鋭い歩調で行きつ戻りつしていた。誰かが重傷を負ってしまったのに医者がいないと、優奈は悟った。隊長の焦りからすると、その人はとても大事な人であるようだ。
その間にヤリーロは電話を切り、混乱している少女たちに接近した。
「本来なら君たちを牢獄に送って、そして君たちを連れたクリムを首にするべき」
彼はきついまなざしで二人を見やった。
「だが今回に限って、俺は君たちを雇いたい」
俄然と問いかけられたことに二人は目を見張った。
「雇う……ですか?」
「私たちを?」
「そう。このお嬢さん……」
彼は優奈を指した。
「……一日だけザスターヴァの呪医として勤める。そのミッションを成し遂げたら、君たちの罪を忘れた上で、給料も払ってやる」
少女たちはシャンとした。二人の自由がかかっているから油断はできない。
「どういうミッションですか?」
「一人の兵士の命を魔法で救って欲しい」
リュバーヴァは頷いた。
優奈は考え込んだ。犯人を雇うまで……誰をそんなに助けたいのだろう。優奈は当惑していた。
「何故その言葉を信用しなければならないのですか?」
疑義を訴えると、男性が苦笑した。
「公式的に契約をするから」
そう告げて、ヤリーロは契約書を見せた。
「できる限り力を尽くします」
やがて優奈は決断した。
それから少女たちは急いで契約書を書き、サインの代わりに血一滴を垂らした。ヤリーロは契約を手に取り、二回もじっくり読み上げてから自分の机にしまっておき、そして二人を手招きした。
「早速、現場に移動しましょう」
男性があくせくと少女たちに寄ってテレポートの石を発動させた。




